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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
ー蘇る焔編ー
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第一話 自爆自棄

「……ちょっと外に行ってきます」

「アァ? どこ行くつもりだ?」


 昼食を終え、三女である要が携帯端末からの呼び出しに応じて外に出ようと一歩を踏み出した瞬間、怪人は声をかけてその足を引き留める。


「何処って……友達に呼ばれたんで――」

「友達? ハッ! 下らねぇ」

「下らなくないです! うちにとっては大切な――」

「大切な何だ? 友達がか? ……その大切なモンの為に、全部がぶち壊されたヤツもいるんだぜ……?」


 怪人はそれまでの暴力的な言葉とは違って、意味深長で言葉の裏が推し量れるような喋り方で要の身体を自らの方へと振り返らせる。


「……何が言いたいんですか?」

「さぁて、なんのことやら」

「……だったら、そんなこと言わないでください。少なくともうちの友達は、そこらのAランクなんかよりずっと強いんですから」

「クククク……それは『オレ様』よりも、か?」


 怪人は挑発的な言葉を吐いたが、要はそれを無視してその場を去っていく。


「……ツマンねぇ」


 怪人はそういうと、再び自分の携帯端末を触り始める。そこには何度も着信があったのであろう、電話のマークに二桁もの数字が付与され、メッセージに至っては三桁にまで達している。その数字のほとんどは、それまで身体の主導権を持っていたとある少年に対して宛てられているものだった。


「…………」

「その履歴を見る限り、必要とされているのが貴様では無いことぐらいは理解できるな」

「うるせぇ。オレ様はようやく身体を手に入れたんだ、好き勝手やらせてもらう」


 普段の灰塵であるならば今のような生意気な言葉を吐かれようものなら即刻灰にしていたであろう。しかし事実としてこの世界に必要とされているのは、アッシュではなく穂村だという現実が、端末を通して伝わってくる。そしてそれは全ての上に立つ傲慢な存在がいくら命じようが、決して覆ることは無い。


「……私も貴様より穂村の方が万倍もマシだと思っている」

「ハッ! だったら今から穂村アイツを引きずり出してやるから、いっぺん抱かれてみるか!?」

「……出来もしないことをいうな。化物め」


 和美はその場に捨て台詞を吐くと、踵を返して台所で小晴の皿洗いの手伝いを行う。その背姿をみて怪人は何も言い返すことは無かった。否定も肯定も、何も言うことが出来なかった――



          ◆◆◆



「――何を買ってきてんだよ屑塵クズゴミがァ!!」

「グハァッ!!」


 出入り口となっていたはずのドアが爆炎によって突き破られ、命ぜられたことを遂行できなかった愚民ダストは火だるまとなって外へと吹き飛ばされる。


「チッ、ゴミがッ! 俺がコンビニから買って来いっつったのは辛い方のナゲットだ! 誰が普通のやつ買って来いって言ったァ!? アァン!?」

「貴様! 何をしている!?」


 これ以上の怪人の暴挙に堪忍袋の緒が切れたか、それまで大人しく破れた服の裁縫をしていた和美が待ち針片手に立ちあがる。


「使えない塵にお仕置きしてんだよ、文句あるか?」


 それに対して怪人はいつものごとくえんじ色に輝く拳を沈めながら、軽い口調で言葉を返す。和美にとってはもはや我慢の限界だった。


「おのれ……いい加減にして――」

「ゲッ!? なんであんたがここに!?」


 その時だった。突如としてこの場に守矢姉妹とは違う少女の声が響き渡る。


「アァン? ……何だテメェ、退屈しのぎにオレ様に殺されに来たのかァ?」


 ドアの向こう側はマンションを昇るための階段へと繋がる踊り場があり、要に連れられて立っているのは、あのサバイバルにもいたピンク髪の少女。怪人は三度合いまみえた数奇な縁に思わず笑い声をあげた。


「クヒヒャハッ! 面白ぇヤツを連れてくるじゃねぇかクソガキィ。ちったぁ褒めてやってもイイってかァ?」


 そしてその少女ですら、怪人のことを別の名で呼ぶ。


「……穂村、正太郎……」

「アァ? ……ククッ、そういえばコイツの名前がそうだったなァ。あれから一週間たつがずっと外に出てくる気配もねぇから忘れかけていたぜヒャーハハハハハハ!!」


 しかし怪人にとってはどうでもよかった。とにもかくにもサバイバルでそれまで表立っていた穂村が勝手に積み立ててきた借りを代わりになしつけて返すことができそうだということに上機嫌になると共に、自身もまた別件として少女には用があったからである。


