第240話 属性大盛料理娘、現実逃避中④
221 ~ 252話を連投中。
10/9(土) 11:00 ~ 18:30くらいまで。(前回実績:1話/13分で計算)
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二日後、朝。
「……………………」
早朝、まだ日の出の気配すらない暗闇の中 馬を借り、開門と同時に街道を無視して目的の採集地へ。
運良く魔獣との遭遇も無く、4 ~ 5時間で辿り着いた。
そして、馬から降りたボクは、お尻を抑えて崩れ落ちた……
「い……いたぃ…………めっちゃいたい……」
乗馬って、こんなにキツかったっけ??
小声で震えるボクに、心配そうな顔をしたペギー (馬の名前) が鼻を寄せてくる。
泣き声を噛み殺しているボクを、ペギーが慰めるように頬を舐めてくれた。馬にしておくには惜しいヤツだよ。
「ぶるるるる……」
「だ、だいじょぶ……だいじょぶ……」
とりあえず、ここまで頑張ってくれたペギーに水をあげた。
『そんなことより、早く自分の傷を治してください』という視線を感じる。
道具袋から、念のためにと持ってきた傷薬を取り出した。
ポーションは買えなかった……という訳ではなく、傷薬の方が都合がいいから。
ポーションなどの魔法薬は、即効性がある代わりに一本丸々消費する必要がある。どんなに小さなケガだったとしても。
傷薬などの普通薬は、即効性は無いし小さなケガにしか対応していないが、ケガの程度に応じて使用量を調整できる。
それに『即効性が無い』と言ったものの、ケガの程度によっては十数分で治るくらいには速い。
傷口は確認できないので確実なことは言えないが、多分、このくらいならすぐ治るはず。
まずは、周囲を見渡し、誰もいないことを確認。
そして、傷薬を塗るため患部を…………
…………………………………………
― 精神力が50下がった ―
― 乙女度が50下がった ―
― やる気が50下がった ―
― 黒歴史『さわやかな朝日の下で……』が刻まれた ―
「……………………しにたい」
「ぶ、ぶるぅ……」
ぺろぺろ。
ありがとう。でも、今はその優しさがつらたん。
早々に色々とケチが付いたけど、気を取り直して森に入る……前に食事にすることにする。
森の中で昼食は取れないかもしれないからね。食べ溜めしておかなきゃ。
森の手前で枯れた木の枝や木の葉、石を集めてかまどを作り、火を起こす。
少しバランスが悪いが、小さな鍋で湯を沸かすだけ。なんとかなる。
沸騰した湯に保存食をぶち込み、味を調える。こういう小手先の技は得意だ。
出来上がったスープに堅パン浸し、ふやかしながらささっと流し込む。
え? 味? …………ははっ。
「よし、準備完了。それじゃ行ってくるね」
「ぶるるる…… (コクッ)」
「あ、あれ? 言葉通じてる??」
鍋を簡単に洗って火を消し、草を食んでいるペギーに声を掛けると、予想外の頷きが返ってきた。
最近の馬は、人語を解するのだろうか……?
詳しく調べたいところだけど、ペギーは森から離れて行ってしまった。
若干の疑惑を残しつつ、ペギーに背を向けて森の前へ。そこには、森の奥に続く獣道が一本。
頻繁に冒険者が訪れる採集地なら人用の道ができるものなんだけど、ここじゃあね。
何もない草木を掻き分けていくよりはマシだから、ガマンガマン。
あ、ちなみに、馬で森に入るのは基本的にはNG。草原に生きる動物だからね。
しかし、だからと言って、その辺の木に手綱を括り付けてしまうのも、また問題。魔獣に『食べてください』と言ってるようなもの。
なので、目的地が森の場合、馬から降りた後は帰る時まで馬の自由にさせておくのがルールだ。
目的を達成して帰る時は、専用の馬笛を鳴らして呼ぶことになる。
この馬笛は魔道具で、対応する魔道具を着けた馬以外に音は聞こえないらしいので、他の魔獣を呼び寄せるなどの心配はない。また、音は人に聞こえないのだけど、かなり遠くまで届くとのこと。
この規模の森なら、例え反対側から呼んだとしても来てくれる…………はず。わざわざそんなことしないけど。
森の入口に立つ。
木々の間、根本の藪に隠れるように、細い道が奥へと続いている。
「う~ん、大自然……」
普段から屋上庭園で植物を相手にしているボクですら、ちょっと入るのが躊躇われる。
…………いや、虫がね?
