第十四話 Monster
火薬の炸裂音が空へと響き渡る。この日は島で年に一度の夏祭り。年に一度、船は漁の為ではなく花火を打ち上げるために夜遅くに沖合へと船を漕ぎ出し、空一面に尺玉を打ち上げる。しかしこの日船から打ち上がる音だけではなく、島の反対側にてもう一つの火花が散っていた。
「急いで島の皆に知らせないと……」
「知らせてどうするの? アイツ等少なくとも集団の暴動を余裕で一人で制圧することができるくらい強い奴等なんだけど」
時田と南条、そしてイノとオウギは一旦状況を整理するべく、時田の実家へと走って向かっている所であった。前方では花火が島を照らし、後方ではひたすらに爆撃音に近い音と共に火柱が打ち上がっている。
幸いにも島の住人は総出で夏祭りに加勢しているおかげか裏で起きている戦闘には気が付いていないものの、このままでは何時異常事態が起こっているかに気づくか、あるいはこの戦いに島民がいつ巻き込まれるかはもはや時間との問題でしかない。
「で、でしたら警察を――」
「アンタ本当にさっきの見てた? 拳銃で榴弾砲をどうやって抑えるのよ」
時田の言う通りもはや一刻を争う事態となっている上、その事態を収拾できるのは他の誰でもない彼等自身のみ。ギブアップなどという生易しい言葉など置いてきた二人にとっては、どちらかが戦闘不能となるまで戦い続ける以外に決着をつけようがない。
「ていうか、どうしてこんな時代に追いつかれたような島にあんな力帝都市でしか見ないようなヤツがいるワケ?」
「私も知りませんよそんなの……あっ」
思い当たる節があるかのように、南条はハッとした表情で時田の方を見やる。
「何? 心当たりがある感じ?」
「そういえば半月ほど前、本州とを結ぶ連絡船とは違う船がこの島に来ていたような……」
僅かな手がかり。しかし現状では貴重な一筋の光明。時田は蜘蛛の糸を手繰り寄せるかのように南条の記憶を引き出そうと質問を投げかける。
「それ、乗ってた人が誰か分かる?」
「そこまでは――」
「乗っていたのは少なくともこの島の住民では無い人間が数名と、後は有栖川財閥グループの一人息子、有栖川昴だったよ」
「ッ!?」
突如として割って入る声。中性的な人間の声に聞こえるが、機械的に加工された合成音が、南条の代わりに答える。
「アンタ、誰?」
「ボクですか? ボクの製造名はヴィジル。阿形総一郎博士に作られた人型ロボットです」
「……人造人間ってことかしら」
いずれにしてもこの場にいるべき存在ではなく、文明を超越した存在であることは南条ですら理解に及んでいることは間違いないであろう。しかし目の前に現れた少女、否、少年の容姿はどこからどう見ても人間にしか見えず、信じる証拠はヴィジル自身の自白しかない。
「……なんでヒューマノイドがここにいるのよ」
「? 逆にいてはいけないんですか?」
可愛げのある容姿を最大限生かすかのようにヴィジルは小首をかしげるが、それはあくまで男性に通用するものであり女性にとっては苛立ちを募らせる動作でしかないことを彼は知らない。
「……まあいいわ。だったら今度はそいつらがどこに行ったか知ってる?」
「どこに? って言われても山の中腹にある有栖川邸じゃないかい?」
「それはアンタが観測した結果なの? それとも単なる予測結果?」
「ボク自身は最後まで見届けた訳じゃないから、予測の結果って事になるかな」
ヴィジルは機械ながらに滑らかな表情で答える。時田は他人の観察が得意であるが、元々感情があるような生き物ではなく、ヴィジルの様にあくまで計算の上で答えを出すような機械の腹の内を読むなど、不可能に近かった。
「……丁度いいわ、アンタにも付き合ってもらおうかしら」
「へっ? でもボクは今から穂村正太郎って人を探さないと――」
「『焔』ならさっきそこにいたわよ」
「そうですか! だったら――」
「でもダメ」
なぜだめなのかと首をかしげるヴィジルであったが、その答えは時田のすぐ後ろで打ち上がる火柱と爆風が代わりに答えてくれる。
