第七話 見知らぬ影・前編
第七話主要登場人物
涌水明音
一年生。サッカー部。真央のルームメイト。
慎を妄信的に慕い、追いかける。その訳は……?
千住慎
三年生。生徒会長。
ハリウッド俳優の息子で完璧な美少年。
絶対的な権力を誇り、その態度は傲慢に近い自信に満ちている。
例え、気付いてもらえなくともいい。例え、誰にも知られなくとも、俺はこの体に流れるものを信じている。だから、例え貴方が俺の方をわざわざ見下ろさなくても、俺は笑っていられるんです――
***
千住慎の悩みはやはり立場なりに多いけれど、彼が最も頭を痛ませるものといえば、帰宅するなり目につく「あれ」だ。「あれ」ばかりには、校長の逃亡癖も、颯が運んでくるファイルの山も、茘枝と陽の反骨精神も敵わない。この三つに散々を手を煩わせたその夜、帰宅ならぬ帰寮をした慎は、神経質そうに眉をぴくりと動かした。その動きだけで、執事には訳が通じた。従順な初老の男性は、かしこまりましたと頭を下げ、メイドたちに樫の大戸を開かせた。慎が扉を潜り抜けるのを見届けると、執事は「あれ」の元へ向かっていった。裾をめくり、片手にはしっかりと箒を手にして。
慎の耳に悲鳴と何かが壊れる音が届いたのは、彼がコーヒーをたしなんでいる最中だった。良い気味だと胸中呟き、ほくそ笑むのを許されたのも束の間、今度は貞淑なメイドが慎の元に受話器を運んできた。慎は舌を打った。こんな嫌がらせのようなタイミングで、嫌がらせのような電話を寄越すのは、思いつき限りでこの世に一人しかいなかった。
「慎か?オレだ」
「何の用だ?」
慎は一語一語に苛立ちを込めて言った。
「てめぇの家の庭先が騒がしいからよ。どうにかなんねぇの?」
「うるせぇ。こっちはむしろ被害者だ」
「そりゃ悪かったな。オレはてっきりパジャマパーティでも開いてるのかと思ったぜ」
「……招いてやろうか?」
「遠慮しとく」
そこで電話は切れた。忌々しいことに、陽の苦情通りに庭はまだ騒々しかった。慎はきりきりと痛み始めたこめかみを押さえ、浮き出た青筋をカフェインとモーツァルトで何とか鎮めることに成功した。全く、いつになったらこの苦悩から解放されるのだろうか。
***
「ごきげんよう、慎。昨夜は随分盛り上がってたな」
「ごきげんよう……じゃねぇ。しょうがねぇだろうが。例のバカが邸に忍び込もうとしやがったんだから」
「知ってるさ。警報装置がうるさくて一晩中眠れなかった」
「ほう。じゃあ、てめぇのバイオリンに悩まされる俺の気持ちが分かっただろうな」
「戯けたことを。あんな騒々しい音と一緒にされては困る」
生徒会室で顔を合わせるなり、慎と茘枝の間に火花が散った。二人は恐ろしいほど馬が合わない。第一印象がそれぞれ悪かったせいだろうと、煎茶をすすりながら颯は推測する。二人とも勝気で自信家なので、同じタイプの互いが気に食わないのだ。二人の口元は笑っているが、睨みあう目に友好的な光はない。颯は溜息を吐いた。
「慎、茘枝、喧嘩はそこで中止だよ。今日中に二人とも仕上げなきゃいけない原稿があるでしょ?慎は文化祭の開幕式での挨拶、茘枝は開幕式の司会原稿」
双方にそれぞれ四枚ほどの四百字詰めの原稿用紙を投げつけると、二人は紙の束を見つめたまま何も言わなくなった。ちゃんと片付けておくよう颯は釘を刺した。これから中等部との生徒会役員たちと会議があるのだ。わざわざ中等部の校舎まで赴かなくてならない。あちらの役員たちが、仕事をきちんとする真面目な生徒たちであることが、どうにか救いになっていた。
「あっ、そうだ、慎」
部屋を出る直前、颯は何かを思い出したように足を止めた。
