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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
ー蘇る焔編ー
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第十一話 DiAMOND

「お願い! 離して!」

「うるさいガキだが、重要参考人だ。奥の取調室にでも入れておけ」

「ハッ!」


 それまで穂村を前にしても見て見ぬフリをして見過ごしてきた警官が、この日ばかりは逆に生き生きとしていた。それも全て、蛇塚という男が現れて即座に穂村正太郎の検挙という実績を叩き出したことに起因している。

 穂村正太郎と、子乃坂ちとせは離ればなれになった。それぞれが別々の取調室に押し込められ、穂村の方は普通の警察が持っているような手錠を二回りばかり大きくして頑強さをあげた拘束具がはめられている。


「こんなもの……ッ!?」

「無駄だ。対汎用身体強化型変異種向けの頑強な手錠だ」

「ッ! ……変異種だと……? 俺は普通の人間だッ!!」


 確かに普通の人間に比べれば体の頑強さは少しばかりおかしいのかもしれない。それに他の人に比べればすぐに火がつくような性格で、暴力的かもしれない。幼い頃から周りと喧嘩をしては多くの人間を泣かしてきたかもしれない。あまつさえ、その凶暴性から周りから悪魔と呼ばれたこともあるかもしれない。

 しかしそれを差し置いてもはや明確に人間ですらないという扱いを受けることが、穂村を一番に苛立たせた。だがそれを見た蛇塚は何を今更とでも言いたげに、ただただ下卑た高笑いを見せつける。


「ケヒャヒャヒャヒャヒャッ!! 普通の人間が不良がフルスロットルに踏み込んだ750cc(ナナハン)のバイクに撥ね飛ばされてもピンピンしているとは思えねぇよ! 化け物を世間から隔離するのがオレ様の仕事なの、おわかり?」


 日本変異種対策本部。それが蛇塚恒雄が現在所属している警察内の部署であり、決して表に立つことはない極秘の部署である。そして蛇塚はその中でも特に危険視される人物を収容する際に駆り出され、その検挙率は100パーセントといわれている。


「そもそも、だとしても、テメェが用があるのは俺だけだろうが!! 子乃坂には何の関係も――」

「だーからさっきから言ってるだろ? NPOで虐待された児童の保護とか言いながら、その実子供の臓器売買に関わっていたんだからさ。現に一ヶ月以内に結構な数売りさばいているみたいだぜ? この団体」


 変異種として捕縛された穂村に対して、子乃坂の家族もまた、別件で警察署内に捕らえられていた。

 件名は海外への児童人身売買。蛇塚の話によれば、穂村自身を検挙する際の身辺調査を進めているうちに発覚した副産物なのだという。彼女の両親が所属しているNPO法人、表向きには育児放棄や児童虐待された児童の保護を銘打っているようであるが、その裏では海外への臓器売買に手を染めている極悪な団体なのだという。


「なッ!? そんなの嘘に決まってるだろ!! だったらどうして俺がこうしてこの場にいるんだよ!!」

「知るかよそんなの。これが真偽かどうか、そこまでオレ様が調べる必要は無い。後は一般部署の仕事だオレ様は興味ない。……あっ、でもそうだなぁ」


 蛇塚はここでわざとのようにあくどくゆがんだ笑みを浮かべ、そして挑発するかのようにこうあえて述べた。


「確かにテメェの言うとおり、あの子乃坂ちとせには罪はねぇな。皮肉なことに両親が児童保護を謳って捕まって、実の娘が本当の児童保護を受けることになるとはなぁ、クヒヒッ!」

「……ッ!」

「だからよ、心優しいオレ様がこう考えてんだよ」


 その言葉と同時に、元々が薄い壁なのであろうか、隣の部屋から突如として子乃坂の悲鳴と、大人の男の怒声とが入り交じって聞こえてくる。


「やめて! 離して!!」

「大人しくしろ! 騒ぐな!」

「ッ!? おい!! 子乃坂に何をするつもりだ!?」


 机を蹴るような音や、叫ぶ声が手で塞がれる様子もうかがえる。十四である穂村ですら想像できるような、子乃坂に対する非道な仕打ちが壁一枚向こう側で行われようとしている。


