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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
―データ争奪内乱編 前編―
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第六話 熱狂ライブ

「痛ってぇ……あんなのありかよ――ってここはどこだ?」

「あ、良かった! 穂村君が起きた!」

「しょうたろー! よかった、目を覚ましたぞ!」

「丁度ライブが始まるところだ穂村! 早く起きろ!」


 穂村正太郎が次に目を覚ました時には、硬いコンクリート壁ではなく観客席に寄りかかっていた。空を見上げるような景色と、自分に影を落とすようにして心配そうに覗き込む子乃坂の顔が、穂村の目に映る。


「ライブ……だと?」


 周囲の盛り上がりに反して、穂村のテンションは冷めたままだった。戦闘バトル観戦ならまだしも、アイドルなどという全くもって戦いには関係の無い、穂村にとっては真の意味でどうでもいいイベントでしかない。

「ようやく起きやがったか。どうだ? 本物の化け物の一撃ってやつを喰らった感想は?」

「てめぇ、緋山!」

「おっと、俺のせいじゃねぇぞ。てめぇが戦って負けた魔人がチケットをばらまいたおかげでこの状況が成立しているんだからな」


 緋山と澄田の姿を見る限りここが例のライブ会場なのだと、穂村は少しずつであるが場所の理解が進んでいた。あたりを見渡せば到底普段から戦いを行っているような人間の姿など見当たらず、いわゆる一般人(Dランク)が席を埋め尽くしている。


「てめぇにとっては幸か不幸か、割と後ろの列だからけたければやろうと思えばできるぞ」

「ちょっと待て、状況が読めねぇ……」


 この場にいるのが自分とイノとオウギ、そして意外なのはこのアイドルのライブステージになど興味を持ちそうにない、ある意味自分と同じ分類であるはずの守矢和美がイノとオウギを挟んで隣の席に座っている。


「なんでお前がいるんだよ……」

「なっ、なんでとはなんだ! 私がいてはいけないのか!」

「いや、そういうワケじゃねぇけどよ……」


 穂村がまだ表に出てきていない時期――『高慢アッシュ』が表立って演じていた時とは少し違うメンツであることに穂村は少しだけ驚いていた。いつもならばこういうイベント事には必ずついてくるであろう時田がいない代わりに、穂村のことを嫌っていたともとれる行動をとっていた和美の方が同行しているという、珍しい事態が現在進行形で起きている。


「……全くもって、意味分かんねぇ……」

「要するにてめぇはあの魔人に負けて、気絶している間にライブ会場に連れて行かれたってことだ」

「しょうたろーをぶっ飛ばしたやつがチケットをくれたぞ」

「んだと……チッ!」


 負けたことへのペナルティという意味であろうか、本来ならば他のことに時間を充てられたはずが今となっては実にどうでもいいことに拘束されている。穂村は相手との実力差を身をもって知りながらも、置かれた現状に苛立ちを隠せずにいた。


「くっだらねぇ……アイドルだかなんだか知らねぇが、俺には――」

「普通のアイドルじゃないの! 日本で一番人気のアイドルなんだってば!」


 空かした態度を取っていた穂村だったが、隣に座っていた子乃坂から興奮気味に詰め寄られてしまい思わず引いてしまう。


「お、おう……」

「穂村君もこのライブを見れば、『でゅあるがーるずっ!』のよさが分かるから! なんてったって今高校生に大人気のグループなんだよ!?」


 客席の一部でこうした騒動が起こっている中、場内に鳴り響いていたアナウンスが静まりかえり、それと同時にステージも客席も異様な空気を纏い始める。


「……始まるよ」

「何が?」

「何って……ほら、立って!」


 言われるがままにボロボロ一歩手前の身体を起こし、手を膝に起きながら無理矢理立たされる穂村が目にしたのは、客席が遙か遠く続くその先に現れた、二人のアイドルの姿だった。


「皆さーん! こんにちはー!! 今回は私達『でゅあるがーるずっ!』力帝都市初公演に来てくれて、ありがとー!!」

「力帝都市の皆さん、今日は楽しんでいってくださいね」


 ステージ上に姿を現したのは、片方が清純派をそのまま擬人化したかのような、現代に相応しい姿をしてはハキハキとした声を通しているショートヘアの少女。そしてもう片方はというと、その真逆で同じ年齢にしては大人びているような、礼節を重んじていそうな少女である。

 ――どちらも同じく、フリフリとしたゴシック衣装を身に纏っていることには変わりは無い。


「……別にどうでもいいわ」


 周りが皆興奮に達がある中、穂村はその持ち前のどうでもいい精神が勝ったのか椅子に座り込んでふんぞり返っている。


「……おい。流石の俺ですら空気を読めるぞ」

「その通りだ、穂村。立つことがこの場における礼儀だ」


 既に空気に呑まれてノリノリの澄田に合わせようとする緋山と、同じように場に合わせようとしつつも己の羞恥心と戦っている和美の両方から注意されるが、穂村はそれでも立ち上がろうとしない。


