第六章 十三話 火祭り
「てめぇ、騎西かッ!?」
「よく覚えてんじゃねぇか穂村ァ……そうだよ、この俺、騎西善人様がてめぇをブチのめすために新たな力を得たんだよォ!!」
「な、知り合いなのですか!?」
「知りあいっつぅか、俺がこの前ボコッてやった奴だ。もっとも、こんな姿していなかったけどな!」
南条達の間に割って入り、少女たちを庇うように穂村はその身に焔を纏い始める。
「随分とハイテクな感じに仕上がってんじゃねぇか! だっせぇ右目もつけてもらってよォ!!」
「この右目は自前だ馬鹿野郎ォ! こんななりでもてめぇの動きもきっかりわかる便利な眼なんだぜぇ!?」
機械化した哀れな人間――右腕と脊髄、更に右目からこめかみにかけてが既に機械によって蝕まれている。だが騎西にとってはそんな事などどうでもよかった。
目の前に敵がいる。乗り越えてなお倒すべき相手がいる。騎西はこの千載一遇とも言うべきチャンスを前にして、口元を歪まさずにはいられない。
「なァ穂村よォ!! 俺とてめぇ、どっちが強いか今度こそ決着をつけようじゃねぇかッ!!」
「てめぇの負けで既に決着ついてるだろうが!! 誰に弄ってもらったか知らねぇがさっさと消え失せろよ!!」
「うるせェ!! どっちにしろアダムって野郎から俺はそこにいるガキ二匹の回収を指示されてんだよ!! てめぇなんざ前座代わりに叩き潰してやるから覚悟しやがれってんだ!」
騎西との無意味な会話が繰り広げられる矢先、穂村の耳にとんでもない単語が届けられる。
「アダム……だと? 今そう言ったな!?」
「アァ!? 知り合いってかァ!?」
アダム――それはイノとオウギを製造した張本人であり、現在力帝都市でも指名手配されている科学者が自ら名乗った名前。穂村は耳を疑ったが、騎西の反応を見る限りでは彼を改造したのもまたアダムの他にいないということが確定してしまう。
「……てめぇ、とんでもない奴に魂を売っちまったな……!」
「アァン? 何言ってんだてめぇ?」
「ッ、今のてめぇの姿を見てみろよ! そんな姿、まるで化け物みたいじゃねぇかッ!!」
「っ……!」
「……チッ!」
穂村は自分の化け物発言を、数拍おいた後に口に出してしまったとばかりに舌打ちをしてごまかした。
この島において、化け物という言葉はそのまま自分に帰ってくる。そしてそれは、穂村自身が成し遂げようとしたこと全てを、否定する一言となる。そしてそれは、南条の微かな期待を裏切ってしまう一言となってしまう。
だがそれを以て尚も、穂村は騎西の変化を否定する。
「てめぇは、望んで俺達みたいになるつもりかよ……普通の体を、精神を、心をッ!! 全部捨てて機械の異形になろうってのかよ!!」
そんなものの先に何があるのであろうか。そんなものの先には、『アイツ』のような本物の怪物しか存在しえないはずだというのに。
「……っ、クク、クハハハハ!」
だが今の騎西には、穂村の言葉は届かない。届くはずがなかった。何故なら穂村の言葉は騎西にとって、単に力ある者が他に力を得ようとすることに焦りを感じているようにしか受け取れなかったからだ。
だからこそ騎西はより歪んだ笑みを浮かべて、それまではるか高みにいた筈の穂村を見下し嘲り笑うかのように、力への欲望を吐き出した。
「そうだ! 力だ! 力があって何が悪い!? 力さえあれば、化け物と呼ばれようがなんだろうが全て捻じ伏せることが出来る!! てめぇを倒す力さえあれば、俺の目の前でぐだぐだと能書きを垂れるてめぇをぶっ殺せるんだよォ!!」
そんな騎西の言葉を前に、穂村の脳裏に憤怒の交えた一つの声が響き渡る。
『アイツ』とは違う、それは自分自身が一番思っていた通りの言葉を吐きだしては、刻み込むように言葉を並べている。
――“力がそんなに欲しいってか? 呪われた変異の力がほしいってか? ……ふざけんじゃねぇぞ”
「……こぉの、大バカ野郎がァアア!!」
穂村は烈火のごとく怒り狂い、劫火を纏って騎西へと突進する。
「ハッハァ! イイネいいねぇ真正面から来てくれるとはよぉ!!」
バーナーによって超加速した穂村の拳ですら、騎西の右目に捉えられぬ速度では無い。
「見え見えなんだよぉ――ッ!?」
しかし穂村の攻め方は騎西の読みを圧倒的に上回っていた。拳で殴りつけようとしていたところでフェイントをかけると、穂村はそれまで仕込んでおいた左足のバーナーの角度を変えて騎西の横腹を思いっきり蹴り抜いた。
「がぁっ!」
「誰が見え見えのパンチを打つんだってんだよバァカ!」
回転しながら宙を舞う騎西に追い打ちをかけるかのように穂村はブーストで急接近し、今度こそ右手を燃え上がらせると高速で回転する騎西の左のこめかみを最大限の力で反対方向へと打ち抜く。
「ごッッガァッッ!!」