『触れない』なんて、柔なこと言うつもりは全く無いけど、予想外のところからひょっこりされたら、さすがに大丈夫とは言えない。
とりあえず、手袋とフードをしっかりと装着し、杖を使って隙間を広げて中に入っていった。
…………
……………………
………………………………
…………………………………………
『(…………まずい)』
草や枝葉を掻き分け、昔の記憶を頼りに森の中を進んで約1時間。
ボクは、大きな木の陰に座り込み、滝のような冷や汗を流していた。
ここは、森の只中にあっても陽射しが程好く降り注ぐ、開けた広場のような場所。
不思議なことに木々が疎らで、ここだけ草原のような様相を呈している。
昔、この森を探索した際に偶然見付けた、ハーブ類が良く育つ穴場だ。
多分だけど、地面のすぐ下に大きな岩か堅い岩盤があって、樹木が育ちにくいんじゃないかと思っている。
魔獣なんかは、基本的に草むらや岩など、身を隠しやすい場所を根城にするため、意外と安全。
また、視界が開けているため、不意討ちのリスクも少ない。
……………………はずだったんだけど。
『(なんでなんでなんでなんで……!!!?)』
『見間違い』という一縷の望みにすがり付いて、こっそり、ひっそり、慎重に広場の様子を窺った。
豚、豚、豚、豚、ところにより牛。こちらは食料でしょう。
…………………………………………オワタ。\(^o^)/
『(いや、待とうか。まだ、終わってない)』
そう。まだ、終わってない。気付かれてない。でも、気付かれたら死ぬ。裂ける。オワタ。\(^o^)/
『(いや、待とうか。まだ、終わってない)』
そう。まだ、終わってな……………………うん、現実逃避はこの辺にしておこう。
あはははは…………絶体絶命のこの状況だというのに、随分と余裕があるよね、ボク。
養父の嫌がらせで何度か命の危険を感じた経験が活きてるのかな? あはは、くたばれ。
…………………………………………ふぅ。
さて、そんなことは今はどうでもいい。
なんで王都に程近いこんな場所に魔獣が、しかも四足獣ではなく獣人が集まっているのかは分からないけど、気付かれていない今の内が好機。とっとと逃げよう。
ハーブ? さすがに、命あっての物種だって、ボクでも分かる。
幸い、かつて淑女教育の一環として学んだ『優雅な歩き方』は、俗に言う『忍び足』に通じる技術だったのか、足音を立てずに移動するのは得意だ。
まぁ、地面を這うような低姿勢で歩くような淑女はいないだろうけど。
そろり……そろり……
前見て、横見て、後ろ見て…………よし、敵影なし、クリア。
大丈夫。ボク知ってる。
こういうときによくある失敗は、『数の多い本隊ばかりに気を取られて、背後に立つ分隊に見つかる』ことなのだと。
『油断して踏んだ枝が折れて気付かれる』という場合も多いけど、しんと静まり返った真夜中ならともかく、今はオークたちも『ふごふご』『ぶひぶひ』と騒いでいるし、そこまで神経質にならなくてもいい…………はず。
…………え? 『よくある失敗』って何によくあるか?
創作物語だよ、しょうがないでしょ。さすがに、ギルドの指南書にこんな状況の対処法なんて書いてなかったし!!
と、とにかく、姿勢を低くして、周囲を幅広く警戒!!
この方法が正しいかは分からないけど、この方法に頼る意外に出来ることはないの!!
というか、ここまで割と呑気に接近したのに、良く気付かれなかったよね!! 無意識ってすごい!!
恐らく数秒で移動してきた距離を、数分掛けて逆戻りし、少し大きな木の陰で一息吐く。
『(はぁ~~~~……)』
まだまだ油断は大敵だけど、もう1 ~ 2回同じことをすれば、立って移動しても大丈夫なはず。
一応、オークたちの様子を窺ってみるが、こちらに気付いた気配はない。
よし、イケる。イケる!! イケる!!!! イケる!!!!!!
自分に暗示を掛けるように『イケる』を繰り返し、木の陰に隠れながら、強張った筋肉を解す。
そして、再び低姿勢歩行を取ると、『そろり そろり』と足を踏み出……
パキッ!!
「へ?」
踏み出した右足が、一本の枝を踏み折った。
それは別にいい。
先程も言ったけど、騒いでいるオークたちの耳に小枝を踏んだ音が届くとも思えない。距離もある程度稼いだし。
驚いたのは…………踏み折った枝が、勢い良く跳ねたこと。
森の地面だ。
凹凸は激しくて、たまたま凹んだ地面を跨ぐように枝が落ちていることも、不思議ではない。
不思議なのは弾かれるように跳ねたことで、それはつまり、折れる直前まで強い力が掛かっていた証拠ということで…………
ガバァァァァ!!!!
