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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
ー蘇る焔編ー
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第九章 第十五話 Best Of You

「ッ、ふざけたこといってんじゃねぇぞクソ野郎が!」

「クソ野郎はテメェの方だろうが、なぁ穂村ァ。何時まで本物の『高慢』を差し置いて図に乗るつもりだ」


 黒髪の少年の瞳には、相手を見下すような尊大な態度が宿っている。対する『高慢』を名乗っている筈の少年の瞳には、自分では決してあり得ないという否定の感情だけが込められている。


「テメェもいい加減目を覚ましたらどうだ? 穂村」

「てめぇの方こそ、寝ぼけたこといってんじゃねぇぞ!!」


 灰色の少年はそうして全身に灰を纏い、そのまま穂村の身体を灰燼で焦がし尽くそうとした。


「ハッ! またあの時のようにブチのめしてやらねぇと聞かねぇか!」


 黒髪の少年もまた紅蓮の焔を身に纏い、そのまままっすぐに拳を前に突き出す。


「ウォオオアア!!」

「ヒャハハッ!! そうしてすぐにオレ様のマネが出来ずにボロが出やがる!!」


 目の前の自分自身を嘲り笑う穂村。そしてそれに必死に食らいつき、一撃を入れようと同じく拳をまっすぐ突き出す灰色の穂村。互いの拳が、まっすぐにぶつかり合う――


「たかが穂村の分際で、調子に乗ってんじゃねぇえええええええええええッッッ!!」

「テメェこそ何時までも『オレ様』のつもりで見下しやがって、このゴミ野郎がァアアアアアアッッッ!!」


 ――辺り一面、真っ白な空間に紅の火の粉と灰の塵芥が舞い散っていく。その最中、一人の少年と『大罪』が、互いのやくわりを抜きにして本気で力をぶつけ合う。

 蹴りには蹴りを、拳には拳を、頭突バチきには頭突バチきを。決して一歩も退かず、決して一歩も譲らない。互いの想いを乗せた本気の殴り合い。

 それはイノとオウギを前にして戦った時と同じ、互いの主導権を賭けた戦い――とは違う、澱み歪んだ何かであった。


「ちょうどいい。俺の憂さ晴らしに付き合ってもらおうか――」


 この時灰色の少年の身を包んだのは、紅蓮でもなければ蒼炎でもない、真っ黒な『焔』だった。


「……オイオイ、二対一なんざズルいだろ」

「どうでもいいだろ……俺も、『憤怒ラース』も……何の意思も思想もねぇただの暴力装置だ」


 穂村正太郎アッシュVS『高慢ほむら』with『憤怒ラース』。

 穂村正太郎の唯一の存在意義であった子乃坂ちとせは汚されてしまった。ならば表立って世界の破壊を行ってくれている『憤怒』の邪魔を、灰色の少年がさせるはずがない。


「こんな世界……消し飛んじまえばいいんだよッ!! そうなれば、誰が『穂村正太郎』かなんざどうでもよくなるからなァ!!」


 真っ白な空間に映える黒炎が、天井のない遙か彼方へと立ち上ろうとしていた――



          ◆ ◆ ◆



 ――同時刻、空を照らす太陽が沈み、代わりに暗黒の太陽が地上を焦がしつくさんと熱波を放ち続けている。そしてうちに潜む人格に呼応するかのように、『憤怒ラース』はさらに爆炎にその身を包み込んでいく。


「全て、真っ黒に、塗りつぶしてやるッ!!」


 夜の力帝都市を、暗黒の世界を焼き尽くすべく、『憤怒』に駆られた少年は圧倒的な火力を秘めた暴力で市長を一方的に攻撃し続けている。


「くっ、我を舐め――」

「ウルッせぇんだよォッ!!」


 『全能』の頭蓋を掴み上げると、『憤怒』はそのまま紅葉おろしでもするかのごとくつかんだ頭を地面に叩きつけ、そのまま両足のブーストで加速していく。


地獄に堕ちる者(ヘル・ダイバー)ッッッ!!」


 つかんだ右手からは黒炎が燃え盛り、削った地面の跡には黒い火柱が次々と立ち上っていく。


「ぐぁああああああああああああああああッ!!」

「ウォオオアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 行き止まり。第三区画でも有名な買い物スポットとして話題の巨大ビルに、『憤怒』が『全能』を力の限り強く叩きつける。ひときわ大きな火柱が打ち上げられるとともに、それまで建っていたビルが一瞬にして消し炭と化していく。