「それよりも、だ」


 そして怪人はそれまでの上機嫌な声色から一変させて、詰問のような相手の答えを無理矢理引きずり出すために脅しの声を挙げる。


「テメェ、オレ様と同じ……いや、『大罪』っつった方がテメェ等の方に伝わるかァ? ソイツを持ってるだろ」

「ッ!?」


 予想は的中だった。だとすれば後はあの時の少年――ウツロという名の『衝動』を如何にして引きずり出すかに策略を巡らせる。


「……ちょっと黙っててもらえるかなー」


 少女は何かしらの独り言をつぶやくが、あくまでしらをきるつもりでいる様子。


「ケッ、あくまでしらをきるつもりか。まっ、いいだろ」


 そういうと怪人は手に持っていた端末を一瞬にして灰に還すと、少女の内に潜む少年ウツロを引きずり出すためにカマをかける言葉を投げつけた。


「あんた馬鹿なの!?」

「ハッ! よりにもよってオレ様を馬鹿呼ばわりとは面白れぇじゃねぇか! クソがよォ」

「誰がクソ――って……ちょっとあたしの中で勝手にしゃべらないでくれるかなー」


 恐らく彼女の中では穂村と怪人が交わすように、あらゆる言葉が飛び交っているだろう。しかし怪人がそれを悠長に待つはずがない。


「テメェまさかオレ様にバレてねぇとでも? テメェが本当は――」

「ちょっといいですか! うちは榊がとある人を探しているっていうんでみんなで手伝いましょうって話に来たんですけど!」


 怪人が少女に向けてくる詮索を遮ったのは、少女をここまで連れてきた守矢要だった。


「穂村も! その辺にしてください!」

「んだと糞ガキ――」

「まあまあ正太郎さん、落ち着かれてはいかがでしょう」


 皿洗いを終えてそれまで大人しくソファに座っていた小晴が、ここでようやく怪人を宥めに入る。


「だぁーから、オレ様は穂村正太郎じゃねぇっての!」


 怪人はこの際だからといった様子で、改めて自らの名前をその場の全員に刻み付けるかのように叫ぶ。


「いいか何度も言わせるな! オレ様の名前はアッシュ=ジ=エンバー様だ! そのシケた脳みそにしっかりと刻みこめ!」

「そうですね、正太郎さん」


 他の姉妹とは違って小晴は既に怪人の扱い方を理解しているのか、軽くいなしてはお茶をすすってその場に和んだ空気を漂わせる。


「マジで殺すぞクソアマァ……」

「あー、うん、そろそろいいかな?」


 それまで怪人の一方的な会話によって要件を成すことができていなかった少女が、ここでようやく本題を投げかける。


「実はちょっと人探しをしていて、それでこのへんの地理に詳しい守矢四姉妹に訊いた方が早いと思って」

「クヒヒッ、確かにここ最近キナ臭い野郎がいるみてぇだからな」


 少女が持ち込んだ案件について怪人の方も、そしてこの第十四区画に『監視者ガーディアン』として君臨している和美も、薄々は勘づいていた。あのサバイバル以降、均衡警備隊バランサー捜査メスが入らないことをいいことにこの区画を拠点としようとしている者が、何人もいることを。


「ただ這いまわってるだけの蛆虫だったらいいんだけどな、キヒヒッ!」

「それがどうにも研究者の研究対象みたいで、アタシはその捕獲依頼を任されたってワケ」


 話によれば研究対象としていた能力者が逃走しているとのことであるが、それをもし穂村が聞いていたならば眉をひそめていたであろう。イノとオウギを匿っている身として、同じく研究対象である者に同情すらするかもしれない。

 しかし怪人にとってはどうでもよかった。ただ単に自分の足かせとしかならない者を、わざわざ身近に置いておくことなどしない。安否確認ならば端末にあのSランクの関門と一緒に大量の文句を送りつけている所から安全だということが分かれば十分。怪人にとってはその程度だった。

