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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
ー蘇る焔編ー
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第一章 第二話 臙脂

「あー清々しい気分だぜ」


 第六区画の歩道のど真ん中を歩いたところで、誰も彼を呼びとめる者などいない。誰も彼の行く手を遮るものなどいない。Bランクでありながら、Aランクへと続く関門でありながら、戦いを挑む者など誰もいない。

 それは彼がBランクの身でありながら、Sランク級の実力を兼ね備えてしまったからであった。


「最近は均衡警備隊クズ共も来なくなったが……つまんねぇな」


 怪人は両手をポケットにつっこみ、肩で風を切って人々が避けて通る中を突っ切っていく。

彼を止められるものなど、誰もいない。唯一穂村正太郎を繋いでいた枷となっていたあの二人の少女も、今となっては行方も知れない。誰かが預かっているのか、あるいは誰も帰ってこない部屋に二人で静かに待ち続けているのか。そんな事など、今の彼にとっては些末などうでもいいことでしかなかった。

 それよりも今の彼にとっては、気に入らない輩に対して文字通り焼きを入れることに意識を傾ける時間の方が大半を占めていた。


「さぁて、今日は何人焼いてやろうか……」

「待ちなさい」

「……アァン?」


 背後からかけられる少女の声。その声の主に聞き覚えは無いものの、わざわざ自分のような歩く火薬庫に声をかけてくること自体がとある意図を持っていることを意味している。


「オレ様は今気分が良い。今なら大人しく消え失せるだけで、消し飛ばす真似はしねぇが」

「残念だけど、それは無理な話よ」

「そうかよ……」


 互いの殺気がぶつかり合うとほぼ同時に、周囲の区画にまで被害が及ばないための巨大な壁がそびえたち始める。それと同時に周りの人々も最寄りの建物の地下へと避難を始め、また避難を促すためのサイレンまでもが鳴り響き始める。

 この時点で怪人の背後に立つ少女がSランクなのは間違いないことであるとともに、今までよりも楽しめる暇つぶしができた事に怪人は口元を大きく笑みで歪ませる。


「だったらブチ殺すしかねぇけどしょうがねぇよなァ――」


 ――そうして勢いよく後ろを振り返った所で、怪人の心臓に氷の刃が付きたてられる。


「……アァ?」

「…………」

「あらあら、不意打ちは流石に可哀想でしょ?」


 振り返るとそこにいるのは、少女一人だけでは無かった。夏場であるにも拘らずゴスロリ衣装を涼しげな表情で着こなす少女と、これまた夏場であるにも拘らずフード付の黒のロングコートを身に付けた青年。そして青年が両手に握っているのは刀身が氷でできた日本刀であり、それを伝って赤い血が流れているのが灰燼の目に映っている。


「……テメェ等、オレ様が炎熱系と知っていてのこのザマかァ!!」

「ッ!」


 怪人がその身に高熱を帯びる前に、青年は心臓の部分に刃を置き去りにするかのごとくわざと刀身をへし折って即座に距離を取る。そして代わりといわんばかりにゴスロリ姿の少女は右手で拳銃を模ると、炎熱を帯びた怪人に対して水滴を弾丸のようにして飛ばし始めた。

