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ゴーレム娘は今生を全うしたい  作者: 藤色蜻蛉
8章 参加!! 彼と彼女等の結婚式
173/264

第164話 ゴーレム娘と孤独の根源

141 ~ 167話を連投中。


1/4(土) 11:20 ~ 19:40くらいまで。(前回実績:1話/17分で計算)


word → 貼り付け → プレビュー確認、微調整 → 投稿してますので、時間が掛かります。


申し訳ありません。



ブックマークから最新話へ飛んだ方はご注意ください。

「…………ふぅ。落ち着いた」


『不思議ナ落チ着キ方ダナ』


「……………………何故か、恥ずかしいです……」


それはスレイプニル・ワークゴクが、囃し立てるでもなく、呆れるでもなく、無感情に眺めてたからでしょうね。

最近は人前ではしなくなったし。…………それが普通か。

乱れた髪を整え、再びスレイプニル・ワークゴクに向き直る。

もう、彼からは恐怖も危険も感じることはなかった。


「続きを聞くけど……」


『アァ』


「私たち、真っ直ぐに離れてたつもりだったけど、どうしてここに戻ってきたの? 微妙に曲がってた?」


『否。コノ世界ノ全テハ、我ヨリ()デテ、我ニ還ル。ソノ流転ニ明確ナ境界ハナイ。汝等ノ乗ッタ流レハ、(いず)ル流レデアッタガ、ヤガテ(かえ)ル流レニ転ジタノダロウ』


「…………結局のところ『世界の果て』なんて分かりやすいものは無かったか……」


まぁ、それでも飛び続けたのは無意味では無かったと思いたい。

流れに身を任せていては、ここに着くのにどれだけ時間が掛かったか分かったものじゃないし。


「この周りの泥の壁が声を届ける方法?」


『ソウダ。泥濘ヲ振動サセ、声トシテイル』


「そんな面倒なやり方じゃなくて、直接喋ればいいのに」


『……………………普通、馬ハ喋ランゾ』


「知っとるわ」


なんで若干『頭大丈夫か? コイツ』みたいなニュアンスなのよ。

夢なんだから、そのくらい都合が良くてもいいでしょうに。いつぞやのドラゴンは喋ったわよ。


まぁ、そんなことを言っても仕方無いか。

私から聞きたいことは大体終わったし、念のため他の三人にも質問はないか確認してみる。


「みんなは他に聞くこと無い?」


「はいは~い」


「はい、ナツナツさん」


「なんでお馬さんはそんなにおっきいの?」


……………………童話だったら、『お前を食べるためだよ』とか言われそうだな……


アホなことを考えていると、回答は割とすぐに返ってきた。


『…………理由ハフタツ。絶対的ニ大キイ方ガ、話シ掛ケルマデノ時間ヲ稼ゲルト考エタコト』


「あぁ~、なるほど~」


確かに前回闘ったときと同じ大きさだったら、即行で武神を展開していた。

それをしなかったのは、足場が悪いのもあったが、相手がデカ過ぎて武神ですらアドバンテージが得られなかったからだ。

準備が整っていれば、こちらが戸惑っている内に話し掛けてくることは可能だったろう。


私が内心頷いていると、ナツナツが続きを促す。


「もうひとつは~?」


『…………………………………………』


「……………………?」


あれ? 自分から『理由はふたつ』と言うくらいなのだから、本人の中ではもう理由は固まってると思うのだが、何故かスレイプニル・ワークゴクは言葉に詰まったように話すのを止めた。


