表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
ー蘇る焔編ー
71/159

第三章 第五話 Out Of Control

 ――穂村正太郎、十四歳。

 当時一度でも彼と相対した者は、皆口をそろえてこう言った。「あいつの頭突き(バチキ)だけは、絶対に喰らうな」と。


「うおおァァッ!!!」

「がぁっ!! いってぇえええええええええええええ!!」


 石頭を通り越した、大理石とでも形容するべきであろうか。それほどまでにこの時の穂村の骨格は丈夫そのものであって、事実頭突き一発で相手の額を割る事などザラにあった。


「兄貴!? 額から血が出てますよ!」

「ぐおおおお!! あたまが割れるぅうううう!!!」


 相手の襟首を掴んで逃げられなくしてからの、強烈な一撃。相手と自分の額を突き合わせ、どちらが根を上げるかという至極単純な技を、この時の穂村は文字通り必殺トドメの一撃としてよく使っていた。


「実際に割れてんだよ、ボケが」


 炎の力を手に入れてからの穂村は相手に必ず焦げ跡を残していたが、この時の穂村は決まって相手の額を自慢の大理石頭でかち割ることで、己が勝利を収めていた。


「あぁクソ、マジ痛ってぇ……なーんて、言ってみてぇもんだぜ」


 大勢のしかも高校生の不良をたった一人で相手にした挙句、トップの男を頭突きで倒してからの一言がこれである。笑い気味に声を上ずませながら、喧嘩腰では無く冗談でも言い放つかのような声色での一言だった。

 皮膚が擦り切れ、血が流れていようが、本人にとっては何ともない。それは強がりでもあるのかもしれないが、相手の惨状を鑑みれば強がりだけで片づけられるものではないことが分かる。

 確かに穂村の方は、擦り傷や切り傷そして打撲程度はあるものの、骨折というものを一切した事が無い。対する相手は、頑丈な穂村の腕や足をへし折ろうと金属バットや鉄パイプなど各種凶器を取り揃えているが、いずれも逆にへし折られ、あまつさえ自分が骨折してしまうという重傷を負わされている。これがいかなる意味を持つかは、考えずともわかるであろう。

 ――異常なまでの骨格フレームの強度。それが現時点での穂村の変異種スポアとしての能力であり、そして国や力帝都市からは単によくある妙に丈夫な子供としてしか評価されずじまいという、ごくありふれた不良の日常ストーリーとなるはずだった。

 それが『不良の中で最強』という小さな枠の中に納まる程度で済むならば、ということであるが――




 ――チクショウ! 子乃坂を放せ!! そいつは関係ねぇだろッ!! フザケんじゃねぇぞクソ警官!! テメェ、マジで――






 ――焼き殺してやるからなァ!!!




「――ハァッ!? ……チッ、夢か」


 夢から覚めたその瞬間だけ、穂村が穂村の姿であったことなど誰も知る由もない。そして『拘束されていた過去の己』という悪夢から目覚めた今、現実として拘束されていた理由を彼は知る。


「……で、なんでこれだけ引っ付いてんだよ」


 第十四区画。打ち捨てられたこの区画に、まともな寝床など存在し無い。しかしながら四姉妹のいるこの部屋だけは、まともなベッドが三つそろっている。普段であればそのうち二つは長女と次女が、残りの一つで三女と四女が眠っている。しかし穂村を匿うようになってからは、穂村一人でベッドを一つ占領し、長女と次女のベッドにそれぞれ四女と三女が潜り込むこととなっていた。

 しかしこの日は違っていた。本来ならば穂村一人で眠ることが決まっていたはずのベッドの上に、子乃坂が穂村の腕にしがみつくような形で眠っている。それだけではなく本来ならばいる筈のない要とほのかが布団代わりに穂村の上に乗っかることで、完全に身動きを取れなくしている。


