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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
―不思議な少女と揺らめく焔編―
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第6話 灰塵

「――素体番号リソースナンバー〇〇三二五――素体名リソースコード『オウギ』。休止スリープ解除まで、あと六時間三十八分二十三秒」


 電子音声が、素体情報を感情なく伝える。都市のどこかにある研究所内部。壁や床中を這うようにコードが散乱する薄暗い室内を照らしているのは、大型フラスコ内部を照らすためのうっすらとした光を放つ青いライトだけ。

 フラスコ内には一人の少女が浮かんでいた。その銀色の長い髪を水の流れにたなびかせ、子宮の中で自らの誕生を待つ子供のようにすやすやと眠っている。

 表側から見ても違和感を得ることができるだろうが、後ろ側から少女を見ればさらなる異常性が垣間見ることができる。

 後頭部、脊髄、及び骨盤にいくつも突き刺さっているのは細長いコード。チューブの中では赤い液体が少女に入り込む様に流れている。フラスコの後ろでは大掛かりな機械が同じくいくつものコードを繋げたまま稼働しており、コンピュータの画面には数多くのデータの処理が行われていた。

 ――そしてフラスコのなかで眠る少女は、あの・・少女が成長すればこのような姿になるのであろうかと思わせるほどに、酷似した姿をしていた。


「『イノ』の回収はまだか? このままでは結合ユニットなしの『オウギ』で実験を開始してしまうことになるのだが……ふむ……『焔』と『観察者』と接触したか……回収が面倒だな」


 フラスコを前に、手元にある携帯で連絡を取る者がいた。白衣を身にまとい、眼鏡に反射させているのはフラスコ内の少女の姿。回収ができなかったという言葉を前にしても、表情に余裕が残ったままである。


「まぁいい。とにかく接触はできたのであろう? それと、そいつらの髪の毛一本でも回収できたのだろうな? ……ふむ、それならいい」


 男はフラスコ内の少女の完成度に酔いしれながらも、携帯の向こう側との会話を続ける。


「『焔』とはロボット越しとはいえ接触した事があるが、中々の逸材と言ったところか……あのまま殺してしまうのは惜しい」


 男はAランクの関門を賞賛したかと思いきや、冷酷な声色で邪魔者の排除に思考を巡らす。


「しかし我々の邪魔をするとなれば話は別だ……ちょうどいい、一人適任がいる。魔導師ヘックスクラスならば、難なく始末出来るだろう」


 男は携帯片手にフラスコの周辺機器のチェックを始める。コードからの出力を確認しながらも、男は話を続ける。


「……そのつもりだが? ……貴様に言われる筋は無いな、『趣味の悪い詐欺師』め」


 周辺機器の点検及びデータのチェックを終えると、男は暗室を後にして電話の相手にこう言った。


「――心配することはない。全ては『運命』によって決定づけられているのだ」



   ♦  ♦  ♦



 力帝都市に日が沈む。辺りは加速度的に暗くなり、それに伴って中心街のネオンの光が夜空に向かっていく。

 街の明かりに照らされその夜空を飛ぶ穂村の姿は、遠目に見れば街中に迷い込んだ蛍が、その小さな光を誇示して舞うようにも思える。


「――しょうたろー、そんなに急いでどうするのだ?」


 不思議そうに後ろから問いかけるイノに対して、穂村は声を震わせ答えを返す。


「夜は怖ぇぞ。どこから不意打ちされるか分かったもんじゃねぇからな」


 穂村が脅かすように言うのももっともであった。事実この街の夜間戦闘率は、昼間の戦闘率の約三倍にも跳ね上がることがデータとして挙げられている。かくいう穂村自身も、深夜徘徊をしてはそのランクを上げていた時期があった。

 だがその夜間のバトルは昼同様に不意打ちアリの無法地帯というワケでもなく、特別ルールが存在している。


 一つ、午後六時以降、自宅自室内及び病院内にいる相手とは戦闘行為ができない。

 一つ、起床時に不意打ち等の仕掛けは不可。

 一つ、自宅から一歩でも出た瞬間から戦闘を許可される。


 この三つのルールを要約すると、人間の生活に必要とされる睡眠を阻害してまでの戦闘行為は禁止されているということである。このルールがなければ一部の者以外は夜もおちおち眠れぬという、市民にとって大変不健康であり力が衰退する原因になるとのことからの法令である。

