第176話 ゴーレム娘、スリに遭う
168 ~ 220話を連投中。
11/1(日) 10:20 ~ 23:20くらいまで。(前回実績:1話/6.5分で計算)
一応、事前に下記手順の一部を済ませていますが、途中で投稿を中断するかもしれません。
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よう!! 今日はいい天気だな!!
こんな日は、いい仕事が出来そうだとは思わないか!?
あん? 思わない?
ひねくれたヤツだな!! そういう時は、嘘でも相手に合わせてやるもんだぜ!!
もっとコミュニケーション能力を高めな!!
え? 『お前はそう思うのか』って?
ばっか、天気なんかが仕事の出来に影響するわけねぇだろ!! それは、普段からやる気がねぇ証拠だ!!
真面目に仕事しろ!!
さって、そんなわけで天気とは関係なく、今日の俺は気分がいい。
なにしろ、仕事を探しに出て早々、お誂え向きな二人組を発見したからだ。
その二人組は、豪奢な余所行きの服装に身を包んだ幼い少女たちで、驚くほど容姿が似通っていた。
双子と言っても通じそうな程だが、片方が頭ひとつ分程小さいため、恐らく姉妹なのだろう。
二人は露店の並んだ大通りを、キョロキョロと物珍しそうに眺めながら歩いていく。
その『見るもの全てが楽しくて仕方無い』といった様子は、誰がどう見ても『お上りさん』の風情が丸出しだ。
不意に姉が足を止めると、妹と共にひとりの露店商の前で腰を落とした。
遠くからではよく見えないが、小さなアクセサリーを扱う露店のようだ。
そこの店主も『上客が来た』と察して、にこやかすぎる笑顔で二人に話し掛ける。
そして、二人はキャッキャと楽しそうに幾つかのアクセサリーを試着し始めた。
この通りは、主に観光客などの頭と財布のヒモが緩い相手を狙う店舗が並び、その商品も比較的高額なものが多い。
にも拘らず、姉妹は大した緊張も見せずに試着を続けている。
値札の読めないバカでないならば、高額な商品を買うのに慣れているということ。つまり、財布の中身がたんまりということだ。
しばらく眺めていると、店主が厳重に仕舞ってあった木箱を取り出し、開いて姉妹に勧め出した。
おぉ!! そんなに狙い目なのか!!
露店商が表に出さずに隠している商品は、上物であると同時に値段も桁が上がる一級品だ。
それを出してきたということは、『この姉妹には売れる』と手応えを感じたからに他ならない。
やべぇ……やべぇな、今日の俺は!! 仕事が終わったら、厄除けでもしとかねぇと、明日に響きそうだぜ!!
厄除けとして、良い酒を浴びるほど呑まねえとな!!
高まる期待を胸の内に隠し、しかし、『今日の祝杯は何でいこうか』などと考えていると、さらに期待のできる光景が飛び込んできた。
姉が高そうなショルダーバッグから上品な財布を取り出し、徐に摘み上げたのは、黄金色に輝く小さいけれども大きな希望。
そう、50,000テト金貨なのだった!!
目の前で、いきなりそんな物を取り出された店主が、慌てた様子で姉の両手を掴んで、周囲から金貨を隠す。
当然だ。
普通、庶民が持ち歩く財布の中になんて、10,000テト銀貨が一枚入っているのが珍しいくらいなのだ。
ここで散財しようとしているヤツだとしても、それが数枚で十分過ぎる。少なくとも、金貨なんて入れておく必要がない。
それどころか、そんなものを見せびらかすように取り出していたら、録でもない連中に目を付けられるのは時間の問題だ。
…………しょうがねぇ。そんな連中に狙われる前に、保護してやんねぇとな。それが、俺の仕事さ。
あん? 少女たちを保護するのが仕事ってことは、俺は警備兵か何かなのかって?
ばっか、おめぇは何も分かっちゃいねぇな!!
この界隈じゃちょいと名の知れたスリ師、『疾風のシリス』たぁ俺のことさ!!
当然、保護するのは、あいつらの持ってる財布だけよ!!
あのガキ共にしたって、暴力でカツアゲするような脳筋共に遭遇して人生の厳しさを学ぶくらいなら、金だけスられる方がマシってもんだろうさ!!