「っっっっきゃああああ~~~~~~~~!!!?!!!?」
何かが足首を掴んで、強引に天地を入れ替える。
咄嗟に顎を引いたのが功を奏したのか、奇跡的に頭を打つことはなかったが、上も下も分からないまま上下左右前後に好き放題に振り回された。
ようやくそれが落ち着いて目を開くも、視界は闇に閉ざされたまま。
意味が分からず数秒固まったのち、頭に血が昇る感覚から自分が逆さ吊りになっているのに気付く。
『逆てるてる坊主』のようになって視界を塞いでいたローブを捲り足首を見ると、植物の蔓をそのまま流用したロープがキツく食い込んでいた。
『吊るし罠』と呼ばれる、枝の張力を利用した罠で、獣人もよく使うポピュラーなもの…………と知るのは、少し後のことだ。
この時はただ、『オークたちにバレる』という焦りだけが頭の中を支配していた。
「っっっっくの!!」
片足だけで吊し上げられたこの状況、体術だけで脱出するのは無理がある。
ボクが使える魔法は、火・風・精神属性。
この内、精神属性魔法に物理的な破壊力は期待できず、風属性魔法で切断するには枝が太過ぎた。
ゆえに、火属性魔法しかないんだけど…………!!
『南無三!!』
それでも、それを使う以外に方法がない。
未だゆらゆらと揺れているため狙いを付けるのが難しいが、右足に沿って魔法を放てばロープの根本まで一直線だ。理論上は。
うっかり自分の足に当たらないことを祈って《ファイアー・ボール》を発動させる。
拳よりも小さな圧縮火球が、奇跡的に一発でロープの結び目に命中すると、大きな音を立ててそれを弾け飛ばした。
《ファイアー・ボール》は術式構成の難度の割に威力も高い魔法なのだが、命中後も圧縮を維持するのが難しく、大きな音と共に弾け、周囲に炎を撒き散らしてしまうという欠点がある。
仲間への被害や延焼の危険などから使用はあまり推奨されない魔法なのだけれど、まともな攻撃魔法が火属性しかないボクにとっては、切り札のようなもの。
まぁ、魔獣を倒す切り札と考えるには威力が足りないし、街中での護身用と考えると威力が高過ぎるしで、扱いにくいことこの上無い魔法なんだけど。
…………風属性? 街中での護身用程度には使える。察して。
とと、そんなことは今はどうでもいい。
頭から落ちるのをうろ覚えの受け身で誤魔化して、すぐに立ち上がる。
ボクの悲鳴で近くに獲物がいると気付かれただけでも最悪なのに、《ファイアー・ボール》の爆炎で明確に位置まで知られてしまったはず。
早く、早く逃げないと……!!
「ふごぉ?」
「ぇ……?」
焦りで周りが見えていなかった。
後方……本隊の方にばかり気を取られていて、前から来たオークたちに気付いていなかったのだ。
「きゃっ……」
『ボンッ』と弾力のある肉壁に弾かれて尻餅を着く。
ぶつかられた方も、こちらと同じく不意打ちだったろうに、ピクリともしていない。
恐る恐る見上げると、そこには五体のオークが草むらを掻き分けて姿を現したところだった。
「ぁ……ぁ……」
「ふごぉ~……」
さすがに…………こんな状況に至っても冷静な判断ができるほど、神経が図太い訳ではなかった模様…………
頭の中は完全に真っ白で、立ち上がることも離れることも、思い付くことができなかった。
「ふごっ」
「ふがふが」
「ぶもぉ~」
何か話している……
何か話しているが、その意味は当然分からない。オークと人間だし。
「「「「「ぶぅぅ~~ごぉぉ~~♡」」」」」
だが、その意味は、何故かはっきりと汲み取れた。
オークたちは、とてもとてもイイ笑顔をしている。……………………人はソレを、情欲と呼んだ。
「ぃぃいいいいやああああああああーーーー!!!!!!!!」
全身に走った怖気が、精神を殴りつけ、本能を蹴り飛ばす。
気付けば、無我夢中で走り出していた。
「「「「「ぶごぉ~♡」」」」」
「来ないでぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」
そして、凄絶な鬼ごっこが始まった。




