第十二話 相対す
「しっかしあんなフり方で良かったのか?」
「別にいいでしょ。あれで皆もようやく理解するでしょうし」
時田にとってこれほどせいせいとした出来事はそうそう無いだろう。ずっと言い寄って来た相手が公衆の前で無様にフられるという醜態を晒すなど、清々しい以外に他は無い。
「これで終わりだよな?」
「もちろん、もう心配する必要はないわ。さて、祭りを楽しみましょ」
「イノ達と合流もしねぇといけねぇし――」
「そ、それは別に後でもよくない?」
穂村は何故だと不思議に思って時田の方を振り向けば、時田のへっ? と言わんばかりの表情で冷や汗を一筋垂らして穂村を見つめ返している。
「後でって、なんでそうなるんだよ」
「えっ? えぇーと……」
この瞬間時田は能力を使って時間を止めると、脳を最大限フル回転させて穂村と二人っきりの状況を如何にして維持するか、その言い訳を考えた。
「どうしようどうしようどうしよう、『焔』と……し、正太郎と一緒にいられる理由を考えないと……べ、別にアタシはそういうつもりじゃないけど、こうしておかないと有栖川に――って、これだわ!」
そして時間いっぱい考えた後の時田の作られた表情は、まるで何を言っているのかしら? と言わんばかりのいつもの小馬鹿にするような表情でもって穂村にこう言い放った。
「だってそうでしょ? ここでアタシとアンタの関係だけならこの島にいる限り有栖川の八つ当たりから狙われるのはアンタだけかもしれないけど、わざわざイノちゃんの存在をほのめかしてどうするの?」
「あっ……お前頭いいな」
「アンタがバカなだけでしょ、まったく」
何とか穂村をごまかしきることに成功した時田は穂村に見えない角度でホッと安堵の息を漏らすと、そのままそれとなく二人で祭りを満喫することを再度提案する。
「それでしばらく二人で歩き回った方がそれっぽいでしょ? それにこれで変な絡まれ方をしたらすぐにイノちゃん達の方に行けばいいんだし」
「確かにそれもそうかもしれねぇが……」
「でしょ? さっ、いきましょ」
「なんか納得いかねぇ……」
首を傾げながらも時田の後を追う穂村。そして穂村に背を向けてからけっして見えない満面の笑みを浮かべる時田。両者の姿は滑稽ながらも、確かに付き合っている男女の間柄のように見えなくもない。
「っていってもどこを見回るんだ?」
「ハァ、アンタまさか女の子とデートなんて初めてなの?」
「だったらお前は誰かと付き合ったことあるのかよ」
「無いけど?」
「ハァ?」
今の口ぶりからすれば以前時田には別の彼氏がいたかのように思えたが、返ってきたのは意外な答え。時田程であればいくらでも付き合いたがる男は居そうなものと思われがちであったが――
「だから言ってるでしょ。アタシは変異種だから気味悪がって誰も近寄ろうとしなかったし、唯一言い寄ってきたのがあの有栖川だけなんだから」
そもそもこの島にて友達と呼べる存在が南条以外いなかった時田にとって、男友達はおろか想い人などという言葉すらなかったようなものでしかなかった。そんな時田の身の上話を聞いた穂村は少しばかり同情するような表情を浮かべたが、すぐにその場の暗い雰囲気を払しょくするかのように自信満々にこういった。
「そりゃ男運が無いってヤツだな」
「……現在進行形かもしれないけどね」
時田の呟きは幸か不幸か穂村の耳に届くことは無かったが、同時に穂村の方の女運の悪さが重なっている事など誰も知る由がないだろう。
「……あっ、お爺ちゃんにたい焼き買ってあげる約束だった」
「だったら買いに行ってこいよ」
「行ってこいじゃなくてアンタも来るの!」
空気を読めない彼氏役の腕を無理やり掴み、時田は足早に出店の並ぶ通りの人ごみをかき分けていく。
「オイオイ、どこに連れて行く気だ?」
「たい焼き買いに決まってんでしょ! ……あったわ!」
通りを進んだ先に、たい焼き屋の暖簾が姿を現す。ようやく目的の出店を見つけた時田は、自らの能力である時間停止を最大限駆使して人ごみの中をすり抜けていく。
「お前、能力を使うなっていう割には自分の事は棚に上げるよな」
「バレなければセーフに決まってるでしょ、っと」
時田はフフンと得意げに鼻を鳴らしてはポケットの中からがま口財布を取り出し、焼きたてのたい焼きの匂いに心を躍らせる。
「えぇーと、どれがいいかな……」
さっきの事などもはや過去の事とでもいわんばかりに振る舞う時田を前に、一人心配する者がいる。
「……大丈夫かい? 有栖川に対してあんなフり方しちゃって」
「えっ? ……ああ、分かってるわよ。別にアンタ達には被害がいかないんだし関係ないでしょ」
思わぬ所から島の本音を聞かされた時田はその場で大きくため息をつき、静かに百円玉を一つ置いてたい焼きを一つ注文する。
「ハァ……たい焼き一つ」
「あいよ」