『…………………………………………』×スレイプニル・ワークゴク


「…………………………………………」×私たち


スレイプニル・ワークゴクに気付かれない程度に体勢を変える。

何かあったときに、すぐにナツナツとオズを抱き寄せられるように、だ。


『…………………………………………』


「…………………………………………」


『…………………………………………』


「…………………………………………」


『…………………………………………ウッカリ大キクナリ過ギタダケダ』


「タメてそれかよ」


内容だけ聞くと誤魔化してるようにしか聞こえないが、声のニュアンスからえらい恥ずかしがってるのが伝わってきたので、脱力してツッコんでしまった。

一瞬だけ高まった緊張を返せ。


大分緩くなった空気の中で、オズも手を挙げた。


「はい、オズさん」


「はい。ここが貴方の背だとすると、今 もしかしてすんごいキツイ姿勢で、後ろを向いてたりするんでしょうか?」


……………………すごいどうでもいい質問が出たな。


『否。コノ体ハ我ヲ確定スルノニ必要ナ肉デアルモノノ、擬似的ナモノデシカナイ。ワザワザ見セナイガ、一部肉体ヲ泥濘化サセテイル』


「なるほど」


律儀に答えてくれた……


どこぞの神話みたいに、威圧感というか畏怖というかを感じさせるような状態なのに、裏事情を聞くと一気にそういうのが無くなりますね。


一応、これまでの説明に矛盾や違和感は無い。

いやまぁ、『理由はウッカリ』とか説明になってない説明もあったが、こちらを騙そうというような意図は感じなかった。

多少は警戒を解いても大丈夫だろう。


すっかりいつもの雰囲気に戻った私たちを見て、スレイプニル・ワークゴクがようやく自分の用件に移る。


『ソロソロ、我ノ用件ニ移リタイノダガ、ヨイカ?』


「うん。いいよ」


そういえば、御礼参りでなければ、彼の用件は果たして何なのか。

そちらについては未だ謎だ。


『…………我ガ大罪の(ちから)。《孤独ノ嘆キ》。汝ニ、完全ナル制御ガ不可能ナノニハ、理由ガアル』


「《孤独の嘆き》?」


言われて見るのは、両手に嵌めたベースグローブ。

これをスレイプネルに《マテリアルシフト》させると、《孤独の嘆き》が自動発動し停止が出来ないため、これを制御するための練習を続けていた。


「制御出来ないのは、慣れてないからかと思ってたんだけど……」


『否。ソモソモ《孤独ノ嘆キ》ハ、武器ニ継承サレタガ、他ノ武器スキルトハ少々異ナルノダ。……ソレハ、我ノ残念ト共ニアルスキルナノダ。故ニ、《孤独ノ嘆キ》ノ発動者ハ、汝デハナク我ナノダ』


「…………マジで?」


確かに自分で発動したスキルではなく、他人が発動しているスキルを止めようとしたならば、軽減は出来ても停止することは出来ないだろう。


『ソシテ、我ノ残念ハソロソロ消エル』


「え?」


消える? …………消える?


『コノママデアレバ、《孤独ノ嘆キ》ハ我ト共ニ消エ、使用出来ナクナル。故ニ問オウ。汝等ハ《孤独ノ嘆キ》ヲ必要トスルカ?』


「え、いや、あるなら欲しいけど…………残念が消えるって、アンタそれ大丈夫なの? 死ぬってことじゃない」


『既ニ我ハ死ンデイル。ソシテ、残念トハ何時カ消エルベキモノダ。…………アノ時ハ、問答無用デ殺シ合ッタトイウノニ、今更 何ヲ言ッテイルノダ……』


「いや、あの時だって意思が通じて分かり合えるなら、交渉の余地もあったわよ。今はそれが出来てるんだから、『消えればいい』なんて思わないって」


『…………………………………………ソウカ』


私の説得とも言えない考えを聞いた彼は、しばし沈黙するとタメ息のように言葉を落とした。

私の自分勝手な考えに呆れているのかもしれない。


『気遣イニ感謝ハスルガ、消エヌ残念ホド哀シイモノハ無イ。気ニシナイデクレ。

ソレデモ気ニスルト言ウノデアレバ、我等ノ生キタ証、我等ノ素材ヲ精々有効ニ活用シテ欲シイ』


「……………………そっか」


まぁ、残念とは生前の記憶や感情を核として魔力が集まって出来たもので、短期間であれば生前の状態のまま精神生命体に転生したように振る舞うことが出来るが、長期間に渡ると魔力を消費し切って消えてしまう。

ただ、まれに魔力消費が妙に少なかったり、魔力が供給されたりして、残念が残り続ける場合があり、そうなるとその残念は徐々に精神に異常をきたしてしまう。

そして、いずれ残念から怨念や怨霊といったものに変貌してしまうのだ。

それが本人にとって悪いことなのかは確認出来ないのでなんとも言えないが、外から見ている分には苦しいものであるらしい。


彼はそのことを言っているのだろう。

そして、私にそうさせない保証もできない以上、強く引き留めることは出来なかった。


「そう言うことなら、有効活用させて頂きますよ。貴方たちの素材は、武器に義体に食材に、有用過ぎるから」


『頼ンダ』


素材に頼まれるとは、中々無い経験だ。

彼の素材はテモテカール領軍に渡ったが、無駄にすることも無いだろう。

私が逸らしてしまった話を、再び戻す。


『話シヲ戻ソウ。大罪ハ世界ヲ構成スル基礎要素。顕現ノ形ハ異ナレド、同時ニ世界ニ現レルコトハナイ。則チ大罪 ― 悲嘆 ― ノ(いち)顕現トシテ《孤独ノ嘆キ》ガ在り続ケル限リ、世界ニ悲嘆ノ大罪魔獣ガ現レルコトハ無イ』


