第82話 ゴーレム娘、回想開始
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ビュオオォォォォォ…………
遮るものの少ない山肌を、肌を切るような寒風が音を立てて滑り落ちていく。
目で見える範囲には、岩石の姿はあれど樹木の類は低木樹すら見当たらない。
この強い風が種子が山肌に留まることを許さず、また奇跡的に育ったとしてもやはりこの強風に根本から引っくり返されてしまうからだ。
山肌に生える植物の多くは地被植物で、見渡す限り緑で覆われている。そのため寒々とした印象は大分薄らいでいるが、刺すような寒さがそれが錯覚でしかないことを如実に伝えてきていた。
まるで重さを持ったかのような分厚い空気の流れは、油断すれば容易く体を押し流し、何の対策も講じていなければその冷気でみるみる内に体力を奪っていく死の風だ。
ここはカフォニア山脈の中腹……よりかは、上の山腹だ。
カフォニア山脈は、養蜂していた外縁部は木が多目の草原といった様相であるが、麓 ~ 中腹部分はしっかり『森』と呼べる程度に木々が生えており、カフォニア山脈の生態系はここを中心に形成されている。
そこからさらに標高を上がっていくと、徐々に木の密度が薄くなっていき、八割くらいの高さになるとこのような世界になり、生物の気配が極端に希薄になる。
だが、これはカフォニア山脈の生態系の一面でしかない。一面というか、外面か。
カフォニア山脈のもうひとつの生態系。それは、山肌にいくつも口を開けた洞窟から繋がる、カフォニア山脈内部に広がる広大な地下空洞世界にある。正しく内面。
そこに冷たい風が吹き込むことは勿論なく、しかし所々に空いた亀裂からは光が降り注ぎ、雨水は集って流れ 川となっている。
当然、苔類やシダ類を中心に植物群系が形成され、それを棲家とする虫や小型魔獣、草食魔獣がいれば、当然肉食魔獣もいる。
外側の森を中心とした生態系と同等以上の生態系が山脈内部に広がっているのである。
しかもこの二つの生態系は、直接的には繋がっていない。地下空洞に至るための洞窟が、標高の高いこの辺りにしか開いていないためだ。
そのため、外側の森はDランククエストの対象としてよく挙がるが、内側の地下空洞は浅いところでCランククエスト、深いところでBランククエストと、危険度がまるで異なる。
両方の生態系を繋ぐのは、有翼系魔獣か地底湖から繋がる川を行き来する水棲魔獣くらいで、それ以外の魔獣が出てくることも入っていくことも滅多にない。
私を前世で殺ってくれたロックグリズリーは、この地下空洞に生息する魔獣で、その『滅多にない』行動をした個体だったわけだ。
「グルオオオオオオオオォォォォォンンンン!!!!!!!!」
まぁ、いるけどね。目の前に。
とはいえこの愛しくないアンチクショーは、『滅多にない』行動をするロックグリズリー 二体目、というわけではなく、私の今回のクエストのためにわざわざ外に誘き出した獲物である。
地下空洞は完全に魔獣達のテリトリーですからね。誘い出せるなら、外でやる方が危険が少ないのですよ。
……………………え、聞きたいのはそうじゃない?お前、まだDランクだろって?
