第162話 ゴーレム娘、逃走一択
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上下も前後も左右も分からなくなるような激しい乱流に、無秩序に転がされながらも、キツくオズを抱いた腕は離さない。
濁流に呑み込まれる瞬間、オズが私たちの周囲に《積層断空》による魔法障壁を展開してくれた。
そのため、今 私たちは球体状の魔法障壁内で、グルグルグルグルと撹拌されている状態である。
直接 泥濘に呑み込まれるよりかは、遥かにマシであるが、この状態は長く保たせられるものではない。
今も多重に展開した魔法障壁が、最外面から粉砕しているのだ。
後10回も衝撃を受けたら、全ての魔法障壁が消滅するだろう。
「ぐ、ぎぎぎぎ…………」
腕の中で、オズが歯を食いしばって魔法障壁を維持してくれている。
この頑張りを、姉である私が無駄にするわけにはいかない。
「ナ、ナツナツ……」
「う……ん!! …………OK!!」
ナツナツが私の意図を汲んで、背面と足裏の摩擦抵抗を限りなくゼロに近付けてくれる。
この状態で両足を突っ張り、背中と合わせて三点で体を支えれば、自動的にお腹側が上に向く。
そうして上下を掴んだら、肘を使って上体を起こし、足だけでしゃがみ姿勢を取った。
そして、
「ナビ!! 飛行ユニット出せるだけ出して!!」
『三つだ。残りは順次 追加する』
「オズ!! 固定されたら解除!!」
「は……い……!!」
虚空から滲み出るように飛行ユニットが現れる。
正面にひとつ、背面左右にふたつ。計 三つ。
だが、この数ではバランスが悪く、安定した上昇は難しい。何か、自動的に飛行を安定させる方法が欲しいところだが、今はこれで行くしかない。
それらが等間隔に位置を確定しているうちに、《感覚調整》で知覚速度を最大限に加圧する。
魔法障壁越しに聞こえる轟々とした濁流の重低音が、ゆっくりと間延びしていき、さらに重い雑音へと変化していった。
その雑音の中で、正面の飛行ユニットが一度止まり、逆方向へ。
数cm進んでまた止まり、逆方向へ数mm。
そこで止まって、逆方向へ2mm程。
マメ知識。
飛行ユニットは位置を確定する際、小さく震える。これがそれだ。
オズがチラリとこちらに視線を寄越したので、ナビ経由でGOサインを伝えた。
そして、オズは周囲に向けていた両腕を私の首に回し、力一杯抱き着く。
ナツナツは潰れてないでしょうね……?
瞬間、足裏に掛かる反力が消える。魔法障壁が解除されたのだ。
『《ミニ・サイクロン》』
瞬時に周辺の空気を制御下に置くと、魔法障壁の代わりに積層の繭状に風壁の流れを生み、さらに上部に分厚い風のドリルを作り出す。
そして、落下が始まる、その寸前に飛行ユニットから全力で圧縮空気を噴射した。
ぐぅぅううごぉぉおおぼおおおおああああああああ!!!!!!!!
