現実‐1
『きみは…わたしのおとうとだな!!』
冬の夕焼け。乾いた空風。高く冷たい鉄の柵。
見上げた貴女は華のようだった。
春の桜よりも潔く、夏のひまわりよりも苛烈で、秋の紅葉より切ない、冬の椿のような優しい瞳で俺を見下ろしていた。
貴女の後ろの夕焼けが、貴女を彩る花びらだった。
澄みきった空を射す橙に翠の影のコントラスト。赤くなったリンゴのようなほっぺたに手にはなぜか…オタマ。
命を萌やして輝く貴女は…何よりも美しい華だった。
あの日の華は今もなお色褪せず、俺の照し、咲いている…
「おとうとよ…ワタシはゼツボウした。」
「な、なに急に言うとるん?ねぇちゃん。」
家に帰って自室に入ると…そこには、ねぇちゃんがゲンドウポーズ(机無しver)をして椅子にドーンと座っとった…。
うっわぁ…ねぇちゃん角フレームの眼鏡しとるせいかメッチャ決まっとる…。やなくて、
「な、なんやねぇちゃん急に…。てか、何に絶望したん?」
ワイは鞄を近くに置き、ねぇちゃんの前に正座した。えっ?“なんで正座したん?”って?そんなん…条件反射や。条件反射。ねぇちゃんのコレ見ると何故か正座してまう。理由は察っせ。弟は、姉に勝てん。父ちゃんにも勝てん。母ちゃんには挑む気すらせん。コレ、我が家の絶体常識。我が家の心理。ワイ氏、ピラミッドの底辺なり。
「それはな…
先程、抽選のハズレを報せる葉書が届いたからだ…!」
そう言ってねぇちゃんはズイッ!!とワイの前に葉書を押し付けるように見せた。
あ、ホンマにハズレとる。『ご応募ありがとうございました。残念ながら~』って書いてあるわ。
ねぇちゃんが応募したんは今メッチャ注目されとる“New Myth Online(通称新神話)”っちゅー体感型MMO。つまりVRMMOのゲームや。
今の時代、特にVRMMOは珍しくもなんとも無い。昔は最新技術やー!!ってメッチャちやほやされたけど、それは既に10年近くも前の話。ワイらの時代ではもう星の数より…かは無いけど、そこそこの数は出されとる。
では何故、注目されとるのか。
それはこの新神話には新たな技術が実装されとるからや。
新しく実装されたモノ…それは“味覚”や。
さっき言うたが、今までにもVRMMOは出されとる。が、初めの頃はそれこそwiiみたいな“自分の動きに合わせて画面が動く”といったシロモンやったそうや(オマケに家庭用でも無かったらしいで)。そこから少しずつ…少しずつ技術が進歩して、映像がリアルになり、AIが高度になり、感触や体感が出来るようになり、音や風・匂いが感じられるように進化していったそうや。
しかし…そこから先にはおっきな壁が立ち塞がった。それが“味覚”。
音・匂い・映像等はヘルメット型の機器で、感触や体感は小型のドーム型機器を使う事で解決出来た。けど、流石に味覚は難しかったらしい…。口ん中に機械突っ込むわけにいかんからな…。
誰もが無理。そう思っとったが、それに待ったをかけた人達がいた。それが例の新神話の開発陣の方々や。
その人達は『こないなとこで妥協したるかぁ!!』みたいな事を合言葉に、脳の専門家から映像の専門家。それから…ワイはよく知らんけど、なんか凄い博士の人とか大学の偉い教授とかに声を掛けまくり、数十年かかる言われた技術を数年に大幅ショートカットして作り上げた新技術。それが初めて導入されたんがNew Myth Onlineやねん。
βテストでの評判も凄まじく、『今までと次元が違う!』『パない!!…マジ、ヤバすぎ…。』『新時代キタコレ!!キター(゜∀゜ 三 ゜∀゜)ーーー!!』『まさに“新神話”!!』『人生で一番美味かった料理が新神話の料理の件…』と、こないな感じのお祭り状態や。で、こないだそのβテストが終わり、一般予約が始まった。予約が凄まじいんで抽選になります…っちゅう事やったんやけど…。
「ねぇちゃん…ドンマイやな。」
「言うな!!…言わんでくれ…。」
ガックシ…とねぇちゃんが項垂れた。βの話やと、相当食い物旨いらしい。ねぇちゃん(ワイもやけど)、食べるの好きやからな…。普段ゲームとかに興味ないねぇちゃんが初めて興味みせたVRMMO。「どのようなモノなのであろうか…。」って目ぇキラキラさせてたからなぁ…。神様信じてへんねぇちゃんが、近くの神社行って神頼みする位にメッチャ楽しみにしてたからなぁ…。その分ダメージデカイみたいや。
ワイのエセ関西弁が写うとるあたり、相当参っとるな。けど、
「ねぇちゃん、ラッキーやったな。」
「え?」
ワイは鞄から1枚の葉書を出し、渡す。
「?…!?お、おい!?お前っ!!コレ新神話の葉書!!それも“当り”じゃないか!!」
一瞬固まった後、即再起動したねぇちゃん。ワイの襟首掴んでガックガクと揺らす…って、ちょっと待ってねぇちゃん!?激し…く、首が…首がぁぁぁぁああアァァアア!!
「お、お前!?いいのか?いいのか!!私に渡して!!お前の分だろコレ!!というか、お前も応募してたのか!?」
「お、おう…ええ…ねん。ね、ねぇちゃん。コレ、コレ見て!!」
ナニかがせり上がって来そうになった所で、ワイはもう1枚の葉書を出した。
ピタリと止まるねぇちゃんの手。
ねぇちゃんの手をそっと抜け出し、息を整え、口をあんぐりと開けて固まるねぇちゃんに笑いかける。
「お、お前…ソレ、は…」
「せや。これも“当り”やねん。」
ヒラヒラと“おめでとうございます!”と書かれた葉書を持った手を振る。やっぱ姉弟って似るんやな~。実はワイも応募しとったんよ。新神話。美味いモン有るとききゃあ黙ってられへんやろ。ねぇちゃんとは違うて複数応募でしとったんよ。
結果。ワイ氏、数打ち戦法にて、2個獲得したり。
いや~、たぶん数年分のラック使こうたわ~。2つも当り来てどないしよ思うてたけど、やっといてよかったわ~。
「お、おまっ…おまっ!流石は私の弟だぁ~~~~!!」
「おわっ!?」
▼ねぇちゃん の だきつくこうげき !!
▼こうかはばつぐんだ!!
「陸~~!!我が愛しの弟よ~~!!愛しているぞ~~~!!」
「ね、ねぇちゃ…し、しぬ…!」
ねぇちゃん自慢のおっぱい(not雄ぱい。カップ数不明。乳圧ヤバし。)に顔を覆われ、ワイこと辰見 陸太郎は意識を(物理的に)奪われた…。
今思えば、実はねぇちゃんのリアルラックはちゃんと仕事していたと思う。後の祭やけどな。