 そして今時計がさしているのは午後五時五十分。

 もしこの場に時田がいるのであれば夜であろうと遊びに付き合うことができたのかもしれないが、既に帰ってしまったAランクの事など気にしていてもしょうがない。

 穂村はできるだけ早く家につくため、更に火力を上げて飛ぶ。


「チッ、時間までに間に合うか……!」


 街にある時計を横目に見て焦る穂村をよそに、イノは都市の明かりが移り変わっていく様子に見とれていた。

 大きなビル一面に映っているのは、この都市でアイドル活動しているとある少女のダンス。そのふりふりのドレスが昼間イノに買ったドレスとよく似ている。


「あれはなんだ!? 大きな人が踊っているぞ!」

「急いでいるんだから、喋っていると舌を噛む――」


 穂村は視界の先に映る者を見て急ブレーキをかける。ホバリングをしながら空中に滞在し、その目に警戒の色を交えてその者を見下す。


「やっほー、イーノちゃん、迎えに来たよー!」


 しかし相対する少女の目に穂村は映っておらず、その後ろに急いで隠れるイノの方に視線が向かっていた。


「っ……」


 イノは一瞬で理解した。あの女は、自分を研究所に戻しに来たのだと。


「あれあれー? オカシイな? イノちゃん調子悪いみたい? その男のせいかにゃー?」


 先ほどから芝居掛かった声で話を続けるこの少女は、一目で魔女とわかる服装をしていた。

 真っ黒なとんがり帽子を深めにかぶりつつもその顔の表情を隠すことはなく、ぶりっ子の笑みをより一層ダークに装飾している。


「……お前は誰だ?」

「ねぇねぇ、イノちゃーん、返事してよー、私さびしくて死んじゃうぞ☆」


 穂村の事などまるで最初からいないものと判断しているかのように、一方的にイノに話しかけている。しかしイノは声を発する少女の方を向くこともなく、穂村の背中に隠れては何かを思い出し、その恐怖に震えていた。


「全くもぉ、イノちゃんたら恥ずかしがり――」


 穂村はかかと落としの要領で足を振り下ろし、火炎の鎌を蹴り飛ばした。炎は一直線に魔女の方へと向かって行き、その体を真っ二つに焼き斬らんと突き進む。


「失せろ!」


 しかし穂村の狙い通りとはいかなかった。魔女に当たる寸前のところで、突如目の前に現れた水壁の前に消し去られる。


「あっぶなぁーい。もぉー、一体だぁーれかなー? ……こんな危なっかしいの飛ばす馬鹿は?」


 少女の口調が荒々しくなり、足元に現れた紺碧の魔法陣が薄青色の光で少女を照らし始める。


「邪魔しないでくれるー? 大人しくしとけば、お互い怪我せずに済むじゃーん?」

「……俺達に何の用だ?」

「あっ、『焔』には一切用はないし。私は後ろの素体リソースに用があるだけで――」

「だったら俺を倒してからにしろよ!」


 轟々と燃えさかる炎を携えて、穂村は一直線に魔女に突っ込んでゆく。

 少女はやれやれと言った様子で箒を前につきだし、呪文を唱え始めた。


「――ミズチよ、我が声に応え、我が敵を蹂躙したまえ! 水蛇起シーゲイザー!」


 杖を振ると魔女の下で待機していた魔法陣がその輝きを増していく。魔法陣の下からは間欠泉でも掘り当てたかのように水が撃ちあがり、まるで生き物のようにうねりを打ち始める。

