第七章 第十五話 力
有栖川邸地下研究施設廊下にて、数藤は本来連れてきてはいけない外部の人間を引き連れてアダムの元へと向かっていた。
「凄いわね、流石にここまでは予測できなかったわ」
「有栖川の資産は力帝都市の外だと財閥を除いて上の方に位置しているらしいわ」
「うわぁー凄い! 博士の家にもあるような精密機械が沢山並んでる!」
それとなく放たれたヴィジルの感想であったが、時田は何か引っかかる点があるのかヴィジルに対してここで初めて質問を投げかける。
「そういえばアンタを作ったのって阿形総一郎って言っていたわよね?」
「そうだよー」
「あのおじいちゃんってもしかして過去に力帝都市に行ったことがあったりするワケ?」
時田の質問の意図はこうだった。阿形総一郎の持っているとされる機械が力帝都市と遜色ないものだとするのであれば、阿形総一郎は過去に力帝都市を訪れた可能性が高い。というのも力帝都市は愚か本州よりも科学技術が発達していないこの島において、明らかなオーバーテクノロジーを単独に所有することはまずあり得ない。となると外部から技術を流入した可能性――力帝都市の影が時田の脳裏に姿を現したのである。
「力帝都市の居住経験……過去の会話データ内には博士の子どもである阿形夢次郎の言った先としては話が出てくるんですけど……」
「……大体予測がついたわ」
時田は廊下の先にある扉を見据えながら、そして改めて見回せばとある因縁深い科学者が好みそうな内装であることに気が付きながら、時田は最後の扉を勢いよく開いてこう言った。
「とうとう年貢の納め時って事ね! アダムもとい、阿形夢次郎!!」
◆◆◆
「ッハハ! これだけ楽しいのは何時ぶりだろうなァ!! そう思わねぇか穂村ァ!!」
「てめぇとガチで戦りあったたのはこれが初めてだろうが!! 脳みそぶっ壊れてんのか!?」
穂村のこの言葉もあながちウソでは無かった。騎西を侵食する機械の第三段階の象徴、第二の心臓が精製されてからは侵食スピードが段違いであった。それまで有限だったナノマシンはアイアンハート内部によって追加で生成され、文字通り無限の成長をきたす化物と化してしまっている。
「ヒャッハー!! 電磁レーザーライフル!!」
脊髄を延長させて構築された鋼鉄の尾の先から、青白いレーザーがまっすぐと穂村の方へと発射される。寸前のところで回避に成功する穂村であったが、それを見た騎西はそのまま空中で一回転して穂村の脳天へと鋼鉄の尾を叩きつける。
「がッ!?」
海面へと叩きつけられかけるも、寸前のところで両足のブーストで海面すれすれへとブレーキを掛ける。穂村は自分よりはるか高みより見下す騎西をひと睨みすると、即座に元の硬度へと戻らんと空高く舞い上がっていく。
「そうだ、その目だ……自分に勝てない相手に対して、最大限できる限りの反抗心……!」
いつも自分が他人に向けてきた眼が、今度は自らへと向けられる。騎西はその同情と快感に思わず口元に笑みに歪める。
それを見た穂村は怒りに駆られて燃える拳を振り回すが、それら全てを騎西は軽々と回避していく。
「ちょこまかと逃げてんじゃねぇ!!」
「ハッ! さっきまでレーザー砲から逃げ回ってた奴が言う台詞か!?」
遠距離戦を苦手とする穂村にとって、今回の様な相手はまさに天敵と言わざるを得なかった。本体と尻尾によるミサイルやレーザーによる弾幕、そして出撃しては撃ち落とされるまで周りを牽制するビット。直撃をくらうのはもはや時間の問題だった。
そんな詰将棋を間近でひしひしと感じ取っていた穂村にも遂に、堪忍袋の緒というものが切れてしまう。
「アアァァアアァアアアアアアアうざってぇええええええええんだよぉおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」
一瞬――その場が蒼い焔によって支配される。
穂村の周囲を牽制していたビットは一瞬にして灰燼と化し、騎西すらも熱波で呑みこまれてははるか遠くへと弾き飛ばされる。
「ぐおぉっ!?」
騎西は突如身に受けた今までにない高レベルのダメージに驚きを隠すことができなかった。遠くで一人堂々と宙を浮かぶ穂村を見てたじろぎ、思わず攻撃の手を止めてしまう。
そして騎西以上に驚いているのが、この場に一人――穂村正太郎は、以前と同様に現れた蒼の焔を前に、自分自身に恐れを感じずにはいられなかった。
「また、『アイツ』か……!? いや、違う……これは……」
リュエルを瀕死に追いやった時にも表れた焔、しかし主導権は常に『穂村正太郎』が握っていた。だがそれは穂村に怒りを滾らせるように、憤怒を増幅させるよう後押ししているようにも感じられていた。
「どうやらさっきの一回こっきりか……」
「……オイオイ、隠し玉あんのならさっさと出せよ」
「出さねぇから隠し玉だろ」
幸いにも向こうは意図的に蒼い焔を出せると勘ぐってくれている。これは穂村側にとっての最大の牽制となりえる。
