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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
ー蘇る焔編ー
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第四話 死んだ方が

 この街の片鱗を垣間見た少女を抱いて、穂村は現状一番に安全だと思われる個所へとまっすぐに飛んでいく。

 周囲の景色はそれまでの都会的なビルの立ち並ぶ光景から、都市開発の途中で撃ち捨てられたかのような、経年劣化によりボロボロになった建物が建ち並ぶ旧居住区画へと切り替わっていく。そして空の様子も少しずつではあるものの青い色から橙の空へと変わり、日もまた落ちていく。

 そんななかで穂村の両足から放たれるバーナーのような紅い焔は目立ち、薄明りを跳ぶ蛍のように光の跡を残して飛んでいく。


「ここは……」

「第十四区画だ――って言っても分からねぇか。少なくとも、さっきよりはマシな場所トコだ」


 普通に考えれば寂れきった瓦礫の風景よりも先ほどの人々が賑わう街並みの方が安全に思えるであろう。しかし彼女にとっては、子乃坂ちとせにとっては穂村正太郎がいる場所こそが最も安全な場所であり、最も()()な場所でもあった。


「到着だ」

「ここは?」


 紅き焔が降り立った先――そこは今の穂村が考える一番の安全な場所であり、そして先ほどのDランクなど論外でしかない、一番危険なSランクのいる場所でもあった。

 パッと見はただのマンションの部屋の入り口のドアであるが、何故か近くに黒く固まった血と、焦げたような跡が残っている。


「今のオレの寝床だ。同居人もいるが気にするな」

「そうなんだ……」


 同居人という言葉を聞いて子乃坂は少し身構えたが、それよりも先に穂村がドアをさっさと開けて入っていく様にあっけを取られてしまう。置いてけぼりをくらってしまいそうな子乃坂は焦って閉じかけのドアに手をかけしまうが、その後に入るための一歩が中々出ずにいる。


「こんばんはー……」


 恐るおそるといった様子で入る子乃坂を迎え入れたのは、既に穂村から軽く話を聞いていたためか、ドアに注目する四人姉妹の複雑な視線であった。


「あ、あのー」

「貴方が子乃坂さん? 話は正太郎さんから聞いていますよ」

「ケッ、言っておくが下手に手出ししたらテメェ等相手でも皆殺しにするからな」


 ぶっきらぼうな脅し文句を吐いて腰を降ろし、穂村はまるで第二の我が家であるかのように堂々とテレビのリモコンを操作し始める。


「あっ! ちょっと待って欲しいですぜ!? 今朝録画したテレビがちゃんととれているかどうか――」

「そんなことどうでもいいだろ。それよりも少しは自己紹介くらいしたらどうだクソガキ」

「なんですとぉ!」


 その見た目同様、穂村の煽りをスルーできずに乗ってしまうのが守矢四姉妹の三女、守矢要。彼女と穂村が衝突するのはいつものことであり、その身長差から兄妹喧嘩と思われても仕方がない。

 その様子を見て子乃坂は少しばかり緊張をほぐしたが、それもすぐに守矢四姉妹の次女の詰問によって糾されることに。


「何者だ、貴様。穂村正太郎とどんな関係だ?」

「あの、えーと、中学校時代の同級生ですけど……」


 高圧的な態度に尻込みする子乃坂を前にして、和美は鋭い視線を決して外すことなく訝しむような表情で更に一つ年下の少女に詰め寄り、あまつさえ銃剣バヨネットすら見せつけて脅しつけすら始めている。

 それもそのはずで、傍目に見れば子乃坂ちとせの腹の内など読めるはずもなく、感情の籠っていない眼を前に疑うなという方が難しい。


「あの怪人と一緒にいて何も気が付かないのか? あいつは貴様の知る穂村正太郎じゃ――」

「分かっています。だけどあの人がどうであろうと、私の知っている穂村君ですから」


 ――しかし自分の目の前でもう一人の穂村正太郎が否定されるのを黙っていられるほどに、子乃坂は感情を抑えるような性格に変わってしまった訳では無い。


「っ……言うじゃないか」

「あらあら。脅して引き下がらせられるかと思いきや、私と和美にとって最大のライバル出現ね」

「ね、姉さん!? だから私はそういうつもりはありません!」


 子乃坂と和美の会話ににこやかに割って入るのは長女である小晴だった。しかし子乃坂と同様に表面は取り繕っていても、その中身までは何を考えているのかを読み取ることができない。