「勝手にしてりゃいいじゃねぇか。子守歌でも聞いてる気分で寝てやるからな」


 そう言って両腕を枕のようにして頭の後ろで手を組んで眠りこける穂村に、流石のイノとオウギも呆れたのかジト目で見つめている。


「しょうたろー、こんなこと初めてで楽しいのに……おねえちゃんも呆れているぞ」

「全く、朴念仁は放っておいて、私達だけで楽しみましょ」


 最初の盛り上がりもそのままに、日本一と呼ばれるアイドルのライブショーが始まる。事前に購入していたサイリウムを振りながら、周りの手練れのファンの真似事をしながら一同はアイドルのパフォーマンスを目で追っている。


「……おっ! まさかこの歌は!? 朝のアレの劇中歌じゃねぇか!? マジかよこのグループが歌っていたのか!?」

「劇中歌?」

「あ……励二にスイッチが入っちゃった」


 日曜午前九時に放映されるバイカー番組で使われている歌を耳にして、緋山は興奮を隠せなかった。本来ならば隠している筈の趣味を、緋山は思わず曝け出してしまう。


「ペルソナバイカーエキサイト第二十三話で使われていた歌で、この歌をBGMに戦うバイカーが超かっこいいんだよ!!」

「そ、そうか……」


 やはりSランクは皆どこかネジが外れているのかも知れないと、Sランクの姉を持つ和美はドン引きしながら興奮する緋山の相手を適当に流していた。


「……ん?」


 最高潮の盛り上がり。皆が立ち上がって興奮の熱気を生み出している最中、ある僅かな冷気に穂村は目を覚ました。それと同時に緋山もまた異変に気がついたのか、身体の一部を砂のように変えて周囲の警戒を始める。


「……この冷気……違う、こっちに来ちゃいねぇ」

「ああ。これは――壇上に向かっていやがる!!」


 地を這うように、そして誰にも気がつかれないように、周囲の生きた熱気とは違う、死んだように冷たい何かが客の間を縫って真っ先にアイドルのいるステージ上へと向かっている。


「穂村! てめぇも気がついたか!」

「バカ野郎。俺の熱探知を、舐めんじゃねぇ!!」


 客席から立ち上る熱気――とは違う、炎の柱。それは遙か遠くで歌っていたアイドル二人の目にも鮮やかに映し出される。


「――えっ!?」

「火事っ!?」


 歌詞とは違う、火事という単語がマイクに拾われ、客席に一気に動揺が広がる。それと同時に仕掛けたかのように、前列の客が火事の方角の確認に振り返ると同時に、黒い包帯にぐるぐる巻きにされたミイラのような風貌をした男が突然として客席からステージへと飛び出してきた。


「きゃあっ!?」

「ハァアアアアア……!」


 白い息を漏らしながら近づく様はまさに不審者。しかし二人を一番恐怖させたのは、黒い布から僅かに垣間見える大量の――


「――吹っ飛べッ!!」

「グギャハッ!?」


 背中に向かってドロップキック――というよりミサイルのように突き刺さる右足。発射したのは他の誰でもない、この状況に最初に気がついた少年、穂村正太郎だった。


「ヒャハハッ! ようやく俺にも興味が持てるような展開になってきたぜェ! ……アァン?」

「アァアアアアア……!」

「ひ、きゃああぁ――――――――ッ!!」


 背中から黒い煙をあげる包帯の男の身体から一斉に這い出てきたのは、同じく真っ黒な、大量のゴキブリだった。


「ウゲッ! キモいんだよッ!!」


 バリアを張るかのように足下に火の粉をまき散らし、虫を焼き殺そうと試みる穂村。しかし虫が狙っていたのは穂村ではなく、あくまでアイドルの二人でしかない。


「きゃあぁああああああああああああ!!」


 大量のゴキブリを前に平気でいられる人間などそうそういない。当然ながらアイドルの二人もまた、襲い来る虫の大群におびえてその場にうずくまってしまう。


「こ、の、ゴミ虫共がよォォオオオオオオ!!」


 しかしながらこの場にいるのは、市長に一撃食らわせる程の実力をもつ炎熱系能力者であることを忘れてはいけない。両脚から放たれるバーナージェットにより、虫を焼き殺すことと二人アイドルを抱えて離脱することを同時に行うなど、今の穂村にとってはお茶の子さいさいでしかない。