 ギリギリのところで急ブレーキをかけた穂村は、すんでのところでその超水圧に呑まれずに済んだ。

「うおっ!? 何だ!?」

 辺りは突然の発動された魔法を前にパニックに陥り、市民は散り散りに散ってゆく。

 ――混乱うず巻く街中で、魔女と『焔』が対峙する。


「何だこいつは!?」


 穂村の目の前で水の蛇が、うやうやしく召喚主へと頭を垂れる。魔女はその頭を撫でつつも、穂村の問いに余裕の表情で答える。


水蛇起シーゲイザー。水の上級呪文だよ」


 上級呪文と聞いて、穂村はうっすらと額から冷や汗を垂らした。上級呪文を扱える者など魔法使いのなかでも一部の者だけ。そうなると今穂村の目の前にいるのは、少なくとも魔導師クラスであることが予測される。


「――今からあなたをすり潰す人の名前はラシェル=ルシアンヌ。自分より上――Aランクに殺されるのなら本望でしょ?」


 大蛇はその大きな体躯をねじ曲げ、穂村の方へと向かい突進して行く。ラシェルは水でできた蛇の頭に飛び乗り、その行く先を操作する。


「クソッ!」


 穂村は後ろへと飛び退き、両足のブースターに力を込める。不規則なジェットエンジンに再び轟々と火が付き、夜空を飛ぶ動力源となる。

 ――大蛇が地面に喰らい付き、少年は宙へと飛び上がる。


「待てー!」

「待てと言われて待つ馬鹿がいるかよ!」


 ビルの間を縫うように飛ぶ穂村と、ビルなどお構いなしに突き破ってくる大蛇の鬼ごっこが始まった。

 穂村にとっては圧倒的に不利な鬼ごっこであり、一回でも水の化け物につかまれば、まず命はない。

 蛇は建物を突き破ってくるせいで走行ルートが穂村より短くなり、確実に距離を縮めてくる。


燗灼玉レッドボール!」


 穂村は振り返って燃えさかるかんしゃく玉をばら撒くが、蚊でも止まったのかと言わんばかりにその火は水蛇によって一瞬で鎮火され、水の勢いはさらに増してゆく。


「クッソ、なんとかする方法はねぇのか!?」

「何とかしたいならイノちゃんちょーだい!」

「やるかよクソ女!」

「なっ、クソ女ですってぇ!?」


 穂村の中指を立てての挑発はあまり良くない方向に動いてしまったらしく、水流は勢いをさらに増して大口を開けて飛び掛かってくる。

 穂村は間髪でその必殺の噛みつきから難を逃れ、再び開いた口に火の粉をプレゼントして黙らせる。

 蛇は餌を捉えることができず、再びビルを崩し道路を砕いて進みゆく。通った後はまるで大きなものでも引きずったかのような抉れた跡だけが残っている。


「このままじゃ被害が大きくなるだけか……!」


 穂村はできるだけ人が少ない郊外へと飛んで行く。郊外には広い運動場があり、その広い場所でなら戦うこともできるはずだと踏んだのである。

 更に上空へと飛びあがり、一直線に広場の方角へと向かう。ラシェルはその姿を見て、まだ逃げるのかといら立ちを募らせる。


「ちょこまかと逃げてんじゃないわよ!」


 ラシェルは足元に再び魔法陣を錬成し、追加魔力を供給し始める。

 蛇は再び大きく口を開けると、その中心にラシェルの足元に現れたものをそのまま拡大した魔法陣が現し始め、大きな水球が生成し始める。

 水は轟々と音を立てて渦巻き、その形を槍のように細く鋭く変形させてゆく。


「――水槍弾アクリスピア!!」


