第4話 ゴーレム娘、街に行く
「着いたー」
「ようやく……保存食から解放されるぅ~……」
次の日。
今日の朝も、泣きながら保存食を食べたナツナツを肩に乗せて、麓の街へやって来た。
「ところで、なんて名前の街~?」
「確か『テモテカール』」
「ふーん……」
「興味ないな!!」
「よく考えなくても、『どうでもいいかな~』って思って~」
「まぁね……」
実際、おじいちゃんとは『下の街』で通じていた。
ここから見える門には、現在 出入りしている者の姿はなく、門番さんが一人立っているだけだ。
まぁ、半端な時間ですからね。
「さて、ある意味 正念場です」
「《ディスガイス》はしっかりね。後はリラックス リラックス~♪」
「うん」
大丈夫 大丈夫。おじいちゃんの魔法は裏切らない。多分。きっと。おそらく。お願い。
偽装したステータスは以下の通り。
名前:ルーシア・ケイプ
性別:女
年齢:15歳
種族:人間
レベル:5
HP:760
MP:800
力:58
体力:99
魔力:250
敏捷:103
運:best
名前をちょっともじって、種族を人間に。
そして、ステータスの内、特に高いMPと魔力を低めに。スキルは全て隠して、他はそのまま。
入門の検査で、どこまで調べるか分からないけど、念のためにね。
セルフ《スキャン》では、ちゃんと誤魔化せてたよ。
あ、ここに来るまでにウルフや猪などといった、弱い魔獣を倒したので、レベルが上がっています。
元が1だったからか、あっさり上がりました。
私の今の服装は、当時 ここへ買い物に来ていた頃のものを引っ張り出したので、違和感はないはず。
流行? なにそれ美味しいの?
……というのは冗談で、そういうのは基本的に街や村の中で広まる物なので、隣接する街同士でも服装が異なるのはよくあることだ。
なので、ここでいう『違和感』は『街外を移動するのに適した格好かどうか』という意味である。
ただ、手ぶらで行くのは怪しいと思ったので、大きめのリュックサックに旅道具を入れて担いでいる。
ついでに、途中で採取した薬草なども入ってたり。
『収納魔法に入れてあります』でもいいかもしれないけど、私の収納魔法は《異空間干渉》を用いて『異空間[アイテムボックス]に収納する』というかなり特殊なものなので、隠すことにしたのだ。
と、そんなことを考えていると、門に到着してしまった。
門番さんの視線は一旦スルーして、外観を観察する。
あんまり覚えてないけど、昔と変わりないようだ。
高い外壁が左右にどこまでも延び、大きな門とその隣に馬車用の中くらいの門、さらに個人用の小さな門が並んでいる。
その中くらいの門と小さな門の間に立つ門番さんに声を掛ける。
「こんにちは」
「はい。こんにちは。いきなりで失礼なんだが、ここまで歩いて来たのか?」
「そうですよ?」
「マジか……一番近くの街まで、馬車でも一週間掛かるはずなんだが、どこから来たんだ?」
「よくぞ聞いてくれました。ここに来るまでの聞くも涙、語るも涙のトンでも道中を聞いてください」
わざとらしく、袖口で涙を拭くフリをして見せる。
「ははは。面白い嬢ちゃんだ。何を語るか かなり興味があるが、これでも仕事中でな。一言にまとめてくれ」
「そげな!?」
頑張って考えたのに!?
「そげ?」
「あぁ……気にしないでください」
かつておじいちゃんは世界中を巡って様々な経験と知識を得た。同時に様々な言語も……
そのため、時々この辺の言語じゃない単語や文法が出ることがあり、その結果 我が家の共通語は『おじいちゃん語』ともいうべき独自言語となってしまったのだ。
これの困った所は、99%は通じる所に1%だけ意味不明なモノが混ざるところであり、スルー性能が低い人はこのように突っ込んでくるのだ。
…………大抵の人がスルーするせいで修正出来ないとも言える。こっちはおかしいと思っていないからだ。
『ルーシアナ~、思考がズレてるよ~?』
『しまった』
こちらが黙ってしまったので、門番さんが怪訝な顔をしている。
「えーと、ですね。…………訳あって村を出たものの、魔獣と戦闘中に馬が逃げ出し、追い掛けたものの見失い、方角も見失い、ついでに言えば街道も見失い、でも生きる意味はなんとか見失わず、森を死に物狂いで抜け、なんとかここまで辿り着いた次第です」
「ほほーぅ…………一言じゃないな。失格」
「酷いな!?」
「あと、嘘くせぇ」
「もっと酷い!!」
省略させられなければ そこそこイケたって!!
