第十一話 執念という名のへばりつく何か
「あら、Sランクに知って貰えているなんて光栄ね」
「どうでもいいだろ、そんなこと。こいつとそこの包帯野郎を潰せば終わりだ」
言葉とは裏腹に、穂村の闘争心には更なる燃料が継ぎ足されていた。
謎の黒包帯の男と決着をつけられるだけではなく、おまけとしてSランクとも戦えるとなれば、手を抜いていた赤色も自然と蒼へと戻っていく。
「言っておくが時田ァ、お前が期待するような連携なんざ組めねぇからよ」
「あっそ。確かに今のアンタがアタシと合わせられるとも思えないし――って!?」
一瞬――穂村の姿はとっくに時田の前から消えており、前方を向けばそこには包帯の男の眼前に蒼い炎を纏った拳を振りかぶる少年の姿が。
「蒼拳――」
「ああもう、面倒なことを!」
早速の脱落を是としない少女が、右手を銃の形に模って水の弾丸を飛ばす。速度はゆうに音速を超えており、本物の銃弾と大差ない威力を秘めて穂村の横っ腹を突き抜けていく。
「ぐっ……!」
体勢を崩す穂村に対し、これ幸いと包帯の男は穂村に向けて回し蹴りを繰り出し、あたりに蟲をまき散らしながら穂村を蹴り飛ばす。
「うっ!? ゴキブリ!?」
「あら? 降りるならさっさと降りて貰った方が楽で良いんだけど」
穂村達の帰路に偶然居合わせただけで、会場での一件を知らずに一緒に帰路を歩いていた時田にとって、包帯の内側からばらまかれたゴキブリというのは、嫌悪感を抱く以外の何ものでもない。
「マジキモい! ちょっと『焔』!」
「っ、うっせ! 分かってるっつーの!!」
指先に収束させていた火の粉をばらまき、宙を舞う虫を次々と焼いていく穂村。そしてやはり炎は苦手のようで、包帯の男は即座に穂村から距離を取ってそのままこの場を離脱しようとしている。
「逃がすかよッ!!」
「それはこっちの台詞」
追撃をしようと炎を纏う穂村のその足を水の弾丸で撃ち抜くことで、消火と同時に機動力を潰すアクア。同時に時田が得意の時間停止からのデコピンでアクアの頭部横を撃ち抜くが、いくら時を止めようが水を弾いて何になるとでもいうのであろうか、指が液状化した頭に飲み込まれてしまい、時田の妨害は不発に終わってしまう。
「あー怖かった。液状化してなかったら頭が吹き飛んでいたかも」
「Sランク相手だからそのつもりで弾いたんだけど、こうも簡単に無効化されたら何も言えないわね」
攻撃にばかり意識を裂く穂村とは違って、攻防一体で考えているアクアに物理的な攻撃は通用しない。もっと言うなら人体発火が穂村の能力ならば、人体自体を水に変えるのがアクアの能力であり、力の差がここでも現れているのが理解できるだろう。
「さて、貴方の相手はオズワルドに任せようかしら」
「オズワルド……? ッ! まさか!」
「そう、そのまさかよ。ギルティサバイバルに出ていたあのオズワルド=ツィートリヒよ」
「知ってるのか時田?」
「アンタがまだ表立っていない時に、アンタも参加してたやつよ!」
「……あぁー、あれか。俺が適当に力を貸してやった時のやつか」
その時にも演技派だった穂村が偶然新たな力に目覚めたかのように振る舞っていたが、その裏では戦いに生き残る為に本物の穂村正太郎が少しだけ力を貸していた。
その後『暴君の心』と遭遇してしまい、彼の能力によって表立っていた『高慢』が飛ばされ、裏で控えていた穂村が強制的に表に引きずれ出され、今に至っている。
「戦ったことがねぇから記憶にねぇよ。そもそもよりによって苛つくクソ野郎の目の前で入れ替わりやがったからそいつブッ殺すことしか考えてなかったからな」
「そんなことは知らないけど、確かにコイツはあの場にいたのよ。だって後で録画した時に紹介だけはされてたし」
「あんなもん録画してんのかよ……趣味が悪いなお前」
あの場で相手を焼き殺そうとしていたアンタにだけは言われたくない――と喉元まで出かかったものの、時田はそれをグッとこらえてこの場は一時撤退した方が良いと穂村に向けて言葉を投げかける。
