第112話 ゴーレム娘、悩む
100 ~ 140話を連投中。
10/12(土) 13:00 ~ 未定。
前回実績:1話/30分で計算すると1日を超えます。
一応、事前に下記手順の一部を済ませていますが、途中で投稿を中断するかもしれません。
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申し訳ありません。
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さて、午後だ。
お昼休憩も終わり、午前と同様に黙して歩みを進めるのみ。
……………………同様、です。
……………………それにも関わらず、沈黙が痛いのなんでだろ~?
『目の前でガッツリキスシーンを見せ付けたせいだと思いますまる』
『ナツナツ……もう少しこう…………オブラートに……』
『何かダメでしたか?』
『オズ……分かってて言ってるだろう……』
あからさまに惚けたセリフを吐いたオズに、ナビが疲れたように嘆息した。
疲れたのは私なんですが。精神的に。
でも、ナビの疲労は、私の代わりに気を回してくれたせいだと思うので、今日はナビに優しくしようと思います。いえ、普段特別に意地悪してるわけではありませんが。
私は、隣を歩くオズの頬を周りから見えないように軽く抓る。
『オズ…………人前ではやめようねって言ったよね?』
『申し訳ありません。失念しておりました。忘却せぬよう、善処いたします』
『…………………………………………』
不信の念を送った。
『いえ、何と言いますか…………外れてはいけないストッパーが外れてしまったと言いますか、もっと仲良くなりたいと言いますか…………時々チャージしたくなるんです』
『何をだ』
『『ルシアナミン』です。私の必須栄養素になりました』
『必須なら仕方ないか~…………って、言うと思うてか』
『……………………ダメですか?』
『うぐ……………………はぁ。まぁ、ギルド飯店で散々見せてるものね。わざわざ昼だけ禁止するのも不自然か……』
『ごめんなさい』
『直すつもりのない謝罪って扱いに困るわ……』
もう一度抓って不満を伝えると、赤くなった頬を撫でてから手を繋いで先を急ぐ。
それにしても、オズはなんでそんなにキスをしたがるんだろうか?
『ルシアナミン』は当然として、『もっと仲良くなりたい』っていうのも、先程の話し様から思うに少し違うように感じる。
では何なのかというと、それは不明なわけだが、『仲良くなりたい』という方向性はあっているはずだ。
ただ私とオズは、対外的にはすでに姉妹であり、対内的には同じ義体を共有する者同士であり、それらは実の親子や姉妹以上に近しい存在でもあると言える。
これ以上私たちの距離を縮めるには、関係性を増やすくらいしかないだろう。
そう考えると、オズが人目を憚らずというか寧ろ人目がある場所でキスをしたがるというのは、『対外的な私たちの関係性を増やしたいという心理が働いているのではないか?』と考えることができるのではないだろうか?
『……………………あの……………………聞こえてるんですけど……………………』
『聞かせてんのよ』
『恥ずかしい!! 冷静に分析されてて、とても恥ずかしいです!!!!』
『ふはははははは。他人にキスシーン見られた私も恥ずかしかったんだよ~? オズ~?』
『見てないところでやります……!!』
やめないのか。まぁ、いいけど。
『そこで結局受け入れちゃうのも、オズが人前でするのに抵抗が薄い理由だと思うの……』
『うぐ…………ま、まぁ、ぶっちゃけて言うとですね、キスする分にはあんまり抵抗無いのよ。何故か。
嫌なのは、赤の他人にあーだこーだと言われること。『人前でするのは控えなさい』とかならまだいいけど、例えば『同性で~』とか『姉妹で~』とか、私たちの関係を良く知りもしない他人に言われたくないでしょ?』
『対外的には姉妹、対内的には同じ義体を使う者』と言ったが、その関係にプラスして私とオズには種族とかスキルとかナツナツとか、特殊過ぎる秘密も付属している。
そういった秘密も知らない程度の相手に口出しして欲しくない。
『まぁ…………そこは個人の自由だよな。厳密に言えば、同性でも姉妹でも無いし』
『…………………………………………』
『…………あ!! 待て、オズさん!? オズさま!? 二人の関係は一言で表せられないくらい複雑だと言いたかっただけで、姉妹を演じてるだけとかそういう意図は一切ありませんことよ!?』
『…………………………………………まぁ、いいです。ホントのことですし。……………………ただまぁ、今日もモフります』
『よろこんで…………!!』
『うわー……ドMだー……』
いや、その『よろこんで…………!!』は『よろこんで…………!!(泣)』だろう。多分。
最近、ナビも学習したのか、余計なことを言ったらすぐ気が付くようになった。なったけど、結局言っちゃうところは変わってないからこうなる。
やっぱり今日は優しくしてあげようと思った。
でもナビの墓穴により、気付いたこともある。というか、私も知ってたけど、特に気にしていなかっただけだ。
私とオズの関係の、その大元は言ってしまえば他人だ。ナツナツたちナビゲーターとは違う。
それはもしかしたら、この三人の中でオズだけが感じる疎外感のようなものを生じさせているのではなかろうか。
私とオズは、あの日、ガア・ティークルで友人になった。そこは誰にも否定させないし、出来ないだろう。
そこから紆余曲折あって姉妹だなんだのと複雑な関係が増えたものの、その根底には友人関係というものがあり、全てそこから積み上がってきたものだ。
ただ、友人関係というものは、切っ掛けひとつで突然終わってしまう可能性のあるものでもある。オズとおじいちゃんのように。
そうなった場合、土台が崩れた私たちの関係は、維持されるだろうか?
