表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
―不思議な少女と揺らめく焔編―
6/157

第5話 言葉の意味

 ――視界が晴れ、辺りが見渡せるようになった時にリング場に立っていたのは、穂村一人だけであった.

そして辺りは目を覆いたくなるほどの悲惨な状況となっていた。

 椅子は吹き飛び、リングも焼け崩れ、もはやイベントなど続行不可能と思えるほどの惨状に、穂村自身も息を呑む。


「…………やべぇ、この技久々だから調節間違えたわ……」


 焼け落ちたリング場で穂村は右手を振って排熱を行いながらも冷や汗を垂らす。それも当然のことであった。

 元客席の先、この建物の大きな柱にユーリは叩きつけられていた。その胸部には大きなへこみと、真っ黒な焦げ跡が残っている。

 もしかしたら客席の人たちも巻き込んだのかもしれない――と言うよりも実際に客席が吹き飛んでしまっている事から、巻き込んでしまったのは間違いないだろう。


「ちょっとアンタ! バカじゃないの!?」


 三階から時田が肩で息をしながら罵声を浴びせてくる。穂村が見上げると、一階で見覚えのあった者たちが皆二階三階に上がっていることに気づく。


「さ、流石『観察者ウォッチャー』! ありがとうな!」


 とりあえず誤魔化すように時田を褒めてみるが、それだけでは収まらなかった。


「アンタねぇ! アタシがいなかったらどんな事になってたのか!?」

「分かってるよ! 本当にスマン!」

「――いやぁ、それにしても素晴らしい力です」


 皆が避難していて誰もいるはずのない一階から拍手が届けられる。穂村はその声を今まで一度も聞いたことがなかった。

 ガラスの様に透き通った声。

 穂村がその声の方を向くと、銀髪の少年がその顔に感嘆の笑みを浮かべている。


「……おかしいわね」


 あの時時田は確実にあの少年を二階へと避難させていたはずだった。そして今少年が避難していた筈の場所に、少年の姿がないことに時田は気づく。


「……何なのよアイツ」

「僕の名前は之喜原涼。能力名『人形ドール』。貴方と同じBランクです。以後よろしくお願いします」


 そう言って微笑みながら之喜原は右手を差し出すが、穂村は右手を出すことは無かった。


「……? どうにかされました?」


 之喜原が首を傾げると、穂村は振ってる右腕からまだ蒸気が立ち昇っている事を見せつける。


「……まだ排熱すんでねぇから熱いぞ」

「これはこれは、お気遣い有難いことです」


 之喜原は微笑みながら右手をひっこめると、今度は左手を差し出して握手を求める。


「……なんか胡散くせぇなお前」

「いえいえ、他意なんてありませんので」


 穂村は訝しげに左手を前にだして握手に応じる。そしてしっかりとその手を掴んでぶっきらぼうに振るう。


「ああ、あの『フレーム』と握手ができるとは光栄なことです」

「そうか?」

「光栄なことですよ。なんといってもAランクへ到達するための関門として、貴方の名はBランク界隈では有名ですから」

「そうかよ……」


 穂村としては不自然な不審感がぬぐいきれなかった。

 この少年とは初対面、何の偏見も持つようなところは無い。しかし何故かこの之喜原涼という男は信用ならない。信用してはならないと本能が告げている。


「それはそうと、こうなってしまってはもはやイベントは続行できませんねぇ」

「ああ、そうだな」

「……誰か参加者で彼と戦いたい方いらっしゃいませんかー?」


 之喜原が大声で残りの出場者に参加の意思を問うが、誰一人返事をよこすことなく絶句していた。

 之喜原は他に参加する者がいない事を確認すると、穂村の方を振り返ってこう言った。


「……では僕と手合せお願いできますか?」

「ハァ?」


 穂村は驚いていた。あれほどの威力を間近に見ておいて、手合せを頼む愚か者が目の前にいる事に。


「オイオイ、さっきの見ただろ? お前の力はなんだ? あれを防げるのか?」


 穂村としては失礼な質問だが、それでも無駄な戦闘を回避できるのであれば仕方のない一言である。

 しかし之喜原は特に気にすることはなく、自分の能力をつらつらと喋り出す。


「僕の能力は『人形』。つまりは人形使いです」

人形使い(ドールマスター)? お前魔法でも使えるのか?」


 魔法を使う媒体として人形を使うことがあるが、能力の媒体として使うのはとても珍しいものである。


「いえいえ、あくまで能力で使役ができるだけですよ」


 之喜原は余裕の笑みを浮かべて、袖もとから小さなくま五郎の人形を取り出し始める。人形を地面置くが、もちろん立ち上がることもなければ指先一つ動くこともない。ただ床にぐたっと力なく倒れているだけだ。