「えっ、えぇっ!? ちょっ、宙に浮いて――」

「黙ってろ舌噛むぞ!!」

「思いっきりマイクに声入ってるよ、穂村君……」


 そしてまたしても少女を一人助け出してはフラグを立てようとしていることを察した子乃坂は、一人頭を抱えていた。


「……まだ来るか!!」

「ここから先は任せろ穂村! 後は俺がやる!!」

「ふざけんじゃねぇぞ!! 俺がまだ戦ってるだろ!!」

「両脇に抱えてまともに戦えるかよ!! 下がってろ!!」


 身体を半分砂にして空を舞う緋山が、バトンタッチといわんばかりに前に出る。穂村の方はというとまだ不満が残っていたが、それでも言われたとおりに両脇にアイドル二人を抱えたまま戦えるはずもなく、この場は大人しく引き下がることに。


「大量の虫程度、マグマを使うまでもねぇ!! D(デザート).D(デストラクション)!!」


 ステージ上に巨大な砂嵐を巻き起こせば、虫程度無数に飛ぶ砂粒にすりつぶされる羽目となる。そのままステージ上から上空へ、そして場外まで砂嵐を運び終えた緋山は、改めてステージにいるはずの今回の襲撃犯の姿を目で探した。


「……いないだと……? 冷気も消えた……?いや、砂嵐で温度が下がったせいで見分けがつかねぇか?」


 確認をしても姿どころか黒い布一切れも無いところから、撤退したのであろうかと緋山は推測した。

 しかし――


「――後ろだボケ!!」

「ッ!? グァッ!?」

「ハァアアアアアアアアアアアア……!」


 振り返ればそこには包帯の男が、包帯の一部をほどいて緋山の喉に巻き付けている。


「っ、少し驚いたが、俺にそれは効かねぇよ!!」


 当然ながら身体を砂に変えて逃げることができる緋山にとって、包帯での巻き付けなどといった並大抵の物理攻撃など通用しない。


「なんだよ、る気満々ってか!」


 ならばもう容赦する必要など無い。もう一つの力でもあるマグマの力でもって目の前の敵を焼き尽くすだけ。


R(ラヴァ).Bブラストッ!!」

 噴火のエネルギーを一直線に放出するこの技、地表にあるもののほとんどを焼き尽くすことができる熱線が緋山の掌から放たれる。包帯の男が回避する間もなく、熱線は包帯の男の腹部を撃ち抜き貫通していく。


「ハァアアアアアアアアアアアア……ッ!」

「……なんだと!?」


 しかし包帯の男は同様どころか何かしらの感情すら露わにせず、傷口から焦げ付いた虫をこぼしているだけである。得も言われない恐怖をばらまく存在を前にして、相性的に有利なはずの緋山ですら、一筋の冷や汗が額から落ちる。


「こいつ、完全に――」

「――完全に焼き尽くさねぇとダメってことだろうがァッ!!」


 戦いを見かねていた穂村の右足が、青白い光を放つ――


「――蒼炎圧壊ブルーカノン!!」


 全身を包み込む程の巨大な熱線ビームが、包帯の男を一瞬にして灰へと変えていく。


「……逃げられたか?」


 跡形も無く全て消し飛ばした筈。しかしあまりのあっけなさに穂村は虫がブラフなのではないかと疑念を残している。


「穂村君! 今のは――」

「虫を殺しただけだ。気にするな」


 外の世界の常識が抜けきっていない子乃坂に殺しをしたのではないかと咎められるが、穂村は適当にあしらっては地上へと降り立つ。


「っと、退屈しのぎにはなったぜ」

「あ、あのっ! ありがとうございます!」

「なんとお礼を申し上げれば良いのか……」


 清純派の少女からは勢いよく頭を下げてお礼を言われ、そして大人びている少女は演技派とでも言うべきなのか、頬を赤くして助けて貰ったことへの礼をどうすればいいのかと戸惑っている様子。

 それに対して穂村はというと、バトルの興味はあれどアイドルへの興味は相変わらず無いといった様子でぶっきらぼうに答えを返している。


「別に構わねぇよ。礼とかどうでもいい――」

「でしたらこの後ゆっくりお話とかできたりしまませんか!?」


 しかし折角のチャンスを見逃す子乃坂ではなく、ちゃっかりアイドルと関係を持つことができるように約束を取り付けようとしている。


「えぇーと、どうする? あきらちゃん」

「ええ、私も是非あんな炎を出す人のお話とかもお聞きしたいですし」

「お、おい! 勝手なことを言ってんじゃ――」

「よっし! ではこの後待ち合わせをして、どこかでお話ししましょ!」


 穂村の意思など関係無しに、日本一のアイドルとのまさかの密着取材(?)にこぎ着けることができた子乃坂は、ガッツポーズで喜びを露わにしていた。

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