さて、獲物は現在、アクセサリー屋から移動して、キョロキョロキョロキョロ 忙しなく左右を見渡している。
そして、ふと足を止めたのは、串焼きの屋台だった、
聞こえてくる会話から察するに、妹の方が興味を引かれたらしい。
姉の方が『夕食が食べられなくなるから』といって、一番小さな串焼きを買ってやっているのが微笑ましい。
そして、ここがチャンスだ。
姉妹越しに商品を覗くフリをして、背後に近寄る。
姉が背中に回したショルダーバッグに視線をやらずに、財布を戻す。
そのまま口を閉じようと、ヒモを探して片手がさ迷うが、そのヒモはあらかじめ俺の風魔法に乗り、ベルトに絡まるように巻き付いてしまっている。
その程度の妨害、数秒もあれば気付かれて閉じられてしまうが、それだけあれば十分よ。
開いたままのショルダーバッグから素早く財布を抜き取ると、串焼きを諦めたフリしてすぐにその場を離れる。
心持ち早足で移動しながら、後方の音に耳をそばだてるが、騒ぎ立てている様子もない。
姉が財布をスられたことに気が付くのは、もう少し後のことになるだろう。
俺は、ガキの財布にしては重すぎる感触に、自然と顔がにやけるのを抑え込む。
しばらく進んで、適当な脇道に隠れると成果を確認するため、隠していた財布を取り出した。
遠くから見る分には気付かなかったが、よく見ればここ最近 流行りのブランド物だった。
やはり今日の俺はツイてる。これも売れば良い値になりそうだぜ。
ついには、隠す必要もなくなったニヤケ顔で財布を開けると、
「…………んん?? なんだこりゃ?」
中身は金貨だらけ……というのは、さすがに考えていなかったが、金と銀で埋め尽くされていることを期待した視界に飛び込んできたのは、銅貨ばっかりの赤茶色の光景だった。
だが、俺が真に困惑したのは、それではなく……
「なんだ、コレ? 魔石が付いてる…………魔道具?」
「まぁ、その通りだな」
「へ?」
財布から掌に乗る程度の小さな魔道具を摘み上げると同時、俺は突然掛けてきた声の持ち主に一瞬にして取り抑えられるのであった。
『よし、確保した。次に行ってくれ』
耳元から響く声に返答はせず、しかし、それに合わせて移動を開始する。
『しっかし、今日は囮がいいのか入れ食い状態だな。さっきので何人目だ?』
『30人目です。うち、主目的のスリ師は20人で、残りは誘拐、恐喝、変態などですね。まだ始めてから二時間とちょっとしか経っていないので、五分でひとりくらいのペースです』
『いや、多過ぎね? 絶対、自分の前で別のヤツがスってるところ見てるだろ……』
『でも、実際 行動に移してるし、案外 周囲は見てるけど、ターゲットの大体の位置は把握してるだけで、細かいところは見てないんじゃないですか?』
『まぁ、可愛いですからね、私の妹たち。見惚れて、犯行の瞬間を見てないのかもしれないわ。……ところで、変態野郎にもう一発ブチ込んでいい?』
『セレスさん、ストップストップ。すでに半分死んでますから』
『逆に不安にもなるのだけれど…………いくらCランクだからって、あまり自分達の力を過信し過ぎるのは禁物よ? ちゃんとお姉さんが守ってあげてね』
『言われなくても』
……………………仕事中なんですから、あんまり雑談しないでもらえますかね?
「あ、お姉ちゃん。見てください、置物ですよ。可愛い♪」
「あら、本当。お土産に買っていこうかしら? 選んでくれる?」
「うん!! どれがいいかなぁ~♪」
オズが、普段よりも年相応に はしゃいだ様子で座り込み、露店に並んだ商品を選び始める。
私も、普段よりお上品っぽく、それでいてワクワク感を抑えられない雰囲気を目指して、オズの後ろから覗き込んだ。
今の私たちが何をしているのかというと、一言で言えば『囮捜査』だった。
ここは王都。
住民や仕事で訪れる者も多いが、観光で訪れる者もまた多い。
そういった観光客を狙って多発するのが、スリや恐喝といった窃盗系の犯罪だった。
そして、このスリというのが厄介な犯罪で、現行犯でなければ逮捕が難しいのに、被害者がその場で気付かないことが多いので、警備を増やしても被害が一向に減らせない傾向がある。
そこで考え出されたというか、割と古典的な手段がこの『囮捜査』な訳なのだが、これにはいくつか問題がある。
ひとつ。囮は目立って、かつ、弱そうでなければならない。
目立たなきゃ犯人に標的にされないし、強そうだと警戒して近寄ってこない。
ふたつ。それでいて、本当に弱くてはいけない。
スリの標的になる分には弱くてもいいのだが、恐喝とかの対象にされた場合、少なくとも助けが来るまで自力でなんとかしなくてはいけない。