「もしかして、今後ろで火の手が上がっているは――」
「ご名答。ということで、その争いの原因を解決するために今回忍び込む必要があるの」
――噂では島の誰も踏み入れた事が無いという、有栖川邸内部に。
◆◆◆
――同時刻。穂村と騎西の戦いは更なる激化へと進む一歩で、気が付けば周囲の家は燃え落ち、倒壊を始めていた。
「クソッ! 木造の家だからどうしても燃え移っちまう!!」
「ハハハハハハァ!! 破壊するってのはこんなに面白ぇんだなァ!! なぁ穂村ァ!!」
騎西の右腕は既に人間の腕のサイズを超え、巨人の右腕とでもいわんばかりに膨張していた。そして脊髄を中心に背中から小型のビットを飛ばしては付属のレーザーで穂村を執拗に追尾している。
「くっ! 燗灼玉!」
周囲に炸裂する火球をばら撒いてビット破壊を試みるも、騎西のとっさの指示により小型ビットは即座に穂村の周囲から離れ、そして再び攻撃を再開する。
「クソッたれが! チマチマ攻撃しやがって!!」
「ハッハッハァー!! だったらド派手に逝っちまいなァ!!」
完全にビットに気を取られていた穂村に向けて、騎西は右腕の照準をしっかりと合わせて砲口に荷電粒子を充填し始める。
「ッ! まずい!」
「吹き飛んじまいなァ!!」
大空に向けて青白い光線が一筋、流星のごとく放たれてゆく。
「ぐあああぁああッ!!」
カトンボのごとく撃ち落とされた穂村は、何の抵抗も出来ないまま夜の海へとまっさかさまに落ちていく。
「ハッハァー!! これで俺の方が強いってことが証明されたな!! これで俺の勝ちだァ!!」
ドポンと音を立て、一人の少年は海底へと沈んでいく。薄れていく意識の中、走馬灯のように今までの記憶が蘇る。しかしそれは、ただ美しいだけの記憶が並ぶことは無かった。
少年にはまだ、償えていない罪があった。犯してしまった大きな罪があった。その清算が終わるまで、こんなところで死んでいるわけにはいかない――記憶の奥底に潜む罪の意識が、幸か不幸か穂村を生へと駆り立てていく。
こんなところで、死んでたまるかよ――と。
「――ッ!」
穂村は決してつくはずの無い火をともすために、海水が入らないように右手を握りしめて力を込める。
噴火――
「――砲ァ!!」
――その瞬間、騎西は自分の目を疑った。小耳にはさんだ研究者同士の噂話では、この島は海底火山の噴火により隆起してできた島らしいが、もうこの場所は休火山となっていて海底噴火は有り得ないのだと。
しかしそれならば何故、目の前で海の中からまっすぐと炎が打ち上がっているのか。その原因は、たった一つしか考えることが出来ない。
「……てめぇ、まだ生きてるのかよ……!」
「まぐれ当たりの一発で海底にブチおとしたぐらいで、勝ったつもりになってんじゃねぇよ!」
――第二ラウンド、戦闘開始。
◆◆◆
「ここが有栖川邸ね」
山の中腹にひっそりと立つ豪邸。それは別荘という形というより、有栖川昴一人の為に作られた個室ならぬ個家とでも呼べばよいのであろうか。玄関の前に門があり、少しばかり中庭を歩かなければ玄関にはたどり着かない。
しかしだからといって何の障害も無く進めるわけでは無い。インターホンの代わりに、明らかにこの島には似合わない真っ黒なスーツ姿の男が二人、門番代わりに立っている。
時田は興味深く身を乗り出していこうとするイノとオウギの袖を掴んで後ろ手に身を隠しながらも、南条とヴィジルと共に門周りの様子をうかがう。
「……監視カメラは無いみたいだし、表の二人を倒して入りましょ」
「ええそうですね、って倒すって今――」
たった一度。そう、たったの一回だけ南条が瞬きをしたその時だった。打撃音が聞こえたとほぼ同時に、倒れる二人の男と手をパンパンとはたく時田の姿が。
「……まさかマキナさん、能力を?」
「こういう時につかわなくてどうするのよ」
家のセキュリティの突破につかうのは犯罪なのではと思ったが、今更口に出してももう遅いと、南条は黙って時田の後を追って有栖川の敷地内へと足を踏み入れる。