「こんな時に言うのも何なんだけどさ、やっぱり君の盗撮写真、ネット上で大量に流出してるみたいだよ。昨夜みたいなこともあるし、少し身の回りを警護をした方がいいんじゃない?」
「私たちの安眠のためにもな」
「茘枝、頼むから黙っててね……」
やはり、慎と茘枝を一つの部屋に閉じ込めておくのは不安だ。だが、いたし方ない。陽が来てくれると良いのだが。颯は顔をしかめた。陽が来ても、慎の敵が一人から二人に増えるだけだ。三人を結んだらそれこそ魔のトライアングル地帯ではないか。
***
クリスは本棚の最上列を見上げながら、痛む首をさすって宥めていた。我が校の図書室は、インターネット検索という現代科学の技術に依存して、日に日に蔵書量を増しつつある。その充実さといったら立派なものだが、画面越しに指示された場所へ行ってもまだ本を捜す手間があるのには、いい加減うんざりしたくなるところだ。破り取った日本史のノートに走り書きしたメモと、無愛想にずらりと並んだ分厚い本の背表紙を照らし合わせて約十分間、クリスはようやく、「あった」との声を漏らした――耳ざとい司書に届かぬほどの小さな声で。
茘枝との無言の戦いに疲れた慎が、図書館に静寂を求めってやってきた時、クリスはちょうど本に向かって懸命に手を伸ばしているところであった。慎は本棚の狭間にクリスの姿を見つけると、しばし立ち止まって彼の横顔をじっと見つめた。石崎・エーリアル・クリスは、慎の中では天才少年画家にして問題児であった。何せ、転校して一晩で二つの校則を破り、学園長の息子であるノアにまで絡んだのだから。しかし、風間校長が彼に下した罰は白のアトリエへの移転に留まり、退学や停学といった処分はなかった。慎は抗議を試みたことを覚えている。学園の秩序を守る者として。そして、水晶の命令を託った者として。校長は笑ってはぐらかそうとした。話にならない、慎は思った。そして、遂に言ってしまった。
「校長先生、先生は石崎が天才少年画家という理由で、彼を甘やかしてはいませんか?」
その時だった。校長の目が初めて鋭く光ったのは。だが、校長は何も言わず、慎に続きを促した。
「彼の才能は確かに学園に更なる栄光や利益をもたらすかもしれません。ですが、彼は生徒の一人に過ぎません。校則は守るべきです。白のアトリエへの移転は、一体どういう意味で罰として機能するのですか?」
「君こそ石崎君が石崎君であると理由だけで、彼への罰を厳しくしようとしていませんか?」
校長はツバメが獲物を捕らえるよう素早く反撃した。その猛攻たるや、慎も一瞬たじろいだ。
「君は校則の名を語って、石崎君に更に厳しい罰を――そうですねぇ、例を挙げれば退学でしょうかねぇ――をくだそうとしていますが、それは間違っています。生活の隔離は厳重な罰則です。石崎君の犯した罪にはふさわしいほどの。確かに、彼はまだ転校して二日目ですから、大した効果はないと思われるかもしれませんが、僕はこの罰に別の側面があるので満足していますよ」
「別の側面?」
慎が怪訝な顔で問い返すと、校長はやっと笑いなおした。眼鏡の落とした影が、嫌に冷たく微笑に映えた。
「君たちへのあてつけです。直接的には君への。僕は偽善というものを心底嫌っていましてね。安易に人の行動を偽善だ偽善だと非難するのはどうかと思いますが、君の今の行動は間違いなく偽善ですよ、えぇ。君は学園の秩序などまるで守る気はない。もし、本当にその気があれば、君は昨夜、石崎君を見逃すはずがありません。君は生徒会役員です。夜間の外出も塔への立ち入りも許されている身分ではないですか。どうして誰にも知らせなかったんです?」
