第239話 属性大盛料理娘、現実逃避中③
221 ~ 252話を連投中。
10/9(土) 11:00 ~ 18:30くらいまで。(前回実績:1話/13分で計算)
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ルーシアちゃんに教えてもらった料理を売り始めてから、早一週間。
入浴を終えたボクは、心地よい疲労と僅かな不安に包まれながらベッドに倒れ込んだ。
この一週間は、予想の数倍以上の来客が連日続き、目の回るような慌ただしさと、夢のような楽しい時間の連続だった。
何度 頬を抓ったか分からない。
何故か、Dランク冒険者にしか宣伝をしていないのに、Cランクの冒険者、たまにBランクの冒険者すら立ち寄ってくれることもあった。
いずれその辺りにも宣伝する予定ではあったけど、まだまだ先の話のつもりだったから嬉しい誤算だ。
もちろん、現在の味では合格点は貰えていないだろうから、将来性に対する投資の面が強く、成長の見込みがないと判断されば離れていってしまう可能性も高いが、見向きもされていなかった以前に比べれば、数百倍もマシというもの。
レシピの研究・改善にも力が入ります。
……………………入り過ぎました。
ボクが使っている食材のうち、購入できないもの……つまり、ハーブ類が足りなくなってしまったのだ。
これらハーブ類は王都内で地産できる数少ない食材のひとつなので、通常なら新鮮なものでも比較的簡単に購入できる。…………残念ながら、ボクにそれは難しいけど。
ハーブ類は、ルーシアちゃんに教えてもらった料理の、要とも言える最重要食材。
ここを妥協することは、すなわちボクの料理人生を諦めるに等しい。
方法は二つ。
営業日を減らしてストックが増えるのを待つか、王都の外で採集してくるか。
前者は、安全で確実だけど、週に2~3回は休む必要があり、せっかくのお客さんをみすみす逃がすことに繋がってしまう。
特に、今は話題性もあって、通常なら足を運んでくれないような人達まで来てくれている。
一度でも口にしてくれれば、いつか思い出して再来店してくれる可能性もあるけど、口にしてもらえなければその可能性は限りなく0。
その損失は、ボクが思う以上に大きなものだろう。
後者は、店を休むのは週1回程度になるので、お客さんの取り逃がしは最小限に抑えられるが、単純に危険。場合によっては、料理人生どころか、リアル人生が終わる。
でも、一応 冒険者として王都の外で活動した経験もあるから、それほど危険は無い…………と、思いたい。
……………………あほくさ。
何が『方法は二つ』なんだか。
『思いたい』なんて無意識に付け加えてる段階で、後者を選ぶ理由を探している自分に気が付いた。
そうだ。
今までは、どんなに頑張っても料理の問題とは全く関係の無い、かつての悪意に阻まれてきた。
今回だって、『食材がない』なんていつかと同じ問題にぶち当たってるところだけど、頑張れば頑張った分だけ応えが返ってくる恵まれた状況にいる。
『ここ』で踏ん張らないで、どこで踏ん張るというのか。
それに、ルーシアちゃんに今後の協力を頼むつもりなら、ボクが胸を張って『全力で頑張った!!』と、自信を持って言えるようにならないとダメだ。
これは、どちらかと言えば、ボクの意地。
ルーシアちゃんには、すでに十分に助けて貰ってる。協力を頼むなら、対等であろうと努力しないと!!
