第七話 陰と陽
「二人ともマネージャーを通さずに勝手に約束をして! ファンとの密会なんて撮られたらどうするんですか!」
一騒動あった為か折角のライブも中止となってしまったものの、子乃坂が無理矢理交わした約束の通り、アイドル二人との食事会が開かれることとなった。
――ただし目の下にそばかすを携えた眼鏡の女性マネージャーの方は、これを全力で阻止したかった様子であるが。
「しかも世間で有名な二人を、こんなぼろ家に呼び寄せるなんて――」
「古ぼけてて悪かったなぁ! 文句あるなら出て行きさかいや!」
第九区画。一般居住区画とも呼ばれるこの区域、その中でも電柱から何から都心部の最新のものとは違って少し古びたような、ここだけ少しだけ昔に戻っているような雰囲気が漂っている区域が存在する。
そんな一世代前の区域に似合うような古ぼけた木製アパートに緋山と澄田は部屋を借りて住んでいるとのことで、今回の礼も兼ねて家に招き入れたのであったが――
「庶民的すぎて、今時日本でも少ないわよこんなボロい和室!」
「キーキーピーピー文句しか言えんのかこのアホ女。そもそもどうしてこんなんつれてきたんや」
他の居住者も利用する大広間のある部屋には、ライブを見に行ったメンバーに加えて助けたアイドル二人とそのマネージャー、そしてアパートをけなされたことに苛立った関西弁を放つ大家とが集まっていた。
「すんません日向さん、俺もこうなるとは思っていなくて」
「うっさいわボケ! 部屋貸した分の貸し出し料金とるでほんま!」
最低限の手入れがされている程度でボサボサの髪を右手でくしゃくしゃと掻き、クマを抱えた目で緋山を睨みつけている。そんながさつにしか見えない女性が、このアパート『ひなた荘』を取り仕切っている大家、日向久須美である。
「まっ、この場にヨハンがおらんのは不幸中の幸いやな」
「それは言えてるな」
「…………」
「……なんやこのガキ、わしに文句でもあるんか?」
「ッ! ……別にねぇよ」
一見がさつで適当なごく普通のDランクに見える彼女であったが、その僅かににじみ出る余裕とも言うべきか、Bランクの自分やSランクの緋山程度など押さえつけてねじ伏せられるという確固たる実力を持っていると穂村はにらんでいた。
「せやったとしても他人をいきなり睨みつけるのはあんまり感心せんなぁ」
「チッ……」
「……一辺しばいたろかなこいつ」
「おい穂村! ちょっとこっちに来い!」
反抗的ともとれる態度を取る穂村を引きずって、緋山は広間の隣の狭い台所にて壁に追いやるようにして襟首を掴みあげる。
「てめぇ何しやがる!」
「てめぇこそバカか! 日向さんは“元”Sランクだぞ! 市長を一発ぶん殴ったことがあるからって下手にキレさせてんじゃねぇよ頭使え!」
「やっぱりな。だとしたらなんでこんなところに住んでいやがる」
半分は予想通り、しかしながら“元”Sランクという点にだけ引っかかりが残っている。とはいえまさか元Sランクということは予測できなかったものの、穂村は日向に対して何かしらの追及しようとしていた。しかし緋山はそれを封殺するように、こうして別室に連れ出して忠告している。
「聞くな。俺ですら殺される」
「へぇ、だったら尚更聞いてみてぇもんだ」
「バカ! 止め――」
「ほんまにか!? 励二ちょっとこっち来いや!!」
穂村が向かおうとしたところで逆に日向の方から台所に立ち入って来て――そのまま緋山を引っ張り出して大広間のちゃぶ台へと座らせて背中をバシバシと興奮気味に叩き始めた。
「あんた、この子の護衛したったら報酬出す言うとるで!! 今すぐ首を縦に振れや!」
「ちょっと待て、話が全く見えないんだが」
「護衛は一人じゃなくて、奥にいるもう一人の少年にもお願いしたいのですが……」
お金の話になって動きが機敏になる日向と、その姿に引き気味のマネージャーの姿が台所を出た穂村の目に映る。
「正式な依頼となりますので、こちらの契約書にサインを――」
「この家にお金が入るんやったらサインでも印鑑でもしたるわ! 穂村やったっけか? あんたもサッサとサインせい!」
「ハァ……?」
よく分からないもののひとまずいつもの銭ゲバなのだと緋山は諦め気味にペンを取るが、穂村はまだ納得がいっていない様子で緋山がサインを書いている様子を腕を組んでじっと見つめている。
「アイドルの護衛って凄いね、励二。でもちゃんと夕飯までには帰ってきて欲しいなー」
「あ、あのー……私はアイドルについて色々と聞こうとしていたんだけど……」
「どうやらその前に、力帝都市内のルール把握の方が優先みたいだな。まああれだけの襲撃があってその後に手を打たないのもおかしな話だろうしな」
