序章 第0話 極限バトル秒読み開始
「そしてなんとぉ!! 今回初のサプライズゲスト! まさかまさかのAランクの関門、穂村正太郎の登場だぁー!! 彼もまたこのサバイバルをより一層熱く、燃え上がらせてくれることでしょう!!」
頭上からキンキンに響き渡るスピーカー音に導かれるがままに首を上にあげると、巨大なモニターに映し出された己の姿がそこにある。穂村はその瞬間に全てを理解した。
『全能』が言っていた裁きの時とは、まさにこの罪人同士の血で血を洗うサバイバルの事だと。
「……ギルティサバイバル、か」
力帝都市で戦いに身を投じる者で、その名を知らないのであればモグリと言われても仕方がない程に有名すぎる一大バトルイベント。それがギルティサバイバル、視聴率は毎回九十パーセントは超える有名度で言えば間違いなくSランクと格付けされる人気テレビ番組である。
そしてそれにたかがAランク関門程度の人間が参加させられるという意味を、穂村は知らないという訳では無かった。
「遠まわしに死ねっつぅことかよ」
既にルールは知っている。要はなんでもありなサバイバル、三日間――時間にして七十二時間生き残ることさえできれば、罪人は罪を償ったとして釈放されることになる。しかしこの単純なルール、それにはもう一つ裏のルールがある。
同じ罪人――賞金がかかっている者を倒した上でこのサバイバルを生き残ることができれば、その賞金はそのまま自分の懐に入ってくるという特殊な暗黙の了解である。故に参加者は協力し、裏切り、潰しあう。それがある意味醍醐味ともいえるのであるが、実際参加する身となっては非常に危険な裏ルールとなりえる。
そして今回、更なる不幸が穂村の耳に届けられる。
「さあ! 今回参加する全サバイバリストの紹介が終わった所でいよいよ今回の狩人、均衡警備隊からえりすぐりの――ってええっ!? ちょちょちょ、ちょっと待って下さい!! 皆さん、とんでもない情報が入りこんできました!!」
根元から傾き、倒壊しかけている時計塔が指す時刻は既に五時をまわっている。季節的にもまだ日は照っていてもおかしくはない筈にもかかわらず、暗雲漂う頽廃した街の中心で穂村は慌てふためく声に耳を傾けるべくはるか上に浮かぶモニターを見やった。
しんとした空気が辺りを冷やしていく中、画面上に二人のAランク処刑人と、均衡警備隊の最高司令官の姿が映し出される。
「ここ力帝都市でも数少ない殺しの許可が下りた双子の処刑人! 『エクスキューショナーズ』エム&エスゥー!!」
拳銃と鎌。過去と現代を象徴する二つの死刑執行用の武器。そしてそれらを持っているのが中学生二人組だというのが末恐ろしい。
どちらも深くかぶったフードの奥にはぎらついた笑みが見え、フードの奥底に見えるは威嚇の意味も込めてか蛍光色のラインがちらついており、この暗雲漂う中妖しく光を放っている。
「今回容赦ねぇな……」
普段であればあくまで均衡警備隊の精鋭部隊がありとあらゆる武器を使用して能力を持つ犯罪者を鎮圧するのがこの番組の見ものなのであるが、今回ばかりは都合が違うといわんばかりに狩人側にも能力者や魔法使いを揃えている様子。唯一普段よりも人数が少ないという点がせめてもの救いか。
「新規気鋭のこの二人! なんとまだ十五歳だというのが末恐ろしい所であります!! しかしその実力は一級品で、どちらもAランクの実力を持つ能力者と魔法使いであります!! 詳しいプロフィールをご紹介したいところですが、生憎まだ手元に資料が届けられていないのですが、二人はなんと! 一時期有名になった外界の者ではなく、本家本元の『処刑者達』の異名を持っているそうです!!」
二人に関する情報クリアランスは一般的に公開できるものではないようで、このような一大エンターテインメントの場ですら二人の情報は秘密に包まれたままである。しかし一時期噂となっていた『エクスキューショナーズ』の本家本元となれば、それなりの実力を持っていることは間違いないと考えることが出来るだろう。
