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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
ー蘇る焔編ー
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第四章 第六話 灰色、赤、そして暗黒

 雨の日は嫌いだ。ようやくコツを掴めてきたこの力が使えない気がするから。


 雨の日は嫌いだ。折角の晴れ晴れとした気持ちが、全て雲で覆われてしまいそうな気がするから。


 雨の日は嫌いだ。俺が積み上げてきた何かを、全て洗い流してご破算に仕様としてくる気がするから。


 雨の日は嫌いだ――




 ――あの日も確か、雨の日だった気がするから。






「――畜生、ちくしょう……ッ!」


 瓦礫の上で闘争心ほのおを失った少年は雨に濡れていた。頬を伝う水が雨なのか、悔しさを示す涙なのかは分からない。ただ少年の視界は濡れたかのように潤み、そして雲を掴むように伸ばした右腕に、もはや炎など宿っていない。


「オレに……俺に、力さえあれば……力さえあればッ!」


 誰よりも強い筈のこの姿。灰色の少年が久方ぶりに味わう、文句のつけようがない真正面からの()()。それは『高慢』たる『彼』の存在意義を、『穂村正太郎』の存在意義を大きく揺るがせた。


「俺は……()()、負けるのか……? また、失っちまうのか……?」


 嫌だ。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ――


「うあぁああああああああああああああああ!! ああああぁぁぁぁぁああああああああああああああ!! ああああああああああああああああああああぁ!!」 


 自我の崩壊。それは穂村にとっては二度目の出来事であり、それこそが『高慢』という『衝動じんかく』を生んでしまったということを、今の穂村は知らない。


「あああああああああああぁあああああああああああああ!! 俺は、オレは、オレはッ! もう何も失いたくないのにッ!! あの時からもう二度と、負けられないのにッ!!」


 あまりのショック故に別人格にしまい込み、隠し通してきた。元来持っていた残虐性も全て、彼の中の『衝動アッシュ』が引き受けていた。しかしその役目を、今回果たせなかった。それは穂村の中での『衝動アイツ』の意味が無くなってきたことに等しい。


「ゥウガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 和美との戦い(あそび)とは一線を画す、本当の自暴自棄。暴走。叫び声をとどろかせると同時に熱による暴風が瓦礫を吹き飛ばし、焔の熱波が続いて周囲を焼きつくしていく。


「俺が、オレが……最強でならなきゃならねぇのに!! 俺が、オレが、全部守らなくちゃいけねぇのにッ!! 俺が、オレがァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 駄々っ子のように仰向けのままに叫び声をあげ、その力を暴走させる。そしてその力を押さえつけるかのように壁は再び出現し、それだけでは無く穂村を封じ込めるかのように空までもを覆い尽くすドームのように変形していく。