副校長の入室が、その後に繰り広げられたであろう不穏な遣り取りを未然に防いでくれた。慎は慇懃に頭を下げ、校長室を出た。慎にあれだけの動揺を与えたのは、前にも後にも風間校長一人だけだったし、一ヶ月で回顧しつくされたこの会話だけだった。そして、今、図書室にて、もしかしたら全ての元凶だったかもしれない少年は、悠々と学園生活を送っている。慎は小さく舌を打ったが、すぐに不敵な笑みが不機嫌にとって代わった。慎はクリスの方へ歩み寄っていった。
「よう、石崎」
話しかけられてクリスは固まった。目の前に立っている人物を、見間違うはずがない。
「生徒会長……」
呟いた唇は凍てついた。写真で、廊下で、集会で、目にする度に瞼の裏を横切っていく思い出が、脳の奥から湧き出てくる。あの夜の不思議な出会い、塔の上で煌く水晶、鐘の音、窓辺で振り返るノアの灰色の目、闇の中に見出した手……
「元気にしてるみたいだな?」
「……おかげさまで」
確か生徒会長に対して最後に覚えたのは反抗心だったはずだ。無意識の内にそれを思い出し、クリスの口調もとがる。
「ったく、愛想がねぇな。これだから有名人は」
「有名人って点では貴方も一緒だと思います」
「ほう、そうかもな。だが、てめぇより愛想はある」
近現代日本の芸術家たち――クリスが求めていた本をいとも簡単に取り出し、こちらに差し出しながら慎は笑う。不審に思った司書が様子を見に来たが、慎の笑みに当てられた瞬間、顔を真っ赤にしてすごすごと退散していった。なるほど。人間広辞苑と呼ばれる――つまり、動かしにくいという意味で――司書さえも、生徒会長の魅力の敵ではないということか。仏頂面で密かに感心しているクリスの方へ慎はくるりと頭を翻した。
「取ってやった礼がその顔か?」
「えぇ。取ってくれって頼んだ覚えはありませんから。では」
胸に本を大事そうに抱いて、クリスは慎の傍らを通り過ぎようとした。だが、いつか頭を撫でた大きな手が、今度はクリスの肩を掴んで止めた。クリスは反抗心を剥き出しに手の持ち主を見上げたが、視線はあっさりと受け流された。一体どうやって拒めば、生徒会長は自分に絡むのをやめてくれるだろうか。「何か?」と冷ややかに尋ねるクリスに、慎はわざとらしく真面目な顔を繕ってこう言った。
「石崎、てめぇに用がある」
***
「はぁ?生徒会長の護衛?何だそれ?」
こっちが聞きたいよ、とクリスが胸中返したのは、翌日の昼食時のことであった。10月も下旬にさしかかったこの日、冷たく済んだ空気は空を青く塗り、太陽が燦々《さんさん》と煌いている。噴水前のいつもの場所にシートを敷き、ノアの作ったサンドウィッチをかじりながら、クリスは昨日の放課後の体験談を語っているところであった。
「そう。ストーカーと盗撮被害に遭ってるんだってさ」
「生徒会長のストーカーって……まさか……」
「何だ、おまえ?何か知ってんのか?」
思い当たる節でもあるように口元に指を添えて考え込む真央に、来夏が尋ねる。
「いや、あの、えっと……」
「で、そのストーカーっていうのは誰なんだよ?」
落合の問いに答える代わりに、クリスはポケットから一枚の写真を出して掲げてみせた。真央はその瞬間、ため息を吐いて頭を抱え込んだ。何も心当たりのない落合、来夏、菜月、ノアが小さな紙切れの上に見たのは、一人の純朴そうな少年の姿だった。どうやらサッカー部らしい。写真はちょうどリフティングしながら、こちらに向かってピースを決めているところだったから。シナモン色の髪は、よく梳かれ、左耳の上の部分は二つのピンで留められている。二重の目は青色で、左耳のピンのアンバランスを補うように、右目の脇に泣きぼくろがあった。
「うわっ、俺の好みかもしれない」
「やめたほうがいいですよ」
落合が口笛を鳴らすのも待たず、真央は素早く言った。