「なーに、児童施設に通うまでもなく、中学卒業時点で働けるように職業訓練してやるだけだ。今後一年間かけて、俺の保護観察の元、若い身体を使った仕事をさせるためのなァ!!」


 蛇塚の言葉が感情を染め上げ、そして子乃坂の最後の一言が、全てをドス黒いものへと決定づける。


「助けてぇ!! 穂村くん!!」

「――――ッ!?」


 穂村の中で理性を繋いでいた最後の糸が、プツンとちぎられる。彼の中に押さえつけられていた本能が、ふんぬが。初めて彼の肉体りせいという鎖から解き放たれ、その場に顕現する。


「ふ、ふざけんじゃ、ねぇぞォオオオオ――――――――ッッッ!!!」


 感情の全てが、憤怒に支配される。紅蓮の炎が、ホムラが。彼の全身を包み込み、そして鋼鉄の手錠を一瞬にして溶かし尽くす。


「何ッ!?」

「どきやがれぇええッ!!」


 あの時獅子神に言い放った言葉が冗談ではなく本気と言うことの証左。それは突然の人体発火に驚く蛇塚の頭を掴み上げ、そのまま鈍器代わりに取調室の壁へと――子乃坂が助けを求めていた別室へと続く壁へと轟音を上げてたたきつけることで証明される。


「ごっ――」

「テメェ!! マジで死ねよオラァッ!!」


 崩れ落ちる壁に沿ってずるずるとずり落ちる蛇塚に対して、追撃のように燃える拳を振りかぶり、そして叩きつける。爆風は壁に大穴を開け、穴に沿ってぐったりと倒れる焼死体と化した蛇塚が、隣にいる警官に緊急事態を知らしめる。


「なっ!? 爆発!?」

「子乃坂ッ!!」


 そして蛇塚の死体などどうでもいいと言わんばかりに踏み込んで隣の部屋へと姿を現したのは、炎の悪魔(イフリート)と化した穂村であった。


「穂村!?」

「ガキに、炎が……!?」

「穂村、くん……?」

「子乃さ――ッ!!」


 憤怒を宿した灼眼が捉えたのは、服を破られ素肌をあらわにする少女と、今にも少女へと襲いかかろうとする二人の汚職警官という光景である。


「……殺す」


 小さなつぶやきが、狭い部屋へと響き渡る。声色には脅しではなく、殺意が込められている――


「ヒィッ!」

「殺すッ!! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッッッ!!」


 ――彼の感情は言葉となり、そして焔となって彼の身に姿をあらわにする。


「ブッッッ殺すッッッッッ!!!」


 生命の危機、生存本能。この時二人の警官は、始末書など生きてさえいられるならいくらでも書くとでも言わんばかりに誰の許可も得ることなく即座に腰元の拳銃を引き抜いた。しかしそれよりも早く、業火を宿した両手がそれぞれの警官の顔面を掴み、そして超高熱で一気に焼き尽くしていく。


「ぐあぁああああああああああッ!! あづい!! あづいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

「そのままもだえ苦しめ!! 死ね!! 死んで子乃坂に詫びやがれェッ!!」


 最初は穂村に抵抗するように、両手で穂村の手を離そうと強い力が込められる。しかし次第に息絶えるかのごとく両腕はバタリとその場に倒れ、それと同時にもはや目も鼻も分からない程にグチャグチャに焼き尽くされた焼死体が二つできあがった。


「……大丈夫か、子乃坂」


 穂村としては、安心させるための笑顔を浮かべたつもりだった。しかしその笑みは子乃坂にとっては普通ではなく、気にくわない存在をねじ伏せる為の闘争を終えられたという、悪魔が満足したかのような笑みに感じ取ることが出来た。


「ほ……本当に、穂村くんなの……」

「何を言って……そうか、ショックで気が動転してるのか」


 自分自身に都合のいい解釈でもって穂村は安心させようと近づくが、対する子乃坂はまるで化け物を見たかのように思わず後ずさりをしてしまう。


「……ッ!」


 怯えて己から逃げようとする子乃坂。その姿を見た穂村は伸ばそうとしていた手を止め、そしてそれまで燃え上がっていた焔を一瞬にして鎮火させて大人しくなり下を向いてしまう。


