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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
―ガラクタの王VS炎獄の王編―
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第十話 異なる日常

 真っ白な部屋へと続く重たいドアに、一人の少年が手をかける。


「――これより第五十七回目の実験を開始する。被験体は中央へ」


 広い実験室のはるか上部に取り付けられたモニター室の窓から、アダムは被験体を見下ろしていた。

 被験体の名前は騎西善人。その右腕には生体金属で構成されたロボットアームのようなものが生えていた。


「今からこちらが投下する機械をすべて破壊しろ。破壊した後は、いつものごとく吸収だ」

「…………」


 自分の命令に反応を示す訳でもなく唯々立ち尽くす騎西を前に、アダムは苦笑を漏らしながら実験室内に放送されるスピーカーの電源を切る。


「騎西善人……貴様の身体に投与したナノマシンは、無事に繁殖を続けている様だな」

「ええ、そのようですね」


 騎西へ施された改造手術――それは人間の体細胞に置き換わる自己複製ナノマシンの投与手術。『プロジェクトG.E.T』と記されたレポートには、騎西のみに怒っていることの詳細全てが書き記されている。


「体細胞の破壊とともに、自己複製ナノマシンがその機能を補う……奴はいずれ、脳以外は全て機械化されたサイボーグと化す。はたしてそれが人間と呼べるかどうかは、別問題だがな」


 それまで無感情のままモニター室で計測を続けていた職員の一人が、騎西のこの言葉につばを飲み込んだ。

 つばを飲み込み、この狂気の実験から抜け出せずにいるたった一人の女性研究者、数藤すどう真夜まよ。彼女は普段から騎西の身の回りの世話をしていただけに、騎西善人の身体の変貌を、そして心の変化を一番よく理解していた。


「……ん? どうした数藤研究員。計測器の記録の打ち込みが止まっているようだが」

「はっ……申し訳ありません」


 思春期の、更に言えば元ダストという荒くれ少年の身の回りの世話。少しでも気に障れば部屋は荒れ、物が飛び交う。そんな腫物の取り扱いに加え、朝方まで続けられることもある膨大な実験データや研究成果の結果の記録の取りまとめをするとなれば、疲労で手が止まる事があってもおかしくはないだろう。

 ただそれを上回ってなお研究活動の手を止めない、狂気と狂喜に取りつかれたアダムが目の前にいることも事実である。

 数藤は目の下のクマを擦りながら、ほどいていた髪を再び結びなおす。そして目の前のモニターに映る騎西のの様子を、ぼぉっとした眼差しでいつもの文言を記録につけている。


 ――あと数日もすれば、右腕の次に騎西善人の背中がはがれおちる、と。



          ◆◆◆



「――まだ朝だというのに動くのが遅い!! キリキリ働かんかい!」

「朝っつっても四時だぞ!? 普通寝ているだろうが!!」

「だったら早く寝らんかこの馬鹿もんが!! 夜遅くまで暴れまわりおってからに……」


 そして時田穂村を夜遅くまでまくら投げで起こし続けていた少女二人はぐっすりと眠っている中で、穂村は朝からの畑仕事にいそしんでいる所から話は再び動き出す。


「ったく、この後には村祭りの手伝いもあるってのに……」

「なんじゃと? 村の祭りの手伝いに参加できたのか!?」


 この一日だけで村でも一大イベントともされている村祭りに参加、それもやぐらの組み立てや出店の設置も一任されているとなれば、村でもそれなりの信頼を得ていなければならなくなる。


「実は警察のおっさんに事情聴取された後にちょっとあってな」

「あぁ、あの警官か。それなら男衆も一目置くはずだ」


 時田の祖父の反応からも推測できるが、やはりあの警官は村でもそれなりに信頼されているようである。あそこで声がかかっていたのは運が良かったと思いながら、穂村は首にかけたタオルで汗を拭きとり、朝日が昇るころまで作業を続けることとなった。