以上の二点から、囮として選ばれることが多いのは、新人冒険者や女性冒険者ということになるのだが、いかんせん、普通の冒険者たちを見た目だけ取り繕っても、違和感が大きくて囮としては不向きなのだそうだ。
そこで今回、多くの訪問者と接してきて、人を見る目が確かな門番さんですら、『冒険者じゃない』と思い込ませた私たちに白羽の矢が立ったのだった。
私たちの格好は、いつもの戦闘服ではなく、今 王都で流行っているらしい豪奢なワンピースに、これまた流行っているらしいブランド物のアクセサリーやバッグなど…………を真似た贋物である。
最近、こういう贋物を取り扱う不正業者を一斉摘発したらしく、処分待ちの服やバッグが大量に余っていた、とのこと。
遠くから見る分には違いが分からない程度には精巧なので、それを囮用の衣装として有効活用しているのだ。
が、ワンピースにはヒラヒラふわふわとしたフリルがふんだんに使われ動きにくく、ショルダーバッグにはゴテゴテとした装飾が散りばめられていて、正直 使いにくい。
パッと見の印象だけなら、シャルドさんが作ってくれた戦闘服とそう違いはないのだが、動き回ることを想定して作られたアレとは段違いに着心地が悪かった。
…………やっぱり、シャルドさんすごいわ。
そんな訳で、今の私たちは『王都に観光に来たお金持ちの姉妹』なので、頑張って はしゃぎまくって隙を晒しまくるのがお仕事です。
『ルーシアナ、また来たから気を付けて~。今度もスリだね、たぶん~』
『はいはい』
オズの背後から商品を覗き込むようにしていると、腰の辺りにゴソゴソっと違和感がして、フッと軽くなる。
そして、足早に消えていく気配。
『反応が出た。アイツだな』
『了解。追跡します』
『ルーシア君たちは、待機状態に移行してくれ』
それとワンテンポ遅れて、警備隊の人達から指示が来る。
私は、オズが購入した小物を受け取ると、休憩するように壁を背にして案内図を開いた。
ついでに、[アイテムボックス]経由で、バッグの中に次の財布を忍ばせる。
この財布の中には、私の魔力供給が無くなると、数分程度位置を示す信号を発する魔道具が仕込まれていて、警備隊の持つ専用魔道具でその信号をキャッチ出来るようになっている。
警備隊の人達は、それを頼りにスリを捕まえるのだ。
まぁ、それはともかく、次の指示があるまで、違和感がない程度にオズとの会話を続ける。
「何か欲しいものはあるかしら?」
「う~ん……甘い物が食べたいな」
「さっき食べたばかりでしょう?」
「甘い物は別腹だよ、おね~ちゃん♪」
「仕方無いわねぇ……」
そして、精一杯 背伸びして周囲を見渡す。
が、残念ながら私の身長では、さほど遠くまで見通すことはできなかった。
…………まぁ、時間稼ぎだから問題ないけど。
『確保した。次を頼む』
警備隊の声を合図に、その場で探すのを諦めて、オズの手を取って移動を開始する。
同時に、《マッピング》にマーキングされた、警備隊、犯罪者候補の位置も、後を付けるように動き始めた。
警備隊の人達が『入れ食い状態』と言いたくなる程、私たちが狙われる理由は、多分 コレのせいもある。
通常 複数のスリが同一人物を対象とした場合、先に仕掛けた者が成功した段階で、残りの者は別の獲物にターゲットを変更してしまう。当然だが。
それを防ぐため、ナビが《ロング・サーチ》で犯罪者と思しき対象に目星を付け、そいつらに対してナツナツが《エラー・オール》で認識齟齬を起こさせているのだ。
つまり、たとえ目の前で私の財布がスられた瞬間を見たとしても、彼らはそれを認識できない。
そのため、こんなに小さなバッグから、何個も何個も財布が現れても、疑問に思わずスリに来るのだ。
…………まぁ、本当に注意して観察されたら気付かれるだろうけど、予期せぬ獲物に浮き足立った精神状態では気付かれる可能性は低いだろう。
スイーツ系の屋台を探して、キョロキョロと隙だらけに見えるように通りを進んでいく。
隣では、オズが楽しそうに繋いだ手を振って、満面の笑みを浮かべていた。
その姿は、大抵の人が見れば、正しくその通りの姿に見えるのだろうが…………私から見れば、微妙に笑みが引き攣っていて、頬が赤くなっていることに気が付く。
『えぇっと、オズ? 大丈夫?』
『大丈夫じゃないです恥ずかしいです抱き付いていいですか!?』
『そうは言うけど、たま~にそんな感じの時あるよ~?』
『無意識に出るのと、意識して出すのは違うんですよ、ナツナツ~~!!』
『それでも出来ているのは流石だな……あ、スリが接近中だ』
どうしたものかと思っていると、こんなときにも関わらずスリが近付いてきたようだ。