ふふふ…………それには聞くも涙、語るも涙の悲しい出来事があったので、ここで回想入ります。
「え?ここで?」
『おいマジか』
「お姉ちゃん、ロックグリズリーの攻撃範囲まであと一分無いですよ?」
大丈夫。回想だからすぐ終わるよ。多分。
じゃ、スタート。
― 回想開始 ―
「昨日は酷い目に遭った……なんかまだ頭痛いですよ……」
幻惑鳥を討伐するための目潰しでテモテカールを混乱に陥れた件で謝罪行脚させられた翌日。
朝食の席で頭を擦りながらギルド長に文句を言った。
「自業自得だ、バカタレ」
「不可抗力なんですよ~……索敵魔法に引っ掛からない魔獣なんて範囲攻撃するしかないじゃないですか~……」
「知ってる。だが、それとこれとは別問題だ」
「色々と手遅れだったしわざわざ言葉にしなかったけど、『強くなるまで目立たない』が第一目標だったんじゃないの?」
「うぐぅ……!!」
セレスの指摘がグサッと刺さる。さらにタチアナさんが目立つ理由を指折り数えていく。
「ギルド飯店の看板娘、ドレス姿で闘う冒険者、Eランクスキップ、単騎ドラゴン殺し、人形遣い、そっくりな妹。ついでに言うと、オズちゃんがルーシアナちゃんを上回る速度でランクを上げたから、オズちゃん方面からも目立ってるのよね」
「ド、ドレスじゃないもん……!!」
「第一印象って大事なのよ」
「ぐはぁっ」
ハーフコートとロング・プリーツスカートが動きに合わせて大きく広がり、ロングドレスで踊っているように見えるのだと、オズの戦闘服を見せてもらってようやく気が付いた。
ルーカスたちと最初に会ったとき、『そんな格好で街の外に出るな』的な事を言われたが、確かにその通りでしたと言っておきたい。
「オズは三日でFランクに上がったんだっけ~?ルーシアナの時は六日くらい掛かってたよね」
「そうね……」
「えっと、ごめんなさい、お姉ちゃん……ちょっと手加減した方がいい?」
「……………………いや、ちゃちゃっと上げちゃって。私もそろそろCランクに上げたい」
以前説明したけど、共同で依頼をこなすとランク差に応じて昇格ポイントは減ってしまう。
オズのランクアップを早めるために私が受けられるDランクの依頼をこなすと、ランク差がどんどん開いてしまうのだ。
まぁ、上のランクに行くほど必要な昇格ポイントも上がるから、見た目上のランクは同じになるかもだけど、所有している昇格ポイントには差がついてしまう。
一緒にEランククエストを受けたり(自分のランク未満のクエストは昇格ポイントなし)、他の冒険者と共同でクエストをこなしたりと 色々考えたのだが、結局はオズが自力で私と同じランクと昇格ポイントに合わせる、ということになったのだ。
……………………考えるのが面倒になったとも言う。
私はたまたま効率の良いクエストを連続で受注したお陰で一ヶ月くらいでDランクになったが、オズは正攻法でクエストをこなして すでに一週間でFランク中盤。私と同じで一ヶ月くらいでDランクになりそうな勢いである。
「分かりました。ちゃちゃっと上げちゃいますね」
…………これが後に悲劇を生むことになる。この時は当然誰も気付かなかったけど。
「まぁオズちゃんの高速ランクアップは、ルーシアナちゃんがもう目立ってるから大して影響は無いでしょう」
タチアナさんはオズの頭を撫でながらそんなことを言う。
オズは自然に受け入れて、撫でられるがままに食事を続けていた。もうタチアナさんに緊張することは無いようだ。
「まぁ、0が100になるより、100が200になる方が目立たんだろうな。……………………いや、そうでもないか?そこにさらに今回の『白光事件首謀者』が加わるしな……」
「七つだからある意味縁起は良いかもね。オズ由来の原因も加えると八つだけど」
「それ意味あるの~?」
「ないよ」
セレス…………自分から言っておいて……
ナツナツに千切ったパンを食べさせながら話しているから、思ったままに口から出ているのだろう。脊椎反射的に。
疲れたように嘆息したギルド長は、
「まぁ、『ボス級アサルト・ボア 25頭 及び 幻惑鳥 特異体の討伐』は、ルーシアナの実力を知らしめる良い宣伝塔になったから、悪いことばかりでもなかったが。だが、もうこれ以上目立つようなことは仕出かすな」
「肝に命じます…………ところで、ベーシック・ドラゴンより今回の方が宣伝塔になるんですか?正直、ベーシック・ドラゴンの方がよっぽど大変だったんですけど」
「やはり見た目のインパクトがな。アサルト・ボアの方がよく見掛けるから想像しやすいし」
「あぁ、なるほど」
ベーシック・ドラゴンを解体してしまった今では、どんな魔獣だったかなんて伝聞でしか知ることは出来ないけど、アサルト・ボアは似たようなのが狩られる度に目で見れるものね。『コレが25頭だぜ?』みたいな。
「同時に、昨日の謝罪行脚で正式にうちの養女だと触れ回ったからな。オズリアも含めて。もし、お前らを利用しようとするヤツがいても、堂々と口出しできる」
「あぁ…………やたらと『うちの娘が騒がせた』とか『娘に代わって謝罪する』とか連呼してたのは、それが狙いだったんですね……色んな意味で恥ずかしかったんですが……」
「その通りだ」
満足そうに頷き、お茶をすするギルド長。『恥ずかしかった』はスルーですか?