 殺戮の槍が発射される。地鳴りに近い音を立てて空間を押しのけ、衝撃波を伴った圧縮された水の槍が穂村の方へと突き進む。

 あまりの速さに回避ができないと判断した穂村はイノを自分の前へと抱え込み、全火力を背中に集めて自らの身を以てイノを守る。

 ――水圧で鋭く尖りきった槍が、炎をかき分け背中に突き刺さる。

 穂村はその激痛の前に無意識に近い状態でありながらも火を絶やさず、イノまで貫通しない様に必死に水を蒸発させる。

 しかし超水圧でできた槍には敵うことなく、地面へ槍諸共突き刺さろうとしている。


「――しょうたろー!!」


 イノの声が、穂村の目を覚まさせる。だが向きを変えようにも既に地面は目の前。


「――っらぁ!!」

 すんでの所でイノを別方向へと放り投げ、自らは槍とともに地面に叩きつけられる。

 水柱が立ち昇り、辺りに地鳴りが鳴り響く。

 放り出されたイノは地面を転がるがケガをせずにすんだようで、ゆっくりと起き上がると自らを救った少年を探し始める。

 着地した場所は穂村が当初戦闘する場所として選んでいた広場だが、今では土煙と霧に包まれイノの視界には人影が映っていない。


「しょうたろー!!」


 いくら叫ぼうが、霧の向こうから返事が来ない。イノはその真っ白に染まった風景を、呆然と見ているだけだった。



   ♦  ♦  ♦



 ――自分を呼ぶ声が聞こえる。

 正太郎の名を呼ぶ声が。

 しかし今にも消え入りそうだ。


「……イ……ノ……」


 視界が紅くなってゆく。目の前が歪み、にじみ始める。


「――ま、こんなもんよね――」


 今度は別の声が聞こえる。

 自らの視界に映るはあの憎たらしい姿。

 耳から入ってくるのはあの憎たらしい声。

 自らの肉体をいたぶり、嘲る者がそこにいる。

 

 ――憎い。

 

 ――“憎い”

 

 ――殺したい。

 

 ――“殺してやる”





「――“ブッ殺してやる”」


 歪んだ視界が晴れ、穂村は一つの目的を持ってその体をゆっくりと起こす。重傷を負ったはずであるにもかかわらず、不思議と痛みは無かった。しかし出血が多く。腹部には大きな穴が開いている。


「…………ウゲッ、結構大きく空けられてんなぁ……」


 腹部に大きな穴が開いているのを見てもあわてることなく判断を下す。

 穂村はゆっくりと前の方を向くと、視界には穂村を探す少女の姿と、その少女に背後からゆっくりと近づく敵の姿が見えた。


「……鬼塵煉葬きじんれんそう……」


 今までとは違って炎など一切立ち昇らず、辺りには塵らしき小さな灰色が舞い散るのみ。

しかし先ほどとは比にならないほどの超高温が、穂村の全身に纏わりつく。

 足元の雑草が、周りに引火する前に灰と化す。足を上げれば、闇より深い色をした足跡が残っているだけ。

 始末したはずの相手がまさか起き上がっているなど露知らず、ラシェルはその足を一歩一歩とイノの方へ進めている。


 ――穂村はその無様な姿を見て心から喜んだ。

 その口角をあげ、裂けかねないほどの邪悪な笑みを浮かべてこう思った。


 よかった――とても愚かなヤツで、と。


「――紅狼牙こうろうが!」


 左手を猛禽類の爪のように模り、灰色から一変して鮮やかな紅を見せつける。そしてラシェルの無防備な後頭部を掴み上げ、そのまま足に熱気のブーストをかけて一瞬でイノの元から離れ行く。