…………私はされると思う。切っ掛けは友人関係でも、その後に得られた経験は、友人で無くなったとしても残ると思う。というか、オズとおじいちゃんの関係だって、終わったけど終わってないでしょうに。
ただ私はそう思うが、オズがそう思うかは別問題であり、そのことにオズが漠然とした不安を感じているとしたら、終わることのない関係を欲して不意にキスしてくるようになったというのは、考えられる理由かもしれない。
……………………いや、えーーと……恋人関係、夫婦関係というのは、他人同士が築き得る、最も強固な関係だろうと思えるからね。
『ところで女性同士だと、『夫婦』っておかしいよね? 『婦妻』とか?』
『婦:つれあいのある女性、妻:配偶者である女性、の意味だから、まぁいいんじゃないか?』
『結婚したかったの? オズ?』
『そんなことまで考えてなかったです……!!』
『その強固な関係性すら、消そうと思えば消せるものでしかない』という思考に辿り着く前に、どうでもいい話にして誤魔化した。
オズが真に求めているかもしれない『終わらない関係』に思い当たるものがなかったからだ。
念入りに思考が漏れないように注意して、横を歩くオズを見る。
念話はほぼオズにスルーだが、念話ではない普通の思考ならオズに漏れることはない。問題なのは、普段から思考=念話みたいな感覚で考えていることを垂れ流しているから、全く考えに集中できないことだ。
それでも集中できない頭で、オズの不安を取り除くことは出来ないかと考え続けていた。
夜と呼ぶにはまだ早い時間。
しかし私たち混成軍は野営の準備をしていた。正確に言えば補給拠点Aの設営。
日が暮れてしまえばテントを張るのも手間取るし、魔獣の活動が活発になる。そして何より、簡易の守護結界を展開するのは、周囲が明るくないと失敗しやすい。
守護結界とは、街や村にも張られている魔獣侵入防止の大規模魔方陣のことだ。『安定』を表す六芒星の各頂点に結界用の魔道具を配置し、その間に細かな文字や図形で表現された術式が書き込まれる。熟練した魔道士たちがその土地の特性などを考慮して、何日も掛けて作成する大掛かりな魔法である。
…………まぁ、一から新規作成する正規版ならともかく、今回のような汎用魔方陣を流用する簡易版なら比較的簡単に展開できるのだが。
特に今回のものは、六芒星の各頂点に魔道具を配置しさえすれば、後は魔力を注ぐだけで守護結界が展開できる超簡易的なものだ。
魔道具を正確に配置しないと起動すらしないシビアな条件もあるが、さらに周辺環境に合わせて術式を調整しなければならない正規版に比べれば、なんてこともない条件だろう。
ただ、その分守護結界の力は弱く、魔獣を弾くような力は無くて、『なんとなく近寄りたくなくなる』くらいの効果しかない。
それでもこれがあるとないとでは、兵士たちの心理的負担は大きく異なるし、実績として魔獣の接近率が激減することは確認されている。
ちなみにテモテカールの守護結界なら、中型の魔獣くらいまでなら余裕で弾けるらしい。
中型とはこの間のベーシック・ドラゴンが小さめな中型と言えるサイズだ。なお弾けるだけで、攻撃されても余裕とは言っていない。
とはいえ、守護結界や大型の施設用テントに代表される、拠点の主要設備の設営は領軍の仕事で、冒険者の仕事は各人の個人テントの設営とお昼と同様に食材の調達である。
元々の依頼内容は『軍備品の運搬』であり、『拠点設営の補助』は含まれていないので、この対応で良い。
というか、素人が手伝って失敗しても困るし、領軍の若い者の訓練の意味合いもあるし。
なお昼にも言ったが、『食材の調達』の臨時クエストは、受ける受けないも自由。でも、誰も受けないと、夕食が寂しくなる。
なので……
「Dランクとはいえ、情けなくない? 一日歩き通しだったとはいえ、平坦な草原だったし、魔獣も出てこなかったし……」
「そう言うなよ、ルーシア。意外に『他人のペースで進む』というのは疲れるのもなんだ」
「ほら、キミと私たちが一緒にガアンの森に入った時、ルーカスがやたらと疲労困憊していただろう?
