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東方開拓都市イスカの民話集

ファンタジー飲み会

作者: 笹本廉太郎

 昼寝の猫みたいなねぼすけの太陽がのんびり昇って、足早に去っていく。

こうして今日もイスカの町に夜が来た。商店街は寝静まり、騒がしいのは色町ばかり。

そんな町の一室に、今日もアイツがやってくる。


「いよぅ、雁首揃えておっぱじめてるな?

おっとすまんね、そこ通るぜ。っとっとっと。

ったくお前らも飽きないねぇ。いい大人が貧乏長屋で安酒をちびりちびり、たまには色町にでも行かねぇと錆びついちまうぜ?神さまも嘆いていらっしゃるぜ。」


 防音なんて見込めそうもない薄い扉を押しのけて、蝋燭数本に照らされた室内へ梁に頭をぶつけないようにしながらぬっと人影が滑り込んで来る。

年のころ30手前で身の丈は大きく筋骨隆々の男。人のよさそうな顔はしているが、お世辞にも頭が良いようには見えないし工房で働く職人のように細かい作業ができるようにも見えない。

小麦色に焼けた肌には刀傷だろうか。既に治癒した裂傷のあとが数えきれないほど見受けられ、ガタイの大きさも相まってさながら剛力熊グリズリーのようにも思えてくる。

男がぐるりと室内を見回すと5m四方の部屋の中に年齢はまばらだが、何人かの同じような傷を持つ男達が瞳に映る。

 そう、ここにいる全員共に堅気じゃない。いや、堅気じゃないとは御幣を招くかもしれない。

彼らとて立場上は普通の一般人だ。でも、官吏でも、職人でも、商人でも、農民でもない。

野山を駆け、ダンジョンに潜り、金と宝と名声とついでに女も求めて彷徨う根無し草。


冒険者である。


 熊のような体を竦めながら窮屈そうに人の間をすり抜ける男に煽るように声がかかる。


「はん、言ってくれるね。手土産も持たずに毎日毎日その安酒を舐めに来るお前さんも同じ穴の狢さ。

朝から晩までくらーいダンジョンで、泥にまみれて剣を振っても手元に来るのは端た金。ロイ、今日はずいぶん遅い様だが、その様子じゃ色町手前の賭場で今日の稼ぎを全額預けてきたクチだな?」


 部屋の壁に寄りかかり、塩をつまみながら手のひらサイズのちいさなグラスでちびりちびりと酒を飲んでいたやせぎすの男だ。

腕にはやはり多数の傷に吊り上がった目は眼光鋭く、さながらロイと呼ばれた男が熊ならこちらは蛇だろう。

針金みたいな身体に見合うように面長で座っていてもそこそこの上背があることがわかる。


「違いねえ、違いねえ。勝ってたらこんなところに来るもんか。自分一人でしめしめと朝まで美味しい思いをしに行くに違いねぇ。まったく、お前はずるい奴だよ。

俺たちに集るところはしょっちゅうな癖に旨い思いは一人きりだ。」


 横から小柄な冒険者が口をはさむ。部屋の中では一番小さく、周りと比べると小動物のように思えてしまう身体にはあまり傷跡も見受けられない。

顔つきもまだあどけなく、口は達者だがまだまだ生意気な少年といった雰囲気を醸し出している。

酒もあまり強くないのかコップの中に注がれた酒はあまり減っておらず、目の前に用意したつまみのナッツばかりが姿を消している。

 大抵朝まで安酒をガブ飲みし、二日酔いに苦しむことになる冒険者たちの飲み会だが、本来は情報交換の場所である。

どこの村でゴブリンが出た、どこの谷では貴重なキノコが採れる、新しいトラップの解除ヒント、時期によっては国が行う山賊の討伐作戦の日程まで。

冒険者にとっては情報が一番重要だ、流れ者根無し草その日暮らし。

決して安定しているとは言えない職業ゆえにこういった飲み会は重要だ。

 そして、情報が無かったり役に立たないやつは追い出されるし二度と呼ばれもしない。そいいった場所に出入りして軽口を叩けるのだから彼に冒険者としての素質があるのだろう。


「ケッ、ほざけエリック。俺だってたまには誰かにおごるんだよ。今日だってトムの野郎におごってきたばかりだよ。

あの野郎、俺が賭けたのと同額勝っていきやがった。」


 思い出しただけでも忌々しいとばかりに眉間にしわを寄せながらロイは肩をすくめ、やってられねえとばかりに酒を煽る。

混ぜ物で嵩をごまかして売られていた安い酒がコップの中からぐんぐんと消えていく。

味なんてどうでもいい、酔えばいいんだ酔えば。そういった荒い飲み方。

一息で水筒みたいに大きなコップを空にしたロイはヤケ食いとばかりにつまみの干し肉に齧り付き、もっしゃもっしゃと腹も満たし始めた。


 そんな姿を見ながら、しめしめいつもの仕返しだとばかりに投げたナッツを口でキャッチしながらエリックはしゃべり続ける。


「ああ、アイツが来ないのはそういう訳かい。あと、ロイお前に一つ言っておくぜ?

そういうのはおごってやったんじゃなくてボロ負けって言うんだよ。お前さん今日の稼ぎ分を脇でかっさらわれただけじゃないか。ああ、賭けにハマるやつは嫌だね。明日の飯代無心しても俺は絶対貸さないからな。」


 元から貸す気もない上に、煽り続ける当のエリックですら本当は先週賭場で大負けして金がないのだ。

自分も同じだから相手を煽って留飲を下げる、良い循環ではないけれどそうやってここは回っている。

冒険から戻れば金を作って賭場で遊び、勝てば色町負ければ安酒、酒のつまみは他人の不幸、ついでの会話でネタ探し。


こんな飲み会が今日もイスカの町の何か所かで繰り広げられてることだろう。



ああ、粗悪なアルコールにまみれた宴が続く。



ああ、ねぼすけの太陽がまた目を覚ますまで。


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