第二話 炎対焔
――光を叩きつけた爆心地を中心にして、その場にある者すべてが焼失あるいは完全に熱で溶けきってしまっていた。残っているのは巨大なクレーターだけであり、事の顛末を知った者は誰しもが絶句するであろうことは間違いない。
それはこの状況を作り上げた張本人も、例外では無かったようだ。
「……マジかよ」
穂村正太郎は未だに湯気の立つ自分の右腕を見て驚きを隠せずにいた。これまでもこの技を放った後、あるいは連続して炎を放出した後は熱を持つことが当然であり、周りに触らせようものなら火傷するほどの熱さを秘めていた。しかし今回はそれ以上の熱が右腕に籠められている。
「この俺が……火傷……?」
ジリジリとした熱が自分の皮膚を焼いているかのような刺激が右腕から伝わってくる。それこそ幼い子供のころ、度胸試しと称してコンロで燃え盛る青い炎に手を伸ばした時を思い出させるような刺激が右腕に宿っている。
「これは、一体――ッ!?」
穂村があと少しだけ腕の熱に気を取られていたとすれば、それをはるかに上回る熱に全身を焼かれていたであろう。
「チッ! 俺以外に炎熱系がいるってか! それより――」
――とっさに空を飛んだ穂村が改めて地上に視線を向けると、そこは予想以上の光景が広がっていた。
「何時からここは火砕流が流れる熔岩地帯になったんだ……」
足元に広がるはアスファルトではなく臙脂色の紅き濁流。そしてうねるマグマの上に立っているのは穂村と年齢がさほど変わらない少年。その光景こそが、彼が炎熱系の能力者だということを知らしめるには十分であった。
そしてその姿を直接見たことは無いものの、穂村にとって、否、全ての炎熱系の能力者にとっては最も有名な存在が降り立っているという現実が、穂村を更なる闘争へと駆り立てていく。
「――まさかあんたに会えるとはな……ある意味ラッキーだぜ」
「その雰囲気だと最後に呼ばれたから他の参加者なんざ知るはずも無かったって感じか……それより、年上に対して随分とナメた口のきき方じゃねぇか」
赤黒い光を放つ熔岩と、轟々と燃え盛る炎。そのどちらもが彼らの力を示すものであり、彼等の闘争をより一層色鮮やかに燃え上がらせる。
――Bランク、能力検体名『焔』、穂村正太郎。
――Sランク、能力検体名『粉化』緋山励二。
両者共に多く言葉を交わす必要など無かった。ただ同じ炎熱を帯びる者として、敵対者として相対している事を敵意として相手から直に伝わってくるのを感じ取っている。
「――紅蓮拍動!」
「――B.Sッ!!」
両者の目があってから数秒という時間はあまりにも長かったようであった。ほぼ同時に互いの体は鮮烈な赫を見に纏い、そしてほぼ同時に飛び出し、その拳は激突した。
そこからは怒涛の爆裂音と噴火が絶えず交わり合い、戦場を炎で染め上げていった。
「まさかあんたと戦える日が来るとはなァ! それにしても、Sランクでも清廉潔白な方のあんたがここにいるとは、意外だぜぇ!!」
Aランクの関門である穂村にとってこの戦いはある意味チャンスであった。ここでSランクの、しかも炎熱系最強の能力者に打ち勝ったとなれば自身の力がSランクになったことの何よりの証拠となり、そして『穂村』の目的を満たす一番の近道となっていたからだ。
「ったく、面倒な奴に絡まれちまったか」
「そう言わないでくれよ先輩……同じ炎熱系能力者としてあんたと一度は戦いたかったんだ、少しばかり付き合ってくれよなァ!!」
もはや生き残ることなど二の次で、目の前の最強に勝つことへの意識が穂村の脳を支配していた。そうして穂村の身体は再び赤い炎に包まれ、巨大な火の玉となって宙を舞う。
「チッ、またその技か……」
「この技があんたに一番効いたみてぇだからな……有効な限り使わせてもらうぜぇ!! ――紅蓮拍動!!」
空中にて穂村は自信の身体を高速で回転させ、その場に巨大な炎の渦を作り上げる。
「ハッハァー!!」
そうして穂村は炎渦巻く巨大な龍の形となり、その首をもたげては今にも緋山に向かって飛び出さんとしている。
「単純にB.Sで相殺できなかった辺り、奴の方が“炎”の扱いは上手ってことか……ハッ、砂の扱い片手間にしていた分奴の方が専門家ってことか」
炎熱系最強とはいえど、この場は素直に賞賛せざるを得なかった。地に両足をつけ、その大地から燃え盛る炎自体を出せば、単純な熱量差で穂村に打ち勝つことはできるだろう。しかし穂村はあくまで炎という純粋な炎熱系の能力範囲内でその力を高め、そして成長させている。こうなれば単純な炎熱系でははっきりと甲乙つけることはできないだろう。
