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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
ー蘇る焔編ー
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第五章 第七話 The Nameless

 ――穂村正太郎、十四歳の冬。今の彼からは想像もできないであろうが、この時の少年は厚手のダウンコートに袖を通し、寒さに打ち震えていた。

 そして一年が過ぎようとした時には既に、穂村と子乃坂の間柄にも微妙な変化が生まれようとしていた。


「……寒いね」

「そうだな……」


 もはや対穂村専用の鎮圧係と呼び声の高い学級委員長と、もはや対人タイマンでは誰にも負けないという最強伝説を帯びようとしている町一番の不良とが、薄暗い冬空の下で、歩幅は違えども共に帰路を歩いている。その光景は傍目に見れば恋人同士にも思えるであろうが、少なくとも片方の人間はそうは思っていなかった。


「今日も家で勉強するんでしょ?」

「やるかよバァーカ」

「ダメだってば。ちゃんと期末で点数を取っておかないと、一緒に三年生になれないよ?」

「……別に“どうでもいい”」


 穂村の勉強嫌いというのは、単に不良に良くある小さな反抗心というものでは収まらなかった。彼の生い立ちから生まれ出たもの――ある意味ではこれこそが穂村の生まれ持った意味とでもいうべきものがそこにあった。


「どうでもいいって……それじゃ、学校に来ている意味が――」

「本当は学校のこともどうでもいいし、何なら今俺が不良としてやってる事も本当はどうでもいいんだ」


 ポケットに手を突っ込んだまま、マフラーを鼻のあたりまでかぶせながら、穂村はまるで今から話すことよりもただ単に寒いという感覚の方が上回っているかのような素振りをみせる。


「だったら、どうして……」


 どうでもいい――唐突に語られる彼の本音。ともすればそれすらも、どうでもいいということの表しなのかもしれない。

 そして子乃坂はその他愛もなくとてつもない話を、穂村から押し付けられることになる。


「――俺、まともに自分の両親から育てられたことがねぇんだよ」

「っ!」


 聞けば穂村が生まれた時には既に父親の方は母と別れてどこかへと蒸発し、そして母親もまた彼の事を幼いころから『悪魔』だと恐れ、育児を拒否するようになったのだという。


「今でも思い出すが結構呆気ないもんだぜ。親離れってやつがよ」


 二人分の愛情を注がれてこなかった幼い少年の成長において大きく欠けてしまったもの。そしてそれはもう二度と返ってこないもの。


「それからだ。色々と親戚を転々としたりとあったんだけどよ……正直全部、どうでもいいんだ。俺にとっては何もかもが」


 “どうでもいい”という冷めきった感情――それが穂村正太郎の本質であった。外に出て不良と戦う時のあの挑発も、そして今、少しは更生して子乃坂と歩いていることも。

 全ては彼のどうでもいいという本質の中の気紛れでしかなかった。


「ハッ、家にまともな家族がいるテメェには分からねぇか」

「…………」


 子乃坂は何も言い返すことができなかった。彼のやってきたこと、主張してこと――子乃坂はそれら全てに何かしらの意味を見い出そうとしていた。しかしその実全てはどうでもいいという、まったく無意味な答えだという。それが彼女を混乱へと導きだす。


「全くこれこそどうしようもねぇ。俺がいくら強くなっても、いくら頭が良くなったとしても決して満たされねぇ……いっそ『死んだ方がマシ』だったか?」


 死んだ方がマシ――気楽に言い放つ言葉の重さに、同じ十四歳の少女は何も言い返すことができなかった。


「…………」

「っと、ここでお別れだな」


 二つの分かれ道。片方は穂村が現在身を寄せている親戚の家へと続く道。そしてもう片方は、子乃坂の両親が待つ本当の家。しかし子乃坂はここで、ぱたりと足を止めてしまった。


「じゃあな、って何でお前足止めてんだよ。別に今日は子乃坂の家になんざ――」


 用は無い、と言う前に穂村の右手を子乃坂は両手でしっかりと握りしめている。


「……今日も家に来て」

「イヤ、だから勉強とかする気は――」

「勉強とかしなくていいから! ……家に、きてよ」

「……ハァ……別にいいけどよ」


 子乃坂の家に行く――それもまた、彼の気紛れでしかなかった。これで何かが大きく変わるなど、今の彼には何も感じることも無い。しかしずっとそれまでぶつかってきた少女の懇願する姿には何かを感じることができた。それ故に彼のどうでもいい気紛れが、今回子乃坂の家に向かうという一つの選択肢を取ることとなる。




「――いつも思うんだが、子乃坂の部屋ってガキっぽいよな」

「普通だと思うけど?」


 幾つもの家を転々として来た穂村であったが、このような明るい雰囲気の部屋に足を踏み入れるのは子乃坂の時が初めてであった。それこそ最初の時は物珍しさに色々と手を伸ばし、あまつさえタンスの引き出しさえも開けようとした時もあったが、今ではある意味では自分の今住んでいる場所よりも落ち着ける場所となっている。