仰向けに倒れた体を勢いよく起こし、食材の在庫を確認する。
…………よし、明日の分はギリあるから、明後日を採集日として色々準備しよう。休みの報せとか武具の手入れとか。
明後日は、馬を借りて開門と同時に採集地に向かえば、昼頃には辿り着くはず。そして、日が暮れるまで採集して、近くの休憩所で野営。
明々後日には、十分余裕を持って王都に戻って来れる。
…………尤も、その疲労状態で開店の準備と本番を乗り越えなきゃならないのだけど。
……………………無理かな? …………いや、一回くらいならイケる!! でも、念のため、『休みは1 ~ 2日』としておこう。
そうと決まれば、善は急げ。
随分 昔に使って仕舞いっぱなしになっていた杖とローブを引っ張り出し、簡単にチェック。
…………うん。刃物と違って錆びたりしないから、杖は問題ないね。焦石も異常無し。
ローブも…………あ、虫喰い発見。でもまぁ、大丈夫でしょ。ローブの防御力の主体は、裏面に縫い込んだ金属プレート。これはさすがに喰われていないし。
一通り武具の確認を終えたボクは、次に王都周辺地図を取り出す。
採集地の目安を付けるためだ。
ただ、採集地を選定するに当たって、ふたつほど問題があった。
ひとつ。
料理に使うハーブ類は、薬草として採取されるものと同じ種類であることが、多々あるということ。
この違いは、ハーブ類は『若い未成熟なもの』、薬草類は『良く成熟したもの』、という生育具合の差なのだけど、王都の外で採集する目的は、大抵 薬草類として。
ハーブ類は、先程も言ったけど、王都内で採れるものだからね。
つまり、ボクがハーブ類の採取をしていると、『未熟な薬草を採取してしまう迷惑な冒険者』と見られる可能性が高い。
これは、現在 冒険者を中心に客層を広げようとしているボクにとって、悪いイメージを植え付けてしまう行為だ。
最悪、『ハーブ類は手に入ったけど、お客はいなくなった』なんてなったら、本末転倒。
これは避けねばならない。
ふたつ。
これは、ボクが過去と決別した切っ掛けのひとつなのだけど…………ボクには、ある特殊なスキルを産まれたときから授かっている。
これは、本来ならある亜人の種族特性なのだけど、ボクは亜人ではない。
つまり、本来 得るべきではないスキルが、何の因果かボクに授けられてしまったということ。
原因は不明。他に似たような事例も聞いたことがない。
ただ、ボクの二十数年間の経験から分かったことは、『イレギュラーなスキルのため、制御が難しいようだ』ということ。
任意発動スキルなのだけど、ふとした切っ掛けでONになってしまうこともしばしば。
最近は、落ち着いていれば基本的にONになることもなくなったけど、一度乱れるとなかなか抑えることができないのは変わらない。
子供の頃はこれで色々あった……
もしかしたら、最近の慌ただしさも、コレが原因のひとつだったのかも…………しれない。抑えきれていなかった、かな?
…………ま、まぁ、過ぎたことは置いておいて、採集に行くならこのスキルを存分に使用することになるのだけど、あまり他人に知られたくないスキルでもある。
人目の多い採集地にはいけない。
以上の理由を考慮すると、なるべく他の冒険者があまり近寄らない採集地を選ぶ必要がある。
と、いうわけで、王都周辺地図に目を落とす。
王都の東西南北には、それぞれ低ランク冒険者向けの草原や森が整備されている。
ボクが住んでいるのは王都の南側だから、できれば南門に近い方が良いのだけど…………無いなぁ……
『他の冒険者が立ち寄らないような辺鄙な採集地』だとしても、王都から離れ過ぎていては馬を借りても間に合わない。
ベストは、『街道から外れている』もしくは『近くにもっと大きな採集地がある』場所なのだけど…………
「…………やっぱり、ここかな?」
選んだのは、王都 北西部にある小さな森。サノス山という、やはり人が立ち寄らない小さな山の近く。
そこは、『主要な街道から遠く』、『王都に近くて、もっと広く、見通しの良い草原がある』ため、冒険者が敬遠しがちな採集地。
以前 冒険者で何とか食い扶持を稼いでいた時に行ったことがある、というのも好ポイント。四足獣の魔獣が多いのも良い。
え? なんで四足獣の魔獣が多い方が良いのか?
それは単純に、ボクの例のスキル的に、獣人より四足獣の方が都合が良いからだね。
…………え? 『いい加減、具体的なスキル名を言え』?
…………………………………………言わなきゃダ
ダメですか、喰い気味にダメですか、コンプレックスかもしれないとか、そういう配慮も無しですか、そうですか。
……………………え~と…………ちゃ、《魅了》、の、スキル、です…………
…………………………………………
え? あ、うん。本来なら、淫魔っていう亜人の種族特性のはずなんだけど、さっき説明した通り、なんでかボクは産まれた時から所持してたみたい。
できれば血縁を遡って調べたいけど、先祖の情報が無いので その辺は不明。さすがに、両親や祖父母レベルにはいないと思うけど。
ん? 『生きているなら、どっちも簡単に分かるだろ?』って?