「消し飛んだか……なっ!?」

「次は貴様が消し飛ばされる番だ……ッ!」


 何もかも灰へと帰す高熱の最中、『全能』は自らの顔面を掴んでいた右腕を逆に握り返すと、そのまま力尽くで引き剥がし、そして空いた手に密かに力を溜めていたエネルギーの奔流を『憤怒』へと流し込む。


「ごッ――」


 呻き声を上げる間もなく『憤怒』の全身はまばゆい光に包まれ、そのまま遙か彼方へと伸びていく光とともに消し飛ばされていく。


「クククク……クハハハハッ!! どうだ!? この世にあり得ない、想像し得ない力によって消し飛ばされていく感覚は!?」


 『全能』の背後、振り向いた先に完全に消滅したはずの『憤怒』の姿がそこにある。恐らくは半身だけでも確実に消し飛ばされたであろう、しかし再生を促すかのように黒い焔が徐々に徐々に人の形を模っていく。


「この世にあり得ない……それは次から“無し”だッ!」

「何ッ!?」


 『高慢』な人間だけが上から命じることができる絶対命令。ともすれば神すらも見下しかねない程の存在が放つ一言が、『全能』の力を封じ込める。

 絶対的な権力を持つ『高慢』と、絶対的な暴力を持つ『憤怒』。史上最悪の組み合わせが、力帝都市の市長を完全な敗北へと追い詰めていく。


「そして、次ももう“無し”……これが、最後だ」


 歯を見せて笑う『憤怒』が、右手を天に掲げる。すると同時にそれまで地表を死滅させるような高熱を放つだけだった黒い太陽に向けて、それまでばらまかれてきた全ての黒炎が収束されていく――


「これで仕舞いだ……」


 一切合切全てを押しつぶす――それはまるでブラックホールのようでもあり、そして全てをねじ伏せる暴君のようでもある。そんな破壊の化身が、力帝都市に落ちてくる。


「“俺”を否定するこの物語セカイなんざ、消し飛んじまいなァ!!」

「馬鹿な……こんな、形で終わるなどと……」


 接触すれば最後、全てが終わる。そしてそれを止める術を、『全能』は取り上げられてしまった。

 今度こそ何も出来ないままに、無残に全てが消し飛んでしまう。自ら膝を折り、その場に崩れ落ちる一人の市長。そして――


「――危機一髪。まだ、間に合う」

「穂村くん!!」

「ッ!? ……子乃、坂……?」


 『憤怒』の手が、止まる。それがいつまでなのか、どうなるのかは分からない。それでも今は、破壊の太陽が一時停止している。


「なっ!? 『全知ソシオリズム』よ! 何をするつもりだ!! 我の計画を――」

「重見天日。今は私に任せて欲しい」


 そうして『憤怒』の目の前に現れたのは、子乃坂ちとせを引き連れたもう一人の市長の姿。


「吉凶禍福。後はどうするべきか……」


 全ては彼女に、子乃坂ちとせに任せるしかない。



          ◆ ◆ ◆



「――てめぇが、てめぇが穂村正太郎なんだよ!! 俺みたいな失敗作が、燃えカスのようなゴミ人間が名乗っていい名前じゃねぇんだよッ!!」


 灰をかぶった少年は、今までとは違う余裕のない態度をあらわにしていた。攻撃も苛烈さながら煩雑で、それまでと違って表情も取り乱したままだった。

 『憤怒』を身に纏いながら、まだ捨て去りきれない何かがある。しかしそれを認めてしまえば今までの全てを、『穂村正太郎』の『憤怒』を否定することになってしまう。


「自分のコトよく分かってんじゃねぇかクソ野郎! だったらいい加減その燃え滓のようなクソ野郎こそが穂村正太郎だってコトを理解しやがれ!! 子乃坂ちとせを、ヤツを守るための――」