「ビットを飛ばしても無駄ってか!」
「そういうこった」
しかしながら依然として穂村が不利といった状況が変わることは無い。依然として追尾するミサイルに気を配りながら、尻尾のレーザーに気をつけなければならない。そしてさっきの状況を省みた結果とでもいうべきであろうか、騎西の右手は猛禽類の爪のような鋼鉄の爪が伸びきっている。
「それで俺の喉を掻き切るってか?」
「掻き切るんじゃねぇ、握りつぶしてやるんだよォ!!」
先ほどより接近戦を仕掛ける機会は増えたものの、それでも依然として危険を犯さなければ騎西を倒すことができないのは変わる事が無い。そして今度こそ再起不能にしなければ、相手はいくらでも機械化して復活することは分かりきっている。
「打開策を……騎西を……機械を、ぶっ壊す方法を……ん?」
疲れるあまり下を向いてしまった穂村であったが、その打開策を見つけてしまったことに思わずにやりと笑ってしまう。
「……灯台、下暗しってか」
◆◆◆
「バカな!? この場所が分かるはずが――」
「アンタこそ、アタシがこの島の出身だってことくらい調べておかなかったのかしら」
既に決着はついていた。アダムもとい、阿形夢次郎はその場に両膝をついて時田の方を睨みつけるかのように見上げている。
「クソッ! 穂村がいた時点で貴様もいる可能性を考えておくべきだった! それに数藤! まさか貴様が裏切るとはな!!」
「そもそもアタシの名字の家がある時点で察しなさいよ。ホンットに悪事以外には頭が回らないわね。それにこの人、外をふらついていたからアタシが捕まえただけだし」
「くっ、どっちにしろ役立たずには変わりあるまい!」
呆れた口調もつかの間で、時田は早速本題に入るべくアダムの襟首を掴んで騎西善人の停止を求める。
「とにかく! これ以上この島で暴れて貰っちゃ困るの!! アンタのお気に入りか何か知らないけど、アイツを止めなさい!!」
「止める……? フッ、それは無理だな。あれはもう、パンドラの箱を開けてしまっている――」
「ゴチャゴチャ言ってないで止めなさいよ!!」
「その止める方法がないと言っている! 奴は最後に残された絶望を知るまでは、全身を機械化するまでは止まることはできないのだよ!!」
アダムは自らの襟首に食いついてきた両手を振りほどくと、捨て台詞を吐くかのように時田達に向けて現実を突きつけた。
「だからそれが無駄だと言っているのだ!! 自己学習プログラムにより鋼鉄の心臓を精製してしまっている時点で、あの『G.E.T』ナノマシンは制御不可となってしまっている! 止めるなど無駄だ!」
「機械を扱っているくせに非常停止ボタンを付け忘れたんですか……はぁ」
機械専門として今回雇われた数藤は基本中の基本である緊急停止スイッチの搭載忘れに飽きれつつも、これまで関わってきた中で何か手がかりがないかとアダムの許可を得る事無く今まで収集してきたデータの閲覧に入る。
「なっ!? 貴様何を――」
「ハッキリ言わせてもらうわ、今回貴方と手を組んだのは失敗だったってことを」
本来ならば義手や義足として、人体の代用品として人に投与される筈だったナノマシンは、アダムによって凶悪な殺人兵器へと変貌していた。しかしベースの技術提供を行ってきた数藤にはまだ、アダムにすら話していなかったナノマシンの弱点を知っていた。
「ナノマシンは対象の機械を吸収し、学習することで成長を遂げる……だけど裏を返せば学習をしていない機械機能や攻撃に率直な対応するをすることは不可能なはず……!」
数藤が調べていたのはこれまでに騎西が吸収してきた機械のカタログスペックであった。小型のレーザー砲を搭載した自立警備システムや空対空用の小型ビット群体など、これまでに騎西が放ってきた攻撃は全てそこからヒントを得ていることを示している。
そして――
「なっ!? 貴方は私の知らない間に、こんな物まで吸収させていたの!?」
「くっくっく、知れば必ず貴様は止めに入ると知っているからな。まさか現在進行形で紛争地域で猛威を振るっている自立型AI兵器まで喰わせたとは想像だにできなかっただろう!?」
中東部で絶大な被害人数を計上しているとされる近代兵器の結晶。砂漠に潜ってはその尻尾だけを突き出し、レーザー砲で周囲を焼きつくすというゲリラ戦法を得意とする大量殺戮兵器。
『死の蠍』の異名がつくその兵器を、アダムは秘密裏に騎西へと吸収させていたのである。
「なんてものを……!」
「クククク……全ては、力の思うが儘に――ッ!?」
――気が付けば、はじけるような音と共にアダムの左頬は真っ赤になっていた。
「……これで私も、暴力に頼ってしまった、哀れな人間ね……」
――この世は力だ。
力こそが全てだ。
力こそが資産。
力こそが日々を生きる糧。
力こそがこの世界における存在の証。
だが――
「――こんな力なんて、人間が持つべきものじゃない……」
そんな力を持っているのは、化け物でしかないのだから――