「言っとくけど、アタシは絶対にあいつと結婚なんかしないから。アタシには……正太郎がいるから」
「お、おう……」
時田の恋する乙女の表情を垣間見た第一号は、時田の祖父でもなければ穂村でもなく南条でもない、単なるしがないたい焼き屋の男なのであった。
◆◆◆
「くそっ! こいつ強え!」
「チッ、外だと流石にランクカードの威光も届かないってか?」
「当たり前じゃない。ていうか外でも平然と能力使ったりバトルしようとしているアンタの方がおかしいでしょ」
体の芯から力帝都市イズムに染まりきっている穂村と、状況によって常識をわきまえることが出来る時田。その差がここにて如実に現れる。島でも穂村のことを認めようとせずに喧嘩を売る輩や彼女(?)である時田のことを奪い取ろうとする輩がいるようで、穂村は口でBランクだと宣言するも逆に鼻で笑われては殴りかかってくる。
無論穂村にしても黙ってやられる訳にもいかず、かといって能力を振りかざせばこれまでの努力が水の泡となってしまう現状、単なる腕っぷしだけで勝つしかないのであるが――
「バカが、オラァッ!」
「ごはぁっ!」
殴りかかろうとする男の拳を軽く回避し、頭を掴んで強烈な膝蹴りを打ち付ける穂村。その姿は傍目に見ればよほど喧嘩慣れしているとしか思えず、後に続こうとする者の足を鈍らせる。
「俺が能力にかまけているだけで殴り合いに弱いとでも思ってんのかこいつ等」
「アンタ、能力なしでも強いのね」
「そりゃCランクスタートでしかも不良紛いの事もしていたからな」
「ダストって……アンタねぇ」
「もうやってねぇから関係ねぇだろ」
穂村が残りの相手の攻撃を軽くいなしてはボディブローや顎をかすめる一撃で全員をノックダウンさせると、周りからは謎の拍手が沸き起こる。元々力帝都市でも不良共をこうしていなしていたが、拍手をもらった事が無かった穂村にとっては不思議な感覚でしかない。
「お前、よくやったな。こいつ等島でも随分と調子に乗ってたからよ」
「有栖川の靴を舐めてる分際で、ざまぁみろってんだ」
「有栖川って……まさか金かなんかではべらせている感じかよ」
どうやら先ほどフラれた有栖川の怒りの矛先は、穂村へと向けられたようである。
「とはいえ、サクッとブチのめしちまえば話は終わりだけどよ」
穂村はその場に倒れ伏す相手に対して親指を下に向けて挑発サインを送ると、その場を静かに離れようと数歩足を進めた。しかしその瞬間とある考えが脳裏をよぎってしまう。
「……まさか、あいつ等イノ達にまで送り込んでいるワケじゃねぇよな」
「あ……ちょっと、まさかその可能性ってアリって感じだよね……?」
「大有りだろうが! 急いで向かうぞ!」
どんな数奇な運命を抱えればここまでにトラブルへと巻き込まれるのであろうか。穂村はイノ達の身を按じながら、急いで人ごみをかき分けていく。
「頼むから、南条共々無事でいろよ……!」
◆◆◆
「――一体何ですかあなたは!」
「一体何だって聞かれても興味ねぇよ。俺はただ、指示されるままに動いているだけだ」
夜の闇夜に紅い光が一筋。それは祭りの提灯の光のように暖かでもなければ、夕焼けのように眩しくも無い。ただひたすらに鋭く冷たい輝きが、南条を突き刺すかのようにとらえている。
――少年の義眼は紅い光を放っていた。アスファルトの道路が砕かれてできたクレーターは、少年の膨張した金属の右腕によって抉られている。そして背中からはまるで機械と生物の相中だと示すかのごとく、コードが数本垂れさがっている。
「誰ですか一体!? この島の人ではないでしょ!」
「うるせーな。確か指示によれば……この女と子供を拉致ればいいんだっけか?」
少年――否、異形といえば正しいのかもしれない。島に閉じこもって住んでいれば決して目に入るはずの無かった、最先端科学技術の化物。
平穏だった、文化レベルは少々劣っているものの、決してこのようなものの脅威にさらされる筈など無かった。そんな現実を打ち砕く虚構が目の前に立っている。
「大人しく着いてこい。もしくは――」
「もしくは俺が直々にぶっ潰すってかァ!!」
「ッ!?」
機械化した化け物を強襲する一筋の赫い流星。体の一部に焔を纏い、それまで南条に詰め寄ろうとしていた改造人間の目の前に巨大なクレーターを叩きつける存在が現れる。
「……って、てめぇは……ッ!?」
穂村はその改造人間の姿を全く以て初めて見たわけでは無かった。その姿こそは、もとはといえば全身生身の人間だったはずだった。穂村に一矢報いることが出来た、あのダストそのものだったはずだった。
「てめぇ、一体その身体どうしたってんだよ!?」
「……クク、クハハ、ヒャハハハハハハッ!! 最ッ高の展開になってきたじゃねぇか!! えぇ!? まさかてめぇがここにいるとは思っていなかったぜ!! なぁ!!」
――穂村正太郎ォ!!