「クソガキどもが……ッ!」


 一瞬体温を上げて火傷の一つでも追わせようかと考えたが、その瞬間タイミングと重なるかのように、子乃坂のしがみつく力が強くなる。


「んっ……」


 それは親しい人と傍にいることへの安心か、あるいは何かから怯えているのか。彼女の見ている夢が分からない以上、穂村には何もすることができない。


「だめだよ……穂村君……」


 その言葉に籠められた感情がはたして何なのか、今の穂村には推し量ることができない。


「……チッ、少し夜風にでも当たってくるか」


 子乃坂ちとせは、穂村アッシュのことを知っている。しかし彼女が本当に求めているのはアッシュではなく穂村アイツであることを、灰色の怪人は知っている。


「……全くもって下らねぇ」


 真夏とはいえど深夜二時を過ぎた時間帯はまさに闇夜であり、微かに光る明かりは殆どが街頭で、第十四区画を脱したとしても昼間のように明かりを放つ区画など片手で数えることが出来る程度でしかなく、殆どが闇夜に溶け込み街灯でひっそりと照らされているに過ぎない。


「……何を動揺してんだよオレは。今更子乃坂がオレの目の前に現れたところで、オレの何が変わる?」


 オレを誰だと思っている。最強の存在、穂村正太郎の内に秘められた衝動、アッシュ=ジ=エンバー様だぞ? 


「……『高慢プライド』たる穂村コイツから生まれたオレ様だぞ」


 その自問自答する姿は怪人というよりはどこかへと消えてしまったはずの少年の人格に近しいものであり、そしてそれはまだ力の扱い方を知らない過去の己への問いかけのようでもある。しかしそれは誰にも理解することが出来ない、『大罪つみ』を背負った者だけが共感できない問題である。


「あの時オレに、何ができたってんだよ……」


 己の意味を失ったあの夜、街をさ迷い歩いたのは穂村正太郎だった。しかし今度は怪人アッシュの方が、失った何かを探し求めるかのようにさ迷い歩いている。


「あの時オレは、何を失ってしまったんだ……?」


 何も失ってはいない。『高慢オレ』が穂村おれの中にいる理由。それは最強であるためというシンプルな理由でしかない。穂村アイツのように、守るために強くなるなんて戯れ言や言い訳なんてない、純粋な強さを証明したいという理由でしかないはずだ。


「じゃあなんで、あの女が不器用な笑顔を浮かべるだけでオレは苦しいんだ?」


 昔みたいにブリーチングした髪やカラーコンタクトを入れた目を怒ったりしないで、あの女がただひたすらに寂しげな感情を押し殺して、無理に笑っている姿に心臓を潰されてそうになっているのか?

 ――それは彼女を傷つけてしまったから? 犯した罪を感じているから?


「……フ……フフ、フザケんじゃねぇぞ。フザケてんじゃねぇぞッ!!」


 突然とした大声に偶然通り過ぎた人々が驚き、そして何故か黒髪だった少年があの賞金首と同じ灰色の髪へと変貌していくのを目の当たりにして、身の危険を感じ足早に去っていく。


「違う! あの女はあの時からずっと、ずっと――」

「何を一人で喚いているかと思えば……てめぇ、穂村か?」


 顔をあげれば、そこには面倒事に巻き込まれそうだと顔をしかめる炎熱系最強の能力者と、引き連れているのは今にも幸せのおすそ分けでもしそうなほどな多幸感を振りまいている笑顔の少女の姿が。


「テメェ、緋山か……?」

「オイオイ、一応お前より一つ年上なんだが……ったく」


 そこにはあの時とはうって変わって、臙脂色のマグマをばら撒く代わりに隣の少女と幸せそうな雰囲気をばら撒いている一人の少年――炎熱系最強の称号を担うSランク、緋山ひやま励二れいじの姿であった。


「隣のヤツは――」

「私? 私は澄田すみた詩乃しのっていうんだ。よろしくね」

「いやいや、こいつ俺とガチでり合ったやつだからそんなに丁寧なあいさつする必要ねぇっての」


 そして隣にいる少女は無愛想な緋山とは正反対の、母性というべきか女子力というべきか、天真爛漫な笑顔を浮かべている。


「えぇー、でも今自分から話しかけたよね?」

「うるせぇ、そりゃフラフラで目の前に現れたら声の一つくらいかけるだろ」


 ――あの時とは違う、戦う気配など一切見せない普段の姿。普通に生活して、普通に彼女と深夜のデートを楽しんでいる姿。しかしその姿こそが、ある意味穂村にとっては望んでいたもう一つの失った何かなのかもしれない。