「とにかく、ここであのゴスロリ女とオズワルドを動じに相手するのは難しいわ! 時間を止めるからできる限り遠くに――」
「そんなの、俺の知ったことかァッ!!」
足止めをされたところで、穂村にはまだジェットの炎が残されている。一瞬の隙を突いた穂村は離脱しようとするオズワルドを高速で追うと、背中に炎の拳を突き立ててそのまま地面へと叩き落とした。
「これで終わるかよ――蒼焔ノ刻印!!」
空中から急降下し、オズワルドの頭蓋を蒼い炎を纏った足で踏み抜く。それでもって穂村は今度こそオズワルドという人間を終わらせる――筈だった。
「なっ!?」
頭を踏み抜いたが、踏み抜いた感触が全くしない。代わりにアスファルトで舗装された地面に亀裂が走り、時田はおろかアクアまでもが驚愕し足下をふらつかせる。
「っ! ……っと、馬鹿力もここまできますと相当ね」
「クソッ! あいつどこ行きやがった!?」
周囲を見回してもどこにも姿は見当たらない。黒い包帯だけがその場に残され、後はアクアが残念そうな表情を浮かべて包帯へと近づいている。
「うーん……包帯がってことはもしかしたらチップが……あら?」
「何を漁っていやがる」
「貴方には関係ないわ。ひとまず私の目的のものは……無いわね。発信器は……移動してる!? 姿は……どこにもいないのに!?」
「どういうことだ? 何を一人で騒いでやがる」
汚物にでも触れるかのように包帯をつまみ上げたかと思えば、今度は焦った様子でポケットから取り出した端末に目を落とし、周囲を見回す。アクアのその行動が不振に感じられた穂村はアクアに声をかけるが、当の本人にとっては優先順位が違っているらしく、登場した時と同様にして下水道へと帰ろうとしている。
「おい! また逃げるのか!!」
「なぁに? ワタクシが何をしようが私の勝手でしょう? それにいくらあの時に健闘したとしても所詮Aランクの関門、たかがBランクの貴方とこの場で戦うことなんてどうでもいいわ」
本人の意図に関わらない意趣返し。どうでもいいという言葉が、穂村正太郎に対する挑発として投げつけられる。
「ンだとゴラァ!! あの時はてめぇから仕掛けておいてよく言えたじゃねぇかよ!!」
煽られて怒りを露わにする穂村を見て、戦いに、勝利にこだわりを持つ少年を見て、とある改造人間の少年と姿を重ねる。
「……本当に、あいつと貴方はよく似ている」
「あぁん? 誰と誰が似てるって言ってんだよ」
「まあ、貴方にとっても少なからず因縁はあるんでしょうけど。何せ相手は貴方を殺すって意気込んでいるもの」
「何? どんだけ恨み買ってんのよアンタ。またアタシ達も知らない相手?」
「もったぶらずに言えよ。何なら吐かせてやっても良いんだぜ!?」
穂村は脅しといわんばかりに右手からボウッと炎をあげるが、そんなことをしなくてもとアクアはため息を漏らしてその因縁の相手の名を告げる。
「――騎西善人って、覚えてるかしら?」
「ッ!? あいつ生きていやがったのか!?」
騎西善人といえば、かつて力帝都市の外に出て時田の実家へと里帰りに付き添った時に一戦交えた相手であり、今の穂村自身も覚えのある相手でもある。
「あの野郎、死んでなかったのか!」
「ピンピンしてるわよ。貴方に勝つ為に、それなりに強くなってるわ。まっ、どっちとも戦ったことがある私の見立てだと、ほぼ同格といったところかしら」
以前に戦った相手が、更に強くなってリベンジを挑んでくる。殆どのことにどうでもいいというスタンスだった穂村にようやく、自分から動こうという火がつき始める。
「上等じゃねぇか、どうせなら何時でもかかって来いって伝えてくれよ」
「あら、じゃあこの場で私は戦わずに済むのね」
「アァ、ちゃんと伝言してくれるならなぁ!」
燃えさかる右手の炎を握りつぶし、己が心の内に闘争心をたぎらせながら、穂村はアクアが姿を消していくのを黙って見つめる。
「……野郎、今度こそ徹底的に叩き潰してやる」
――もう二度と、化物になりてぇなんてほざかせるかよ。