アスファルトの道路を何度もバウンドしながら、騎西は遠くへと殴り飛ばされていく。
「どうだってんだよ畜生が!!」
「ほ、穂村さん……」
「南条! 急いでこの場から離れろ!」
南条は動こうにも動けなかった。それまで見たことも想像したことも無い、燃える人間と機械人間による人間離れした戦いを前に、南条はその場を一歩も動くことができずに立ちすくんでいる。
「聞いてんのか南条! さっさとこの場から離れろ!」
「で、でも……」
「陽奈子! アタシの家に行くわよ!」
南条が後ろを振り向くと、そこには能力を酷使したせいで肩で息をしている時田の姿が。
「急いで! アタシの手を握って!」
「でも穂村さんが!」
「アイツならいつもの事よ。まったく、力帝都市でやっていることをここでもやったらそりゃドン引きされて当たり前だってのに」
時田はため息をついたが、この場において最も騎西の相手に相応しいのは穂村を置いて他にはいない。しかしここで穂村が戦えば、確実にこの島の住民からは改めて危険な存在として認識され、それまで築き上げてきた変異種への偏見の解消を全て台無しにしてしまうのは明らかだ。
「時田か! お前は南条を連れて家に帰れ!」
「分かってるけど、アンタは、アンタはそれでいいの!?」
「何がだよ!」
「だって、アンタは変異種に対する――」
「うるせぇ!!」
時田の声は、届かなかった。しかしそれは単に頭に血が上っていたからではなかった。
「汚名を被るのは、俺だけで十分だ」
「ッ!」
力帝都市の問題は、力帝都市の人間がカタをつける。そうすれば島の人間から時田が攻められることは無いと、穂村は自ら進んで戦いへと身を投じる。
自分の為ではなく他の誰かの為に、穂村はその身に焔を宿したのである。
「……やるからには勝ちなさいよ」
「…………」
穂村は一切振り返ることは無く、目の前の敵を見据えている。しかし時田の最後の言葉に応えるがごとく、敵を必ず倒すという意味を込めて右腕を水平に伸ばし、そして握りこぶしから親指だけを下へと向ける。
「……何それ、かっこ悪」
穂村の謎のサインに時田は呆れたが、それでも穂村を信じてこの場を離れていく。
「……絶対に、勝ちなさいよ」
時間を止めたその一瞬。時田の目に映っていたのは、燃え盛る炎と共に機械人間の前に立ちふさがるAランクの関門の姿。
「……じゃないと、ぶっ飛ばすから」
時田が最後に残していった言葉に苦笑を浮かべると、穂村は改めて目の前に立つ敵の姿を両目でしっかりととらえる。
「――さて、邪魔者もいなくなったところで本気でやろうか」
「おっ? 遂に俺に殺される覚悟ができたってか?」
騎西の言葉に対し、穂村は言葉を返すことは無かった。代わりに時田へのサインの為に伸ばしていた右腕に燃え盛る緋色を灯し、そのまま右手をしっかりと握って拳を作り上げた。そして何の構えもしないままに、静かに足を前へと進め始める。
「おっ? なんだ? 取りあえず一発――ッ!?」
騎西の両足が一瞬宙に浮く。穂村は騎西の無防備な鳩尾に強烈なボディブローを喰らわせることで騎西の挑発を強制的に中断させた。
「ガッハァッ……!」
「おう、取りあえず一発喰らわしてやったぜ」
「ぎッ……てめぇ、殺すッ!!」
誰かが合図を下さずともその一撃が試合開始の合図となり、次の瞬間には互いに距離を置いて今度こそ戦闘の構えを取り始める。
「ギャハハハハッ!!」
騎西が右腕を天に向けて伸ばすと、右腕は変形を開始し膨張を始める。その形状は巨大な砲台へと――戦車砲へと化していく。
「マジかよ!」
「ッハハハハァ!」
右腕は水平に向けられ、取り付けられた照準は穂村の姿を捕らえる。
「くたばりなァ!」
「ッ、火柱ッ!!」
それに対し穂村は足で思いっきり地面を踏んで炎の柱を打ち上げ、榴弾を目の前で爆破し直撃を回避する。しかしアスファルトには深くえぐれたクレーターが姿を現す。
「そこそこの火力ってとこか?」
「んだその余裕かました面はよぉ、俺を舐めてんのかァ!!」
騎西は再び右の腕から肩にかけてを変形させ、今度は八連ミサイルパックを形成する。
「ッ、何でもありってか!?」
「おうよ!! てめぇをぶっ殺すためにどれだけ兵器喰ってきたと思ってんだよォ!!」
八回の炸裂音とほぼ同時に、村祭りで仕込んであったのであろう花火が空で大輪の花を咲かせる。
「――ちょうどいいところでなってくれて助かったぜ……」
穂村の身体に火薬の臭いがこびりつくが、その身に損傷など一切なかった。だが火の力を扱うものとして、自らの身に自分自身以外の炎がこびりつくという行為はプライドが許さなかった。
「所詮仮初めの炎が……本物の火力ってヤツを教えてやる!!」
「ハハハハッ、さぁ、祭の始まりだぜぇ!!」