第1話 ゴーレム娘、起動する
初執筆、初投稿。
色々失礼してたら申し訳ない。
「お……おおぉぉ……」
暗い、混沌を思わせる闇の中、嗄れた老人の声が響く。
「おおおおぉぉぉぉ……ルーシアナ……」
それは嘆きの声。深い悲しみに沈む、深淵から漏れ出す魂の嗚咽だった。
「必ず……必ず、生き返らせてみせる……」
何時の世、何時の時代も、絶えず願われ、叶うことなく露と消える、遺された者の悲願。
「大賢者マイアナ・ゼロスケイプの名に懸けて…………!!!!」
たとえ世界最高峰の賢者と言えども、道理の世界に生きる者には覆しようもない真理だった。
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「これで…………あとは…………」
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「記憶の…………」
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「なぜだ…………全て異常ないはず…………」
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「何が間違っている…………何が……ルーシアナ……」
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「なぜ…………なぜだ…………ゴボッ!!…………ーシアナ……」
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「ルーシアナ…………すまない…………儂を……恨んでくれ……」
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「ルー……シア……ナ……」
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『記憶データの転送を完了しました』
『義体デバイスとの統合化処理を開始します』
『義体デバイスとの統合化処理を完了しました』
『OSとの連動システムを構築します』
『OSとの連動システムの構築を完了しました』
『起動します』
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「う…………きもちわるい…………」
ふと、全身を包む倦怠感と吐き気に目を覚ました。
無意識にお腹に当てた掌の冷たさが、さらに不快感を増大させてしまう。
『失敗したな』とは思うものの、ここで手を離しても、それはそれで不快感が増加するだけなので、他のことを考えて気を逸らすことにする。
まずは、体調。
不快感はひどいものの、異常な発汗や発熱があるわけではなさそう。痛みもないから、一先ず 問題なし。
次に、周囲。
僅かに目を開いてみるものの、視界は暗闇に沈み、意味のある情報を得ることは出来ない。他の五感も同様。ただ、この状況は不快感を和らげるのに一役買っている。問題なし。
…………気を紛らわせるものが無くなってしまった。
しばらくこのままで、不快感が和らぐのを待とう。
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…………どのくらいそのままでいたか。
それは分からないが、徐々に不快感が和らぎ、気分が回復したのを自覚すると、静かに体を起こした。
ギシ……
久し振りに体を動かした時のような、機械じみた硬質な音が体内に響く。
ゆっくりと体を解すように伸びをすると、まずは現状を把握するため、周囲を見渡した。
私は現在、硬質なベッドの上にいる。
マットレスはあるが、私の形に凹みきっており、すでに弾力を失っている。もう替え時だろう。
目が慣れたのか、部屋に明かりはないものの『薄暗い』程度に物は見え、また 室内は適温で過ごしやすい。
目を凝らすと、机にクローゼット、鏡台など、必要最低限の家具が置かれているのが分かった。
……そして、誰もいない。
一先ず、喫緊の危険はないことを確認すると、次に自分のことを思い出す。
そんなことをしなければならないほどに、記憶がごちゃごちゃなのだ。
私……私の名前は『信楽 流紗』。日本人。
5歳の頃に両親を事故で失い、その後 親戚中をたらい回しにされる過程で遺産を毟り取られ、用が無くなると宗教系の孤児院に放り込まれた。
そこの孤児院は、孤児を無料で使える労働力か将来の寄付金を産む投機対象としてしか見ていない、トンデモ孤児院だった。
私は死んだ両親が会社を経営していたため、後者として高度教育を詰め込まれたが、二十歳になる前に大本の宗教団体に恨みを持つ連中に孤児院を襲撃され、その場にいた教主の盾にさせられて命を落とした。
……………………アレ? 私、死んでね?