 ――そう考えた途端に理不尽な怒りが灯され、そして瞬く間にどす黒い負の感情が内に燃え広がっていく。


「……クヒャハ、ヒャハハハハハッ!!」


 嫉妬とは似て非なる感情。どうして自分が悩む必要などあったであろうか。上に立てないのであれば引きずりおろせばいい。わずかに残された希望の淵にしがみつき、見下す者の足首を掴んで、絶望の底へと引きずりおろしてやればいい。この胸の内に秘められた苛立ちをぶちまければ、それが全て上手くいく。


 ――そうして皆が地獄したに落ちれば、穂村オレだけが頂点に立っていられる。


 その感情に応じるかのごとく、区画を分断する壁が並び立ち始め、避難を促す音声案内が区画中に響き渡る。


「……何が可笑しい?」

「いやいや、わざわざオレ様の前でそんな弱点を晒しちまってるのが、可笑しくておかしくてたまらねぇってなァ!!」


 そうして穂村の炎熱が最初に牙を向けた先が――緋山励二の大切な存在であったことが、緋山励二を一発で燃え上がらせるに十分な燃料であった。


「――ッ!」


 至近距離での炎の拳。それを熔岩と化した片手で受け止めつつ自身の身体をもマグマへと変化させつつある最強の炎熱系能力者の憤怒の矛先が、穂村へと向けられようとしている。


「……何やってんだ、てめぇ」

「アァ? そりゃ決まってんだろ。ケンカ売ってんだよ」

「だったら俺に直接殴りかかればいいだろ! どうして詩乃に殴りかかる!?」


 そんな事など決まっている。


「――守れるはずもねぇのに、近くに置いてんじゃねぇクズゴミがって言いてぇんだよ!!」


 それは自分自身に対して言っていたのであろうか。あるいは今から引きずりおろして頭蓋を踏み抜き見下す相手に言っているのであろうか。いずれにしても、その言葉は緋山にとっては闘争心に火をつけるには十二分すぎる挑発であった。


「ッ! ……大方てめぇの言い分が分かってきたが、それでてめぇと俺を一緒にしてんじゃねぇッ!!」


 澄田は一瞬逃げるべきかと緋山に問うが、敢えて逃げる必要はないと緋山は敵対する穂村の前で逆に宣言をする。


「どこからでもかかって来い。確かにてめぇ如きから守りきれねぇなんざ、傍にいる資格はねぇからなァ!!」

「ソイツの前でブチ殺して、『誰かを守る為の力』なんざ何の意味も無かったってことを証明してやるよォ!!」


 お互いのこぶしが、想い(ほのお)が――真正面から衝突する。


「きゃあっ!」


 とっさに緋山の影に隠れていたおかげか、澄田は爆風ともいえる熱波から身を隠すことができていた。そして背中合わせに影に隠れていたためか、その熱波骸カニ凄まじい者であったかを目の当たりにする。