 しかしながらまさに焼け石に水。水の弾丸は灰燼の身体を撃ち抜くよりも先に、高熱の前に蒸発しきってしまう。


「……テメェ等、似たような能力を持ってるな」

「そっちが炎熱系だと知っているから、こっちは水冷系で固めてみたんだけど」


 心臓を貫く氷の刃を溶かし引き抜きながら、怪人は眼前でクスクスと挑発を行うゴスロリの少女から挑戦状を叩きつけられたことに対して歓喜の笑みを浮かべる。


「――だったら文字通り、ブチ殺してやるよ!!」


 殺害宣言をしたものの、怪人の肉体は一瞬にして灰となって霧散してその場から消え去っていく。


「あらあら、口だけで実際は逃げることしか――ッ!?」


 次の瞬間少女の足元が熱で溶け、それと同時に灰色でボロボロとなった手が少女の足首に掴みかかり、そのまま地面へと引きずり込もうと引っ張り始める。


「きゃあっ!」

「――ッ!」


 しかし隣に立っているフードの青年がこれを黙って見過ごさない。

 即座に折れた刀を鞘へと納めて再び抜刀すれば、復活した氷の刀身が姿を現す。そして素早い斬撃で灰の手首を切り飛ばして少女の右足を開放した。


「ありがと。流石に地面に引きずり込まれたら呼び水を使うのは難しいのよね」

「わざわざオレ様の前で弱点披露とは、ナメた口叩きやがるじゃねぇか」


 舗装されたアスファルトが焦げ付く臭いと共に、地面を割って一人の怪人が再び姿を現す。


「ハッ! 水使い(アクアマスター)の方はゴミクズだが、テメェの方はまだ楽しめそうだな」

「フン……」


 青年は静かに息を漏らすだけであったが、明らかに今まで相対してきた中では上位にあたる相手には間違いないと確信を持っていた。

 ――ただ単に身体を変化させるだけではない。それ以上の何かを持っていなければ、たかがBランクがここまで傲慢になれるはずがない。そして何よりも――均衡警備隊バランサーよりも上の存在が、彼の首に莫大な懸賞金をかけるはずがない。

 今や彼の首には莫大な懸賞金がかけられている。ギルティサバイバルを生き残ったにも拘らず、その危険性が生産されることなど無かったのである。


「…………」

「オイオイ、刀ひっさげて侍みてぇなコトしてんだ、コチラを楽しませる口上の一つや二つぐらい喋ったらどうなんだ? ……黙ってりゃカッコいいって思ってんのか? 勘違いしてんじゃねぇぞオラァ!!」


 サッカーボールを蹴るかのように、怪人はアスファルトを蹴り砕いてその破片を飛ばす。一つ一つが高熱を帯び、半分融解しているためかまるで墨でもばら撒いているかのように広範囲に広がった攻撃がなされる。


「くっ、熱いのは嫌いなの!」


 対して今度は水使いの少女の方が、空気中の水分を集めて作った散弾を右手に作りだし、それを破片に対してカウンターのようにぶつけ返す。

 高熱と水、ぶつかり合えばその場に煙幕のように濃い霧となって霧散し、互いの視界を奪う。


「チッ! ……出てこいオラァ! ビビってんじゃねぇぞ!!」


 濃霧に視界を阻まれた今、怪人は攻撃を繰り出すことなくくるくると周囲を警戒する他にない。

 そして周囲を水蒸気で囲んだこの時こそ、水使いの真骨頂が発揮される――はずだった。


「……見えてんだよアマチュア野郎がァ!!」

「――ッ!?」


 霧に紛れ、完全に死角の外からの攻撃だった。炎熱系ということもあって、体温感知サーモセンサーにも引っかからないように体表に薄氷を張り付けるという対策も打っている。それであるにも関わらず、目の前の怪人はまるでこちらの動きを見切っていた上で敢えて誘い出すためにとぼけていたというのである。


「キヒャハ、霧ができるってことは灰みてぇな細かい不純物も舞わせることくらいできるよなァ!?」


 水使いの驕り。それは空中に舞う霧――水滴に付着した不純物として、灰も使われていた事を想像できなかったこと。そして灰を通して、怪人は全てを掌握していたこと。

 驕り高ぶりは怪人の特権。常に相手の上に立つ者の特権。振り返ってフードの奥の首根っこを掴み上げ、怪人はニヤリと笑って勝利を確信する。


「じゃあ――死ねよ」


 空いた手に高熱の灰を収束させ、そのまま相手の顔面に塗りたくって焼き殺そうとしたその時だった。


「――そこを、どきなさぁあああい!!」

「ッ!」


 突如として舗道のマンホールのふたが突き上げられ、そこから水柱がまるで生き物であるかのようにうねりたつ。


「灰なら、本格的に水を被ったら無力化されるでしょ!」

「チッ! めんどくせぇなァ!!」


 前蹴りでフードの男を遠くへと蹴り飛ばすと、怪人は新たに両手から熱を発し、そしてそのまま地面へと叩きつける。


風塵塔ふうじんとう!!」


 地面に両手を叩きつければ、そこから灰の粉塵が高熱と共に立ち昇る。その熱量は大量の水ですら一瞬にして蒸発させ、周囲の空間を温度差で捻じ曲げ、そして建造物ですら熱で歪ませる。