          ◆◆◆



「――へぇ、アンタが頑張ってるって話は聞いていたけど、まさか祭りの手伝いやってるとは思わなかったわ」

「俺は、やると言ったら、やるから、な!」

「どうでもいいけど、目の前でおかずの取り合い止めてくれない? オウギちゃんと張り合うとか大人げないわよ」


 オウギに取られる前に自分の分の惣菜であるアジフライを確保しながら、穂村は次々とご飯を口へと運ぶ。三日目の朝にして、穂村はようやく朝食にありつくことができた。


「ハァ? 聞けば昨日はこいつが俺の分のおにぎり食ってたんだろ? だったらむしろ今日我慢しろよって話だ」

「ぅ……」


 穂村としては軽い冗談のつもりだったが、オウギにとっては昨日から考えて込んでいた事でもあったようで、ショックを受けた様子で箸を静かにちゃぶ台に置いてはしょんぼりとした表情を浮かべ始める。


「おねぇちゃんがショックで箸をおいたぞ……」

「お、おいおい、冗談に決まってるだろ……」

「でもおねぇちゃんは反省してご飯を食べないって言っているぞ」

「アンタねぇ……」


 冗談のつもりが思ったよりオウギを落ち込ませる結果となってしまい、穂村はどうすればいいのか分からなくなってしまう。


「一体どうすりゃいいんだよ……」

「そりゃ、やる事は一つしか決まっていないでしょ」


 穂村と時田はまるで熟練の夫婦のように、目線と首の動きのサインだけでオウギに何をしてあげるべきかを話しあっている。

 まず最初に時田の視線は先ほど穂村が取った焼き魚へと向けられ、そして穂村へと目線は戻され、そして目線はそのまま首をオウギの方へとぷいっと何度か向ける。それを見た穂村は嫌そうな顔をしているが、横目でちらりと見れば既にお預けを喰らっているオウギが大盛りのご飯の前で大粒の涙を浮かべている。


「……チッ! 分かったよ!」

「最初からそうしなさいよ」


 自分が引き起こした事とはいえ、焼き魚を手放すのは口惜しい。しかしそうしなければオウギの機嫌が直る様子が見られないように思われる。穂村は渋々自分の取り皿に取っておいたアジフライをオウギの取り皿へと置く。