「超がつくほどの変態ですから、えぇ。一緒に住んでる僕がいうから間違いないです」
「えっ、じゃあこいつってお前のルームメイトの……」
「えぇ。涌水明音です」
「涌水……あぁ、こいつが……」
「……何で知ってるのさ、来夏?」
菜月がきいた。クリスの苺ジャムサンドを、標的に銃口を向けたスナイパーの如く、虎視眈々と狙いながら。
「いや、一度こいつの部屋に行った時に、表札に書いてあったからさ。その時は生憎あいにく留守だったんだけど……」
「あの時は生徒会長の家の庭にテントを張りに行ってましたから。最近は毎日ですけどね……」
「おい、待て、お前ら。何だ、もうそういう仲だったのか?部屋に行ったり来たり?」
来夏は表情も変えずに落合に鉄槌を喰らわせた。ついでに、なぜか頬をほんのり染めている真央にも。六人中二人が撃墜したところで、クリスは憂鬱そうな溜息で一同の関心を呼び戻した。
「まっ、なんで俺がやらなきゃいけないのかは知らないけどさ。この……なんだっけ、涌水君?から、俺は生徒会長を護らなきゃいけないんだって。今日の放課後から」
クリスは珍しくむくれたように胡坐に肘をつき、写真で顔を仰ぎながら零した。気の毒やら哀れやら、またクリスとは全く関係のないところの痛みやらで、一同が何らかの表情を定めたとき、唯一前向きに微笑んでいたのがノアだった。
「大丈夫ですよ、クリス様」
ノアが言った。
「生徒会長から直接そんなことを頼まれるなんて、名誉なことじゃないですか。クリス様ならきっとできますよ」
「えー……出来るかな?」
心配しているのはそこではないのだが。クリスは頬をかきながら、曖昧な返事をした。しかし、やはり気が付かないのもノアだった。
「えぇ、出来ます。今日は張り切って夕食作りますから、頑張ってきてくださいね」
「う、うん……」
笑顔全開のノアには、さすがのクリスも素直にならざるを得ないのであった。復帰したばかりの、落合がひゅーっと冷やかした。サンドイッチはいつの間にかなくなり、菜月がもぐもぐと何かをむさぼっていた。天頂に立った太陽が、七つの影を草むらの上に落としていた。
10月17日火曜日 石崎・エーリアル・クリスニ護衛ヲ頼ム
10月18日水曜日 午前五時起床、午前七時登校、午後零時半昼食
同じ階にあるといえど、やはり二年生の教室前と三年生の教室の前では雰囲気が違う。知らない教室の戸も、そこから覗く顔も、苛立つクリスには一層よそよそしく思えるのであった。
千住慎の所属する3年A組は、目下のところショートホームルームの途中である。クリスは腕時計を見た。慎は四時に教室前に来るよう呼びかけたのだが、現在の時刻は四時十分。3年A組の担任で、クリスには馴染みの深い花木先生の演説が終わる様子はまるでない。どうしよう。一度ここを離れてまた見にこようか。しかし、ホームルームが終わるタイミングを逃して、慎に小言を言われるのもしゃくに障るので、不本意ながら足を痛めて立ちっぱなしでいることに決めた。花木先生の声が一際太くなった。これは終わる合図か、それとも単なる盛り上がりの部分なのか。クリスは過去の失敗を思い出し、どうにか判定しようとした。
「おーい、クリス」
帰宅の仕度に励む友人たちを遠目に眺めていると、紙くずが足元に転がってきた。顔を上げた先にいたのは颯だった。先生にばれないように教室の後ろの扉をわずかに空け、椅子を引いて顔を出し、こちらに向かって手を振っている。クリスはきょとんとした顔で見返した。
「颯先輩!」
「やあ、慎のお守りに来たのかい?」
「えっ、どうしてそれを……」
颯は先生に向かって何か素早く答弁した後、再びクリスの方を仰いだ。