そして、『ドン』とちょっと強めに体当たりされると同時に、バッグの方で違和感。
恐らく、バッグの口を緩めたのだろう。
…………ふむ。
普通の人でも体勢を崩すような強さではなかったが、一切踏ん張らず、逆に前へ飛び出すように踏み込んで敢えてバランスを崩した。
「きゃっ……」
…………自分でやるとオズの恥ずかしさが分かるね。『きゃっ……』だって。
それはともかく、前に飛び出した勢いでオズの手を引き、しかし、途中で片足を軸に半回転してオズを抱き止め、困惑したような表情を取り繕って、背後のスリを見る。
「…………あ、あの……?」
「…………………………………………」
そいつはこちらが予定外の行動を取ったため、スるのを諦めたのか、仏頂面で視線を外して横をすり抜けていった。
『あのコソ泥野郎。舌打ちしていきやがったぞ』
『【バッドラック】~。【バッドラック】~。もひとつおまけに【バッドラック】~』
うん。まぁ、うん。
うちのナビゲーター二人に心底嫌われたスリは、とことん運を下げられた。合掌。
まぁ、それはともかくとして、『不意に遭遇した王都の悪意に困惑する姉』のフリをして、オズを優しく抱き締める。
『今はこのくらいしか出来なくてごめんね』
『大丈夫ですやる気出ましたとっても出ましたでももうちょっとこのままがいいです』
『はいはい』
捲し立てるような念話が飛んできた。
胸元からは、周囲からはそうと分からない程度に、ぐりぐりと顔を押し付けて、安堵するように深呼吸する気配が伝わってくる。
う~ん……私が思った以上に緊張していたのかもしれない。
本人が特に気負うこともなく、囮を了承していたので大丈夫かと思っていたが、この子は元々人見知りなのだ。
『もう大丈夫』と本人が思っていても、負担になっている可能性もある。
こういうのは、私が気を付けてあげないとダメだよね、やっぱり。
『……………………マジで言ってるのか』
『ルーシアナ…………まぁ、オズならいいけどさ~……』
『何の事?』
『問題ないです。ね? ナツナツ、ナビ?』
『『い、いえっさぁ~……』』
『『サー』じゃないです』
久しぶりだな、そのネタ。
ナツナツとナビが話を切り上げて周囲警戒に戻ったので、それ以上の追求はせず、道の端に避けてオズの背中を撫で続ける。
『ルーシア君、何かあったかね? 助けが必要なら、『左手で頭を二回撫でる』だよ?』
問題ないので、右手で髪を後ろに払った。
『ふむ…………君らの活躍で、既に今日のノルマ分は終わっている。もう終了してくれてもいいし、のんびり続けてもらっても構わない』
了解の合図は、『右手でオズの頭を撫でる』だ。
ちなみに合図は、『はい』『いいえ』『問題なし』『助けて』『ギブアップ』の五種類だったりする。
『ふふ……無理はしないようにな』
『あぁ~……隊長? ちょっといいですか?』
『なんだ?』
『先程、ルーシアちゃんにぶつかっていった男なんですが……』
『どうした? まさか見失ったのか?』
『いえ…………少し先で別に人間にスリにいったようなのですが、手元が狂った結果、痴漢と勘違いされて袋叩きにあってます』
『……………………何故そんなことに……』
ホントだよ。
『どうもターゲットが、休暇中の冒険者だったらしく…………ほら、男嫌いの』
『あぁ、ゾネスさんの?』
『そう、それ』
『よりによって、何故彼女らに手を出したのだ…………有名だろうに』
『最近入った新人を狙ってしまったみたいですね』
『ツイてないヤツだな…………とりあえず、ミーシャ君。対応頼む』
『了解しました』
…………………………………………
『ツイてない』に心当たりがあったので、つと ナツナツに目を向ける。
『王都の料理ってあんまり美味しくないよね~……』
『まぁ、食料の大半が農村頼りだからな…………テモテカール以上に輸送に時間が掛かるから、どうしても鮮度が落ちるのだろう。肉類はともかく』
『それに、香辛料を大量に使う調理法が主流なのもそう感じる理由かと。マイアナと旅してた時の記憶ですが、都会は大体こんな感じでしたよ』
……………………まぁ、いいか。
その後、日が暮れるまで頑張った。
書いた後に気が付きましたけど、144話でも「テモテカールの食糧は、南部農村から輸送するから鮮度が落ちる」とか言ってましたね……
まぁ、本文中でナビが言っているように、テモテカールよりも王都の方がさらに時間が掛かって、明確に味が落ちると思ってください。
ちなみに、タイトルで「スリに遭う」とは言いましたが、「スリの被害に遭う」とは言っておりません。
…………よし、言い訳OK。