 イノはそのくま五郎の人形にご執心のようで、目を輝かせてその人形を指さす。


「やっぱりくま五郎は可愛いのだ!」

「アンタ趣味悪いわね……」


 イノだけでなくその会場中の視線が集まる中、之喜原は口を開く。


「――スタンダップ」


 之喜原がその言葉を放つと人形はひとりでに立ち上がり、シュッシュッとシャドーボクシングを始めているではないか。


「貴方にはこれと戦っていただきます」

「……ハァ?」


 穂村はきょとんとした表情になり、そして数秒後にはあきれ顔になる。


「なんだこいつ。一瞬でカタついちまうぞ」

「まあ、その大きさ一つですと直ぐに負けてしまうかもしれませんね――ですがこれではどうです?」


 之喜原が指をパチンと鳴らすと、デパート中の人形が集まり始める。その数そうそうたるもので、一階を人形の大群で埋め尽くし、もはや穂村と之喜原の周り以外は全て人形まみれとなっている。

 観戦者もその状況に混乱し、そして司会者もその光景に実況を忘れている。


「……この数に、勝てますか?」


 その圧倒的な情景に穂村はゾクッとした。

 面白い――“面白い相手だ。敵対するに値する者だ”と。


「じゃあ、始めようぜ――紅蓮拍動ヒートドライブ!」


 全身を炎が駆け巡り、肉体を温めはじめる。

 その目をうっすらと赤く染め、口元を不敵に歪めて穂村は構えをとる。


「人形だから準備運動はいらねぇよなぁ!?」


 穂村が景気よく言った直後に、死角から人形が殴りかかる。

 しかし穂村にはそれが見えていたのか、背後から忍び寄る人形を裏拳で焼きつくし、すぐさま正面へと向かう。


火炎拳バーンナックル!」


 短く溜めた炎の拳が、之喜原の目の前に振りかざされる。

 しかし之喜原の前にすぐさま大勢の人形が盾となって立ちはばかる。


「チッ、簡単にキングは取れねぇってかぁ!」


 人形は穂村の不意を衝くように、幾重にも重なって多段攻撃を仕掛けてくる。穂村はそれをすべて捌ききると、之喜原は満足するかのように不敵な笑みを浮かべる。

 穂村は笑みを返すと、再び構えをとり直す。右足を後ろへとやり、前方へ出す反動を利用した二回の回し蹴りを繰り出し、飛び道具を飛ばす。


「“双煉脚そうれんきゃく!”」


 一対の炎の鎌が地を這い、之喜原の肉体を焼き斬らんと飛びかかる。


「っ!? 防御態勢シールドフォーム!」


 何重もの人形の盾を目の前に生成、しかし炎の鎌はそれを引き裂き、之喜原へとダメージを与える。


「“ヒャッハー! やってやったぜ!”」

「――ッ!?」


 穂村は一瞬であることに気がつくと右手で自らの髪の毛を引っ張り、何かを引き払うような動作をとる。


「チッ、クソが!」

「――どうしました? 攻撃の手が緩んでますよ!」


 之喜原はその隙に、穂村のすぐそばまでたくさんの人形を送り込んでいる。


「キャプチャーザパペット!」


 意外にも人形の力は強く、穂村は一瞬で手足を絡め取られる。視界までもが人形で塞がれるが、穂村はそこで一度冷静になってまずはさっきの出来事を思い出した。


「『アイツ』が出てきやがったか……!」


 人形に包まれ熱気がこもっていく中、布越しのくぐもった歓声が穂村の耳に届き始める。

 時田はぬいぐるみに押しつぶされそうになっている穂村を観て、冷静にふりな状況だと把握する。


「不味いわね……あのまま窒息させて終了って感じかしら」

「しょうたろー! がんばれー!」


 時田の予測通り、之喜原は穂村を窒息させようと企んでいた。


「もし人形を焼いたとしても、その時には酸素が消費されて同じく窒息となってしまうでしょうね」


 之喜原のその言葉は、微かに穂村の耳にも届いていた。


「分かってるっつーの……」


 全身に力を入れ力ずくでその場を脱出しようとするが、がんじがらめにされているため抜け出すことなど不可能となっている。


 ――“オレ様の力を使えよ”


 ピンチとなった穂村の頭の中に、ある言葉が響く。

 誘惑の言葉。それは穂村にとって最も忌むべき声。


「お前の力なんざいらねぇ」

 ――“そうかぁ? このままだとテメェはおっ死んじまうぜ?”