実は領主に挨拶に行った辺りから、『簡易養子縁組でいいから結んでおかないか』と誘われていたのだ。
領主に『人間として扱うこと』『この街の住民であること』を保証してもらったとはいえ、私の立場は『血縁のない天涯孤独の一住民』でしかなく、言ってみれば必要最低限の保証が得られただけだ。悪く言ってしまえば、私が行方不明になっても、誰にも気付かれないとスルーされる。
なので、普通の人はさらに家族などの血縁関係があり、相互に安全を確認し合っているので気付かれないということはないし、血縁関係を根拠に領主に強く捜索を要望できる。
私には幸運にもギルド長たちとの関係があるため、気付かれないことはないが、その関係は言ってみれば『家主と店子』でしかないので、強く拘る根拠に欠けるのだ。
そこで出てきた『簡易養子縁組』というものであるが、これは要するに、仲の良い友人同士が『私たち、これからは義姉妹よ!!!!』というような時に結ぶもので、お互い家族のように助け合う関係を証明するものである。
普通の養子縁組とは違い 相続権などは得られないし、扶養の義務もないが、比較的簡単に結ぶことができるし、解消することもできる。
これが、どのように利用されているのかといえば、言ってしまえば孤児対策だ。
冒険者のように街の外で仕事をするような人も多いので孤児もそれなりにおり、こういった繋がりでもって、貧困から犯罪へ至ることのないようにしているのだ。もちろん街からの補助もあるが。
私にとっては痒いところに手が届く、願ったり叶ったりの制度なのだが、ギルド長たちへのメリットが思い付かず、保留にさせてもらっていたのだけど…………今回の『白光事件』が、ただの事故であって事件性はないことを関係各所に証明するには、『ギルド長』の肩書きが有効であったため、厚顔にも簡易養子縁組を結ばせてもらったというわけだ。
「え~と……改めて、ありがとうございます。思った以上に事態が大きくなってたみたいで、養女にしてもらえなければ、今ごろまだ取り調べの真っ最中だったでしょうし、出身地とか詳しく調べられたら面倒になるところでした」
そう。領主に顔が利くとはいえ、下っ端にはあまり関係ないのである。無理に領主に口利きしてもらうと、それはそれで悪目立ちしかねないのだ。
ギルド長はその立場も含めて信用があり、保護観察という意味も含めて養女にしてくれたので、誰にとっても丁度いい落とし所だった。
「気にするな。もともと こちらが望んでいたことだしな」
「でも、ギルド長たちにメリットはないでしょう?」
「ふっ……世の中 損得だけで動くわけではないということだ」
「ギルド長…………ありがとうございます」
ギルド長だけでなく、タチアナさんやセレスにも感謝の気持ちを伝える。
二人も『気にしないで』という風に笑みを返してくれた。
「これは何かお礼しないとダメかな~?」
「そうですね」
不意にナツナツとオズがそんなことを言った。
確かに『気にしなくていい』と言われたからと言って、何かしちゃダメというわけでもないだろう。
「先程も言ったが気にしなくてもいいぞ?」
「そうそう。貴女たちが来てから、家事も手伝ってもらって助かってるし」
「妹が欲しかったのよね、私。この短期間で一気に三人も増えて幸福絶頂よ?」
……………………抱腹絶倒か何かを言い間違えたのだろうか……?でも、言いたいことは分かるしな……
突っ込むべきかスルーすべきかに数瞬思考が支配された。
その間にナツナツが、ポンッと手を叩き、
「呼び名を変えるのはどう?簡易養子縁組とはいえ家族みたいなものなんだし、お義父さん、お義母さん、お義姉さん、とか」
「「「…………………………………………」」」
「え~……さすがに恥ずかしいし、それお礼になるの?」
「なるんじゃない?ねぇ?」
「……………………………………………………………………………………そ、そういうのは人に言われて変えるものでは、ないな、うん」
話を振られたギルド長は、えらい長考の末、絞り出すようにそう答えた。
……………………言って欲しいのか…………でも、そう言われると変えにくいんですけど…………
セリフを終えると同時に後悔に苛まれている様子のギルド長に、
「なんでそこで無駄なプライドを優先したの……」
「いえ、分かる、分かるわよ、ジット…………自分から進んで言って欲しいのよね?」
……………………聞こえてるけど、変えるタイミングは逃したよ…………
ちなみにナビが全然会話に参加してませんが、昨日 存分に可愛がった結果、今もノビているからです。幸せそうな顔をしていたので、Win-Winですね。