 常人なら生存不可能なまでに高熱と化した陽炎。その歪んだ視界に、何かが映る――


「……アァ?」


 黒い焔。わずかに見える灰色の空よりも暗い、闇。

 ――穂村正太郎アッシュ・ジ・エンバーの目の前に現れた、第三のこたえ。穂村は直感的に理解した。それを手にすれば全てが変わる。そして――全てが終わる。


「……これだ。この力が、この力があれば……」


 全てを終わらせられる。しがらみも何もかも、消し飛ばすことができる。俺がオレではなくなり、たった一つのほむらでいられる。

 穂村がそのしょうどうに手を伸ばそうとした、その時だった。


「アンタ、いつまでこんなところで寝転がってんのよ」

「時田……? どうして……」

「どうしてもこうしても、アタシの住んでいた区画まで丸ごと吹っ飛ばしかけたくせによくそんな言えたわね――って、アンタその目……」

「っ…………アレ?」


 体を起こし、水たまりで確認する己の顔。そこには真っ黒な神と真っ赤な炯眼をした少年が、呆然とした表情でこちらを見つめ返している。


「俺は……オレは……誰だ……?」

「ハァ? アンタとうとう頭おかしくなっちゃったワケ? アンタはAランク関門、『フレーム』の異名を持つ男、そして――」


 穂村が顔を上げた先――そこには穂村正太郎が護ると誓った、二人の少女の姿が。


「イノ……オウギ……? お前達、どうして――」

「どこに行っていたのだ! 心配したのだぞ! おねえちゃんなんて心配し過ぎてご飯を一杯だけしか食べられていないのだぞ!」

「それだけ食べれば充分でしょ、まったく」


 いつの間にか周囲を覆っていた熱は無くなり、完全に燃え尽きた灰のごとく空虚な少年の姿がそこにある。


「俺は……俺は……」

「まったく、しょうたろーはわたしがいないとだめなのだな!」


 そう強がりながらも、本音は震えながら握る手が伝えている。幼い少女が、呆然とする少年をしっかりと抱きしめる。

 もう二度と離れないように。もう二度と離さないように。イノもまた穂村がいないことに虚しさを感じ、そしてまた会えたことに喜びを隠せずにいた。


「ほんとうに、心配したのだぞ……っ!」

「……ごめんな、イノ、オウギ」

「とりあえず、一旦この場を離れましょ。ったく、目の前で壁がせり上がってきたときはヒヤヒヤしたわよ。それにオウギちゃんのおかげでここまで来れたようなものだし」


 先ほどまで自暴自棄と化した穂村が放っていた炎熱。それをものともせずに進めたのは、オウギの秘められた力のおかげであった。

 そして今、穂村正太郎を穂村正太郎へと引き戻したのは他でもないこの三人である。


「……ありがとう」

「なっ!? 何よ急にかしこまって! アンタ本当に『焔』なの!?」

「うるせぇ! 礼くらい言うだろ!」


 いつもの調子に戻ったことで、時田もまたいつもの調子に戻っていく。こうして穂村の暴走は、静かに幕を引くことになるのだが――


「――そういえばアンタ。また新しい女の子引き連れて歩いてるそうじゃない?」

「ハァ? 新しい女――って、子乃坂のことか?」


 いつもの調子に戻ったついでに、時田としてはハッキリさせておきたいところが一つだけあった。それは穂村が引き連れていた、あの少女についてである。携帯端末上で流れる噂の一つに、穂村の彼女だという一説が流れたことで、時田は徹底した調査をする必要があると決断していた。


「ついでにちょっと顔合わせをしておきましょうかねぇ!」


 力の入っていない腕を乱暴に引っ張りながら、時田は穂村を引きずって道案内を命じる。


「さて、どこにいるのかしら貴方の新しい彼女は!」

「だから彼女じゃねぇって、いててて!? 明らかにさっきまで元気をなくしていたヤツを相手にした力じゃねぇだろ!」

「うっさいわね! さっさと案内しなさい!」


 久々の扱いに懐かしさを感じる穂村であったが、時田の方は至って真剣な表情である。そしてその光景を不思議そうに見つめるイノ。


「しょうたろーがまた時田に引きずられているぞ……ん? おねえちゃんも知りたいって? それはどうしてだ? ……なに!? しょうたろーが取られるかもしれんだと!? それは一大事だぞ! しょうたろー! わたしもはっきりともの申し? にゆくぞ!」

「だぁー! お前俺がいない間に変な言葉教えただろ!?」

「知らないわよ! アンタの自業自得ってとこかしらね!」


 修羅場であって修羅場でない、その幸せな光景を破壊されたビルの屋上から見下ろす二つの影。


「チッ、失敗したか。あと一歩で『残虐非道かつ暴力的(オーバー)な憤怒による(ドライヴ・)虐殺行為アウトレイジ』発動の予定だったのだが」

「ありゃありゃ、市長さん確か未来予知できるんじゃなかったでしたっけー?」

「黙れ。あれはあくまであの段階での未来だ。そこからの行動次第で、未来はいくらでも変化する」


 力帝都市市長の片割れであり、長い髪をなびかせ両腕を組む最強の存在、『全能メガロマニア』。

 そして今回、『全知ソシオリズム』が普段であればそばにいるはずが、今回傍に立っているのはヒョロヒョロと細身の男。穂村の姿を見て、そして彼を引きずる少女を見て、舌なめずりをして不気味に笑う。


「ウヒョヒョ、いいねえいいねえ。穂村ァ、お前は毎回毎回極上の女を俺に献上してくれやがる」

「本当に奴を暴走させることができるのか? 蛇塚へびづか


 蛇塚と呼ばれた男は口の周りをぺろりと長い舌で一周這わせた後に、狂気を孕んだ笑みで『全能メガロマニア』の方を向きなおしてこういった。


「お任せ下さいってぇの。なんてったって俺――」


 ――一度穂村を完全に破壊したことがあるんスから。


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