『それでもそこそこなのね……』
…………否定はしない。
「まぁ怪しいは怪しいが、この場合の俺の仕事に関して言えば、犯罪者だったら捕まえるだけだ。身分証明カードはあるか?」
「ないです。それの作成も訪れた理由なので」
「まぁ、村人なら住基カードもないか。それなら手数料で、10,000テトだが払えるか?」
「あい」
用意しておいた硬貨を手渡す。
「じゃ、これに手を置いて魔力を流してくれ」
門の隣に設置された魔道具を指差す。
そこには、腰くらいの高さの台とそれに埋め込まれた魔石があり、正面に透明なプレートが立っている魔道具があった。
「……………………」
ごくり……
緊張を門番さんに悟られないように注意しつつ、《ディスガイス》が掛かっていることを確認して、魔力を流した。
すぐさま正面のプレートに、文字が浮かび上がる。
名前:ルーシア・ケイプ
性別:女
年齢:15歳
種族:人間
犯罪履歴:なし
判定:OK
『がっ!!』と両腕を掲げて勝鬨を上げたいのを、全力で抑えつつ門番さんを見る。
ちなみに、表面上は静かな微笑みを湛えているだけに見えるが、中身は
『しゃあああああああおらあああああ!!!!!!!!』
『やったーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!』
と、ナツナツとおおはしゃぎである。
「はいよ。問題なし、と。じゃ、通っていいぞ~」
「ありがとうございます」
「一応、これが街の案内図な。
宿は早めに確保しておけ。一泊朝夕食ありで5,000テトが相場だ。安すぎるところは注意しろ。
身分証明カードの発行は、一番簡単な方法は冒険者ギルドだ。森の中を遭難出来る実力があるなら大丈夫だろ。場所はここ」
と言って、案内図の施設を指差す。
「おぉ!! おっちゃんサンクス!! 助かったよ~♪」
「ははは~。おっちゃんはやめろ。あと、冒険者ギルドに行くときは、肩の人形仕舞っときな。舐められるとバカが寄ってくるぞ。じゃあな」
「じゃあね~」
街の中に入り、門を閉める門番さんに手を振り別れた。
…………………………………………
「人形ってわたし~?」
「でしょうね。あの人、妖精見たことないのかな?」
「さぁ?」
二人で首を傾げる。
ただ念のため、フード付きのマントを取り出し、ナツナツを隠すように被っていくことにした。
案内図を片手に大通りを行く。
常に最新の状態には、なかなか出来ないのだろう。
所々異なるところがあるが、120年前の記憶を頼りに行くよりはずっといい。
第一目標の宿屋とギルドでは、ギルドの方が近いので先にそちらに向かっている。
『大分記憶と違うかなぁ……』
『120年は長いよ~? 普通の人間なら、二回は死ねるからね~』
『170年生きたおじいちゃんは、確かに大賢者だったね……』
そんな凄い人の生涯を、半分以上も無駄にさせてしまった。
私の気持ちが暗くなるのを察したナツナツが、話題を変えて気を逸らしてくれる。
『それにしても、門を突破出来てよかったよね~♪』
『うん。…………それもこれも、おじいちゃんが残してくれた魔法のお陰だね……』
『……………………むん』
「あいたーーーー!?」
話を逸らそうとしても、なおもぐじぐじと引き摺る私に、フードに隠れたナツナツが物理的に噛み付いた。
完全に油断していた私は、思わず大声を出して周囲の視線を集めてしまう。
慌てて素知らぬ顔をして歩を進めるが、周りからクスクスといった笑い声が届いてきて、顔が赤くなってしまった。
『酷いよ ナツナツ!?』
『うっさい。いつまでも、グダグダ言ってるからだよ~ん』
『私にとっては、まだ一週間も経ってないんだからいいじゃん……』
『妖精は、楽しいのが好きなの。お分かり~?』
『圧倒的 自己都合!!』
まぁ、私だって楽しい方がいい。
だから、気分が沈みがちな今の私にとっては、昨日からナツナツには、とてもお世話になっている。
…………………………………………
「ここか」
しばらく進むと、やたらと大きな建物に辿り着いた。
半端な時間だと言うのに、結構人の出入りが多い。
山奥で暮らしていた私には、人の多さだけで酔いそうだ……
『…………行きたくない』
『がんばれー』
『うぅ……』
ナツナツに後押しされ、不承不承 扉を開く。
一瞬だけ集まる視線。しかし、それはすぐに霧散し、殆ど注目はなくなった。
あ、これくらいならイケるかもしれない。
私に残る少ない視線のひとつ。受付嬢さんの元へ向かう。
……そういえば、男性の受付はなんて言うんだろう。受付…………年?