「あっつ!? これ一旦退くわよ!」

「逃がすか!!」


 しかし今度は自業自得というべきか、目の前に広がる濃霧の中であれば探知できても、濃霧の奥に消えていけばそこは灰が届く範囲ではなくなってしまう。


「クソが!! テメェでケンカしかけておいて、このザマかよ!!」


 振り返ってもフードの男の姿もなく、不完全燃焼の戦いに終わった怪人は一人空に向かって吼える。


「クソッたれが、誰でもいいからこのオレ様に本気出させてみやがれってんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



          ◆ ◆ ◆



「――クククク、吼えよるわ」

「荒唐無稽。崩れ落ちる灰のごとし」


 負け犬の遠吠えといわんばかりに、黒髪の女性と、無表情の少女が空の上から怪人を見下ろす。

 力帝都市の市長二人はこの暴走する『衝動』に対して何も手を打つ様子など無く、寧ろ煽り立てるかのような立場に立っていた。


「ククク……そうだ、もっと怒れ。怒り狂え。その力こそが貴様の『大罪つみ』だ」

「順風満帆。全ては我々の思うが儘に」


 予定通りに育ちゆく破壊の力を満足げに見て、『全能メガロマニア』の異名を持つ市長は口元に手を当てて不敵に笑っていた。



          ◆ ◆ ◆



 暴走するBランクを閉じ込めていた壁も消え去り、怪人は再び街を歩いていた。その額に先ほどまでは無かった青筋を立てながら、その身から焦げ付くような灰燼を舞わせながら、周囲から人を遠ざけるように、百獣の王がゆうゆうと闊歩するかのように、真っ黒に焦げた足跡を残しながら道を歩いていた。


「久々にイラついたぜ……クソが」


 ブツブツと愚痴を吐き散らしながら、怪人はその身を乗っ取ってから根城にしていた第十四区画ではなく、別の区画の方へとこの日は足を進めている。


「……あのガキ共、一体どうしてんだ?」


 それまで全く気にもかける事が無かった二人の少女。穂村正太郎がその身を挺してまでイルミナスから救いだし、そして己が目の届く範囲に、守れる場所に常においてきた双子の少女のことを、怪人はふと思い出す。


「この野郎がいなくなってからどうでもいいって放置していたが……まあ、ツラ拝むくらいはしてやってもいいか」


 怪人自体は、双子に対して全く興味など無い。しかしこの肉体の本来の持ち主、穂村正太郎の残滓とも思える感情が、怪人の中に湧いている。


「チッ……このオレが、オレ様が……甘いマネするとはな……」


 そうして遂に怪人は、ヴァルハラの居住区画である第九区画へと久方ぶりに足を踏み入れることに。




「――相変わらず平和だなここは」


 都心部近くの区画とは違う、静かで平和な居住区。主にDランクの市民が生活をしているこの区画において、力帝都市内でありながら戦闘行為と歯縁が遠い区画である。

 そして区画に立つマンションの五階に、Aランクの関門である穂村正太郎の住まう部屋がある。


「……んだと?」


 穂村正太郎がこの部屋からいなくなって、かなりの時間がたつだろう。何せ時田マキナの実家についていくことになってから、一度も家に戻ることなどできていない。しかしそれを差し引いたとしても、わざわざ穂村正太郎の家に空き巣に入る者がいるであろうか。Aランクの関門としてそれなりに名をはせた能力者の家の鍵を、こじ開ける勇気ある者がいるであろうか。ギルティサバイバルにおいてSランク同士の中で生き延びた者に挑む愚者がいるであろうか。


「……面白れぇ。中にまだ潜んでいるなら、ブチころ――なっ!?」

「フフ。久しぶりだね、穂村君」


 そこに待ち受けていたのは、穂村正太郎の因縁トラウマの象徴。そして灰燼にとっては『衝動』を表へと引きずり出した、ある意味母親とも言えなくもない存在。


「……子乃坂このさか……テメェ、なんでここにいやがる……!」

「あれ? 穂村君、そんなに口悪かったっけ? それに――」


 ――その髪、また染めたの?

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