う~ん…………面倒だから、ボクの過去もちょっと話しちゃおうか。
ボクのかつての本名は、『パーツェリーベ・ドゥーブロマージュ』。
王都で一、二を争う大きな商会、『ドゥーブ商会』の娘だった。
ドゥーブ商会は長い歴史のある商会で、取り扱う商品も多岐に渡る。
同規模の商会は、他には国営のアドミン総合商会くらいで、この二つの商会で王都物流の半分を担っていると言われているくらい。
アドミン総合商会は、一定以上の品質を保証する代わりに、値段は比較的高め。
対してドゥーブ商会は、食糧などの生活必需品は、品質を全く保証しない代わりに圧倒的に安い。貴金属や茶葉などの趣味品はその逆、高品質を保証するが値段も不相応に高い。
『前者はともかく、後者はどこに売れるんだ』と言われれば、それは主に貴族など。そのため、貴族などにも繋がりがある。
それだけ聞けば、『そういう戦略で成功したのかな?』と思うかもしれないが、ドゥーブ商会には黒い噂も絶えない……し、それは多分、正しい。
なにしろ、ボクがそのうちの当事者だったのだから。
成功を収め、富を得た者が次に考えることは、古今東西 大体一緒らしい。
次の目標として、『権力』を求めた。
一般的に、平民が貴族になることは、必ずしも不可能ではない。
方法は大別するとふたつで、『貴族と結婚すること』と『武勲を立てること』。
政治が安定してくると手段はあっても認められないことが多くなるのだけど、この国はまだまだ発展途上であるため、どちらの方法も現役だ。
代わりに、『不適格』とされて、貴族落ちする者も多いけど。
で、仮にも商人のあいつが選べるのは、前者の『貴族と結婚すること』な訳だけど、本人が結婚するには董が立ち過ぎている。
貴族は特に結婚が早いし、財政に難のある貴族も少ないので、政略結婚も難しいから。
そこで用意されたのが、《魅了》を持つこのボク、ということ。
どういうことかと言うと、貴族に求められる資質というのが自領を魔獣から護るための力、具体的に言うと特殊スキルであるから。
《魅了》というスキルは、直接的な攻撃力は無いに等しいものの、攻撃の抑制という面で強力なスキル…………であると言われている。
そう言った強力なスキルを持つ血を取り込むことは、王族や貴族の義務に近い行動原理なのだ。
もちろん《魅了》の場合は、名前から分かる通り悪用も可能な危険なスキルなので、管理下に置く必要がある、という面もあるが。
で、用意されたという言葉から分かる通り、ボクは養女だ。
幼少の頃の記憶は曖昧だけど、明らかに王都ではない街並みと、物心がついて以降見た記憶がない男女の顔を覚えている。
ボクが養女となった経緯は不明だけど、恐らく真っ当な方法ではない。『人買い』か『人攫い』か……せめて『親を殺して誘拐』でないことを祈りたい。
ちなみに、当然のことながら、人身売買は違法です。
善悪の判断も付かない頃からドゥーブ家で育てられたボクが、比較的 真っ当な価値観を持つことが出来たのは、まぁ、奇跡としか言いようがない。
とはいえ、ボクに出来たのはそこまでで、仲間を増やしてドゥーブ家を乗っ取るとか、悪事の証拠を掴んで告発するとか、そういう現状を変えるような力を持つことは出来なかった。
それでもボクなりに色々考えた結果、結婚相手というか、相手の家を頼ろうと考えたのは、子供らしい安直さではあるものの、取れる選択肢の中ではベターなものだったのではないかと思う。
言ってみれば、ドゥーブ家にとって、ボクは敵であると同時に内部にいておかしくない人間なのだから、逆スパイのような働きが出来ると思ったのだ。
…………そこに打算が全く無かったかと言われれば、『No』なんだけど。
政略結婚の道具だったボクだけど、個人的な感情で言えば、相手の男性には正直 好意を抱いていた……という表現では不適切なくらい惚れ込んでいた。
ドゥーブ家の悪事が明るみに出れば婚約は確実に破棄されるだろうけど、協力者の立場になれれば、温情でメイドなり世話係なり、近くで働くことができるんじゃないかと安易に考えていた。
それがあまりに稚拙で幼稚な計画……いや、妄想に過ぎないと痛感したときには、もう全てが遅かった。