「え」


「ほ」


『ん』


「そうですね」


早速脱線する予感。

スレイプニル・ワークゴクから予想外に重大事項が告げられ驚く私たちとは対称的に、オズは当たり前のように頷いていた。


「ちょ……!! それマジ!?」


「そ、それ大発見なんじゃないの~!?」


『『大罪魔獣に手を出してはいけない』というのは、それなりに知られた禁忌だが、その理由は『眠れる獅子を起こすな』、つまり『下手に刺激を与えると、大損害を被るからやめろ』というのが通説だった。しかし、本当は万一大罪魔獣を倒してしまった場合、『新たな大罪魔獣が誕生するから危険』ということなのか?』


「そうです。そして、新たに誕生した大罪魔獣は、大罪としては同様でもその発現の方法はまるで異なります。

例えば、このスレイプニル・ワークゴクは大罪としては『悲嘆』を持ち、発現の方法としては『孤独』の形を取っていました。

次に新たに悲嘆の大罪魔獣が生まれた場合、大罪としては『悲嘆』を持ちますが、発現の方法が『孤独』になるとは限りません。

そのため、発現する大罪スキルも異なり、ほとんど別物となります。

そうなると、それまで蓄積してきた大罪魔獣への対抗策はほぼ通用しなくなり、新たな対抗策を一から構築し直す必要が生じます。そのためには多くの労力と時間と、何より犠牲が必要でしょう。

それ故、かつての文明では、大罪魔獣に手を出すことを禁じました。それが今は表層的な文言だけ残っているようですね」


スラスラと常識のように語るオズに、私たちは視線を向ける。


「し、知らなかった……」


「というか、この前 大罪魔獣について調べた時、オズ何も言わなかったじゃ~ん……」


「えっと、すみません。聞かれなかったので……」


『まぁ、あの時も確かに間違ったことを話してた訳ではないからな。オズも修正する必要は無いと判断したのだろう』


スレイプニル・ワークゴクと闘った後で、図書館に行ったりして、大罪魔獣についてちょっと調べたことがあったのだ。

その時は、ナビメインの説明で、サクッと概要を確認して終わりにしたからな……


「でも、そういうことなら《孤独の嘆き》は、しっかりと引き継いでおいた方がいいのか」


「ですね。悲嘆の大罪魔獣は、他の大罪魔獣に比べると活動が鈍い傾向にありますので、新たに大罪魔獣が生まれても、周囲に被害は拡がらない可能性は高いですが……」


「でも、大罪魔獣は自分の大罪の影響で心を壊しちゃうんでしょ~? 引き継いだルーシアナに影響はないわけ?」


『だな。世界の基礎構成要素というのがどんなものなのかは不明だが、大事なのは間違いない。大精霊クラスの影響力はあるだろう。それを人ひとりで扱うとしたら、反動は大きいことが予想できる』


「そうだね」


申し訳ないが、世界のために私が大罪に押し潰されるようなことになるのは、ごめんである。

『そこんとこどうなの?』という意味を込めてスレイプニル・ワークゴクを見ると、向こうもそれは予想通りだったのだろう。

重々しく頷くと、


『モシ大罪ヲ継承スルノナラバ、ソノ対象ハ汝等デハナク、汝等ノ持ツ四種ノ武器トナル。予備モ含メテ八ツカ。

個々ノ武器スキルトナルノデハナク、現状ノママ共通ノ武器スキルトナルダロウ。

正確ニ言エバ、大罪ハ既ニ武器ニ継承サレテオリ、汝ハソレヲ発動サセルタメノ鍵ヲ継承スルノダ。モシ、鍵ヲ継承シカッタ場合、使用ノ出来ナイ武器スキルガ残リ、イズレ新タナ悲嘆ノ大罪魔獣ガ現レタ時、消エテナクナルダロウ。