引き伸ばされた噴射音が鼓膜を震わせ、体を震わせる。
…………悲報。三つだと、ひとつの飛行ユニット当たりの噴射量が多くなるため、飛行ユニット自体の振動が酷くなることが判明しました。さらに安定した飛行が難しくなる…………でも、行くしかない。
少しだけ落下した後、全身がゆっくりと上昇を開始した。
《ミニ・サイクロン》で作った風繭と風ドリルに、噴射し終えた風を追加して、より分厚く、より高速にしていく。
この回転力が、振動でブレる上昇軌道を矯正して、ある程度安定化してくれるはずだ。
水に沈んだ木材が浮かび上がるように、ゆっくりと、しかし徐々に速度を上げながら上昇していく。
途中でナツナツが風繭を押し広げて空間を確保すると、ひとつずつ飛行ユニットが追加されていき、その度に飛行ユニットの負荷が分散して、振動が抑えられていった。
周囲が泥濘であるのもあって、土竜にでもなった気分で上昇していく。
そしてついに…………泥濘を突き破って、空へと飛び出した。
『――――――――!!!? ナツナツ、ナビ!?』
『そんな…………』
『どういうことだ……?』
ようやく泥濘から苦労して抜け出したものの、あがった声は戸惑い色の強いものだった。が、無理もない。
泥濘から飛び出し、高度を上げるにつれて徐々に明らかになる風景は、見渡す限りどこまでも広がる泥色の海だったのだから。
動揺に揺れる心を、ぐっと抑え込み、冷静に状況を確認する。
濁流に呑み込まれてからの正確な時間は不明だが、海に流れ着くほど経過したはずもない。ここはまだ山中のはずだ。
それに、もし海にまで流されていたとしても、見渡す限りの全てが泥色に汚される程の泥濘が流れ込むのは、物理的にも魔法的にもおかしい。
周囲の大気は呑み込まれる前以上に濃い霧に包まれ、上空には暗雲が重く立ち込めていた。
そして…………変わらぬ位置からこちらを見下ろす、スレイプニル・ワークゴクの視線。
まっすぐに、正確に、揺らぎなく。こちらを捉えて離さない。
『最悪……』
泥濘から飛び出したら、すぐに山中に姿を晦ますつもりだったのに、隠れる場所が何処にもない。
再び泥濘に飛び込むのは、論外。
それに…………ここを切り抜けたとして、何処に帰れば良いというのか…………
抑え込んだ心がじわじわと絶望に侵食される中、それでもまだ取り乱さずにいられるのは、腕の中のオズの温もりと常に繋がっているナツナツとナビの存在が大きい。
なんとか……活路を見出ださないと…………!!
『ナツナツ、ナビ……』
『なに~?』
『なんだ?』
私の不安も緊張も、一切の脚色も装飾もなく伝わっていることだろう。
いつもよりも穏やかな声色が返ってきた。
『《感覚調整》解除後、全力で逃げる。スレイプニル・ワークゴクの警戒は任せていい?』
『おっけ~♪』
『任せろ。何かしてきたら、すぐに知覚速度を上げる』
『お願いね』
私も出来るだけいつも通りを心掛ける。焦っても良いことなどひとつもないのだ。
…………《感覚調整》を切る。
余りに周囲に音が無さすぎて、いつもの雑音から意味のある音へと変化していく過程は現れなかった。
…………まるで、この世界に――――
一瞬だけ浮かんだ思考に蓋をして、すぐに身を翻す。
スレイプニル・ワークゴクに背中というか、お尻を向けた完全なる逃走体勢。
うろ覚えの (前々世の) 知識しかないが、水面ギリギリを飛行して捕捉されにくくする。
まぁ、遥か上空から睥睨するように見下ろされては、効果などないかもしれないが。
オズに腕を回したまま、自分のベルトやポケットなどを握って抱えやすくすると、八つの飛行ユニットを全力で駆動させる。
耳を斬るような風斬音を聞きながら、攻撃してこないことを祈って加速し続けた。
……………………一時間ほど経過しただろうか。
『…………ようやく見えなくなったよ~』
『バカみたいにデカかったからな…………水……泥平線の向こうに消えるのも、時間が掛かった』
『わざわざ言い直さなくても、水平線で分かるよ……?』
スレイプニル・ワークゴクは、不気味なほどに何もしてこなかった。
追うことも、攻撃することも、去ることも、だ。
ただただそこにいるのが当然と言わんばかりに佇み、静かにこちらを見下ろしたままだった。
『そろそろどこかに降りたいところなんだけど~……』
『陸地が見えてこないんだよね……』
『…………………………………………』