「なっ――」


 ラシェルは理解ができなかった。素体を連れ去るのではなく、自らが連れ去られていることに。

 そして数秒遅れて、後頭部に強烈な痛みを感じ始める。


「あ、ああぁ、ぁああぁぁぁあぁあぁぁぁあづいいいぃいぃ!?」


 髪だけではなく、頭皮に直に熱を当てられる。脳が融け、肉が焼ける嫌なにおいがする。


「あぁああぁぁぁぁあぁぁっぁっぁぁぁあああぁぁあぁぁあぁぁああああぁぁぁあっぁあ!!」


 悲鳴を上げ、口から熱気を放出する。しかし熱は頭部から供給され続け、その破壊活動を止めることはない。


「ぎゃぁああぁっぁぁぁあぁっ……!!」


 しばらくしてようやく頭の熱気が取れると同時に天と地が逆転し、形勢が逆転した。


「……起きろよ」


 ドス黒い声が上から響くが、今のラシェルにとってそれは無理難題だった。


「あぁ、あふぁあぁぁ……」


 言葉が出せない。頭上の恐怖に、脳がこれ以上の思考を停止するように警告音を鳴らす。


「……立て」


 髪を鷲掴みにされ、目の前の怪人の前に立たされる。

 視界に映っている者はラシェルが追っていた敵とは違っている。もっと邪悪で、もっと強い者。決してBランクなどという低レベルなものでは無い。


「…………オレの目を見ろ……見ろっつってんだよ!!」


 その瞳は深紅に染まり、先ほどまで閉じていた口元も、歪に歪んで笑みを浮かべる。

それはラシェルが今まで戦ってきたどの敵とも違う、純粋なる『力』の集合体。


「……あぁ……ぁ……」


 もはやラシェルに反撃の力も、その精神力も残ってはいなかった。一瞬で心は完全に折れ、焼け焦げた頭を震わせて、ただ目の前の暴力をこれ以上刺激しない様にするしかなかった。


「……よーし、オレの目を見たな? 見ただろ? ……質問に答えろ!!」


 ラシェルに話す気力は残されていなかった。その代わりに必死に首を縦に振り、肯定の意思を相手に伝える。


「答えてもらおうか……誰からの指示だ?」


 ラシェルの目的を。イノを追っている一味の事を。

 その意味するものは、自らの組織を裏切ること。組織から命を狙われること。

 ラシェルは喋ることはできなかった。気力の問題ではなく、組織から始末されることが頭をよぎったからである。その状況からすれば、このように命があるだけましだというものだ。

 しかしそれも、目の前の恐怖を前にかき消される。


「……バカが」


 今度は顔を鷲掴みにすると、穂村はその左手に力をこめ、握り潰すと同時に焼くという動作を始める。


「あぁあぁぁあっぁあぁあぁ!!」

「サッサと答えねぇと、その綺麗な顔が焼け爛れるぜぇ!?」


 言った通りに穂村の指先からは熱が伝わり、その顔を確実に醜くしていく。

 よもやこれほどまでの拷問などそうそうにない。


「ごめんなぁさいぃ! 喋ります! 喋りますからぁ!」


 ラシェルはやっとのことで言葉を口から取り出すことに成功する。穂村はその言葉を聞いて満足げに手を離すと、ラシェルは力なくその場に崩れ、涙交じりに組織のことを告げる。


「わだしたちのぉ……ヒック……ぐすっ……組織はぁ………脱走した素体の回収を――」

「それは知ってんだよぉ!」


 強い怒気を交えての言葉にラシェルは体をびくつかせる。

 穂村の纏う熱気が、次はないと警告をする。

 ラシェルはそこからは言葉を一つ一つ選び、目の前の怪人を怒らせない様丁寧に話す。


「ごべんなさぃ……げほっ……そ、組織の名前は『イルミナ』と言って……わ、私はそこで雇われているだけで、内部のことは、なんにも知らないです……」

「ハァ? オイオイまだ痛めつけたりねぇかよ? ドMだなテメェ」


 再び髪を鷲掴みにすると、ラシェルは泣きながら本当に何も知らないことを告げようとする。


「ほ、本当にそれ以外は何も知らないんです! 依頼もいつも携帯に送られるだけで……おねがいです……許してくださぃ……」


 涙と鼻水と火傷でぐずぐずになった顔を見た穂村は、それ以上は本当に意味がないと理解し、仕方なくその手を離す。


「……もうテメェに用はねぇ。サッサと失せろ」

「はぃ……すびまぜんでじだぁ……」


 ラシェルは顔をぐずぐずにして足を絡ませかけながらも怪人から離れて行き、フラフラになった体で箒に魔法陣を錬成し、その場から急いで飛び立とうと呪文を唱えようとするが――


「――待てよ、穂村コイツの今のランクはB。テメェのランクはA――てこたぁテメェをここで無様にブッ殺しちまえば、穂村《オレ様》は晴れてAランクになれんじゃねぇのぉ?」