『もうちょっと思い出してください』
え? そう? じゃあ、もうちょっと。
んーーと…………
あ、私の名前は『ルーシアナ・ゼロスケイプ』。
物心つく前に両親が魔物討伐に失敗して亡くなり、大賢者と呼ばれる祖父と共に生活している。
まぁ大賢者とか言うものの、私にとっては時に厳しく、大体優しい、最愛の肉親であり、何か特別なことを思ったことはない。
ただ、よくある創作物語の如く、何故か人里離れた山奥一歩手前に住んでおり、そこのところは『大賢者らしい』と思ったものだ。
そんなところに住んでいるものだから、日々の生活は作物を育てて、家畜の世話をして、家事をして、時々近くの町まで買い物に行って……と当たり障りないルーチンワークのような生活を送っていた。
ただ、私が15歳の時に祖父が60歳のキリの良い年齢に達したので、『これは頑張ってプレゼントを用意しなくちゃ!!』と思い立ち、普段 立入を禁止されていた山奥に素材を求めて足を踏み入れたのだ。
祖父の教育の成果もあり、住居周辺の魔獣くらいなら余裕で倒せるようになっていたため、少しくらいなら大丈夫と油断したのが運の尽きだった。
気付いた時には『ロックグリズリー』と呼ばれる、身の丈3mを超える化物に襲われ、瀕死のところを祖父に救われた。
が、それでも負った傷は深く、祖父の必死の治療も空しく私は死んでしまったのだった。
祖父に何も返すことも出来ず、後悔が募ったが、最後に『ありがとう。大好きだよ。ごめんね』と言えたのは、僥倖だったと思う。
……………………アレ? 私やっぱり死んでね?
『いえ、そこまで思い出してくれれば大丈夫です』
あ、さいですか……
『では、その記憶の続きと行きましょう。
最愛の孫娘を喪った大賢者マイアナ・ゼロスケイプは、しかし諦められませんでした。
ルーシアナ・ゼロスケイプの遺体を時間凍結により保存すると、蘇生させるための研究に明け暮れました。
20年を掛けて元となる基礎理論を構築し、10年を掛けて実用段階に洗練し、30年を掛けて準備を整えました。
その理論は簡単に言えば、『新しい肉体を用意し、記憶を移す』というものでしたが、残念ながらルーシアナ・ゼロスケイプは目を覚ましませんでした。
大賢者マイアナ・ゼロスケイプは、その後 亡くなるまでの約50年間を費やしましたが、その甲斐空しくルーシアナ・ゼロスケイプが目覚めることはありませんでした。
彼は、最期までルーシアナ・ゼロスケイプの名を呼び、後悔のままその生涯を終えました』
「……………………そんな」
おじいちゃん……私のせいで……
『それから、約10年。ようやく成果は実を結び、あなたは目覚めました。……………………そこで問います。あなたは『誰』ですか?』
「…………………………………………え?」
『あなたの記憶は知っています。『信楽 流紗』ですか? 『ルーシアナ・ゼロスケイプ』ですか? それともどちらでもない『誰か』ですか?』
「…………………………………………」
私…………私は…………誰?
『難しく考える必要はありません。
大賢者マイアナ・ゼロスケイプは、ルーシアナ・ゼロスケイプの蘇生を願いましたが、然りとて 他人が彼女の振りをして生きることを願った訳ではありません。
もしあなたがルーシアナ・ゼロスケイプであったとしても、彼の墓前で『貴方はやり遂げましたよ』と報告して、無聊を慰めることが出来る程度のことでしかありません』
「…………………………………………」
ゆっくりと記憶を思い起こす。
『信楽 流紗』の記憶。
『ルーシアナ・ゼロスケイプ』の記憶。
ふたつの記憶を比較すれば、答えは簡単に出た。
「私は『ルーシアナ・ゼロスケイプ』よ」
そうだ。
ルーシアナとして生きた、何てことない日常の記憶。
それにも関わらず、そこには私の感情が無数に散りばめられている。
対して流紗の記憶は、波乱万丈の人生でありながら、どこまでも素っ気ない。
思い起こした記憶に対して、『今』の私が思うことはあるけれど、『当時』の私がどんな感情を抱いたのか、実感を持って思い起こされることがない。
きっとこれは、『記憶』ではなく、『記録』でしかないんだろう。そう思った。
「おじいちゃんに『違う!!』って言われたら反論のしようもないけどね。言われるまでは『ルーシアナ・ゼロスケイプ』として生きてみようと思う」
『……………………分かりました。固有情報を更新します。個体名:ルーシアナ・ゼロスケイプ。今後ともよろしくお願いします』
「あいあい」
こうして、私、『ルーシアナ・ゼロスケイプ』は約120年の年月を掛けて現世に甦った。