「私は守矢小晴。そこの和美の姉であり、この四姉妹の長女なの」

「子乃坂ちとせといいます。穂村君とは中学校時代に一緒のクラスメイトでした」

「アァ、そいつは穂村オレがまだ力帝都市に来ていない時の知り合いだ」

「何? ほとんどの変異種スポアは生まれつき力帝都市に呼び寄せられるはずだぞ」


 日本を含め、ほとんどの国で生まれたばかりの子どもに対して変異検査と呼ばれる特殊な検査が実施され、それに対し陽性反応が出た時点でほとんどの場合親子共に無償で力帝都市に呼ばれ、研究対象とされる。しかし中には国で極秘裏に育てられることもあり、軍事関連に転用されるも少なくないのが現状である。

 そんな中で穂村正太郎も中学生二年――十三歳の歳で力帝都市に異動になるということ自体が珍しいことであり、当然ながら四姉妹にとっても疑問がいくつか湧いてくる。


「そう言われてみれば、穂村の過去を私達は多く知らないな」

「そりゃ穂村が喋っていないからですぜ、和美姉さん」


 数瞬の沈黙の後に頭を押さえて転がる要の呻き声が聞こえるが、渦中の人である穂村は何も言わず割れた窓から外をじっと見つめ、日が沈み闇夜となった空を眺めている。


「…………」

「……貴様の過去を話してはくれないか」


 和美の問いに対し、怪人はいつも以上の不機嫌な態度で大きな舌打ちの音を立てる。


「聞く価値もねぇクズの物語ハナシなんざ喋るかよ」


 そうして穂村は頑なに喋ろうとせず、かといって今度は子乃坂の方から聞き出そうとしようものなら穂村の「テメェも喋りたくねぇだろうが」と牽制が入り、それ以上は何も追及ができない状況へと持ち込まれていく。


「なぜそこまで頑ななんだ! 何が貴様を――」

「うるっせぇなマジで!! 今度こそ本気でブチ殺すぞテメェ!!」


 一瞬にしてその場が静まり返り、誰しもがその言葉が脅しではないと感じ取ったのか口を閉じる。それで穂村は満足したのか、再び空を見て一人たそがれるが――


「炎のおにいちゃん怒っちゃだめー」

「……うっせぇあっちにいってろチビ」


 その場の空気を読まずに穂村の膝の上を陣取って座り込み、真正面から憤る顔を覗きこむ無邪気な少女。

 まだ幼い四女の守矢ほのかのまっすぐな眼差しは、置いてきた二人の少女とどこか重なるようで、余計に穂村を怒りへと駆り立てる。


「今すぐ降りろクソガキ! 顔面焼くぞ!」

「わー! こわーい!」


 まだ恐れを知らない幼き子供にとって、穂村の脅しなどただのいつもの冗談だとしかとらえられていないようで、けらけらとした陽気な声を挙げて穂村の傍を離れていく。


「要おねえちゃん、炎のおにいちゃんが焼いちゃうぞって!」

「残念ながら今の穂村ならやりかねないから一緒に笑えないですぜ……」


 かくれんぼでもするかのように姉の後ろへと隠れるほのか。その結果睨み殺しかねない様な殺気立った視線の矢面に立たされる三女。しかし穂村はそれ以上は何も言わずに、ただ静かにベランダの外をじっと眺めている。


「……本当に、話したくないのですね」


 自己紹介以降それまで傍観に徹していた小晴が、ここで初めて穂村の過去について触れるような発言を行う。


「当然に決まってる。喋るくらいなら死んだ方が――ッ!?」


 「死んだ方がマシ」――そう言いかけた穂村の口が堅く閉ざされ、辺りに沈黙が走る。その代わりにチラリと横目に沈んだ表情を浮かべる子乃坂を一瞥した後に、静かにこう訂正した。


「……死ぬのと同じくらい、嫌ってことだ」

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