「僕は情報網の広さが自慢なんだ。おかげで知りたくもないことを知ることもあるけどね。情報っていうのは実に厄介だから……まあ、そんなことはいいや。しかし、クリスも真面目だね。僕なら逃げるけどな」
「俺だって逃げたいですよ。でも、後で捕まえられるのも嫌ですし……」
クリスは正直に言った。颯は二人にしか聞こえぬほどの声量で笑声をたてた。
「確かにね。慎はなかなかしつこいから。素直に従っとくのが得策かもね。おや、珍しい。先生の話が十五分で終わったよ」
椅子の足を床に擦る耳障りな音がした。花木先生は生徒たちから貴重な二分間を奪ってまで、静かに美しく優美に動くことの大切さを語った(強面の花木先生には恐ろしく似合わない話題だと思った)。腰の折り方についてまた特別な講座があり、結局クリスは待たされること二十分で、ようやく雇い主と気の向かない面会に踏み込むことができた。
「よう、待たせたな」
「いいえ。別に」
どうせ労わりの意はないのだ。クリスは素っ気無く応じ、髪をくしゃくしゃにされる咎めを喰らった。それでも尚不満げに自分を見つめるクリスに、慎は悠然と言い放った。
「いいか?てめぇは転校初日にあれだけ校則を破っておきながら、まだこの学園生活を楽しんでやがる。俺の護衛ぐらいで済んでありがたく思え」
罰ならもうすでに下されたのに、何を今更。クリスは心中呟き、また、呟きのうちの半分ぐらいを顔面に映し出しながら、生徒会室へ向けて進みだした慎の後を追い始めた。が、最上階へ続く階段の一段を昇るか昇らないかの内に、踊り場の上で光がひらめき、クリスは思わず目を閉じた。続いてシャッターを切る音が響いた。これはもしかしなくても……
「逃げたぞ。追え」
「はあっ?」
「屋上の方に行ったはずだ。早くカメラを奪って燃やして来い」
「も、燃やすって……」
「早くしろ。命令だ」
「……もう!」
クリスは唇を引き結び、ずれ落ちかけた靴下を引き上げると、ぱたぱたと忙しなく階段を駆け上っていった。彼の後ろ姿を、慎はどことなく面白がっている風に見送ったが、ふいに階段下でフラッシュが瞬いたのに気付いた。慎は顔をしかめた。どうやら自分の見当違いだったようだ。執念深いストーカーは―― 一体どんな神業を使ったのかは知らないが――上ではなく下に逃げたようだ。
「おい、石崎!下だ!」
「はあっ?」
一つ上の階の手すりから、息を弾ませたクリスが顔を出した。
「奴だ。下にいる」
「忍者ですか?!」
「かもしれねぇな」
文句を言いつつも、クリスは律儀にこちらに下ってきた。走り回って頬を紅潮させているクリスを見たとき、慎の心にふと芽生えたのは、この少年を翻弄させてみたいという欲望だった。茘枝と陽は除くとして、慎にあそこまで反抗的な態度を見せるのは、この少年の他にいない。他の者なら素直に、むしろ誇りをもって行うであろうことも、この少年は渋面で片付けようとする。慎は隣を過ぎていった横顔に目を遣った。気高い横顔だった。サファイアの目は彼の心根のごとく真っ直ぐに光を放ち、あらゆる美徳の輝きに照り輝いている。人は美しすぎるものを見ると、遂、壊したくなるという。先に述べた慎の欲望も、この破壊的衝動と似たものかもしれない。それに、物珍しかったのもあるだろう。自分だけに反僕しようとする、石崎・エーリアル・クリスという少年が。
「待て、石崎!」
「また上とか言わないで下さいよ!」
一つ下の踊り場から、クリスが叫ぶ。
「上だ」
「あの、会長……!」
「奴のことは放っておけ。上に来い。あいつが流出させた写真を始末する仕事が先だ」
クリスは最早、何も言い返す言葉が見当たらなかった。
10月18日水曜日 二枚写真ヲ手ニ入レル(ヤッタネ)