「さて、ここでまた正面から入るのはアホらしいからどうしましょ」
そう思っていると遠くから人が近づいてくる気配がする。早速異変に気が付いたのかと時田は時間を止めて他の近くの茂みへと身を隠す。
「もうバレたってことは、やっぱりあの改造人間を作った研究者がここにいるとみてよさそうね」
単なる島の技術レベルでは監視カメラなどそれなりに目につく大きさを作成できるが、力帝都市となるとそうはいかない。バトル後の結果の為にも戦いの邪魔にならないレベルの極小サイズのカメラがあることから、この屋敷でもそれがあると予測できる。
「それで、出てきたのは……」
ここで息抜きに中庭に現れたのは幸運なのか、はたまた持ち前の不幸か。騎西善人が外界から来た少年――もっといえば自分の直属の上司であり自らをアダムと名乗る男と宿命の相手であるとされる穂村正太郎と戦っていると聞いて、内部で数値化された戦闘データを眺めるだけではなくその目で暴れる少年の安否を確認しようとする女性の科学者の姿がそこにあった。
「あの女の人、白衣着てるわね」
「そうですね」
「お姉ちゃんが、あの人はさっきの機械の男を気にしているみたいだって言っているぞ」
イノの読心術によって得ることが出来た心理状況より、あの科学者こそが今回のカギを握っていると時田は踏んだ。
周りに他に誰もいないことを確認した時田は、時間を止めて即座に女性科学者へと近づく。
「ちょっと」
「っ!? 誰――」
その次の瞬間――中庭には人っ子一人もいなくなっていた。
◆◆◆
騎西が穂村と戦闘開始してからほどなくして、有栖川邸地下ではちょっとした騒ぎが起こっていた。
「やはり、私の前にはあの男が立ち塞がるか……!」
沢山のモニターを前にして机上で握り拳を震わせる男が一人――自らをアダムと名乗り、『究極の力』を求めて研究を続けてきた男の眼には三度立ちふさがるAランクの関門の姿が映っている。
「やはり貴様とはいずれ正式に決着をつけなければならないと思っていたところだ!!」
「あの少年とは一体どういう関係なのでしょうか?」
アダムの下で働く一人の女性科学者――数藤真夜はモニターに映っている燃え盛る少年とアダムとの関係に興味があるようで、アダムに対して素直な問いを投げかける。
「あの少年とは……そうだな、私が『究極の力』を得ようとする度に立ちふさがってくる、まるであの少年を倒せば私は『究極の力』を体現できるとさえ思えてくるほどに因縁の深い相手だと思ってくれればいい」
「そこまでの因縁が……」
数藤が興味深くモニターに映る変異種を観察していたところで、アダムは騎西に対してモニター近くに設置されていたマイクの電源を入れて指示を下す。
「この前捕食させたビットロボットを展開してそいつを攪乱させろ。隙を見て荷電粒子砲を撃ち込んで墜落させるように」
「“勝手な指示を出してんじゃねぇよ! 俺にとってこいつは――”」
「君にとってもかもしれないが、私にとっても少しばかり因縁のある相手だ。アドバイスぐらいはさせたまえ」
そうして一方的に騎西との通信を切ったアダムであったが、数奇な運命を前に笑みを押さえることはできずにいた。
「ククククク……私と、私の『G.E.T』を積んだ騎西善人ならば、あの少年に今度こそ勝つことができる……!」
『Get Enemy Technology』――通称『G.E.T』。元々は兵器や機械を対象として、相手の技術を文字通り吸収し学習するナノマシン。それを人体に投与することで、アダムは改造人間を作り上げることに成功した。亞空間連結システムを学習させたナノマシンにより、騎西は自らの元々の体積以上の機械の収納が可能であり、モニターにもあるように明らかに収容が不可能とされる程の部品量の機械ですら、容易に精製し制御することが出来る。アダムはこれを一つの『究極の力』――技術力の頂点だと確信していた。
「ハハハハハッ! ハハハハハハッ!!」
「…………」
