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御影純一の念動力レクチャー

 翌朝、真奈美がS.S.R.I本部に出勤すると、すでに御影と田村がデスク=ちゃぶ台で茶を飲んでいた。


「おはようございます。御影さん、早いですね」


「おはよう、宮下君。穂積君が居なくなっちゃったから、朝っぱらから事務所に顔を出す必要もないかと思って直接こっちに来たんだ」


 普通は留守を預かる者が居なくなったら所長自らが事務所に行くべきなのだろうが、御影探偵事務所はどうも普通ではないようだ。


「穂積さんの容体はどうなんですか?」


「まだ意識が戻らない。東心悟の思考操作の後遺症かもしれないが、それは脳外科と精神科の専門医が診てくれているよ。サイキックの出る幕は無い」


 御影は淡々と語っているが、内心は怒りに満ちていることが感じられる。


 ・・・不思議だ。以前はまったく分からなかった御影さんの感情が、うっすらと感じ取れるようになっている。


「それは君の能力が以前より強くなっているからだよ」


「御影さん!やっぱり私の心を読んでる!」


「読んではいないよ。君が僕の心の動きが感じ取れるくらいに、僕にも君の心の動きは感じ取れる。あとはコールドリーディングさ」


 御影はそう言うが、どこまで真に受けてよいものか真奈美には分からなかった。


「御影君の能力は少年のころでも図抜けていたが、今はさらにパワーアップしているみたいだな」


 しみじみした口調で田村が言った。


「子供のころはほとんど念動力サイコキネシスしか使えなかったからね。精神感応テレパシーは後に修行して身に着けたんだ」


「修行だって?出家でもしていたのかね?」


「若いころに世界中を旅したんだけど、スリランカのお寺ですごい人に出会ったんだ。カッサバ先生という日本語を話すお坊さんで、彼の元でしばらく修行するうちに精神感応能力テレパシーが覚醒した」


「へえ、そのお坊さんもサイキックだったのかい?」


「いや、サイキックではなかったが空手の達人だったね。60年代に日本で黒帯を取得した初のスリランカ人だったらしいけど、僕が出会ったころには完全に達人の域だったよ。僕も空手をやっていたから、最初はそっちの方で稽古付けてもらってたんだ。しかし、そのうちに彼は心身統一の達人であることに気づいた。カッサバ先生の精神力の強さに比べたら、サイキックなんて出来の悪い手品師に過ぎないよ」


「そんなすごい人に師事したのか。君が子供のころとはずいぶん雰囲気が変わったのはそのせいかもな」


 南国のお寺で修行する、若き日の御影。真奈美にはまったく想像がつかなかった。


 ・・・そうだ!


 真奈美は台所の引き出しを開けると、スプーンとフォークを2本づつ取り出し、ちゃぶ台に並べた。


「御影さん、約束しましたよね。念動力サイコキネシスを教えてください。まずはこれを曲げて見せてもらえませんか?」


 御影はスプーンの1本を両手で掴むと、ぐいっと力を入れて曲げてしまった。


「あ!御影さん、ふざけないでください」


 御影はいつもの人懐っこそうな笑みを浮かべた。


「実はね、念動力サイコキネシスの物理的な力というのはとても小さなものなんだ。このようにスプーンなんて少しの力で簡単に曲がる。せいぜいその程度の力量しか出せない」


「でも御影さんはナイフを捻じ曲げましたよね?あれはかなりの力が必要だと思います」


「金属は比較的、曲げやすいんだ。物理的な力というより、おそらくは分子構造を変えるんだと僕は考えている。それには金属がもっともやりやすい」


 御影は今度はフォークを手に取った。

 ただそれだけで、フォークの4つに分かれた先端部分が目の前で、飴細工のようにグニャグニャとねじ曲がった。


「すごい!こんなの初めて見ました」


 真奈美は心底驚いていた。


「まずはスプーンを人差し指と親指でつまんで、指に触れている部分がとても柔らかくなるとイメージしたまえ。しばらく続けているとスプーンは勝手に曲がるよ」


 真奈美はスプーンに挑戦してみる。

 御影の言う通り、指でつまんで精神を集中する。


「うん、その調子だ。指の腹で少しスプーンをこすってごらん。スプーンが熱く感じたら曲がるよ」


 指の腹でスプーンをこすると、摩擦熱では説明できないほどの熱を感じた。

 気を付けないと火傷しそうなほどだ。


「よし、指を離して。スプーンを見てごらん」


 スプーンを確認すると、それはわずかにではあるが確かに曲がっていた。


「やはり宮下君は筋がいい。毎日訓練すれば僕とかわらないくらい出来るようになるだろう」


 御影はそう言うと、真奈美の手からスプーンを奪って自分の目の前にかざした。


「次の段階ではこのようにして、スプーンの折れ曲がっている部分が溶けるようなイメージをするんだ。すると・・・」


 御影が持っていたスプーンの首の部分がプツンと切れたように折れて、テーブルに落ちた。

 真奈美は声も出ないほど驚いた。


「宮下君もいい先生が出来て良かったな。さて、御影君、まもなくお客さんが来るはずなんだが」


 田村がそう言うと、御影は玄関の方を見つめた。


「ああもう来たようだね」


 間もなくしてガラガラと引き戸の開く音がした。

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