「おい、それ食っていいから機嫌なおせよ」

「…………」

「でもしょうたろーのが、っておねぇちゃんが――」

「いいから食え。俺は漬物でも飯食えるから、それより食って機嫌なおせ」


 オウギは恐るおそる箸を伸ばし、一口食べる。しかし穂村は決して怒らずにオウギが食べている様子を見てホッとした表情を浮かべる。


「……♪」

「おねぇちゃんがありがとうだって。あと、もうしょうたろーのぶんに取っておいたおにぎりとかは食べないって」

「そうか……なら、いいんだ」


 穂村はオウギの機嫌がよくなったところを見届けると、たくあんをぽりぽりと食べながら、ご飯を口へと運んでいった。

 この後はまた手伝いの声がかかっている。夕方から始まる祭りに向けて、最後の調整が残っているとのことだ。


「そういえば祭りの手伝いをしているってことは、有栖川のところの坊っちゃんには会ったのか?」


 時田の祖父は何気なく穂村に問いかけるが、有栖川という言葉が気に入らなかったのか時田自身は苦虫を潰したような表情で箸を口元で止めたまま穂村の方を見つめている。


「有栖川かは覚えていねぇが、何かどっかの金持ちの坊っちゃん野郎ならいたぞ」

「じゃあそいつが有栖川だ。お前まさか粗相をしていないだろうな?」

「知るかよあんな坊っちゃん。粗相とかいう前に村祭りの手伝いを悠長に見に来ただけとか、話にならねぇ」


 穂村の愚痴に対して老人は焦った様子で穂村を問いただし始める。


「まっ、まさか殴ったりとかしていないだろうな!?」

「してねぇよ。そんな価値もねぇ――ってか爺さん顔が近ぇ!」

「流石のお前もそこまで馬鹿じゃなかったか……一つ、覚えておくべきことを教えてやる」


 時田の祖父は辺りを軽くきょろきょろと見まわした後に、この島での暗黙のルールである有栖川について穂村に語り始めた。


「有栖川というのはこの島で一番の資産家でな。わし等がまだ現役の時に突然島にやってきたのじゃ」

「島の者からすれば余所者だよな。でも俺がいた時は皆気持ち悪ぃくらいにヘコヘコしていやがったぜ」

「そりゃそうもするさ。奴はその持前の資金力で瞬く間にこの島の漁業組合から農業組合を掌握し、そして島のほとんどのインフラ整備をしおったからな」


 老人の話によれば、この島で住民が生活できているのは殆どが有栖川のおかげなのだという。それこそほとんどが有栖川の息がかかっているのだという。


「それで? 俺はどうせ後一日でこの島を出る。時田も、って……おい、時田どうした?」

「……なるほどね。それでアタシに許嫁だのなんだのって言っていたのはそういう事?」

「わしは断固として反対したんじゃ! じゃが島の他のもんが……」

「それで、アタシ一人が犠牲になれば丁度いいとでも思っていたワケ?」

「そういう訳ではは無い! それに――」

「おい、話が読めねぇぞ」


 穂村は困惑したが、時田と祖父の間では既に合点が一致しそして時田の方はひたすらに異を唱えている。


「アイツまだ諦めていなかったワケ? アタシ確か力帝都市に行く前に酷いフり方したしたと思うんだけど」

「それが尚更に燃え上がったようでな……こうして十六歳を前にしてわしに吹っかけて来たって事じゃ」

「……なんとなく話が掴めてきたぜ」


 許嫁がどうとか言っていた時田の意味が、ここに来てようやく現実味を帯びていく。時田のあの必死の抵抗は、あの有栖川から逃げるためだったのだということを、穂村はここにきて全てを理解する。


「お前が本気になって嫌がっていた理由はよく分かるぜ、時田」

「そういえばアイツにあったんだっけ? マジで厭味イヤミったらしくてウザかったでしょ?」

「ああ。正直に言えばブチのめしてやりたがったが、手伝ってる奴等の面子メンツを潰したく中たからな」


 穂村は食べ終わった茶碗を重ねながら、一昨日の出来事を振り返る。


「昨日は有栖川は来なかったしな……案外俺にビビって来ていないのかもしれねぇな」


 穂村は呑気に構えているが、時田は有栖川のしつこさをよく知っている。


「アイツなら今日の夏祭りで絶対に絡んでくるに違いないわ」

「何で絡むんだよ。俺が彼氏ヅラしてりゃよってこねぇだろ?」

「だから、そこでなんでアタシじゃなくておじいちゃんに許嫁の話をしたのって話。しかも都合よく夏休みに入ってから」


 有栖川という男の狡猾さを、時田は嫌というほどに知っている。時田がいくら変異種スポアとはいっても、その他とは一線を画すほどの美貌とスタイルの良さを見逃す男子はいない。それも島という閉鎖された空間になれば、時田に積極的によりつく者も一人や二人いてもおかしくはないだろう。

 だからこそ時田は、有栖川の陰湿さを嫌というほどに見せつけられてきたのである。


「正直言って、アイツはアンタより頭が良いわ」

「頭が良いって……お前な――」

「だってアンタ、アイツの意図が分かんないんでしょ? わざわざ夏祭りに合わせてアタシを呼び付けるようにしたってことは、そこで皆の前で周知させられたらアタシはお終いよ」

「お終いって、そこにお前の意思はねぇのかよ」


 穂村の意見は至極まっとうなものであり、いくら許嫁と言われようが時田自身が拒否すれば済みそうに思える。

 だが島の権限を握っているのは有栖川むこうであり、時田個人の意思など数に押し潰される事など時田自身が一番分かっている。


「そうよ。だからアンタを呼んだんじゃないの」


 そう言って時田は急に馴れ馴れしくするかのように座っていた穂村の方に近づき、腕を組んで方に寄りかかる。


「こうやって、アタシと『フレーム』がデキてるってことを事前に存分に見せつけたら、向こうも本気で諦めるかもしれないじゃない」

「それって結局俺が言っていることと同じじゃねぇか。それに、それでも諦めずにやってきたらどうするつもりだ?」


 時田にしてはずさんな作戦だと穂村はため息をつくが、逆に言えばそれだけ時田が焦っていることの裏返しともいえる。時田がモジモジとしながらどうすればいいのか困っていると、穂村は仕方ないとまたも大きくため息をついてこういった。


「おい爺さん、あんたこの島を出る覚悟とかあるか?」

「出る覚悟って……どういう意味じゃ!?」

「どうもこうも、こういう意味だ」


 穂村はその場に立ち合がり、拳を鳴らして宣言をする。


「俺がブチ切れて有栖川をぶっ飛ばしちまってもいいのかってことだ」

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