「……それで? 家に呼んで何をするつもりだ」

「…………」


 実際のところ、子乃坂は何も考えていなかった。しかしこうする以外、彼女には何も考えることが出来なかった。


「……別に、用がねぇなら帰る――」

「帰らないで!」


 立ち上がる少年に大声を出してまで引き留めようとする子乃坂に対し、穂村は気紛れに話すべきではなかったと後悔するかのように頭を掻いて、その場に再び座り込んでしまう。


「……あのよ、俺は別にテメェに同情して欲しくて喋ったワケじゃねぇんだよ。テメェに喋ったのもなんとなくで――」

「なんとなくで人を心配させるようなこと言わないでよ……なんとなくで、死んだ方がマシとか言わないでよ!」


 俯きながらも、声を震わせながらも強い口調で訴える少女。その両肩もまたがくがくと震え、制服のスカートには雫でできた染みがポタポタと作られていく。

 彼女にとっても訳が分からなかった。どうして今、彼を引き留めたのか。どうして今、彼にとって自分がどうでもいいと言われたことにこれだけショックを受けているのか。




 ――どうして今、それでも彼を“好きだ”とでも思ってしまったのか。


「……だったらどうするってんだよ!! アァ!? テメェに俺の何が分かるってんだよ!! 俺みてぇな何もねぇ空っぽな人間がどうなろうがテメェの知った事じゃ――」


 それ以上は何も言わせないと、子乃坂はいつものように吼えようとする穂村を抱きしめて、そのまま押し倒してしまう。


「……お願い、これ以上……」

「っ…………」


 心配させないで――その言葉は、カッとなった穂村を一瞬で鎮めた。

 そうして長い時間がたったのかそれとも一瞬であったのかは分からないものの、沈黙の後、穂村を抱きしめたまま静かに子乃坂は呟き始める。


「確かに穂村君にとって、私は家族じゃない。でも家族じゃなくても、穂村君を心配する人だっているんだよ? 私が心配しちゃいけないの? 家族じゃなくても、私じゃダメなの……?」


 それは学級委員としての言葉なのか。それとも子乃坂ちとせとしての言葉なのか。いずれにしてもその想いが、穂村正太郎の気紛れとは違う本音を引きずりださせた。


「……勝手にしろ」


 勝手にしろ――それもある意味どうでもいいと取れる言葉なのかもしれない。しかし一方では、子乃坂の想いに応える言葉でもあるかもしれない。


「……だったら、いいよね? 私が穂村君を好きになっても」

「…………勝手にしろ」




 ――別にどうでも……いい。



          ◆◆◆



「私のお父さんNPOで働いている人だから、多分穂村君みたいな人でも受け入れてくれると思うの」

「NPO? なんだそれ?」


 難しい言葉の説明で理解は難しいものの、端的に言えば今の穂村のような子供を守る団体の人間なのだという。先ほどから少し時間がたったおかげかそういった考えが思いついた子乃坂であったが、穂村の方はというとそう簡単に変わる事は出来ない。


「とにかく一回会って」

「別に、どうでもいいけどよ――」

「そのどうでもいいっていうのやめて」


 そしてある程度の冷静さを取り戻すことができた子乃坂は、いつもの学級委員としての口調でもって、穂村の悪い部分を指摘する。


「んだよそれ」

「どうでもいいって……私は穂村君のことが心配なのに、本人がそれじゃだめでしょ!」

「実際どうでも――分かったわかったっての! もう言わねぇから泣きっ面晒すな!」


 いくら穂村が無関心すぎるといっても、それはあくまで自分自身に対してでしかない。学校生活と放課後のわずかな時間だけとはいえ、子乃坂とはそれなりの時間を共に過ごしている。その子乃坂に先程のように涙を流されたりされようものなら、流石の穂村も折れざるを得ない。


「えへへ、それじゃお父さんにお話してくるね!」

「勝手にしろよ、クソッたれ」


 代わりの口癖が増えたところで穂村の視界から子乃坂が消え、そして一人取り残された部屋にて穂村は天井を見上げる。


「……ワケわかんねぇ」


 その後に何か揉めることがあるかと思えばとんとん拍子に受け入れ話は進み、そして穂村が気にかけていた自分の親戚の問題も、わざわざ忌み子を引き受けて貰えるならばと呆気も無く荷物だけが子乃坂家に送り届けられる。


「これで朝も一緒にいられるね」

「ああ。ついでに昼も夜もな」


 当初は面倒臭いとしか思っていなかった穂村であったが、次第に子乃坂の献身的なその姿に自然の惹かれるようになっていくのだが――


「さーて、この区域でも後天性の『能力者』をあぶりだしますか」


 ――穂村に芽吹いた全てを刈り取った憎悪の対象が、少しずつ穂村達の前に影を落とし始めていた。

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