数藤はこの時、このまま放置すれば騎西がどうなってしまうのか、そちらの方が気がかりとなっていた。
ここ一週間での被験体の身体の変化は著しいものであり、右目から始まって右腕の損失と再生、更には脊髄部分の機械化による人間離れした反応速度等、もはや人間というカテゴリからは飛び出してしまっている騎西善人を、数藤は間近で見てきた。そんな彼女だからこそ、学者としては異質な考えを持ち始めていた。
――このまま機械化が進んだとして、騎西善人は騎西善人と呼べるのであろうか、と。
「……すいません主任、直接計測に向かってもよろしいでしょうか? 彼のナノマシンの浸透率を測りたくて――」
「そんなもの、ここでも見ることが出来るではないか」
「……外部の超音波計測器を使ってもう少し正確なデータを得たいので」
本当は嘘だった。ただ単に騎西の身に起こっている変化を、肉眼で見守るという科学者に至っては無意味と思える行為を行うに等しかった。
「……まあ、いいだろう。だが巻き込まれて死ぬなどといった間抜けた事をするなよ」
「分かっています」
――しかし彼女は肉眼で確認するために中庭で出たところで時田達一行に身柄を確保されるなど、予想だに出来なかったであろう。
◆◆◆
「貴方達は一体?」
有栖川邸から少し離れた山道。そこで時田による科学者への密かに尋問が行われようとしていた――といっても白衣を身に纏った女性科学者は攫われたにもかかわらず妙に落ち着き払っていた。
「誰って、この島で唯一の変異種って聞いたこと無いかしら」
「ッ! まさか――」
「そのまさかよ」
まずは自己紹介といわんばかりに時田は自分のことを話すが、女性の方は警戒心をより強めたような視線を向けるばかりである。
「その変異種が私に何の用?」
「何の用って、アンタがあの改造人間を作ったんでしょ。だったら製造者責任を取って貰わないと」
そうして時田は白い袖を引っ張ろうとしたが、科学者はまだ納得していない様子で時田に言い返す。
「確かにあれの世話をしたのは私だけど、そもそもあれを製造したのは私じゃなくアダムよ」
「アダムですって……?」
アダムといえばイノとオウギを創りだした事実上の父親であり、何かと穂村と因縁を持つ人物であったが、今回も彼が関わっていることを知った時田は踵を返して元の有栖川邸へと戻ろうとする。
「てことはまだあの屋敷にアダムがいるってことよね?」
「そうだけど……貴方達の目的は何なの? 騎西君を止めようとしているのかと思えばアダムに用があるような雰囲気だけど」
「だーかーら、アタシはただあの改造人間を止めて貰いたいだけなの! えーと、アンタの名前は……」
女性の科学者はこの言葉を聞いて少しだけ希望を持ったように息を漏らすと、自分の身分を時田に明かした。
「私の名前は数藤真夜、アダムの下で働いているわ。それで貴方達は彼を破壊するのではなく、彼を止めてくれるのよね?」
目的が破壊ではなくあくまで鎮圧であることを彼女は望んでいた。それは少しの間とはいえ少年の世話をした間柄ゆえの情であろうか、しかしそんな事を知らない時田にとっては数藤の確認事項に対して適当にあしらうかのようにこう答えた。
「さあ? それはアタシが決めるというよりアレと戦ってる『焔』が決めることじゃないかしら」
「『焔』……あの燃える少年のことね」
「知ってるの?」
「映像と、本人の話からね」
炎を司り、上司の計画をことごとく潰してきたという因縁の深い相手。そして先ほど騎西の右目を通した映像でその姿を確認済みである。
「本人の話って?」
「あの子よ。『G.E.T』により改造人間と化した少年、騎西善人君から」
そう言って数藤は遠くで打ち上げられる火柱と爆発に目を向ける。
「何でもライバルだとか」
「待って、騎西善人? 確かアイツはアタシがでこピンで即刻退場させたDランクだったはずだけど……」
「だから改造人間だって言ってるじゃない。その子にナノマシンを投与した結果、あのようになったのよ」