「それでも、お前の力は使わねぇ」

 ――“……今はそう吠えとけ。いずれ必要になるだろうよ”


 穂村は雑念を振り払うとゆっくりと右手を握り、力をこめ始める。大きく息を吸って呼吸を止めると、辺りの酸素もまとめて右手にこめ始める。


「……噴火ヴォルク


 人形の山は赤く光り始め、その光が観客席まで届き始める。之喜原は自分の思惑通りと感じ、勝利を宣言する。


「やはりそうしようとしますが、その前に酸素不足で――」

「――バスター!」


 叫び声とともに、右腕に急激に溜め込んだマグマが一直線へと突きあがる。それは人形でできた山を貫き、天井へと火の手を挙げる。

 建物の天井を突き破ると、再び穂村に天然のスポットライトが当たった。

 天井まで火柱が立ち昇り終えると、腰をぬかした之喜原と、その右腕をガッツポーズにしている穂村の姿が見えるようになっていた。


「ハァ、ハァ……くっ……ちっとばかし頭が痛ぇが……俺の……勝ちだ」


 穂村はそのまま、自らの勝利を宣言した。


「しょ、勝負ありー!」


 それまで一言も喋っていなかった司会が、ここで試合終了の合図を送る。之喜原はそれに反することなく、素直に負けを認めた。


「……参りました。貴方の勝ちです」

「おう、俺の勝ちだ」


 穂村は試合に勝利したので司会を探そうとするが、スピーカーからの声では居場所を特定することができない。穂村は上を見回すと、司会者を呼び出すために声を挙げる。


「司会者いるかー?」

「こ、ここです」


 三階の手すりから手を振るピエロが見えると、早速優勝賞品についての話を始める。


「他に挑戦者もいねぇし俺が優勝でいいよなぁー!?」

「ええ……もはやイベントどころではありませんし――」

「っしゃぁ! 十万ダラーは俺のもんだ!」


 穂村が下で喜んでいる間、時田は司会の方へササッと近寄りその顔をニヤニヤとさせながらも賞金を受け取りに参る。司会はおそるおそるその手に商品券を乗せる。


「じゃ、商品券を貰おうかしら?」

「お、おめでとうございます……」

「次からはもっと丈夫なリング上を作っておくべきね。あと人形代はあの優男から取り立てなさいよ」

「はい……」


 涙声になっている司会なぞお構いなしに、イノは優勝したことにはしゃぎまわっていた。


「これで服が買えるぞ!」

「……」

「どうした? 上になんかあったか?」

「いえ、何も――」


 之喜原が上のやり取りを見つめているのを見て、穂村は疑問に思い声をかける。しかし之喜原が言葉を濁した事と、今は賞金のことが優先だと判断した穂村はそれ以上何も言わずにその場を去ろうとする。

 その場に一人取り残された之喜原は、独り言のように呟いた。


「……貴方は本当に強いですね」

「? まあ、俺は一応Aランクの関門だしな」

「上にいるのは『観測者』……ご友人も素晴らしい様で」

「あいつは俺の敵だがな」

「……本当に、貴方は強い方です」


 賞賛というよりは畏怖に近い言葉を受け取った穂村が時田達を連れてその場を立ち去ると、残ったのは焦げ落ちたリング場だけとなった。



   ♦  ♦  ♦



 午後五時。モールの近くにある広い公園にある時計の長針と短針はその時刻を現すように配置されている。そんな夕方の時間帯の公園で、三人は一休みをしていた。

 穂村は自販機からキンキンに冷えたコーラを買って腕を冷やし、時田はその隣でオレンジュースを優雅に飲んで座っている。そしてふりふりの服を見事に着こなして、イノは鼻歌交じりにスキップしながらそこらじゅうふらふらと歩きまわっていた。


