エルフの涙
その男は、いつも「生命の樹」という名前の喫茶店にいた。
朝、喫茶店が開くと同時に一番隅の席を陣取った。
街の人々は、男のことを
「約束を守る男」
と呼んでいた。
エルフ<森人>達は、元々街近くの深い森に住んでいた。
しかし人間達が「開発」と称して、エルフの森の木をすべて伐採してしまった。
エルフ<森人>達は住むところを失い、街中で暮らさざるを得なくなった。
森の精霊であるエルフ<森人>は、森から離れると霊力を次第に失い、
寿命が無限にあるはずなのに、病に倒れるエルフ<森人>も続出した。
美しい容姿を持つエルフ<森人>は、人間の間で人気があり、
特に女性のエルフ<森人>は、闇の奴隷売買市場において、
高値で取引されるようになった。
霊力を失ったエルフ<森人>達には、それを防ぐ手立てがなかった。
そのエルフ<森人>は、まだ若く美しい女性のエルフ<森人>だった。
幾度か奴隷として捕まりそうになるなど、常に危険にさらされていた。
なんとか、人間界から離れたいと、そのエルフ<森人>は思っていた。
しかし、街を離れてどのように暮らしていけば良いか、彼女には見当もつかなかった。
森はすでに無く、霊力を補給できず、質の悪い人間の食物で命を繋がざるを得ない。
踊り子として見世物小屋で働き、小金を稼いで糊口をしのぐことくらいしか、
若い彼女には思いつかなかった。
そんなとき、そのエルフ<森人>は、「約束を守る男」の噂を聞いた。
どんな依頼も受けてもらえるの?
彼女は、男に依頼してみることを決心した。
いつものとおり男は、指定席である隅の席で本を読んでいた。
他に客はいなかった。
エルフ<森人>は男に近づき、声を掛けた。
「あなたが『約束を守る男』ですか?」
男は、顔をエルフ<森人>の方に向け、世間ではそう呼ばれている、と答えた。
そして読んでいた本を閉じ、エルフ<森人>へ向かいの席に座るよう促した。
彼女は、涙を流しながら、エルフ<森人>達の現状を訴えた。
このままでは、私もいつかは病に倒れるか、奴隷にされてしまう。
そしてエルフ<森人>が全員滅びてしまう。
男は彼女に、なにを自分に依頼したいのかと尋ねた。
「エルフ<森人>の森を元に戻して欲しい。そしてそこでみんなで静かに暮らしたい」
男はしばらく考えた後、じっとエルフ<森人>の目を見てから、
依頼を受ける、30年間待て、と言った。
「依頼料は?」
彼女は男に尋ねた。
男は、エルフ<森人>の森にあった木の苗を一株所望したいと言った。
エルフ<森人>は喜んで、明日の朝、持ってくると約束した。
半年後、街一番の大きな工場が不景気で閉鎖になった。
閉鎖直後に起きた不審火で焼け落ちた工場の建物は、すぐに解体されて更地にされ、木が植えられ、広い森林公園になった。
エルフ<森人>達は、時折、その公園で霊力を補充することができるようになり、次第に元気を取り戻していった。
街の中心部は、元工場から離れた鉄道の駅近くに移動していき、
5年後、森林公園は人の手から離れて、自然の深い森へと変化していった。
10年後、鉄道が廃止されて街全体が寂れ、
人々は、元の街から数百キロ離れた西の大きな街近くへと集団移住した。
森林公園への道も失われた。
30年後には、森林公園はさらにさらに広がって、精霊の宿る深い深い森になった。
エルフ<森人>達は、その森で幸せに暮らすようになった。
もちろんその中には、あの若く美しいエルフ<森人>も含まれていた。
喫茶店「生命の樹」も、西の街に移転した。
新しい店にも、「約束を守る男」は安息日以外は毎日訪れ、
隅の席を陣取って、本を読んだり、新聞を読んだりしていた。
男は、コーヒーを数杯飲んで、夕方の鐘が鳴ると帰って行った。
相変わらず昼食を取ることはなかった。
「生命の樹」の店先では、あの若く美しいエルフ<森人>が依頼料として持ってきた、もみの木の苗が立派に育ち、清々しい香りを道行く人にもたらすようになっていた。
いつか異世界冒険ファンタジーで、ベストセラーを!と夢見る小泉です(えっ?)
今日の話は、捻りがありませんでしたねぇ。
でもこういう直線的な物語は、書くのも読むのも好きだったりします。
短いなあって思ったそこの君、
もうすぐ更新再開する
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