「もー! 戦うことしか頭にないのここの都市の人は!」
食事会、というよりもビジネス談義といった方が正しいだろう。完全に金銭が動く大人の話に乗っ取られてしまい、残った女子諸君は部屋の隅で喚きながらも大人しく座っているだけとなっている。
「それで早速具体的な契約内容の話をしたいのですが、お二人だけ残して後は一旦出て行って貰ってよろしいですか?」
どうやらできる限り外部に漏れるのを恐れているようで、マネージャーは穂村と緋山を除いて部屋を出て行って欲しいと願い出る。
「別に良いだろ、詩乃達がいても。何か問題でもあるのか?」
「できる限りアイドルの行動を公にしたくはないので。パパラッチ以外にも野次馬だったりとか集められても困るので」
「別に野次馬とか呼び寄せるつもりは無いんだけどね」
「もうええやろ大金が手に入るんやったら外に出るくらいいくらでも出たるわ!」
結局大家に背中を押されるような形で穂村達以外の全員が外へと押し出され、その場に残ったのはアイドル二人とマネージャー、そして穂村と緋山だけとなる。
「そうそう、七海さんも外に出た方と色々と話をしてあげてください」
「えっ? 私も?」
相方から七海と呼ばれた清純派ショートヘアの少女は、まさか自分も外に出されるとは思っていなかったようで目を丸くした。しかしマネージャーから「当初の約束の通り、外にいる子達にアイドルについて答えてあげて。それがファンを大切にすることにつながるから」とうまい具合に言いくるめられ、そのまま外へと出て行ってしまう。
「……さて、本題に入る前に、私達の自己紹介をちゃんとしていなかったね」
「そもそも名前に興味ねぇからどうでもいいが」
「お前ちょっと口閉じてろ。さっきからろくなこと喋ってねぇ」
相変わらずぶっきらぼうな穂村を横で咎める緋山であるが、当の本人はというと全くもって聞く耳を示さない。それどころか至極当然といえる言葉を吐いては更なる悪態をつき始める始末。
「ケッ、そもそもこんなところで頼むよりも均衡警備隊とかに依頼を回せよ。そっちの方が正当な手続き踏めるだろ、頭使えよ」
「確かにそうかもしれねぇが、俺が思うにあのレベルの能力者か魔法使いが手に負えるとは思えないぞ俺は」
「あのー、そろそろ自己紹介しても問題ないかな?」
マネージャーの方はしびれを切らしているのか、笑みを作り出しているはずの目尻をピクピクと引き攣らせている。そしてアイドルの方が大人の対応とでもいうべきであろうか、ニコニコとしたままアイドルとしての仮面を一切崩すことがない。
「実は私達は姉妹でね。姉である私がマネージャーをしているんだ」
「ふーん……」
「私の名前は千宝院司。そしてこの可愛い妹が――」
「千宝院暁といいます。お知りおきを」
「俺は緋山励二。それでもってこっちの聞く耳持たねぇ馬鹿野郎が穂村正太郎だ」
「喧嘩売ってんのか緋山? ブチ殺すぞ」
「やってみろ、砂塵で三秒と立たずに擂り潰してやる」
相手方が丁寧に頭を下げているにもかかわらず、緋山と穂村は立ち上がってメンチを切っている。その姿をずっと観察していた司は、本当にこの二人で良かったのかと暁に静かに耳打ちをする。
「本当にこの二人から種を貰うことが千宝院にとってプラスになるか……?」
「ライブ前にも何人かの変異種を見てきて参りましたが、そのいずれも彼らには敵わないでしょう」
「確かにあのバ火力は筆舌しがたいが……」
「分かった分かった、話が終わったら表に出ろ」
「上等じゃねぇか。俺の蒼い炎を見てビビるなよ」
「さっき会場で見たからビビらねぇよ」
「……本当に大丈夫なのだろうか」
目の前で思いっきり仲の悪い様子を見せつける二人を前にして頭を抱える司であったが、一旦いざこざが済んだところで改めて二人に対して残した理由を話し始める。
「実は二人を残した理由は他でもない、その実力を買いたいからだ」
「ん? 実力を買うってのはさっき話した護衛の話じゃないのか?」
「それではなくて、貴方たちの遺伝子が欲しいということなの」
「……ハァーッ!?」
それまで緋山主導で話を任せっぱなしでどうでもいいといった雰囲気を醸し出し続けていた穂村の注意が、ここで一気に司の方に向けられる。
「なんだよ遺伝子って!? 採血でもするのかよ!?」
「…………いや、それはねぇだろ」
「穂村君の方はともかく、君の方は意図は分かってるみたいだね。それじゃ早速暁のことを抱いてやってくれ。もしくは君が年上好きなら、この私が一肌脱ぐけど」