「おいおい、こけるとか洒落になんねぇから止めろよな?」


 イノがときどきふらつくさまを見て、穂村はひやひやしながらその様子を見ていた。

 しかしイノはそんなことを気にせずひたすらに喜びを自らの体で表現し、はしゃぎまわっている。


「ふっふーん、嬉しいのだ! 初めてのプレゼントというやつなのだ!」

「……」


 目の前で無邪気にはしゃぎながらも、さりげなく重大なことを言っている事に穂村は気づいた。

 イノは生まれてから今までの間、「プレゼント」という言葉を知っていても、その施しを受けていなかったということに。


「……お前、本当に今まで外の世界のことを知らなかったんだな……」


 一人呟く穂村の声は、隣にいた時田だけに聞こえていた。


「……なーんか、可哀そうな子よねぇ……」


 そう言ってジュースの残りを一気に飲み干すと、近くのゴミ箱へと投げつける。空き缶が綺麗にゴミ箱へと入ると、時田は少し気分が良くなりイノの方へと歩み寄る。


「……アンタさぁ、他に何かしたい事とか無いの?」

「したいこと……?」


 イノが首を傾げると、時田はオーバーなリアクションでもとるかのように手を大きく広げ、次のように言った。


「せっかく研究所から抜け出たんだしさぁ、もっと面白いことしましょうよ!」


 時田の突然の提案に、イノは目を輝かせる。


「面白いこと!? 今までのよりもっと楽しいことがあるのか!?」

「ええ、あそこのおにーさんもいいって言っているし、まだまだ遊びましょ!」

「言ってねーよ」


 穂村の許可もなく話はどんどん膨らんでゆく。


「何でもいいから、やってみたいこと言いなさいよ!」


 イノはうーん、うーんとその場で唸って考え込む。


「どうしよう……やりたいことが多すぎるぞ……」


 腕を組んで唸るイノを観て時田はクスクスと笑いつつ、助言をする。その一連のやり取りを見ていた穂村は、まるで二人が姉妹のようにも思えてほほえましい気分になった。


「じゃあ一番したいことを言ってみたら?」


 その言葉を聞いて、再びしばらくの間唸った後に、一つの答えを出す。


「――お父さんとお母さんに会いたい!」


 それを聞いてさすがの時田も表情をこわばらせてしまい、次の言葉をつむぎだすことができなかった。

 イノの父親と母親――それはどういう意味なのか。

 妙な引っ掛かりを覚えた穂村は、イノの放った言葉を聞いてさらにショックを受ける事となる。


「――それってさぁ、研究所に居なかったワケ?」

「研究員はいたが、わたしのお父さんとお母さんはいなかったのだ! だからお父さんとお母さんの顔を見たことがない!」


 なんという悲劇であろうか。彼女は幼いころから研究所に幽閉されていたどころか、両親すら会ったことが無いというのだ。


「……重すぎやしねぇか……」


 どこのクソッたれな三流芝居だというのか。こんなは悲劇のシナリオを抱えた少女を、誰が生み出したというのか。

 穂村は本来たわごとと思ってあげるつもりの無かった重い腰をあげ、イノの方へと一歩一歩踏みしめるように歩き出す。

 ――夕日に照らされた少女は、いつも以上に小さく見える。


「…………すまねぇ、それは……今の俺には無理だ……」


 イノをしっかりと抱き寄せ、その頭を優しく撫であげる。イノはそれを不思議そうに受け入れるだけで、一つも反発することは無かった。


「そうか……会ってみたかったのだが……」

「……すまねぇ」

「……なぁーんか、気分が暗ぁーくなってきちゃった……」

「…………今日はこいつに付き合って貰って悪いな。ここでお前とは解散だ」


 時田はその言葉に何かを察したのか、仕方ないと肩をすくめて時田はその場に背を向ける。


「……ハイハイ、また何か進展あったら教えなさいよ」

「……悪いな」


 時田を見送った後、穂村はイノに肩車をしてその気分を払しょくするために空に飛びあがる。

辺りは既に日の光で赤く染まり、鮮やかな都市風景が二人の目の前に現れる。


「うおー、すごいぞ! この街はこんなに広かったのか!?」

「……この街のどこかに、お前の両親がいる」

「……そうなのか?」


 イノからは穂村の顔はよく見えない。だがその声は、いつもの穂村とは違う、何か決意がこもった声。その後も、穂村は言葉一つ一つをしっかりと噛みしめるように約束をする。


「――多分な。だが広すぎて俺には探しきることが出来ねぇ……でもよ、いつか必ず、見つけてやる」


 穂村はしっかりと自分に言い聞かせるように、イノに言い聞かせるように告げる。これが、穂村にとっての単なる子守から、大きな使命へと変わっていく時であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