故ニ、汝等ノ懸念スル悪影響デアルガ、恐ラク影響ハ無イ筈ダ。《孤独ノ嘆キ》発動中ハ影響ガアルカモ知レンガ、汝等ノ精神干渉防御スキルガ無効化スル可能性ハ高イ』


「本当に~?」


『信ジル信ジナイハ、ソチラ次第ダ。安全ヲ取ルナラ継承シナケレバイイシ、継承ヲ望ンダトシテモ出来ルカハ、マタ別問題ダ』


「ふむ…………ナビ?」


『試算結果はヤツの言う通りだな。武器に継承されるなら、ルーシアナへの影響は、あったとしても《マテリアルシフト》している間だけだろう。オズはどうだ?』


「私の方も同様の結果です。最悪、武器を破壊すれば、大罪は解放され、元通りに大罪魔獣として現れるでしょう」


「なるほど。他に考えられる危険はある?」


『大体ハ既ニ出タ。強大ナ(ちから)デアル分、制御ニ失敗シタ場合、被害ガ甚大トナルダロウガ、ソレハ承知ノ上ダロウ?』


「まあね」


暴走する力が危険なのは、大罪スキルだけの話じゃない。

そういう意味で危険なものなら、既に色々抱え込んでいる。《異空間干渉》とか、武神とか。


…………………………………………


「継承しましょう」


「いいの~?」


「うん」


正直、大罪スキルを継承するメリットは薄い。

効果が尖り過ぎていて、戦術に組み込みにくいからだ。


ただ、私が思い出したのは、スレイプニル・ワークゴクがあげ続けていた、心臓を握られるような悲痛な泣き声だった。

私があの立場になるつもりは毛頭無いが…………世界のどこかで誰かが泣くのを止められるのなら、挑戦してもいいだろう。


「しょうがないなぁ~」


『補助しよう』


「かつての文明の技術も最大限に活用しましょうね」


「それは頼もしいね」


ある意味、この世界における最大戦力だ。

私は改めてスレイプニル・ワークゴクに向き直る。


「待たせたね。それじゃ、大罪の継承に挑戦させて貰いたいんだけど」


『フ…………感謝スル、継グ者ヨ』


……………………そういえば、最初話し掛けてきた時から私のことを『継ぐ者』と言っていたな、コイツ。

もしかしたら、大罪の力を実体験した者として、私にこれ以上の被害者が出ないようにして欲しかったのかもしれない。


「それで、私はどうすればいい? まさか再戦とか?」


いつぞやのベーシック・ドラゴンを思い起こされる。


『否。我ノ問イニ答エテモラウダケダ。資格ガアレバ、継承出来ルダロウ』


「問い?」


『アァ……』


私の聞き返しに、スレイプニル・ワークゴクは一息付くように黙ると、重々しく言った。


『問オウ。汝ニトッテ、『孤独』ニ起因スル『悲嘆』、ソノ根源ハ何ダ?』


「『孤独』に起因する『悲嘆』の根源?」


…………………………………………

言い回しがややこしいが、つまり『お前は孤独を嘆く時、何が嫌で嘆くのか?』ということかな?


……………………独りが嫌だから…………は、回答じゃないな。『なんで独りが嫌なのか?』って質問だしな。


…………弱いから?

…………寂しいから?

…………静かになるから?

…………人恋しくなるから?


……………………う~ん……どうもイマイチしっくり来ない。というか、どれも同じことを言ってるような気がするんだが。


チラリとナツナツとオズを見るが、二人も同じように頭を悩ませている。ナビも同様だ。

ここ1ヶ月(体感)の間、ずっと孤独に苛まれ続けてきたものの、それでもなんとかなったのは、三人のお陰による部分が大きい。

逆に言うと、私は真の意味で孤独を味わったことが無いのだ。

その点、短時間だったとはいえ、全ての仲間を喪ったスレイプニル・ワークゴクと同じにはなれない。


……………………ん? つまり、『三人を喪って孤独に嘆く時、その理由は何?』ってことか?