「違うッ!!」


  違う。違う。違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う――


「違う! 違う!! 違う!!! ヤツは誰かを守るために、穂村正太郎は誰かを守れる奴なんだ!! 俺みたいな、誰も守れなかった人間が名乗っていい名前じゃねえッッッ!!」


 灰色の少年は自分自身を否定するかのように、黒炎を纏い渾身の力を込めた前蹴りで目の前に絶つ黒髪の少年を蹴り飛ばしていく。

 ――子乃坂ちとせを守れなかった。彼女を傷つけてしまった。その瞬間から、“あの時の”穂村正太郎は既にこの世界にいる意味がなくなってしまっていた。たとえ相手が強大な『全知』であったとしても、一度でも守れなかった時点で、穂村正太郎はどうでもいい存在と成り下がってしまった。

 だからこそ――だからこそ『高慢』に『穂村正太郎』を譲り、『穂村正太郎』は裏に潜む『高慢』と化してしまえばそれでよかった。

 ずっと奥に潜む怪人として――化け物として。常に穂村正太郎を堕落した道から追い立てる脇役のままでよかった。


「俺みてぇな子乃坂一人も守れねぇヤツが! 穂村正太郎なワケねぇだろッ!! 俺みてぇなただの、ただの…………誰も守れなかっただけのただのクソ野郎がッ!!」

「そのクソ野郎の尻拭いをしてるのは誰だッ!? オレ様だ!! オレ様はテメェ自身のクソみてぇな自尊心のおかげでテメェの中に生まれた、『大罪つみ』そのものだ!!」


 黒髪の穂村が――本物の『高慢』が、アッシュ=ジ=エンバーが。燃え尽き、全てに失望した灰塵の少年の頬に拳を強く打ちつける。


「ガハァッ!!」


 鋭く、深く突き刺さる拳。自分を否定すればする程、より強く自分に返ってくる強い力。

 守れなかった、何も出来なかった自分をひた隠しにしようとする哀れな自尊心が生み出した薄っぺらな『高慢プライド』が、穂村正太郎を何度も何度も打ちつける。


「大体テメェも、本当は諦めきれてねぇだろ……ッ!」


 一頻り殴りつくしたところで『高慢』は静かに語りかける。

 それはまるで、悪友のように。

 それはまるで、一番の理解者のように。


「オレ様がテメェから借りていたのは、不完全な赤い『焔』……だがテメェは……テメェはあの時に! ラシェルがくたばったと知った時に……! 心の底から怒りに燃え上がっただろうがッ!」


 穂村の右頬を、力強い拳が打ち抜いていく。


「テメェ自身の怒りで燃えさかり、蒼い焔であのクソジジイをブチのめしただろうが!! 友達ダチを失った怒りは、テメェ自身の本物の『焔』だっただろうがッ!!」


 穂村の左頬に、何の能力も宿っていないただの拳が叩きつけられる。


「うるせぇ……!」

「あの機械野郎、騎西善人の時もそうだっただろ……あのバカがただの化け物になる前に、テメェと同じところに堕ちちまう前に、ぶん殴ってでも止めようとしてただろうがッ!!」


 言葉とともに、額と額がぶつかり合う。


「うるせぇえッ!!」

「そして何より……テメェはまだ、子乃坂ちとせのために強くなることを……強ぇヤツと戦うことを諦めていなかっただろうがッ!!」

「うるせぇええええええええええええええええええええええええええッッッッッ!!!」


 ――燃え尽き、無気力となったはずの少年が、大声を上げて目の前の少年の言葉を否定する。灰と化し、塵芥となったはずの心に再び火がつけられる。


「……なんだよ、まだやる気あんじゃねぇか……」

「…………」


 いつの間にか殴りつけていた筈の少年が灰色となり、殴られながらもその目に熱を帯び始めていた少年が黒色となっている。


「……さて、どうするよ、穂村」

「知るかよ……俺はただ、俺のやりてぇことをやるだけだ――」

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