…………ボクは、政略結婚の道具ですらなかったのだ。
《魅了》のスキル。
これは、ボクが本来持つべきではないスキルであるため制御が効かず、幼少期は常に発動状態だった。
その分 効果はささやかなもので、『範囲内の他者が自分に抱いている好感情を増幅させる』程度のもので、別に他人を意のままに操るようなことはできない。
あくまで、『好感を高める』程度の効果しかなかった。
…………それでも、範囲内にいる対象の精神に常時干渉していることに変わりはない。
それはすなわち、常に精神攻撃を受けているようなもの。
ただの水滴が、長い時間を経ればやがて岩をも穿つように、瞬間的には大したことのない精神干渉も、長期に渡れば異常を来す。
『いよいよ正式に婚約発表も間近か』と言われ始めた頃、ボクの生活の中心はドゥーブ家ではなく、相手の家に移された。
正式な発表の前の最終確認……生活環境などもあると思うけど、本命は多分 不義の子を宿していないかの証明として、一年程 相手の家で暮らす慣習がある。
その慣わしに則って、相手の家で数ヶ月程暮らし始めた頃……事件は起きた。
メイドや執事など、住み込みで働いている人を中心に、精神衰弱が見られ始めたのだ。
特に、ボクの近くで働いていた人ほど重篤な症状を発症していたことから、冷静に考えればボクに原因があることなど火を見るより明らかだったが、ドゥーブ家で暮らしていた時にはそんなことは起きなかったことから、愚かにもその可能性に気付くことが出来なかった。
多分だけど、ドゥーブ家の方には《魅了》を防ぐ何かがあったのだ。
ようやくその可能性に気が付いたのは、精神衰弱してしまった彼らがあいつの手に落ち始めた頃だった。
…………マインド・コントロール。
精神属性魔法を用いない、原始的な精神誘導法。
これのメリットは、偏に分析魔法などによるチェックに掛からないことだろう。
反面、デメリットとしては、成功確率や効果が、相手の精神状態に大きく依存すること。
つまり――――ここにボクの《魅了》を利用してきたのだ。
ボクは、彼の家とドゥーブ家の縁を結ぶための駒ではなく、彼の家を内部から蝕むための猛毒だった。
そう気付いたボクに取れる選択肢は、もうふたつしか残っていなかった。
…………《魅了》の副作用について、『話す』か『話さない』かである。
すでに、事は起きてしまった。
ボクの意思に関係なく、ボクの立場はすでにアイツ側。しかも、実行犯。
全てを告白して協力したとしても、犯罪者であることには変わりない。
しかも、相手が相手だ。減刑があっても、極刑は免れない可能性が高い。
…………でも、そんなことよりも、彼ともう会えなくなることの方が辛く感じた。
浅ましくも、『気付かないフリをすれば、少しでも長く彼と一緒にいられる』とか『黙っていれば、いずれ元に戻るんじゃないか』とか、血迷った考えが浮かんでしまったが、最終的には全てを話す選択が出来たことは、我ながら『良くやった』と誉めたい気分。
とはいえ、ボクの心が保ったのはここまで。
アイツも、ボクが裏切ることは想定して色々と手は打っていたようで、結局 真相は闇のまま事件は終息。
ドゥーブ商会の評判も多少下がったらしいが、元々悪評も出回っていたせいか損害も軽微。
ボクの方は当然そのままとはいかず、さりとてドゥーブ家に戻る訳にもいかず、絶縁して市井に下り、監視付きで今に至る。
しかし、裏切ったことを根に持っているのか養父からの嫌がらせは続いていて、命の危険を感じることもたまにある。幸運にも、監視のお陰で致命的な事態には至っていないが、図太くはなったと思う。
そんなこんなでギリギリの生活が かれこれ5 ~ 6年続いている。
…………いや、思い出すたびに思うけど、よくボク処刑されなかったよね。
ドゥーブ家はボクを守るつもりなんてさらさらなかっただろうし、混乱の極致にあったボクにできたことは、誠心誠意 嘘偽りなく答えることだけだった。
『騙そう』とか『罪を全部押し付けよう』とか考える人がいたら、多分、良いカモだったはず。
ここで一生分の幸運を使い切って奇跡が起きてたと言われても、まったく不思議じゃないね。
…………………………………………何の話をしてたんだっけ?
