ドワーフ<鉱人>の王国
その男は、いつも「生命の樹」という名前の喫茶店にいた。
朝、喫茶店が開くと同時に一番隅の席を陣取った。
街の人々は、男のことを
「約束を守る男」
と呼んでいた。
そのドワーフ<鉱人>は、元々ドワーフ<鉱人>王国の王子だった。
ドワーフ<鉱人>は、地面の下のエキスパートであり、
太古の昔から、鉱山から掘り出した金属を人間に提供して、
代わりに酒や穀物を仕入れていた。
しかし最近の数百年、ドワーフ<鉱人>の中で、地面の下のきつい仕事を嫌がる者が増え、人間にその仕事を任せるようになっていった。
やがてドワーフ<鉱人>の王様は、狡猾な人間に騙されて山を取り上げられ、
ドワーフ<鉱人>達は、鉱山から閉め出された。
希少種であるドワーフ<鉱人>は保護せねばならないとの法が定まり、
<保護区>と呼ばれる場所に、ドワーフ<鉱人>達は押し込められた。
本来、ドワーフ<鉱人>は金属細工が得意なので、
それで生計を立てるものも少数いたが、
大部分のドワーフ<鉱人>は、なにもせず、
毎日、怠惰に酒ばかり飲んで過ごした。
長命なはずのドワーフ<鉱人>に死ぬものが増え、
その数は次第に減っていった。
ある日、ドワーフ<鉱人>の元王子は、
酒場で「約束を守る男」の話を聞き、
依頼してみようと決心した。
いつものとおり男は、指定席である隅の席で本を読んでいた。
他に客はいなかった。
元王子は男に近づき、声を掛けた。
「依頼があるのだが」
男は読んでいた本を閉じ、顔を上げて、酒臭い元王子へ、向かいの席に座るよう促した。
元王子は、山を取り返したいと、男に言った。
山を取り返して、ドワーフ<鉱人>の王国を再興したい、と言った。
男は、元王子に王国を再興してどうするのだと聞いた。
元王子は、王様になって、元のドワーフ<鉱人>の暮らしを再建したい、と答えた。
男はしばらく考えた後、元王子の目をじっと見てから、
依頼を受ける、1年間待て、と言った。
「依頼料は?」
元王子は男に尋ねた。
男は、ドワーフ<鉱人>が得意とする金属細工の栞が欲しい、と言った。
元王子は、明日持ってくると言って、店を出ていった。
3ヶ月後、鉱山で悲惨な落盤事故が起こった。
百名以上の死者が出て、半年後には鉱山を経営する会社は倒産して、
鉱山は閉鎖された。
荒れ果てて使い道の無くなった山の周辺は、新たな<保護区>として、
ドワーフ<鉱人>に提供されることになった。
しかし酒浸りのドワーフ<鉱人>達は、地面の中で働く厳しい生活を嫌がり、
<保護区>で自堕落な生活を続けた挙げ句、
元王子を除いて、みんな死んでしまった。
いつものとおり男は、指定席である隅の席で本を読んでいた。
他に客はいなかった。
元王子は、酔ったまま男に近づき、酒臭い息を吐きながら言った。
「結局、王国は再興できなかったぞ」
男は読んでいた本に金属細工の栞を挟んでから、顔を上げて元王子に言った。
山はドワーフ<鉱人>に返されたし、
ドワーフ<鉱人>は、お前が最後の一人だからお前が王様だ。
ドワーフ<鉱人>の元王子は、男の席の前にしばらく立ち尽くした後、
泣きながら店を出て行った。
夕方の鐘が鳴り、男はコーヒー代を払ってから、いつものように帰っていった。
ショートショート3作目です。我ながら殺伐としてますねえ。。。
書いている本人が、いやんな気持ちになる小説って、どうなんでしょう?
でも、私から生まれたものには違いないので、楽しんでもらえたら、嬉しいです。
短くてすぐ終わっちゃった、とお嘆きの方には、是非
「死神見習いと過ごす最後の一年」 https://ncode.syosetu.com/n9791fd/
をどうぞ。書いてから気がついたんですけど、べたべたの恋愛ものですw
スマホでも読みやすいように改訂しましたですよ。
ところで、後書きの方が、本文の小説より長いんジャマイカ? ごめんなさいw