「……そうか。結局は子乃坂(テメェ)も、俺をそう見ているのか」


 思わず嗤いがこぼれてしまう。何故自分が燃えているのか、そんなことはどうでもいい。ただ穂村は、子乃坂を助けたかった。しかし子乃坂は、目の前に立つ少年の姿を拒絶している。


「結局のところ、テメェも“オレ”を化け物扱いするかよ……クヒャハッ! ならどうでもいいや。なら、どうでもいいや!!」


 それまで自分のことを想ってきてくれていた、そう思っていたからこそ穂村は子乃坂を他のどうでもいい連中とは違う、大切な人として丁重に扱ってきた。それこそ子乃坂自身の意思を尊重して、他の不良連中のように自分たたかいを押しつけることも無く大事に想ってきた。

 ――しかしそれも、どうでもよくなってしまってしまう。


「クソがッ!!」

 穂村は再び焔を身にまとい、その拳で壁に大穴を開ける。外には大勢の警察が、パトカーを盾にしてこちらの様子をうかがっている。常識で考えればこのような状況を抜け出すなど不可能。しかし穂村はハンドスピーカーによる警告を無視し、屋内から一歩一歩と焔をしまうことなく外へと歩き出す。


「止まれ!! これ以上の罪を重ねるな!!」

「『罪』……だと?」


 罪――そんなものどうでもいい。だが、この状況をどうすればいいかは分からない。

 しかし本能が告げている――




 ――“気に入らないヤツは皆殺しにしろ”、と。



「大人しく投降しなさい! 君たちは包囲されている!!」

「大人しく……だと? 俺に……“オレ”に……指図をするんじゃねぇよ!!」


 ピッと右手で目の前の障害を振り払うように動かすと同時に、まるでナパーム弾でも堕とされたかのように、横一直線の火柱が一斉に立ち上がる。


「ぐあぁっ!!」


 大勢の悲鳴とともに、一人の少年の高笑いがその場を支配する。


「ヒャハハハハハッ!! そうだよ、俺が、俺こそが化け物だ!! 人間なんざどうでもいい虫ケラとしか思っていない、ただの化け物さ! ヒャーハハハハハハッ!!」


 人間、人間、人間!! 自分とは違う何か! そうならばどうでもいい!! 道端に転がる虫を踏み潰すかのように、何の感慨もなく殺すことができる!!


 それまで言われてきた、『悪魔』という言葉。それは偶然にも、蛇塚の登場によって裏付けられてしまった。ならばどうすればいい。どうでもいい自分の存在する意味が、化け物として生まれてきただけなのだとしたらどうすればいい?


「……そうだ、俺が最強の化け物だ。他の大勢の人間ムシケラとは格が違う!! 俺は自由なんだ!! ヒャーハハハハハハッ!!」


 多くの焼死体を前に、穂村はネジが外れて狂ったかのように嗤う。笑いが止まることはない。既に彼は壊れていた。壊されてしまっていたのだ。


「俺こそが、俺こそが最強なんだ!! 俺こそが――――ッ!?」


 突如として放たれる凶弾。十四歳の心臓を打ち抜く四十五口径の弾丸が、穂村に両膝をつかせ、その場に倒れ伏せさせる。


「がっ――」

「クソガキが、調子こいてんじゃねぇぞッ!!」


 僅かな力を振り絞って銃弾が放たれた先を振り返ると、そこには焦げたはずの顔の半分が復活した蛇塚の姿がそこにあった。右手には拳銃が握られ、その銃口は再び穂村へと向けられる。


「死ね! 死ね死ね死ね、死ね! クソガキがよぉ!! ちょっと能力が使えるようになったくらいで調子こいてオレ様の顔を焼いてんじゃねぇよ!!」

「がっ、グハァッ!」


 肉体に何発もの銃弾を食らった穂村は前のめりに倒れ伏し、その凄惨な姿を見た子乃坂はショックのあまり口元を覆い、絶句してしまう。


「ハァ……そうだ、そこで大人しく見てろよ……テメェの大切なもんが、オレ様に汚される瞬間ってヤツをよぉ!」


 そうして蛇塚はフラフラとしながらも徐々に子乃坂の方へと近づき、その不気味な顔で恐怖を煽るような笑みを浮かべる。


「穂村捜索に少しは役に立ったから先に警察に味見させてやろうと思っていたが、クヒヒッ、ある意味ラッキーだぜ」


 蛇塚恒雄。元々は汚職によって一度は警察を離れた身。

 その罪状は婦女、未成年暴行。彼によって多くの女性、少女が被害に遭っている記録が未だに残っている。しかしそんな彼も、ある能力一つのおかげでこうして再度役職を与えられている。