そうして既に上着に手をかけている暁の方に手を向ける司であったが、ここでようやく穂村の方も事態が本来の意図からズレていることに気がつく。
「アァ? アホかてめぇ。それかアバズレか?」
「どうとでも言ってくれて構わないわ。それで千宝院家に強い力が備わるのなら」
つまり彼女達――『千宝院家』にとって力帝都市に来た真の目的は、強い者の遺伝子を受け継いでいくことなのだという。
そうしている間にも無抵抗にふんぞり返っていた穂村に跨がろうとしていた暁であったが、そこは男女の筋力差で軽くいなされては端の方にドンと突き放されてしまう。
「そもそ、もッ!」
「きゃあっ!」
「意味が分かんねぇし、なんだよ千宝院って」
「千宝院家っていうのは日本の裏社会でひっそりと受け継がれている陰陽師一族のことだよーん」
いつの間にか入ってきていたのであろうか、ジャージ姿に髪を短く束ねた女性が緋山のすぐそばに腰を下ろしては勝手に用意してあったお茶に口をつけている。
「藁墨さん、あんたは何か知ってんのか?」
「なんだこいつ……」
「何故藁墨家がここに……!」
「ちょっと、初対面なのに随分と手厳しい反応だね……どっちとも」
千宝院家はその名を聞くなり顔をしかめ、穂村はその態度や風貌に胡散臭さを覚えるなど、初見の人間にとって藁墨神住という女性がいかに信用できない雰囲気を醸し出しているのか、ある意味では自称『陰陽師』というものを体現しているかのようにも思えるだろう。
「ひとまず此奴等の目的は至極単純、強い力を取り入れることただ一つ。その一環として最近目をつけているのが、君達みたいな変異種ってワケ。それにしても未成年に淫行を働こうとするまで堕ちるかね――って、元々そういう集団だっけ?」
「貴様等のように表面だけの綺麗事で取り繕うばかりの中身が腐りきった一族よりはマシだ」
それまで余裕を持った態度をとり続けていた千宝院司であったが、藁墨の姿を目にするなりあからさまな敵意を示している。
「つまり二人は知り合いってことか?」
「知り合いというよりは同業者。同業者というよりは競合相手、いわゆる商売敵かな」
「そんな生ぬるい言葉で表せる程度の認識しか無いのか、藁墨の虚け共が」
色仕掛けを仕掛ける雰囲気でもなくなったことを察した暁はすぐさま服を着て、どこかに仕込んでいたであろう梵字の画かれた札を取り出し武器をでも見せるかのように突き出している。
「姉さん、今すぐ藁墨の女など消し去りましょう」
「チッ、馬鹿かお前」
流石にこの場で戦われては困るのか、それまで状況把握の為に傍観に徹していた緋山がここで初めて能力を使って札を燃やす。火が付くその一瞬、確かに札には何かしらの魔力が込められていたようで、怪しい輝きを縁取った後に即座に燃えて消え去っていく。
「何をするのです!」
「言っておくがこのひなた荘の敷地内でいざこざは御免だからな。せっかく不戦協定を結んでいるこの場所だからこそ俺も部屋を借りてんだからよ」
不戦協定とは近郊警備隊経由で市長に認可されることによって定められる戦闘禁止区域のことを指す。この場合、ひなた荘の敷地に内においては二十四時間いかなる理由があったとしても戦闘は禁じられており、罰則を破った場合最悪近郊警備隊から指名手配を受けてしまい、自分自身が今度は二十四時間気を抜けず戦い続けなければならないという、それなりに重たい罰則を受けることになる。
「そういうこと。ここでいざこざ起こせば外の人間であろうと、千宝院であろうとそれなりにヤバいってこと」
「くっ……」
「とにかく、ここは一旦退きなよ。外で待機している子、水河七海ちゃん、だっけ? 良い子で待っているんだからあんた達が騒動起こしちゃ駄目でしょ」
「くっ……いずれ借りは返す。必ず」
捨て台詞を吐きながらその場を立ち去る司と暁の背中を見送ると、残った陰陽師の末裔にまだまだぶつけたい質問がある二人がそのまま振り返る。
「おっと、その顔はあたしにまだ質問がある感じ?」
「色々答えて貰わないと、あいつらに次会った時の対応も変わってくるからな」
「どうでもいいだろ。邪魔しないなら放置、敵なら潰す。それで十分だ」
本来の穂村の性格を一番表しているひと言だった。邪魔をしないならどうでもいい。邪魔をするのであれば徹底的に、再起不能になるまで叩き潰す。そうして誰に対しても壁を作ってきたのが今までの穂村であり、交友関係を狭めている一番の理由でもあった。
「そんな簡単に片付けるなよ……」
「あははっ、面白い子だね、君。名前は?」
「……穂村正太郎」
そしてそんな少年に興味を持つ藁墨という女の奇特さ、そして心の内は誰にも読むことはできないだろう。