そこに至ったとき、無意識に口から本心が零れていた。


「好きな人が、大切な人が、いなくなったからだよ」


好きな人を喪わせてしまった弱さを嘆き。

好きな人がいない寂しさを嘆き。

好きな人の声が聞こえない静けさを嘆き。

好きな人に触れられない人恋しさを嘆く。


私の孤独の根源。

初めから独りなら得ることはなく、しかし独りでは無かったからこそ得てしまう悲嘆。

それを一言で言えば……


「『愛』。大罪に対する美徳としても丁度いいんじゃない?」


『…………………………………………』


私の解を聞いたスレイプニル・ワークゴクは、すぐには反応しなかった。

ただ、後ろにいたナツナツは即行で反応した。


「うわ、恥ず……!!」


私は黙って崩れ落ちた……


「ナ、ナツナツ!! めっ!! 確かに解答と解答の間で自己完結してて、それが伝わってる体で答えるとかすっごい恥ずかしかったですけど!!」


『落ち着け、オズ!! それはただただ追い討ちだ!!』


「しくしくしくしくしく……」


大切な三人の反応が、あんまり過ぎて酷過ぎる。

私は柔らかな産毛の生えた地面に頬を当てて、滂沱の涙を流すしかなかった…………でも、嫌いにはなれない。好きなんだもん。


そのまま、フォローなんだか追い討ちなんだか分からない言い訳を聞いていると、スレイプニル・ワークゴクが笑い声をあげた。


『フ…………ハハハハハハハハハハ!!!! ソウカ、『愛』故カ!!』


…………死のう。


周囲の泥壁が振動したくぐもった声と同時に、目の前の馬からも『ヒヒーン』的な笑い声が聞こえる。


「あ・あ・あ・あ・ぁ・ぁ・ぁ・ぁ・ぁ・ぁ・ぁ・ぁ……!!!!」


精神を焼くというか、茹で上げるような身悶えの感情を逃がすように地面を思い切り連打するが、山の如しその体躯に一切のダメージは通らない。

…………馬笑いが収まるまで、私も収まらなかった。


「そ、それで、お姉ちゃんの解答はどうだったんですか? 資格ありですか? なしですか? なしだとしても、ちょっとくらいお目こぼしがあってもいいと思うんですが、それについてはどうですか」


