ミスリード
「御影さん、総理の警護については考えがあるっておっしゃっていましたが、それを教えていただけませんか?」
ここで真奈美が尋ねた。
「それについては僕も聞きたいね」
田村も同意する。
「総理の警護については当日、僕が応援演説会に出向くつもりだ。東心悟が総理の心臓の冠動脈を捻じ曲げるつもりなら、僕はそれを止める念を送る。それはそう難しくはないと思う。でもそれだけじゃ解決にはならない」
「それは、どういうことですか?」
「東心悟は当然、僕がそう動くことくらい予想しているはずだ。最初からこの事件は腑に落ちないことだらけなんだよ」
御影の言うことは真奈美にもなんとなく理解できる。
そもそも東心悟は何のためにこのようなことをしているのかが分からない。
金が目的なら、何も殺人や強請りのようなことをしなくても、東心悟ならいくらでも稼げるはずなのに。
「僕はこの一連の事件は、壮大なミスリードなんじゃないかと思っているんだ」
「ミスリード・・ですか?」
「うん、マジックの基本だよ。ミスディレクションともいう。マジシャンが右手で何か派手な動きをしているときは、左手でこっそり何かしているんだ。このときの右手がミスリードだ。観客の目をそちらに向けておいて、本来の目的から目を逸らしている」
「すると総理を狙っているのは、本来の目的ではないということですか?」
「おそらくそうだ。穂積君のことで僕を怒らせたのもそうだろう。当日、総理の警護に僕をくぎ付けにして東心悟は何をするつもりなのか?」
・・・御影さんにもまだ分かっていない。。
真奈美は敏感にそれを感じ取った。
「だからね、それを宮下君に探ってもらいたいんだ。当日は別行動で、君にはコスモエナジー救世会本部に出向いてもらいたい。因縁切りの儀式中の東心悟の心を読んでもらいたいんだ」
「でも、東心悟の心の所在が分かりません。あの人はまったく心が見えないんです」
「おそらく東心悟は因縁切りの儀式の中で瞑想状態に入るはずだ。安田総理の心臓を止める念を送るためにね。その時なら彼の心が読めるはずだ」
・・・たしかに念動力を発動させるためには、外に向けて心を開く必要があるだろう。その瞬間なら東心悟の心が読めるかもしれない。
「さらにあともう一つやることがある。これは事後処理なんだけどね。二度と再び東心悟にこのようなことをさせないようにする。宮下君ちょっとT大学まで付き合ってくれ」
それを聞いた田村が少し驚いたように言った。
「T大だって?まさか超心理学研究室かい?」
「いや、超心理学研究室は今はもう無いんだ。T大は過去に2度、超能力を科学的に解明する試みをやっているんだが、僕たちのときがその2度目だった。結局2度とも挫折したんだよね」
「1度目はあの有名な『鉛管実験』か」
「そう、鈴木光司のホラー小説『リング』の元ネタになった、あの実験だよ」
「リングってビデオ動画から貞子が出て来るあれですか?」
真奈美が尋ねた。
「小説での貞子の母親のモデルになったのが、T大の鉛管実験の被験者だった女性なんだ。史上最強レベルのサイキックだよ。まあそれはさておき、研究室は無くなったけど真壁博士はまだ居るんだよね。彼に会いに行く」
「真壁博士って誰ですか?」
「僕や田村君が子供のころにT大の超能力研究の実験台にされたのは聞いたよね?その実験を担当した学者のひとりさ。今はもうかなりのお歳だけど、まだT大に残っている」
御影は立ち上がった。
「残す時間に僕は新しい念動力の応用技の訓練しなければならない。宮下君、君もやるんだよ。もしも僕が上手くいかなかったときには君がやるんだ」