 ファニーに言葉を並べながらも、邪悪そのものと言える考えが穂村の頭に浮かぶ。ラシェルはその言葉を耳にして、震えながらも後ろをゆっくりと振り向く。

 ――狂喜を浮かべた怪人が、その両手に紅蓮の炎を携えて、こちらへと一歩一歩歩みを進めていた。


「……ぃやだぁ! いやだいやだいやだぁ!!」


 悪夢だった。自らの息の根を確実に止めんと、怪人はゆっくりと、笑いながら近づいてくる。ラシェルが飛び立つのに時間がかかるとわかっての行動なのか、走ることなどなくただゆっくりゆっくり、一歩一歩を踏みしめてこちらへと向かってくる。


「おねがぃ! 死にたくないぃ、死にたくない死にたくない死にたくなぃ……」


 消え入るような声で、神か何かに祈るように少女はうずくまって自らの助けを乞う。しかし怪人は足を止めない。その両手の烈火を止める事など無い。


「ヒャハハハハァ! じゃあ、死ねよ……ぁ……!?」


 ラシェルの祈りは通じたのか、怪人は突如頭を抱えて震え、体をねじらせその場を右往左往し始める。


「アァ、グアァ……クソがぁ、ジャマすんじゃねぇよぉ!! これからが、いいトコだってのによぉ……!」


 その言葉はラシェルに言っているものでは無く、まるで自分の体に言い聞かせているかのように見える。


「ヤメロ……アァ、グ、ギイャヤァァァァアァァアァァァアアァァァァ!!」


 まるで悪魔が最後の抵抗でもするかのように、穂村はつんざくような悲鳴を上げて狂った様にその場をのた打ち回る。

 ラシェルにとっても何がおきているのかわからない。

 ただそれすらもが、恐怖に見えるのみ。


「……だれか……たすけて……!」

「――しょうたろー!」


 遠くから少女の声が響く。ラシェルにとっての回収対象が、すぐ近くまで来ていた。イノは叫び声を聞いて、こちらの方へと向かってくる。


「しょうたろー! ……しょうたろー!?」


 イノはのた打ち回っている穂村を見つけだすと、急いで近よってその体をしっかりと掴む。


「だいじょうぶか!? くるしいのか!? いたいのか!?」

「アタマが……割れそうだ……!」


 穂村が頭を抱え、苦悶の表情を浮かべて地面にうずくまる。肩を震わせ、目の焦点が一点に定まらない。

 ――『アイツ』がまた出てきた。

 しかもこんなに長時間表に出で来るのは初めてのことだ。穂村自身もまた、ラシェルとは別の意味で『アイツ』に恐怖していた。

 イノにとってはそんな事情など知る由もなかった。しかしイノは頭を優しく撫で、穂村を優しく包み込む。


「……しょうたろー、だいじょうぶだぞー……しょうたろーが、どうしてくるしんでいるのか、わたしにはよくわからない。だけど……もうだいじょうぶだ」


 イノの言葉に反応するかの様に、穂村は自分の体の震えがおさまっていくのが分かる。

 見開いた紅い眼をゆっくりと閉じ、子どもが眠りにつくかのように安らかな表情となっていく。


「…………あぁ……収まった……」

「しょうたろー、もう大丈夫か?」

「もう……大丈夫だ……魔女は……」


 正常となった黒の目でラシェルの方を向くと、ラシェルはビクついたままでその体を小さくして震えている。その髪は焼け焦げ、顔のいたるところに火傷の跡が見える。

 穂村はそれを見て、アイツがしたことだと直ぐに察する。


「……すまなかった」

「ヒィ!?」


 穂村が思っていた以上に傷は深かったようで、ラシェルは小さな子供が怒られた時のような幼児退行した反応を返す。

 穂村は自分が行ったことへの埋め合わせというわけではないものの、優秀な医者の元へとついてくるように提案する。


「……その傷を治せる医者を、俺は知っている。お前も一緒にこいよ」

「……ハァッ、ハッ……ハィ」


 過呼吸になり掛けながらも、ラシェルは返事を返す。よほど先ほどの『悪夢』が堪えたのだろうか、穂村の言葉に対して「信用できない」などという言葉で断ることなどできなかった。


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