『ちがうとおもう~……ふあ~~ぁ……』
興味ないな、この子は。
受付嬢さんの前に辿り着いた。一応、礼儀としてフードを取る。
なお、ナツナツは襟側を通って、服のサイドポケットに移動している。最初からそうしておけばよかったと思ったのは秘密だ。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ。こんにちは」
「男性の受付さんは何て呼ぶんですか?」
「は?」
しまった。思考が漏れた。
「いえ、すみません。身分証明カードを作るには、ここが一番簡単と聞いたんですが、出来ますか?」
「はぁ……あ、ギルドカードの作成ですね。それには、冒険者ギルドに登録していただく必要があります。その条件は、年齢とある程度の戦闘能力なので、まぁ、最も簡単と言えます」
「ある程度の戦闘能力って?」
「そのままの意味ですが、確認方法は2つです。ステータスの確認か実戦テストですね」
「ステータスってどのくらいです?」
「すみませんが、機密事項です。数値だけギリギリに調整されたりしても、意味が無いですからね」
「そんなものですか?」
「はい」
うーん……どの程度が基準値か分からないから、《ディスガイス》で調整出来ない。異常に高すぎても困るし。
「まぁ、最低年齢の13歳でも、頑張っていれば大抵クリア出来ますから、多分 問題ありませんよ」
「あ、そうなんですか」
なら、このままでも大丈夫かな?
「では、ここに手を置いて魔力を流してください」
「あい」
門の所で見た魔道具の上半分のような物を指された。
再び《ディスガイス》を確認してから、門と同じように魔力を流す。
名前:ルーシア・ケイプ
性別:女
年齢:15歳
種族:人間
レベル:5
HP:760
MP:800
力:58
体力:99
魔力:250
敏捷:103
運:Best
よし!!
心の中でこっそりガッツポーズ。ちゃんと誤魔化せてる。
……だが、受付嬢さんの表情は微妙だった。
「うーん……ちょっと相談してきますから、少々お待ちください」
「え!? 私、13歳に劣るの!?」
「端的に言うとそうです」
「ぐはっ」
人間でもないのに!?
『いや、フレッシュゴーレムの基礎ステータスは、人間と同等だよ~?』
…………せっかくゴーレムになって生き返ったのに、生きづらいだけなんですけど……おじいちゃん……
『いやいや……蘇生させるのが目的であって、ゴーレムにするのは目的じゃないからね~……』
それはそうなんですが……
そんなことを考えていると、奥に行った受付嬢さんが、ごっついおじさんを連れてやってくる。
「お待たせしました。こちら、当ギルドのギルド長です。能力と権力はありますが、隙あらばサボろうとしますので、敬意は払わなくて構いません」
「おいこら。なんて説明をするんだ」
「事実でしょう。実戦テスト担当がいるのに、わざわざ自分でやりにくるなんて」
「阿呆。バダムは休みだ。そして、相手に合わせて手加減と見極めが必要なんだから、適当な者には任せられん。つまり、俺の登場だ」
「くっ……屁理屈魔神め……」
「それで、テストを受けるのは、この嬢ちゃんか?」
明らかに部外者に見せるべきではないやり取りを終えて、こちらを見るギルド長。
…………ちょっと怖い。
緊張を和らげるため、『にへら』と微笑んで見せる。
「明日また来ます」
「そしたら、ギルド長権限で発行させん。行くぞ」
「横暴だーーーー!!!!」
「聞いてたでしょ? 権力はあるのよ……私も付いていくわ……」
私たちを置いて とっとと進むギルド長に文句を言うと、疲れた様子の受付嬢さんが後ろから声を掛けてきた。
「えーと、私の名前はセレス・グランディア。一応 アレとは父娘よ。よろしくね」
「あ、私はルーシア・ケイブです。よろしくお願いします」
軽く挨拶を終えると、ギルド長の後を追った。