あれは普段ルーカスのペースに合わせていたのを、キミのペースに合わせた結果なんだよ」
「それは知ってますけどぉ……」
それでも愚痴らずにはいられない。
なにしろDランク冒険者のうち、約半数がもう動けぬほどにダウンして、残りも森に入るのに不安が出るほど疲労困憊してしまったのだ。
故に誰も『食材の調達』クエストを受ける者がおらず、こうして私たちが主に肉を求めて森に入ることになった。
なお、残りの女性陣はダウンした冒険者の様子を診るために残っている。
「はぁ…………早めに終わらせましょう」
「分かるがもう少し落ち着け。無造作に進み過ぎだ」
「索敵魔法は任せろと言っていたが、どの程度まで届くんだ?」
キリウスさんの質問に、《マッピング》と照らし合わせて現在の《ロング・サーチ》の索敵状況を伝える。
「とりあえず10m内なら小型魔獣でも分かりますね。そこから100mくらいまでなら、猪サイズくらいなら分かります。それより先は大型魔獣じゃないと分からないですね」
「……………………十分すぎじゃね?」
「はぁ…………魔法には自信があったんだがなぁ……」
「気にすんなよ。こいつが特殊なんだ。なにしろ人形遣いだぜ?」
「まぁ、確かに時空魔法は彼女の十八番か。出来ることをやるしかないな」
……………………もうちょっと控え目に言っておけば良かったかな?
と、《ロング・サーチ》が魔獣の反応を捉える。
「あっちの方に獲物見付けた。この反応は……ヤギかな? じゃ、いってきま~す」
「あ、おいこら!!」
《ロング・サーチ》の端っこの方にヤギらしき反応を捉えた。まぁ、鹿かもしれないけど。
呼び止めるルーカスを放置して、最短距離を駆け抜ける。
途中、斜めに傾いだ木を蹴って跳躍し、乱立する幹の間を飛ぶように抜けつつ、徐々に高度を上げていく。
…………いた。
重なる木々の隙間から獲物を視認する。
……鹿でした。失敗。数頭の群を成しているのが確認できる。
まず、一瞬だけ見えた鹿の群を中心に反時計回りに進路を変え、さらに高度を稼いでいく。
草食魔獣の場合、多くは視界がほぼ360°。その上、互いに死角をカバーし合っているので、そのまま突っ込むと《ミラージュ》等で気配を消していても察知される可能性が高い。
なので、高所という心理的死角に入ることにする。
十分に高さを稼いだら、そこから稼いだ位置エネルギーと追加で幹を蹴りつける蹴撃でもって、ジグザグに加速しながら鹿の群に突っ込んだ。
着地の動作に合わせて、ベースブレイドを一閃。一頭の首を落とす。
残った速度に引かれるまま前進し、一頭目を斬った勢いを殺さず、回転斬りで二頭目。
ここでようやく、残りの鹿が襲撃に気が付いたように慌て出すが、
「《アクア・ブレイド》」
すでに群の端に至っているので、群の中心の方に身を捻り、たまたま視界に入った一頭に向かって極薄の水刃を投射する。
三頭目の首を刎ねた。
そのまま後ろ向きに群から距離を取り、幹を蹴りつけながら徐々に速度を落としていく。
木々に隠される視界の中では、残りの鹿たちが慌てた様子で逃走を開始するのが見てとれた。
…………………………………………
《ロング・サーチ》で生き残りが全て範囲外に逃走したことを確認してから、現場に舞い戻る。
そこにあるのは、三頭の鹿だったもの。
…………しばし黙祷を捧げていると、ルーカスたちがやって来た。
「おい、一人で突っ走るな。何のために三人で来たと思ってるんだ」
「え? 解体を手早く行うため?」
「違う。安全に狩りを行うためだ」
「早く妹さんの所に戻りたい気持ちは分かるが、死んだら二度と戻れないんだ。それを忘れてはいけないよ」
「……………………はい。ごめんなさい」
「よし」
素直に謝罪した私の頭をワシワシと子供の様に撫でるキリウスさん。…………さすがにコレはぶっ飛ばす流れじゃないよね?