 能力献体名――『A(アンチ)A(オール)A(アビリティ)』。全ての能力による攻撃は、彼を致命に至らせるには及ばない。まさに日本変異種対策本部の実働部隊長にふさわしい能力であった。


「いや、いやぁあああああああああ!!」

「クヒャハッ、クヒャハハハハハッ!」


 蛇塚が子乃坂の衣服一枚一枚を剥ぐ様子を、穂村は瀕死のまなざしでじっと見つめていた。


「…………」


 そんな彼に今、本当の憤怒が目覚めようとしている――




 ――憎い。


 ――殺したい。


 ――殺してやる。




「――ブッ殺してやる」


「――ッ!?」


 次の瞬間には、子乃坂の上にまたがっていた蛇塚が蒼い焔によって消し飛ばされていた。


「っ………………穂村、くん」


 ――穂村正太郎に、もはや理性など残っていなかった。

 あるのはただ一つ、目の前の大切な少女を自分のものにする。自分のものだという証を刻みつける。


「…………お前は、“オレ”のものだ」

「やめて、お願い!」


 少女の言葉など、耳に入ってなどいない。


「それ以上は――」


 ただ目の前の少女を支配し、本能のままに蹂躙するだけ。


「穂村君が、穂村君じゃなくなってしまう――」


 ――この日、穂村正太郎は子乃坂ちとせの全てを貪り尽くした。



          ◆◆◆



 ――穂村正太郎は、一人立ち尽くしていた。

 多くの人間を焼き、たった一人の大切な少女の純潔を奪い、ただただ呆然としていた。

 それはおおよそ常人ができる所業ではない。異常な存在だけが行える、異常な行動だ。


「……俺は、化け物だ」


 穂村は誰に言うわけでもなく、一人空に呟いた。誰が応えてくれるとも期待するわけでもなく、空に呟いた。

 しかしそれは意図せずして、答えとなって帰ってくる。


「――荒唐無稽。貴方はただの人間。罪を重ねたただの大罪人」

「ッ! 誰だ!?」


 空から降り立つ一人の女性。機械的に思える程の無感情で、瞳にも生気が無いかのようにも思える。そして背中から翼のように生えた機械の羽は、人間ではなく人形だと勘違いさせるよう。敵対する相手には情けや容赦など無いようにも思わせる威圧感には、穂村もただただ圧倒された。


「誰だテメェ!!」

「自己紹介……私には名前がない。人々からは『全知』と呼ばれている」


 全てを知る存在。それはすなわち、穂村がどういった人間なのかも知っていることの証左。


「そんなうさんくせぇ野郎が、俺に何の用だ!!」

「単純明快」


 そう言うと『全知』は背中の羽を変形させて武装形態と化し、穂村の前に立ち塞がる。


「事件解決。貴方を倒し、この事件の収束を図る」

「……ヒャハハッ、やってみやがれ――ガァッ!?」


 相手の口上など無用と言わんばかりの、意識の外からの高速ボディブロー。それは半ば興奮状態のおかげで立つことが出来ていた穂村を一撃でダウンさせるに十分だった。


「有言実行。元々拳銃でダメージを受けていたにもかかわらず、そのタフネスだけは認める。しかし意識外からの攻撃法を知っている私にとっては、赤子同然」


 こうして穂村は、あっけなく初めての敗北を喫することにある。


「ぐぅう……」

「さて」


 そうして『全知』は、今度は事件の目撃者を消すべく子乃坂へと狙いを定めようとしている。


「なっ!? 待て! テメェの目的は俺じゃねぇのか!!」

「証拠隠滅。全て消す必要がある」


 冷酷に、残忍名言葉を並べる『全知』。足下に転がっていた拳銃を手に取ると、そのまま倒れたままの子乃坂へと銃口を向ける。


「やめろ! 殺すなら俺だけで十分だろ!!」

「馬耳東風。聞く価値なし」

「頼むからその銃を下ろしてくれ! お願いだ!」


 あまりにも穂村が懇願するためか、『全知』は大きく息を漏らして銃を下ろし、再び穂村の方を振り返りなおす。しかしそれは決して撃つことをやめたというわけではなく、穂村に対する蔑み乃言葉を吐くための行動でしかなかった。