「……なに、これ……」


 たかがお互いの右ストレート。されど想いの乗った右ストレート。それが一瞬にして街を焦がしつくしている。その威力が、その焔が。全てを物語っている。


「安心しろ詩乃。俺が護ってみせる」

「ハッ! ウザッてぇ、ウザッてぇウザッてぇッ!!」


 いつしか灰色の髪をした穂村の右腕に、本来の穂村が得意としていた紅蓮の炎が纏わりついている。


焦熱しょうねつの、紅蓮煉葬バーンドライブッ!!」


 それは穂村とアッシュによる複合技であり、唯一かつてのイノセンスを救い出すために編み出された技のはずであった。


「ぐっ……!」

「ヒャッハァ!!」


 三対の紅蓮の翼を伸ばして、穂村アッシュは緋山の襟首を掴み上げてそのまま大空へと飛び立っていく。


「死ね、オラァ!」

「っ、がはァッ!」


 空中で緋山に強烈なボディブローを喰らわせてさらに空へと打ち上げると、それまで街に火の海となって散らばっていた全ての炎を空に掲げていた右腕に集約させ始める。


「消し炭にしてやるよ……ッ!!」


 あまりの熱量、あまりの火力に大気が陽炎に揺らめき、そして大地が怯えるかのように揺らぎ始める。


砕滅さいめつのぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!」


 文字通り全てを砕き、滅する。それだけの火力が穂村の右腕には十二分に集まり過ぎていた。

 そして落ちてきた緋山の左頬に、極大の火球が突き刺さる――


「――灼拳デューク爆砕ブラストォ!!」


 一瞬夜明けが来たかと勘違いするほどの、極光が一つの区画から発せられる。

 そして次の瞬間――壁だけに衝撃は収まらず、隣の区画にまで余波が広がり、破壊の爆風が放射状に広がっていく。


「ヒャハハハハハッ!! てめぇがどれだけ意味がねぇことをやってきたか、これで分かっ――!?」


 穂村は目の前の光景が信じられなかった。目の前に左頬を打ち抜かれながらも、なおもその瞳から闘争心を失わない最強の炎熱系能力者が存在していることに。


「ッ……ありえねぇ! ありえねぇだろ!?」

「……この程度か?」


 緋山はゆっくりと口を開き、そして今度は自分の番だといわんばかりに、右腕をじわじわと熔岩へと変化させ、そして同じくゆっくりと振りかぶって、最後にこう言った。


「この程度の力で守る守れねぇを、語ってんじゃねぇえええええええええええ!!」


 次に穂村の左頬を襲ったのは、自分が放った火力以上のおもいがこもった、本物の紅蓮の拳であった。


「ガァッ!?」


 首を捻じらせ、それでもたらずに身体をきりもみ回転させ、そして熱で溶けた鉄骨だけとなったビル群を自らの身体でなぎ倒していく。


「グハァッ!!」


 時田のでこピンとは比べ物にならない、真の暴力が穂村を瓦解した壁へと吹き飛ばし、そして瓦礫の中へと穂村の肉体をうずめていく。


「が……ハァッ……」


 少なくとも、穂村は自信の頑強さには多少の自身があった。それは時田との戦いで裏付けられた、確かな自信であった。しかしそれもたった一撃を前に、しかも一度は離脱にまで追いやった相手に、全身を打ちつけられ身動きが取れない状態にまで追い込まれている。


「……よぉ、まだ息があるかよ」

「ハァ……ハァッ…………ッ、ぐっ……」


 今の一撃で肋骨が灰に突き刺さりでもしたのであろうか、息がうまく続かない。それだけでは無く視界はまどろみ、唯一喧嘩を売った相手の呆れた声だけが耳に届いている。


「俺に戦いを挑んできたのは正解だ。てめぇが今何を考えているのか、大方見当がついたからな」

「ハァッ、っ、はぁ……」


 返事も返せない状況の中で、緋山は独り言でも呟くかのように、穂村がここまで混乱し悩み抜いたことに対するヒントを静かに告げる。


「てめぇの生い立ちなんざ知ったこっちゃねぇよ。だが、たった一回負けたくらいで全部負けにしてんじゃねぇ。自分で最後まで守るって決めたんなら、最期まで貫き通せ。そんでもって、本当にどうあがいても無理になった時に勝手に一人でくたばれ。それも守るべき人を、大切な人を逃がした後にな」

「はぁっ、はぁっ……っく……それが、取り返しがつかない負けをしたとしたらどうすりゃいいんだよ……!」


 子乃坂は俺のせいで傷ついた。子乃坂は、俺のせいでああなってしまった。もう、戻れない――


「――知るかよ」

「ッ!?」

「そいつが生きている限り、どんな姿になろうが守り抜け。死んじまって失ってしまうよりは、そいつが生きている限り全ての罪をお前が背負え。それが守ると決めた人間の責任だろうが。途中で逃げた分際で、やりきったような面見せてんじゃねぇよ!!」


 緋山はそうして冷めた視線で一通り言いたいことを言い終えると、静かに踵を返してその場を去っていく。


「……消え失せろ、『雑魚』」

「ッ! 畜生、ちくしょおおおおおおおおおおおおお!!」


 ――戦闘結果バトルリザルト。緋山励二、WIN――なお、この戦闘によるランクの変動は、無かったものとする。




 ――己が持つ力にのみ縋った者だけが、その場でいつまでも吼え続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