しかしそれはあくまで炎熱系としての戦いであって、『焔』と『粉化』の戦いでは無い。
「俺も炎熱系最強としてのメンツってもんがあったんだが……ひとまず賞賛の意味をこめて、こっちの力を使わせてもらうぜ……!」
緋山は右手で地面に伏せるようにして触れると、穂村に分からないように徐々に徐々に足元全てを砂へと変えていく。
「――炎龍迫撃!!」
「――D.D!!」
炎の嵐と砂嵐、二つが相対しぶつかり合い、巨大な渦となって周辺全てを飲み込んでいく。
「ハッ! 砂嵐がどうしたってんだ!!」
「砂嵐だからこそ、都合がいいんだよ」
砂嵐――巻き上げるは無論細かい粒子。しかしそれらは全て非可燃性のものであり、穂村の炎を更に延焼へと導くものではない。そしてその効果は、徐々に徐々にと現れてくる。
「火力が弱まってきている――まさか!?」
「流石に気が付くか。だがもう遅い……!」
炎の龍は完全に弱りきり、中心を担っていた穂村の周囲を除いた全てを砂の嵐が支配する。
「これで攻略は済んだワケだが、次はどうする?」
「……やっぱすげぇよあんた」
穂村はそれまで燃え盛っていた炎を一瞬にして沈めると、何をする訳でもなくその場に呆然と立ち尽くしている。
「ん? ……何のつもりだ」
「ハッ、分からん殺しぐらいはさせてもらってもいいだろ?」
この時穂村が放とうとしている技――それは穂村自身が思いついた技ではなく、他の誰か――『アイツ』がよく使っていた技を炎でもって応用させようとしていた。
そしてこの技こそが、穂村が今までのAランクの関門程度では収まらないという、決定的な瞬間を見せつけることとなる。
「……ッ!」
穂村の全身から炎が消える。だがそれは次への段階への序曲でしかない。
同じ炎熱系の能力者として、緋山は即座に穂村の異変を感じ取った。
炎がない。しかし熱は炎を纏っていたころよりも上昇し、穂村の周りはまるで陽炎のように揺らめき始めている。
「どうやら最初のサプライズは気にってもらえそうでなによりだぜ……!」
そして次の瞬間――
「――ッ!?」
緋山励二はこの時初めて、自分を上回る炎の使い手を目の当たりにすることになる。
「蒼、だと……!」
「へっ、ガスコンロとか言いやがったらぶっ飛ばすからな」
赫を通り越した、蒼。『アイツ』の得意とする技である鬼塵煉葬を上回る高熱を見に纏い、蒼と一体となって顕現する。
「これが俺の新しい力だ……てめぇにも勝てる、本当の焔だ!!」
リュエル=マクシミリアムとの戦いで目覚め、そして騎西善人との戦いで覚醒した力。あの時のような怒りは伴っていないものの、確かに穂村には蒼が宿っていた。
「ついでにこれが、てめぇをぶっ潰す技だ」
形容するとすれば、蒼い太陽であろうか。小型の手のひらサイズの球体が、穂村の右手に精製される。
「……これはやべぇな」
後に聞く話であるが、緋山励二はこの瞬間一度は炎熱系最強という看板を下ろすことを決意しかけたようである。それほどまでに高熱、そして高火力を内に秘めた小型の太陽は、遂に穂村の手を離れることになる。
「――終焉蒼光」
焔がその小さな小さな一粒を地面に落としたその瞬間――眩いばかりの蒼の光と、巨大な火柱が打ち上がる。そしてまるで核戦争でも起こったのかと錯覚すら感じる巨大な爆炎が、ビルをなぎ倒し周辺一帯を整地していく。
「うおおおお――」
緋山励二の声は光と共に消えてゆき、眩しい閃光から視界が晴れたその先には、今までとは比較にならない、まさに軍レベルの爆破実験が行われたと言わんばかりの深く広いクレーターが広がっていた。
「――なに、これ……?」
そして丁度消え去った緋山と入れ替わるかのように、一人の少女がクレーターの縁に立っている。
「…………いったい、誰が……」
「ハァ、ハァ……よぉ、野次馬に来たんなら少しばかり遅かったじゃねぇか」
飛んで火にいる夏の虫とでもいうべきであろうか。あの強大な力を前にして、それまで逃げ回られていた者の方から穂村に接触を図ってきた。
「……穂村……」
「よぉ……また会ったじゃねぇか」
ピンク色の髪の少女。その力は未知数でありながら、穂村の炎をいともたやすくあしらうだけの実力を備えている。
しかしそんな少女ですら、この状況を前にうまく言葉を紡ぎ出せずにいる。
少女は震える指で穂村を指さし、そして静かに問う。
「なに、それ……」
穂村はそれに対してなんともないような軽い気持ちで答えを返す。
「これか? ……これが、俺の新しい力――」
――“蒼”の焔って見たことあるか?