常人に異常なまでの強さを与える、という意味ではある意味理想的と言えるかもしれない。しかしその代償として――
「――現在の彼の進行度は2。これがフェイズ3に移行すると、本格的な肉体の改造が開始され、騎西善人としての思考回路――感情やその他人間が持ち得る判断能力よりも機械的な思考ロジック、つまりAIが優先され始める」
「それってつまり……人間じゃなくなるってこと?」
「ええ…………でも、私個人はそんな事は望んでいない。あくまで人間は、人間であるべきよ」
しかしそんな考えを伝えたところで、『究極の力』の身を欲する科学者の狂気を止めることなどできるはずがない。数藤は自分もその企みに加担しているという罪悪感から表へと飛び出してきた。せめて自分が犯した罪を目の当たりにして、心に刻みつけることで十字架を背負うと考えていた。
しかし時田はこの時全く別の考えを持っていた。
「それって進行を止めたりすることはできないの?」
「進行を止める事は……無理よ、彼を本格的に管理できるのはアダムだけだわ」
「で、結局のところそのアダムの周りに護衛とかいるの?」
数藤はこの質問に違和感を覚えたが、一応それでも無理だという意味でやんわりと答えを返す。
「護衛って言われても、彼の周りには常に二人以上ついているから――」
「でもそいつらって別に変異種じゃないんでしょ?」
「まあ、そうだけど――」
「なら簡単ね」
時田は元いた道を数歩引き返すと、再び数藤の方を向いてこういった。
「だったらアダムに無理矢理進行止めさせれば手っ取り早いじゃない」
◆◆◆
「――オイオイオイオイ、冗談じゃねぇぞてめぇ」
「てめぇが知った口かよ、バァカ」
紅蓮拍動でもって体の一部を炎で包みこみ、更にそこから騎西の真似事だとでもいわんばかりに十本の指先に炎を集中させてビットに対応させている。
完全に対策を打たれた騎西はまたも一方的に炎による攻撃を喰らうが、騎西の方もまた剥き出しの金属部分に耐熱加工を施し、また火球の直撃を防ぐべく右手の義手も円形の盾のような形状を模っている。
「クヒャハハハ! やっぱりてめぇと戦った方が、俺は強くなれる!! 何千何百のロボットどもを相手するよりもなぁ!!」
「へっ、そりゃよかったな」
空対空。騎西の身体は更に変化を遂げていた。背面部からは戦闘機とも鳥類の羽根とも取れるような鋼鉄の羽根が精製され、穂村に対抗するべく自由に飛び回っている。
そしてこれまでの戦いで小型機による詰将棋の様な戦術に対策を打たれたと判断したのか、ビットを全て背面部に格納して別のものへと変化させていく。
「チッ、雑魚程度の演算処理じゃ追いつけねぇか。ならば――」
「おいおい、よそ見してんじゃねぇよ」
騎西が左の眼で瞬きを慕ほんの一瞬の出来事だった。右目での演算よりも、機械的反射よりも早く。穂村は両足のブースターで騎西の懐に飛び込んでいた。
そして――
「――爆炎圧壊!!」
噴火砲と同様の原理でもって、爆炎を圧縮していた右手を騎西に押しつけてそのまま解放する。
次の瞬間、爆炎が騎西の身体の中心を撃ち抜き、そのままはるか遠くへと炎が一直線に突き進んでいく。
「が、は――」
「バカ野郎が……!」
穂村は胸に孔を開けて墜落していく騎西を見て、ただ一言ポツリとつぶやいた。そして全てに決着がついたと確信した穂村は、その身をコーティングしていた炎を解除し、ひたすらに落ちていく騎西を見届けていた。
――しかし戦いは、これで終わるわけでは無かった。
「――鋼鉄の心臓、精製――」
「ッ!?」
穂村は自分の目を疑った。だが騎西の身体の変化は幻想ではなく、確かな現実である。
「ハハ……ハハハ……ハハハハハハハハハハハハッ!!」
撃ち抜いた穴を埋めるかのように金属部分が侵食し、そして新たな第二の心臓を精製する。そして――
「蠍の尾……」
――『合成獣』。まさにそうと形容するにふさわしい姿へと、騎西は変化してゆく。
「そろそろ第三ラウンドいっとくかァ!? なァ!! 穂村ァアアアアアア!!」
「チッ、さんをつけろよクズ鉄野郎がァ!!」