「青息吐息。私に勝てなかった、“弱い”貴方が悪い」

「俺が……弱い」

「そう、弱いから」


 ――この世は力だ。

 力こそが全てだ。

 力こそが資産。

 力こそが日々を生きる糧。

 力こそがこの世界における存在の証。

 力なき弱者など――




 ――家畜の様に死を待つがいい。


「――存在証明。弱き者に、価値などない」


 機械的な返答を前に、穂村の身に再び蒼炎が宿される。


「俺が、弱い……だったら、テメェを殺せば俺は強いだろうがァ!!」


 最後の力を振り絞った一撃。しかしそれは『全知』の僅か左をそれていく。しかしそれは『全知』の目を丸くさせるには十分だった。


「……畜生……!」

「驚天動地……イレギュラー発生」


 今の穂村にこれだけの余力があったことが想定外だったのか。それともほおをかすめた蒼い炎が想定外だったのか。『全知』はまるで知らなかったとでも言いたげな表情で、穂村の方を振り返る。


「……予定変更。穂村正太郎の力帝都市への誘致を提案」


 誰にでも言うわけでもなく『全知』と名乗る女性は報告を終えると、コツコツと音を立てて歩き、穂村の頭上に影を落とす。


「交換条件。子乃坂ちとせを助けてあげてもいい」

「ッ! 本当か!?」


 予想外の言葉に穂村は食いついたが、『全知』はあくまで交換条件を飲むかどうかという意味で、人差し指を立てて穂村へと突きつける。


「自己暗示。貴方の人格を作り替え、今回の件を無かったことにする。貴方の過去を、全て消す。そして子乃坂ちとせの記憶も消す。そして貴方には、力帝都市に来てもらう。これが条件」

「ちょっと待て。どこにでも行っていいが、俺の記憶を消す……?」


 つまり今この時点でこれまでの穂村正太郎は死んだこととなり、新天地にて新たな穂村正太郎として生まれ変わるのだという。

 正直なところ疑問が多く残るばかり。しかしもはや一刻の猶予も残されていない。穂村に悩むという選択肢は提示されていない。


「……本当に、それで子乃坂は助かるんだな?」

「正真正銘。今後の彼女の安全の保証もする」


 ならばもう、少年に思い残すことなど無い。元々がどうでもいい人生だったのだから、その最後に少女が一人救われたのならば十分だ。


「分かった。あんたの言うとおりにする」


 全てが決定されようとしたそのギリギリの瞬間、目を覚ました少女が声を上げる。


「待って……」

「ッ!? 子乃坂……」

「緊急事態。早急な決定を」

「待ってよ穂村くん! キミはどうするの!?」


 ここでもう、子乃坂の意見を聞いている時間などない。

 彼女は知らない。自分の運命が、ここで決まることを。

 しかしそれを悟らせまいと、穂村は精一杯の笑顔で子乃坂の方を振り向いて、こういった。


「俺はもう、昔の俺じゃねぇんだ……あばよ」

「ちょっと待って! 穂村くん! 私をおいていかないで! 私を一人にしないで!」

「意思表示。確認できたのなら、移動中にでも自己暗示をしてもらう」

「ああ…………最後に、子乃坂」


 ――俺がコイツをぶっ飛ばせるくらいに強くなったときに、また迎えに来るからな。


「っ、穂村く――」


 こうして子乃坂と穂村の別れは突然に、そしてあっけなく起こった。

 しかしこのとき、『全知』ですら知り得なかったイレギュラーが二つ発生していた。

 一つ目は、彼らの記憶操作が不十分であったこと。そしてそれは『全知』ではなくもう一人の『市長』の意図でもってなされていたこと。

 そしてもう一つは、穂村が化け物と自覚を持って他の人間を見下した人格を押し込めたその先に、とある『大罪つみ』が彼の中に宿ってしまったことを――

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