そう。ここまで、一時間も全力で飛行してきた。かなりの距離を移動しているはずだ。
にも関わらず、未だに島影のひとつも見当たらないのだ。
私たちが川原で泥濘に呑み込まれた後、抜け出すまでに上昇した距離は100mもなかったはず。
万一、泥濘が世界を満たしたとしても、それ以上に標高のある山々はごまんとある。
山頂部分が飛び出る形で見えてもおかしくないと思うんだけど…………
『……………………仕方無いな。出来れば泥面から離れた位置で休みたかったのだが』
『いや、だから水面でいいって…………何か案があるの?』
『マイアナが家に保管していた道具の中に、小型の舟があった。湖などの波の少ないところに浮かべるものだが、幸い泥海に揺れは少ない。使用に問題はないだろう』
『スペース的にも、ルーシアナとオズくらいなら十分に余裕もあるしね~』
『うん、分かった。それで行こう』
そろそろオズを抱える腕もしんどくなってきた。それは抱き付いているオズも一緒だろう。
早く休ませてあげたい。
飛行ユニットの出力を徐々に落として直立姿勢を取る。
そして、[アイテムボックス]からおじいちゃんの舟を取り出すと、泥海に静かに降ろす。
…………………………………………
よし。問題なく浮いてるな。
スレイプニル・ワークゴクが生み出した泥濘っぽいし、ズブズブと沈んでいったりしないか不安だったが、何事もなく浮いている。
ホッと一息ついて舟に降り立った。
飛行ユニットは 一応出したままにしておこう。
「ふぅ。オズ、とりあえず一息つこう」
「…………………………………………」
「…………オズ?」
「あぁ~……っとぉ……」
『…………………………………………』
オズに声を掛けるが、強く抱き着いたまま返答がない。
困ってナツナツとナビに意識を向けるが、二人は何か知っているような反応を返すものの、答えるべきか悩んでいるようだ。
ナツナツは気不味そうに頬をぽりぽり掻いている。
二人に聞くべきか、本人に聞くべきか。
…………迷ったけれど、本人が目の前にいるのだ。そちらに聞くことにする。
舟底に座り込み、ぽんぽんと軽く背を叩きながら、優しく声を掛ける。
「オズ? どうしたの? 怖かった?」
「…………………………………………」
「…………オズ?」
座って体を安定させると、オズの体が小刻みに震えているのに気付く。
それに、こちらも余裕が無かったから気付かなかったけれど、オズの体は風邪をひいた時のように熱くなっていた。
「……………………大丈夫。大丈夫だよ。私も、ナツナツも、ナビもいるから、さ」
「――――ッ!!!!…………ぅっ……ぅぅぅぅ……!!」
一度だけビクッと大きく体を震わせると…………ついに堪えきれなくなったのか、静かに嗚咽を漏らしながら泣き始めてしまう。
私はオズが泣き止むまで、優しく背中を撫で続けることしかできなかった…………
「……………………ごめんなさい、お姉ちゃん。もう、大丈夫です」
「そう?」
10分程泣き続けたオズが、ゴシゴシと乱暴に目を擦りながら体を離した。
私はその手を押さえて擦るのを止めさせると、冷水で湿らせたハンカチを目元に当てて赤みを取ってやりながら、《メガヒール》で治療を施す。
数秒後、ハンカチを離すと、いつも通りの状態に戻っていた。
「はい、これでいつも通りにかわいいよ」
「ぁぅ…………ありがとう、ございます……」
ニッコニコしながら本心を伝えると、恥ずかしそうにしながらも、しっかりお礼の言葉を口にした。
もう大丈夫かな?
ちなみに、かわいいだのなんだのというセリフは、何度も何度も繰り返し言ってたりする。
あまり口にし過ぎて、本当に本心なのか疑われてる可能性も頭に過るけども、気付いたら口から出てるのだからどうしようもない。
「……………………えい♪」
「わ」
もじもじしてるオズが堪らなくなって、そのまま舟底に押し倒す。
二人で抱き合うように横になると、右腕で腕枕をするようにオズの首越しに背中へ回して脱力した。
空を飛ぶのも、意外に疲れるものだ。
「ふぅ…………疲れた疲れた……」
「あ、お疲れ様でした」
「オズもね。掴まってるのも疲れるでしょう」
「いえ……」
「オズも飛行ユニット使ってみる~? 予備にもうワンセットあるでしょう?」
『まぁ、あるっちゃあるがなぁ……』
「ダメ~?」
『ルーシアナですら《飛翔制御》を使って『どうにか使えてる』といったレベルだしな……』
「「あぁぁ~……」」
「面目無いです……」