でも、確かに今 私の心は、理由の無い焦燥感に覆われていて、冷静さに欠いていたように思える。
それは『わざわざ接近しなくても弓で仕留めれば良かった』んだと、今頃になって気付いたことでも分かる。
一度気持ちをリセットするつもりで、軽く頬を叩いておこう。ペチペチペチペチ。
「……………………おい、何故 俺の頬を叩く……」
「一度気持ちをリセットしようと思って」
「よぅし、なら俺も叩いてやろう。面出せ」
「きゃー」
「棒読み!!」
よし、リセット完了だ。
鹿肉をあまり放置して傷んだりしては勿体ないので、そろそろ解体を進めることにする。
一人一頭。このために三頭だけにしたのだから。
「しっかしお前、森の中だって言うのに、随分素早く移動したなぁ。相変わらずの格好なのに」
「ガアンの森は比較的歩きやすい場所だったから分かるが、ここは下草も多い。素晴らしいと思うよ」
「ありがとうございます。まぁ、やりようはあるので」
まさか木を蹴って空中を行ったとは思うまい…………これとて、《姿勢制御》と《ショート・ジャンプ》があるからこそ出来る力業であるが。
「どうやったか聞いてもいいか?」
「……………………まぁ、ちょっと相談に乗ってもらえたら」
「相談?」
「…………内容によるが、答えられないかもしれないぞ?」
「いいですよ。私の移動方法も、聞いてもどうしようもない方法でしょうし。先払いで答えます」
悩んだ時間は半日程度だが、取っ掛かりすら見つからないので、人生の先輩の意見を聞いてみたい。
「私の移動方法はですね、理屈を言えば、木を蹴って空中を走っただけですね。具体的な方法は、スキルでゴリ押しです」
「確かに聞くだけムダだ……」
「無茶苦茶するな……」
ちゃんと『聞いてもどうしようもない』って釘を打っておいたよ?
ただ、それだけだと本当にどうしようもないので、もうちょっと詳しく説明しておく。
「もうちょい詳しく説明すると、体術系の身体バランス制御と時空魔法による空間圧縮です。
前者は恐らく必須技能になりますが、スキルじゃなくても大丈夫かもしれません。後者は跳躍距離が足りず距離を短縮しているだけですので、別の方法もあるかもしれませんね」
「別の方法か…………」
「いや、さらりと言ったが、後者の空間圧縮って疑似空間転移なのでは…………」
「大雑把に言えばアイテム袋と同じですから。私の十八番です」
「大雑把過ぎる……」
キリウスさんが呆れたようにタメ息をつくが、そうとしか言えないのだから仕方ない。
ルーカスは作業の手を一時止めて、『別の方法』を考えている。
でも正直アレが出来るのは、よくてフェリスさんだと思う。身のこなし的に。
一応の説明が終わったので、キリウスさんが私の相談について促してくれる。
「それで? 何を相談したいんだ?」
「あー……………………えー…………と、…………あ~~…………」
「? 何だよ。そんなに言いにくいことか?」
「そうではなくてね?」
先程も言ったが、結局オズの不安を取り除く方法は思い付かなかった。
だが、これをそのまま相談しても意味のある回答を得ることはできないだろう。なにしろ、ルーカスたちは私たちのアレコレを知らないばかりか、いくつかのウソを本当の事だと信じているのだ。人形遣いとか。
だから、相談の仕方を考えなくてはならない。
例えば『『終わらない関係』と聞いて、何か思い当たるものはありませんか?』と聞いたところで、『姉妹で十分じゃね?』とか『血縁以上に強い関係はないだろ』とか言われるのは目に見えているし、だからと言って『実は実姉妹ではないんですよ』と暴露するのは早計のような気がする。とはいえ、全てを黙ったままででは、実のある回答は得られないだろう。
何の秘密を、どの程度まで、明かすべきか…………それを考えると、すぐに言葉が出てこなかったのだ。
…………なんて聞こうかな……