 怪人がどうでもいいといった様子で少女の話を話半分に聞いていると、小晴は別の疑問が湧いたのか逆に少女に問いを投げかける。


「あら、そういえばあのサバイバルの後貴方だけが何故か均衡警備隊バランサーに素直に捕まったみたいだけど、何のお咎めも無かったのかしら」

「……何もなかったわよ」


 その言い草からして、何かしらあったのだろう。怪人はざまあみろとばかりにこの時は鼻で笑った。


「ハッ、せいぜい足掻くこった――」


 それから一瞬の出来事だった。怪人の頸椎を貫く銃剣バヨネットと同時に、それまで大人しくしていたはずの次女の姿が怪人の背後に姿を現す。


「いい加減にくたばれ!」

「――ッ、バカじゃねぇかテメェ」


 突如として怒りだす和美。破壊された声帯を灰で修復しては嘲り笑う怪人。両者の戦いは今に始まったばかりでは無かった。


「いい加減、我々の元から去れ!! 穂村正太郎では無い貴様を、かくまう義理などない!!」

「あーあ、言っちゃってくれるじゃねぇか寂しいじゃねぇか。アァ!? テメェ等この場で全員灰にしてやってもいいんだぜェ!?」


 突如として始まる怪人と次女との争い。それは大抵怪人の横暴すぎる態度が和美の我慢の限界を上回った結果として始まる。


「ヒャーハハハハッ!! 遊んでやるから掛かって来いよォ!!」

「今度こそ貴様を殺す!!」


 怪人と和美の戦いを止める者などいない。それどころか壁を突き破って遠くへと離れいく二人に対し、小晴など手を振るばかり。


「毎回毎回挑んでは負けて、挑んでは負けてェ! 学習能力のないバカはきらいじゃねぇぜッ!!」

「くっ!! 貴様の方こそ、わざとのように私を苛立たせて!! 何がしたいんだ!!」


 検体名『監視者ガーディアン』。その実力は場所によってその力を大きく変える。自身が護ると決めた場所においてのみ、常人であるなら到達不可能な身体能力を得ることが出来る。その気になれば爆発の中心に置いても生き残ることができるほどの耐久力、そしてこのような廃ビルですら砕き動かすことができる筋力をその身に宿すことができる。

 しかし怪人にとって、そのいずれもが児戯に過ぎなかった。


「何がしてぇって、オレ様の攻撃をまともに受けられるのがテメェ位だからって感じか? クヒャハッ!」

「くっ……おのれぇえええええええええええッ!!」


 完全なサンドバック宣言に対し、和美は怒りのあまり我を忘れて突撃を繰り返す。周辺の建物が倒壊しようが構わない。目の前の怪人を殺すことを最優先として、和美は所持している全ての武器を用いて宙を舞う怪人に襲い掛かる。


「死ね!!」

「おっと!」


 銃剣による近距離戦闘。離れようものなら即座に投げナイフに切り替えて怪人を追い詰めようと必死に立ち向かう。しかしそんな和美をあざ笑うかのように、怪人は更に挑発的な文言を和美へと投げつける。


「オレ様が死んだら、大好きな穂村が帰ってこねぇけどいいのかァ?」

「っ! ……誰があんな朴念仁を!!」


 一度救ってもらった事があるとはいえ、好意を抱いているとは決して認めない。だがその時の和美の頬が恥ずかしさゆえかうっすらと赤く染まっている。


「ヒャハッ! テメェも分かりやすくていいよなァ!!」

「っ、うるさいうるさいうるさい!!」


 和美は苦し紛れに両手に握っていた銃剣で怪人を斬りつけるが、元々が灰燼のその身に物理的な攻撃など一切通用しない。顔の半分を真っ二つにするような大きな傷ですらすぐさま塵によって修繕され、怪人は相も変わらず歪んだ笑みを浮かべて和美を両の瞳で捕らえ続けている。


「――さて、そろそろ遊びは終わりにするか?」

「ッ!」


 怪人がこの系統の言葉を発する時――それは全てがお開きとなる合図。


「ヒャーハハハハハハッ!!」


 怪人が自信の身体に不可視の高熱を纏い始めたその時、和美は否応も無くその場の離脱を余儀なくされる。


「くっ……そのまま死んでしまえ! 化物め!!」


 和美のその言葉に応じるように怪人は自ら自壊を始め、一瞬の静寂の末に自爆した。周囲に不可視の爆風が広がると共に地面は割れ、既に崩れかけていたビルの表面には一斉にヒビが入り、倒壊を開始する。

 ――高慢。しかしその正体はひたすら破壊と崩壊を求め、他者だけでなく自己ですら滅びゆくことを無意識に求めているような、自暴自棄な暴君。その行動原理を、和美は理解ができなかった。


「……貴様が望んでいるのは、戦いでは無い。本当は……何を望んでいるんだ……」


 ただ無いものをねだる子供のように、破壊でもって気を紛らわせている怪人に対し、和美はただ憐れむような言葉を投げかける他なかった。


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