ナビの理由に二人で納得の声をあげると、オズは顔を隠すように私の胸元に額を押し付けてくる。
『よしよし』と頭を撫でて、上空を見た。
相変わらず暗雲が重く立ち込め、見ているだけで気が滅入ってくる。…………見た目通りの『くもり空』ではないのかもしれない。
「今度は背中に乗ってね。その方が掴まるのも楽だろうし」
「はい。…………それで、その……」
「うん。分かってる」
空を見上げながら左手を見えるように掲げる。
そこに現れるのは、竜鱗のベースグローブ。
「やっぱりスレイプニル・ワークゴクの素材を取り込んだせいだよね。あいつが出てきたの」
「多分……」
「スキルは呪われてないかもだけど、呪いだよねこれ~……」
『そうだな……』
ここで《マテリアルシフト》をしてみたい気もするが、何が起こるか想像もつかないので自重しておく。
『パタン』と力が抜けて左手が消えた。
「ここは…………どこなんだろ……」
「分からないです……光照射情報収集システムにアクセス出来ません。考えられることは、① 別の世界に移動した、② 通信波が妨害されている、③ 光照射情報収集システムが破壊された、といったところです」
「①なら、ルーシアナの《異空間干渉》でアクセスする[格納庫]とかの相対座標がズレてるはずだから、それはなさそう~……」
『③も考えにくいだろう。オズがアクセスする光照射情報収集システムは、準静止衛星を用いた大規模ネットワークシステムだ。一部を破壊できても、全てを破壊し尽くすのは難しい』
「となると②か……」
「私たちの通信波は主に魔力波を利用したものですが、これは周囲に大量の魔力が存在すると、それらに影響を受けます。もちろんそういった際に備えて、別の手段も用意していますが、それらとて使用可能条件があります。が、全ての手段に対して対抗手段を用意されたら、通信は諦めるしかありません。
…………そして、大罪魔獣の魔力とも言うべきこの泥濘は、それらの対抗手段としては最適なものでしょう。私たちを『閉じ込める』という意思の元 吐き出されれば、通信手段に依らず『通信を防ぐ』ように働く可能性があります」
「……………………そっか」
『ふぅ~~~~』と、気持ちを落ち着かせるため、長く長くゆっくりと息を吐き出す。
そうして肺が空になれば、反動でたくさん空気が入る。
「…………ちょっと整理しよう。
まず私たちは、恐らく《孤独の嘆き》の影響を受けて活性化した魔獣に追われて川原に移動し、それらを追い払った。
その後 理由は不明だけど、スレイプニル・ワークゴクが現れて、あいつの魔力の具現である泥濘に呑み込まれた。すぐに脱出するも、世界はどこぞの大洪水神話のように、泥濘に呑み込まれていた…………」
「うん」
『そうだな』
「……………………」
オズが私を掴む手にさらに力を込める。
少しでも安心させるように頬や肩を撫で続ける。
「大罪魔獣にとって、自分の魔力が満ちた空間は己の世界に等しい。そして、スレイプニル・ワークゴクにとっての魔力の具現は『泥濘』。私たちは未だ泥濘に呑み込まれたまま、その内部に形作られたあいつの世界にいる」
「うん」
『そうだな』
「……………………」
三人の反応を文字にすると、見た目同じだから、微妙なニュアンスの違いが伝わらないね。
前者は事実確認として平坦な感じで、後者は『やっぱそうなるか……』っいうタメ息混じりな感じ。
「それともうひとつ。私の《魂城鉄壁》、オズの《絶対精神防御》が正常に発動していない」
オズが先程から情緒不安定なのは、これの影響が強いだろう。
私もさっきから、油断すると独りになる恐怖がじわじわと心に侵食してくるのを感じるのだ。
私とナツナツとナビはいい。私とナビゲーターの繋がりは、どんな時でも強力な安心感に繋がる。
ただ、オズは義体の設計に携わった者として、私たちの間に当然のように干渉できるが、それはあくまでも『外』からの干渉に過ぎない。
『繋がりによる安心感』は、私たちよりも少ないだろう。
「オズ。とりあえず、ご飯にしよ。起きて?」
「…………はぃ」
それを補うつもりで、強く抱き締める。いつも以上に。
のろのろと二人で起き上がり、膝の上にオズを乗せた。手持無沙汰な様子を見せたので、ナツナツがそこに飛び込む。
[アイテムボックス]に溜め込んでおいた料理を取り出して、いつもよりのんびりと食事を始めた。
そして……………………
約、一ヶ月が過ぎた……………………