「今のままじゃ、ただただ赤っ恥掻いただけだからねぇ~……」


『ナツナツ…………お前が大体原因だからな?』


なかなか立ち上がれない私を気遣ったのか、単純に気不味くなったのか、オズが話を進める。

未だ愉快そうな色の消えない声色で、スレイプニル・ワークゴクは答えた。


『フフ……スマナイナ。期待通リノ解答デ嬉シカッタノダ』


「……………………」


私は、なんとか一時的に恥ずかしさを脇に寄せて立ち上がる。


「……………………やっぱり貴方はさ……」


『言ウナ。状況ニ流サレルママダッタ、我ガ悪イノダ。……………………引導をヲ渡シテクレタコト、感謝スル』


「……………………どうも」


なんともやりきれないものだ。

私の解が正しかったのなら、彼はいつか私が至る可能性のひとつ。

他に道は無かったのかと、詮無いことを考えてしまう。


僅かにしんみりとした雰囲気が漂い始めたところで、世界に変化が起き始めた。

疲労で目の焦点が合わなくなったかのように、全体がぼやけ始めた。


……………………永い永い夢が覚めるのだ。


『ソロソロオ別レダ。汝等ガ目覚メシ時、我ガ残念モ、消エ失セテイルコトダロウ。ソウナレバ、大罪ハ汝ノモノダ。クレグレモ、気ヲ付ケテ扱エ』


「うん。ありがとう」


もう背景の黒とほとんど同化して見えなくなった彼に、最後の感謝を告げる。

ナツナツたちも黙って頭を下げた。


……………………そろそろ終わる。その瞬間。


『…………ナァ』


「ん?」


彼の姿はもう分からない。

だが、私は彼がオズとナツナツに視線をやったように感じた。


『大切ニシロ。…………我ハ出来ナカッタカラナ』


「当たり前よ。世界を敵に回しても護るわ」


『……………………ソウカ』


崩れ行く夢の中、安心したように小さく笑ったような気がした。





サラサラサラサラサラサラ……


耳に届くのは、静かに水の流れる川の音。

背はゴツゴツと固い感触に、膝から先の足先だけ刺すような冷たさを感じる。

うっすらと目を開けると、大きめの岩の上に仰向けで寝る私と、私の上に寝るナツナツとオズの姿があった。

全身ずぶ濡れのままだが、まだ寒気は感じない。


「…………ナビ?」


『起きたか。おはよう』


「おはよう。…………どのくらい経ってる?」


『小型魔獣を追い払ってから10分程度だな。まだ、風邪を引くほどではないだろう』


「……………………えろう密度の高ぅ10分間やったばいけん……」


『何語だ、それは』


知らん。


ナツナツとオズを落とさないように、注意して身を起こす。

1ヶ月振りの現実は、夢のように穏やかだった。

右手を目の高さに上げる。


「《マテリアルシフト》」


一瞬にして深緑色のベースグローブは、艶やかな漆黒のスレイプネルへと姿を変える。

…………しかしそれだけだった。

いつもなら、周囲の空気がどんよりと重くなり、うっすらと暗くなったように感じるはずだが、そんなことは起こらなかった。

《孤独の嘆き》を完全に制御出来ている証だろう。


「大罪の継承は成功、か」


『あぁ』


「…………………………………………」


『ぺちん』と自分の額を叩き、まだ起きない二人の頭を撫でる。


……………………彼は安らかに眠れているだろうか。

『私の手で殺しておいて』と言われるだろうが、敵だからといって死後も苦しんで欲しいとは思わないし、僅かな間とはいえ穏やかに交流出来た以上、その辺の赤の他人よりは親しさも感じている。


「意識があるなら、早めに話し掛けなさいよね」


『…………元々黙って消えるつもりだったのだろう。何故気が変わったのかは分からんがな』


「…………? なんでそう思うの?」


『勘だ』


「勘かい……」


まぁ……その理由でいいなら、私もそう思うけどね。


『そういえば、大罪を継承して、変わったのは《孤独の嘆き》を制御出来るようになっただけか?』


「それだけで十分な気もするけど…………念のための《フル・スキャン》」



名称:スレイプネル

種類:グローブ

属性:闇

武器スキル

・ダークブレッド:闇弾を撃ち出す。

・孤独の嘆き:大罪"悲嘆"の一。一定範囲内の生命体の、孤独に対する忌避感情を増大させる。対象を敵のみに限定可能。

・共在の友愛:美徳"愛"の一。一定範囲内の味方が多いほど、互いの信頼度が高いほど、ステータスを強化される。



「『またなんか増えとる!!』」


言えよ、アイツ!! 『デメリットじゃないから、言わなくていいか』とでも思ったのかこらーーーー!!!!


『い、いや、アイツもこうなるとは思ってなかったんじゃないか? 大罪とはまるで反対だし…………』


「ぐ…………確かにそうね……根拠もなく怒るのは、筋違いも良いところ……でも、分かってて黙ってたとしたら、容赦なく怒る。ちょー怒る」


『まぁ、無理だと思うが……』


ふたりで『ぎゃーぎゃー』と騒いでいたら、眠っていたナツナツとオズが目を覚ました。

二人は目を擦りながら体を起こす。


「う~ん…………ここは~?」


「…………ちょっと寒いです……」


「おはよ、二人とも」


『おはよう』


オズが目を覚ますと同時に、寒そうに自分の体を抱き締めた。

言われてみれば、走り回って上がった体の熱もすっかり冷め、肌に貼り付く服は氷水のように冷たく感じる。

私はオズを抱き締め、周囲を《ホット・ウェブ》で暖めると、


「一先ずお風呂でも入って暖まりましょうか。レイミーに入浴施設あったわよね」


「職員用の簡易浴室ですけど…………まぁ、私たちなら全員で入っても余裕ですね」


「ライ村までそれなりに距離もあるから、早く行こうよ~……………………あ」


オズの服を掴んで、駄々をこねるように引いていたナツナツが、何かを思い出したかのように、ピタリと動きを止めた。


「ん? どしたの?」


「…………………………………………小型魔獣に追い掛けられた時……………………空間転移で逃げれば何の苦労も無かったんじゃ…………」


「…………………………………………」


「…………………………………………」


『…………………………………………』


…………おうふ。

まっっっったく、思考から抜けてたよ、その選択肢は……


『ま、まぁ、あれのお陰で飛行ユニットも大分使いこなせるようになったし、意味はあっただろう、うん…………』


「ナビ~? 『意味のあるなし』ではなく、『苦労のあるなし』の話をしてるんだよ~?」


『おうふ』


「……………………早くお風呂に行きましょう」


「そだね」


オズが空間転移の準備を始めるのを眺めつつ、そっと空を見た。

今日も雲ひとつない青空が、どこまでも突き抜けている。


「…………おやすみ、スレイプニル・ワークゴク」


呟いてから『名前くらい聞いておけば良かった』と思い付く。

そんな小さな後悔は、転移の浮遊感が青空の向こうへと送っていってしまった。


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