……………………あ、そうそう。
そんな感じのややこしい過去があり、ボクの本当の血縁を遡って調べることが出来ないのです。
……………………これを言うためだけに、随分と余計なことを喋った気がする。ま、いいけど。
ついでに、《魅了》について少し補足説明を加えると、正常な効果としては先程 説明した通り、『範囲内の他者が自分に抱いている好感情を増幅させる』だけど、ボクが取り乱すなどして制御不能に陥ると、この効果も暴走する。『好感情の暴走状態』とでも言うべきか。
分かりやすく即物的な形で説明すると、正常状態ではボクに『気に入られたい』『喜んで貰いたい』と考えて、優しくしてくれたり 買い物でちょっとサービスしてくれたり、といったことをしてくれる。
あくまでも、第一優先度は『ボク』にある状態と言えるかな。
これが暴走状態に陥ると、ボクに『自分だけを見て欲しい』『他人と関わって欲しくない』と考えて、ボクの一挙手一投足を監視・管理しようとしてくる。場合によっては、誘拐や監禁なんてことも…………
つまり、第一優先度が『自分の好感情を満足させること』にある状態で、そのためにあらゆる手段を使ってくる非常に危険な状態なのです。ボク的に。
実は、『《魅了》を使うなら、獣人より四足獣の方が都合が良い』と言った理由もここにあって、万一《魅了》の制御をミスって暴走状態に陥らせた場合、四足獣なら巣にお持ち帰りされるくらいで、危険はそんなに大きくない。
巣の中でも暴走中の『独占欲』が良い方向に働いて他の仲間や外敵から守ってくれるから、落ち着いて《魅了》を制御して正常状態に戻せば、普通に出てこれる可能性が高い。
何と言うか、人間が動物の赤ちゃんを自宅に持ち帰る感覚に近い。
逆に、暴走中に無理して脱出しようとすると、『逃がすくらいなら殺す』と判断される危険もあるから、リスキーなのに変わりはないんだけど。
ただ、これが獣人相手だと別の問題が発生し得る。
何と言いますか…………獣人は人型をしているせいか、人間に近い行動をするのだ。それでいて、人間社会でいうところの法やタブーが無いというか人と違うせいで、本能に忠実なところがある。
つまり、何が言いたいかと言うと……え~と…………せ、性対象として、見られる、と……言いますかね?
そのくせ、こちらを人間、他種族だということは正しく認識しているので、その感情表現は加虐方向へ傾く。
そして、根本的な話、大抵 獣人は人間よりも身体が大きく、体力が多い。
……………………分かるよね? 物理的にムリ。(涙目)
一応、ボクにとっては全く何の慰めにもならないけど、《魅了》などの精神干渉魔法を使わない限り、獣人が人間をそういう対象として見ることはない。
当然、獣人と人間のハーフが産まれることも無い。そもそもが全然 全く 別の種族だし。
過去のアレコレの結果、彼とはそこまで行く前に御破算になったので、婉曲的に言うとボクはまだ乙女。
奇跡的に命があっても、最初がソレっていうのは、いくらなんでも心が耐えられる自信がない。
せめて《魅了》の効果が、『相手の心を奪って、意のままに操る』とかだったら…………今 こんな状況に陥っていなかったですね。もっと悪い状況になってたよ、きっと。
さて。
逸れに逸れた話を戻すけど、周囲を気にせず《魅了》を使える採集地、となると、最初から選択肢はほぼ無かったと言える。
それを再確認できたところで、急いで準備しよう。
いつもの料理の仕込みだけでなく、慣れない冒険者モドキの準備もあるのだから、時間はいくらあって足りない。
とりあえず、準備が必要なものをメモにまとめ、仕込みを始めたのだった。




