怪物の素顔
「み・・御影さん。。」
御影純一の顔を見た瞬間、真奈美は安堵感から泣き出しそうになった。
「宮下君、心細い思いをさせてすまなかった」
「御影さん、お身体は大丈夫なんですか?」
御影は腰のあたりを手で摩りながら答えた。
「あちこち痛いんだけどね、幸いにも僕はなかなか頑丈に出来ているので大丈夫だよ。さて、学君・・」
御影は顔を泣き腫らして、父親の傍らに座り込んでいる東心学の横にしゃがみ込み、そして優しい声で話しかけた。
「怖い思いをしたね。でも大丈夫。お父さんは助かったし、間もなく救急車が来るから心配はいらないよ」
真奈美は意外な顔をして御影を見つめた。
その学こそが、実の父親を殺そうとした張本人ではないのか?
「宮下君、君は勘違いしているよ。もう少し僕が来るのが遅かったら、君は一生悔やんでも悔やみきれない心の傷を負うところだった」
「勘違い・・・ですか?」
「そうだよ。いいかい、松果体は成人すればそれほど重要な器官ではないけれど、成長期の少年にとっては必要な器官なんだ。君はそれを危うく破壊しちゃうところだったんだよ」
真奈美は確かに学の松果体を破壊しようとしていた。
しかしそれは、そうしないと次の犠牲者が出ると思ったからだ。
「この一連の事件を計画し、実行したサイキックは学君ではない。もちろん、東心悟さんでもない。彼は君の推理通り、思考を操作され自分をサイキックだと思い込んでいただけだ」
「では、犯人は・・サイキックはいったい誰なんですか」
御影純一はゆっくりと立ち上がると、周りを取り囲み様子を伺っていた巫女の内のひとりを指さした。
「サイキックはあなたですね。植山千里さん」
真奈美は驚いて、その巫女を見た。
なぜ今まで気が付かなかったのだろう。衣装と髪形で変装しているが、それは確かに学の母親で東心悟の元・妻である植山千里だった。
植山千里は片手で長い髪のウィッグを掴み脱ぎ捨てた。
「やれやれだわ。名探偵登場のつもりかしら?」
植山千里はぶっきらぼうに言ったが、口元には笑みが浮かんでいる。
「いや、あなたにはまんまと騙されていましたよ。おまけについ先ほどまで病院で寝ていたんだから、名探偵失格ですね」
「あなたが死ななかったのは計算違い。それさえなければ、たった今、その子が私の計画を完成させてくれたのに」
植山千里はそう言って真奈美の方を向いた。
その顔はぞっとするほど、落ち着き払っていた。
「さて、名探偵さん。次は事件の解明の時間よね。ここは人が多すぎるから喫茶室にでも行きません?学も一緒にね」
その言葉を聞いて学はきょとんとしている。
「おばさんは誰?」
「・・・思い出しなさい」
「え・・・あ!お母さん?」
学の顔はぱっと明るくなったが、その様子を見た御影は不快感を露わにした。
「あなたは自分の子供にまで後催眠暗示を与えているのか?そうして必要なときだけ、学君の母親としてふるまい、それ以外のときには記憶を封印していた」
「そのとおりよ。さあ、これ以上の話はコーヒーでも飲みながらにしましょう。ここのコーヒーは私の好みでブレンドしているのよ」
植山千里の言葉を聞き、ここまで黙って話を聞いていた山科警部補が声を上げた。
「何を呑気な事を言ってやがる、お前はこれから警察に連行されるんだ。ふざけるのもいい加減にしろ」
植山千里はまったく動じずに応える。
「あら、なんの容疑で逮捕するおつもりかしら?警察の手に負える事件じゃないことは最初からご承知だったでしょう」
「山科さんだめだ。彼女は学君を人質に取っている」
御影が苦々しそうにそう言った。
そこにさらに植山千里が言葉を重ねる。
「学だけじゃないわ。ここに居る大勢の人たちみんなよ。私はこうして喋りながらでもそれを実行できる。誰が犠牲になるかは私の気分次第。あなたとその子のふたりで、すべての人を守り切ることはできないでしょう」
・・・本物の怪物だ・・この状況を楽しんでいる。。
真奈美は背筋が凍り付く思いだった。




