第52話 ゴーレム娘 VS. 真の敵③
33 ~ 57話を連投中。
3/21(木) 9:00 ~ 19:00くらいまで。(前回実績:10話を4時間で投稿)
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その戦闘は、ある種異様な光景だった。
通常、小さき者は手数で竜を圧倒し、竜はそれらを泰然と受けとめ致命の一撃で相手を屠る。
弱い方が小さなダメージを積み重ねて巨大なるモノを討つのだ。
強い方は冷静に確実な攻撃を当てればいい。
だが、この戦闘は違った。
手数が多いのは、圧倒的にドラゴン。しかし当たらない。当然だ。ドラゴンの一撃は容易く命を刈り取る。当たれば終わるのだ。
ルーシアナは避けるだけだが、それは攻撃のチャンスを掴めないから、という訳でもなかった。
今もまた、ドラゴンの押し潰すような竜爪を躱し、
タアァァァァン!!
と、大きな音を立てて正面を抜ける。
十分にドラゴンの喉元に一撃を入れるチャンスはあったが、速度を上げてすり抜けることを選んだ。
今や水平に落下しているかの如き速度である。
流石にこの速度を単純な身体強化で得ることはできない。真っ直ぐに逃げ続けるならともかく、敵の周囲を回り続けるには、どこかでブレーキを掛けなければならないからだ。
その秘密は《ショート・ジャンプ》の効果によるものである。
これは、現在でいうところの【疑似空間転移】であり、オズから術式指南を受けたかつての高速移動術である。
通常の《ショート・ジャンプ》は、二点間の距離を単純に圧縮することで擬似的に高速移動を行うものだが、直線的な移動しかすることができない。
ルーシアナはこれを、『内側と外側の圧縮率を変える』ことで、擬似的な曲線移動を達成していた。
本人はただただ真っ直ぐに進んでいるだけであり、曲がるためのブレーキは一切掛けていないため限界まで速度が上がり続けている。
まだ現在の己の攻撃力では、ベーシック・ドラゴンの鱗を裂いて致命傷を与えることが出来ないと踏んで、速度で補うつもりなのだ。
……………………そろそろ速度が限界に達する。
最後の加速を得るため、ドラゴンの背後から10m程移動し、大きく弧を描いてターンする。
ドラゴンもそちらに向き直った。
ルーシアナが加速する。最後の加速を追加するため、さらに足音が連打する。
ドラゴンは動かない。真っ正面から全力で受けて立つつもりだ。
双方の覚悟が激突する。
激しい眩暈に揺れる体を《姿勢制御》が強引に立て直す。
主観的には真っ直ぐに進んでいるだけだが、現実は視界に映る通り何度も何度も方向転換を繰り返し、圧縮率の異なる空間を強引に抜けるダメージは着実に体に蓄積されている。
すでに自分がどちらを向いているか、瞬時に理解できない。
《ロング・サーチ》と《マッピング》によりドラゴンとの相対位置が分かるので、それを頼りに行動している。
今、長い長い直線の加速の末、正面にドラゴンが見えてきた。ここから最後の加速に入る。
『《チャージル・スラッグ》』
『【ストレングス・ウエポン】』
ナビが衝撃波追撃魔法をストックし、ナツナツがダメ押しの武器強化を施す。
《チャージル・スラッグ》は足裏から衝撃波を放ち加速を積み上げ、総計10回を越えた【ストレングス・ウエポン】は精神世界だからこそ半分程にまで重大剣を圧縮鋭刃化し解放される時を待っている。
大気が重い。衝撃波で加速しているのだ。音速に近くなっている。
真っ直ぐ行く。狙いは逆鱗、ドラゴンの弱点。
ドラゴンも大きく息を吸って最後の攻撃に備える。
きた。
竜咆。
ここに来て、致命的な広範囲攻撃。
最後の《ショート・ジャンプ》を行った。
ベーシック・ドラゴンは手を抜かなかった。
敵は恐ろしい集中力で己の周囲を回り、加速を積み重ねていく。その速度は一瞬の油断で体は吹っ飛ばし、自滅へと導くだろう。
それも狙って何度も何度も、不規則に攻撃を繰り出した。無造作に突き出す爪、全身を連動した尾撃、無差別な周囲攻撃。
敵はそれら全ての攻撃を躱し、時に加速の糧として取り込んでいった。
すでに敵を目では捉えていない。匂いと音と勘。
…………?
永遠に続くかとも思われた攻防は、敵が距離を取ったことで、終わりに近付いていたことに気付かされた。
これまで敵はずっと距離を取らなかった。
理由は分かる。
弱い竜砲を撃たれれば、回避は容易だろうが、余波で減速する。それを避けていたのだ。
最後に距離を取ったのは、例え竜砲で減速されても、それ以上に加速するつもりだからだ。
――――こちらも、ここで終わらせる。
選んだのは竜咆。ある意味、最も使い慣れたスキルである。
射程範囲は短く、けれど広範囲で。そうすれば加速した敵は、自分から竜咆に飛び込んでくるだろう。
回避する方法は、自分では思い付かない。減速すれば再びあの速度は得られないだろう。それだけ疲労もしている。
いざ。
恐らくは敵の得られる最高速度に達した瞬間、渾身の竜咆を放った。
広がる竜咆に視界を埋め尽くされる。
数秒間続いた竜咆にあらゆる音が掻き消された。
――――オオォォォォンンンン……………………
一時的に物質化した咆哮が、さらさらと崩れ行く。
…………………………………………
最初に違和を感じたのは、耳だった。
――――ダダダダダ!!!!
この戦闘中、絶えず聞こえ続けていた、敵の加速音、足音。竜咆の向こうから未だに響いている!!