「そしてある意味一番のサプライズかもしれません!! なんと! あの均衡警備隊最高司令官であるヴァーナード=アルシュトルムが!! 今回エクスキューショナーズと共に初出場でありまぁす!!」
「マジかよ……」
『絶対的正義』とさえ揶揄される、世の均衡を保つ最強の力の持ち主。それがヴァーナード=アルシュトルムであり、『吸収』の検体名を持つSランクの能力者である。穂村もその異名は幾度か耳にした事があり、まだ他のDランクCランクの連中とつるんで夜襲をかけていた時に一度だけであるが追われていたことがある。その時は姿かたちを見ることは無かったが、この度テレビに映っているのは穂村では到底かないそうにない程の大柄な体躯の男である。
「何時見ても威圧的なその肉体!! 練り上げられた筋肉はある意味人間としての美さえ感じさせます!!」
当然ながら身体能力は極限まで鍛え上げられており、その身体一つでもAランクは下らないとさえ噂されている。しかし彼が最高司令官にのし上がるには、やはり『吸収』の恐るべき力無しには無理な話であっただろう。
「そしていよいよ!! 今宵日没と同時に!! なんでもありの無制限サバイバル、断罪のギルティサバイバルが開幕されるのです!!」
既に辺りにはびこる殺気に闘争心が沸々と刺激されるが、穂村は深呼吸をして昂る気持ちを落ち着かせる。
「それではさっそくこの第一区画の解説およびルール説明の方をさせてもらおうと思います!!」
今更ルール説明など必要なかったものの、実際に参加させられる身となった今は生き延びるために抜けなど無いようにもう一度耳にしておいて損は無いと、穂村は静かにモニターに映し出されるルール説明の方へと注目した。
「まずは知らない人もいるであろうこの第一区画! 普段はAランクを超える猛者達がその持ち得る力を日々切磋琢磨する場でありますが、今回こうしてサバイバルを行うにあたって場所を貸し切っております!! その広さ、なんと市長の力により本来ならばこの力帝都市全部の区画を合わせてもそれ以上の広さを持っておきながら圧縮空間により一区画に収まっているような区画であります!! 全力を尽くせるように、世界が壊れるほどの力を行使しても大丈夫なようにとの市長の粋な計らいであります!!」
それこそ世界を変革させるほどの力を行使しても構わないとばかりに広々とした空間をこの場に創造している。ある意味穂村にとってはうってつけの場所かもしれない。
「そしてこのギルティサバイバルのルールは至ってシンプル!! 三日間! 時間にして七十二時間生き残りさえすれば全ての罪は免除される、あるいはこのサバイバルを生き残ったことという称号、ある意味Sランクを超える誉れを手に入れることが出来るでしょう!!」
「Sランクを超える誉れ、か……」
一昔前の自分であれば飛び付くような話かもしれないが、今の穂村にとってはそれよりも重要なのは――
「――ここで生きて、イノ達の元に帰ることの方が大事だよな」
自分に強く言い聞かせ、穂村は開いた右手に炎を宿し、そして決意を固めるかのようにぐっと握りしめる。
「それでは年に一度の大決算!! 贖罪を掛けたサバイバル、ギルティサバイバルの開幕を前に、最後に市長からお言葉を頂きたいと思います!!」
その時それまで騒がしく思えた場内アナウンスが一瞬にして静かになり、それに伴って辺りの空気も徐々にではあるものの、戦いが始まる前のあの独特の張りつめた空気が支配していく。
そんな中凛とした声がスピーカー越しに響き渡り、張りつめた空気を鮮明にして全ての者へ届けていく。
「全参加者に告ぐ!! この場において、貴様等が罪を犯した罪人だなど、罪びとを狩る狩人などと区別する気は一切ない!! ただ一つの命に従って、極限の戦いを我に見せて欲しい!! オーダーはたった一つ!! 生き残るだけだ!!」
生き残ればいい。ただそれだけ。そして誰もがこう思っていることだろう。
――勝利を掴むのは俺だ、と。
「――今ここに!! 断罪の宴、ギルティサバイバルの開始を宣言するッ!!」