素人アピールをやめろ!
アマチュア作家の素人アピールに腹が立っている。
「なろう」の作品だけに限定した話ではないが、エッセイでも「普通のことを書いてます」だとか「つまらないです」とか、小説にしても「文章が下手で~~」「読みずらくてすみません」云々、あらすじや作品の前後に書く作者がいる。
日本は謙遜の文化だという人がいる。確かに言葉の中にも、そのような日本人の精神を反映したものが結構あるし、日本語の作りにもそれは見て取ることができる。「謙譲語」なるものはその代表で、日本人にはこの「謙譲」の意識が強い。自分のことを「小生」、自分の作品のことを「拙作」、自分の息子のことを「愚息」、贈り物はいつも「つまらないもの」である。
アマチュアの作者は自分の作った作品に関しても、このような日本人が伝統的に持っている「謙譲」の感覚で、「つまらない」とか「下手」とか言ってへりくだっているのだろうか。であれば、アマチュアの素人アピールも仕方ないことかもしれない。
しかし実際は違う。彼らは言葉の上では謙譲表現的にへりくだる態度を見せているが、本当は自分が素人であることを示して、「つまらなくても大目に見てね」と言っているのである。批判や批評から自分を守る防衛線として、謙譲表現を使っているのだ。自分が本当につまらない作品を作ってしまったのであれば、大衆の目に晒すはずはない。彼らの謙譲表現は、そもそも矛盾しているのである。
人に何かを伝えたい、それによって自分が何かを得たいと考えるなら、まずそのメンタリティーを変えるべきだ。自分の意見と表現に自信を持つべきだ。つまらない作品なんて誰も読まない。下手な文章に誰が目を止めるのか。見慣れた一般論には読む価値すらない。――そういう事を分かったうえで、じゃあどうしようと考えるところから、表現者はスタートしなくてはならない。読んでもらうための方法を本気で模索しなければダメなんだ。表現の場は、その「結果」でなければならない。そういう心構えなら、批判だって怖くないはずだ。
いつまでも「素人です」と言っていては、一生「素人」のままだ。「素人」とは何か? 素人意識を持っている作者のことだ。プロで食べていける作家になれるかどうかは、いろいろな巡り合わせもあるから何とも言えないが、少なくとも、「素人です」と言っている作家は、一生「素人」のままだ。作品を出すのなら、それがアマチュアの集まる場であっても、プロ意識を持って臨むべきだ。それが、読者への正しい敬意の払い方だ。その気もないのに態度だけ平伏したふりをして逃げるな。