竜咆の余波に固まる首を強引に引く。
まだ残る咆哮の壁が中心から打ち砕かれた。
敵…………ルーシアナだ。
ケガひとつ負った様子もなく、予想よりもさらに速い速度をもって飛び出してきた。
敵は応えてきた。正しく全力を。己の望みのままに。
歓喜に心が震える。
それでも、最後まで、全力を……!!!!
姿勢が崩れるのも構わず、右腕を振るい竜爪を放つ。
ダッ!!タタンッ!!
一瞬だった。
迫る竜爪を蹴り、右腕を伝って駆け上がると、後方へ捻るように振りかぶっていた重大剣を、速度のままに振り抜く。
――――!!!!
音は、無かった。痛みも、無かった。
ただ視界が落ち行くことで己の敗北を知る。
ふ……ふはははははは…………!!!!
声は出せなかった。
ドラゴンの誇り。己の悔い。そして、今後どこまで強くなるか分からないが、この強き者の確かな糧となった、確信。
一切の残念が無くなったドラゴンは、大きな満足と共に光へと消え去っていった。
「ふぅ…………」
ベーシック・ドラゴンの後方で、強大な彼が消え行くのを見送り、吐息をひとつ吐いた。
先日はすぐに冒険者たちが来てその対応に追われたため、しっかりと見送ることが出来なくて、ちょっと心残りだったのだ。
光は再びひとつに集束すると、小さな魔石へと戻っていった。
不思議なことに勝手に戻ってきて、勝手にスロットに納まった。
もう完全に私のモノだということだろうか。
「あいっ……たたたたたた…………」
『おい。気を付けろ』
「現実の体にはダメージないはずだけど、多分すっごい疲れてるからね?」
まぁ、それだけで済むなら御の字かな。現実で亜音速移動なんてやったら、もっと酷いだろう。
とりあえず、体の求めるまま楽な姿勢を取る。
……………………色々試した結果、大の字が一番だった。
「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛~……」
「こら女の子」
『見てないぞ~』
「ちょっと勘弁して…………あ、治癒魔法で治んない?」
『この空間にいる間は痛みが無くなるな』
「現実での疲労感は同じだろうけど」
「それでもいいや……」
覚えたままで まだ一度もまともに使っていない治癒魔法を発動させる。
「《ハイヒール》」
柔らかな光が体中を包み込み、痛みと共に疲労を拭い去っていく…………
▽生命魔法マスタリーのレベルが上がりました!!
▽生命魔法:メガヒールを取得しました!!
▽生命魔法:メガリザレクションを取得しました!!
▽生命魔法:バイタル・グロージィを取得しました!!
▽《ハイヒール》が《メガヒール》に統合されます。
▽《ハイリザレクション》が《メガリザレクション》に統合されます。
▽ステータスを確認してください。
特殊スキル
・生命魔法マスタリーLv.6 → 9
取得スキル
・メガヒール:《ハイヒール》の上位互換。治癒できるケガの上限が上がる。
・メガリザレクション:《ハイリザレクション》の上位互換。修復できる欠損の程度が広がる。
・バイタル・グロージィ:一定時間活力を向上させ、治癒速度、持久力を向上させる。
……………………なんか覚えた。
「あ、現実でも亜音速移動出来るかも」
「マジで?」
『《バイタル・グロージィ》はなんというか、体の基礎性能を向上させる魔法なんだ』
「《ストレングス》とは違うの?」
「あれは各々のステータスの上限を上げる感じ。こっちのはステータスを維持する力を上げる感じ」
「…………よくわからん」
『毎朝の目覚めが良くなって、疲れにくくなり、風邪を引きにくくなる』
「そんな生活密着型魔法なの!?」
『ついでに亜音速移動時の身体負荷に耐えられるようになる』
「そっちの方が重要ですよね!?」
「日常の健康も大事」
「ジャンルが違うと思います!!!!」
要するに加速している間、徐々に体に蓄積されていったような、ああいう負荷に耐えられるようになるのだろう。限度はあるだろうけど。
「それにしても最後の竜咆はダメかと思ったよ~」
『まさかあそこで竜咆がくるとはなぁ……』
「竜砲だとばかり思っていたものね……」
「……………………音だけ聞いてると何言ってるか分からないね」
確かに…………いや、文字でもパッと見分かんないからね?
最後の加速の時、ベーシック・ドラゴンが放った短射程広域型竜咆を前にして取れる手段はそう多くは無かった。
私が取った手段は、《ショート・ジャンプ》。ただし術式内容を書き換え、空間『圧縮』ではなく空間『拡張』を行った。
竜咆が短射程であったことも功を奏し、私が突っ込む頃には威力の無くなった出涸らしになっていた。
その出涸らしを《チャージル・スラッグ》の残りストックで破壊し、飛び込んだと言うわけだ。
ホントは竜砲を撃たれたら、届くまでの時間を稼ぐために使う予定だったから、ある意味予定通りと言えなくもない。
まぁ、うまくいって良かった…………
「あ、そういえばオズは大丈夫?敵襲があったんでしょ?」
「急いで戻んなきゃね~。体は?」
「大丈夫」
『まぁ、現実では疲労となって表れるが。一応まだ連絡は』
ナビは何故かそこでセリフを途切らせる。
…………まさか。
『良くない報せだ。補助デバイスが全滅したらしい』
「戻るよ!!」
「ナビ!!通信切断!!」
『せめて部屋を出ろ!!そこでは無理だ!!』
部屋のド真ん中で寛いでいたのが失敗だった。
えらく遠くに見える出口に向かって、全速で駆け抜けた。




