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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
―不思議な少女と揺らめく焔編―
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第4話 破壊の一撃

「ステーキセットのお客様―」

「こっちです……」

「ボロネーゼのお客様―」

「ハイハイアタシでーす」

「お子様セットのお客様―」

「それはわたしだ!」


 三人は第五区域のレストランに一休み兼昼食をとりに来ていた。

 穂村はその身をボロボロにしてなんとか食事にありつこうとする。それに対し女性陣二人はぴんぴんとした様子で食事を楽しんでいる。


「アチチッ…………ったくよぉ、本格的にやべぇことになっちまったな……」

「あっ! どういうことか説明してくれるって言ってたわよね?」


 穂村は冷や水で右腕を冷やしながら時田の疑問に答えようかどうか悩んでいる。


「あぁー、イノのことか……どうすっかなー……話すと長くなるけどいいか?」

「長話をするアンタなんて珍しいからいいよー」


 適当な返事をする時田はさておき、穂村はイノの方を向き他言して良いかと訊く。


「イノも……いいのか?」

「構わん。この女は信用できるのだろう?」


 信用できるかどうかは正直疑問なところであるが、と穂村は内心思ったが口に出すことは無かった。


「……実は昨日こいつが裏路地で魔術師に襲われているところを俺が助けたんだ。その後すぐに改造された陸戦ロボにも強襲され、今回あの不死身の影に襲われた。それらの目的は全て、イノを俺から奪い返して研究所に監禁するためらしい」

「……ふーん、つまりこの子を研究所の変態共から守るためにアンタは戦っていたというワケ?」

「簡単に言えばな。けど事はそう単純じゃないらしい」

「どういうこと?」


 イノがこっそりまたステーキに手をつけようとしていたのを視線で止めると、穂村は声のトーンを落として話を続ける。


「……こいつはな、お前を超えるSランクなんだよ」

「ハァ? こんな小さい子が? あり得ないでしょ?」


 穂村は時田の声が大きいのを気づかせるために、口元に人差し指を持ってくる。


「それが、能力を付与することで、Sランクを人工的に作る計画があるらしい」

「……それ……どういうことよ?」


 時田のへらへらとした雰囲気がなくなり、その雰囲気は穂村が知らないものとなる。


「……お前真面目に話聞けるんだな」

「そりゃ自分のランクが脅かされるかもしれないなら気が気じゃないでしょ? アタシはそのSランク計画について興味があるの」


 穂村は時田の自分のことしか考えられないという相変わらずな通常運転に呆れかえる。


「ハァ、真面目に話ができると思ったらこういうことかよ……」

「どうでもいいから話を続けて?」


 改めてあたりを見回し敵らしき者がいないか確認をしなおすと、時田に顔を近づける。


「……能力は先天的なもので、後から付け足したりできないだろ?」

「そりゃそうよ」

「イノは元々Dランクだ。だが生まれたときから研究所で生活をしていて、そこで何らかの実験を受けてSランクの力の付加に成功したらしい」


 そこで時田はこっそりとイノの方を見る。しかし時田の目からすればお子様セットに喜ぶただの子供にしか見えない。


「……アタシにはただのDランクの子にしか見えないけど?」

「それは俺も同感だ。だが実際こいつの奪還に来ている奴らがいるってことは、何らかの力を持っているに違いないってこった」


 大胆にも時田はそこでイノに直接尋ねてみることに。


「ちょっといい?」

「なんだ?」


 イノは口元にソースをつけたまま時田の方を向く。


「アンタどんな力をつけられたのよ?」

「……わからん」

「へ?」

「ハァ?」


 穂村もこの言葉には驚いた。昨日あれだけ喋れたのなら、てっきり自分の力のことも把握できていると思っていたのだ。


「私も『きゅうきょくの力』としか聞いておらんのだ! わかるわけがなかろう!」

「全っ然ダメじゃん」


 さすがに穂村も時田の発言に賛同した。イノはきょとんとした表情で再び手を動かしはじめる。

 穂村としては納得がいかない様で、昨日の防壁呪文が無かった事とあの声はなんだったのかを聞く。


「じゃあなんで昨日お前は俺を呼んだんだ?」

「わからん。ただSランクの強い人に「助けて」と心で祈っていたらしょうたろーが来たのだ」

「その時防壁呪文が張られていたらしいが――」

「何だそれは? わたしはそんなの知らないぞ」


 どうも実態がつかめない力である。穂村はこれ以上の詮索は無意味ととって、次の襲撃について考えを巡らす。


「……まぁ、今手元にある情報でどうこう出来るこっちゃねぇしな。また襲撃が来ない訳でもねぇし飯でも食っとくか」


 穂村はそう言ってステーキに手をつけようとするが、そこで昨日と同じ視線が突き刺さっているのに気が付く。


「……お前次からこれ頼めよ」

「けどそれだとハンバーグがついておらん!」

「…………はぁー、ったく、ほらよ」


 今度は切った後きちんとそのお子様プレートまでのせて渡す。イノはそれにフォークを突き刺しお礼を言う。


「ありがとう!」

「……ったくよぉ……お前はなんなんだよ?」


 時田はそのやり取りを一通り観終えた後、怪しげに微笑み穂村に一つお願いをする。


「アタシにも一口ちょーだい!」

「馬鹿ですか?」


 穂村が真顔で言ったことに対し、時田は駄々っ子見たいに体を揺らす。


「えぇー? 一口くれないの?」

「自分の分があるだろうが」

「ほーしーいー!」


 穂村は自分の取り分がまた減ると嘆きつつ、またステーキを切り出す。


「……ほら、お前は大きさ間違えないだろ?」

「……あーん」


 なぜか口を開けて待機している時田を見て、流石の穂村もいら立ちを覚え始める。


「自分で食えよ……」

「だって、食べさせてほしいんだもんっ」

「人をおちょくるのも大概にしろよ……」

「いいからいいから!」


 穂村は渋々フォークで突き刺して口元まで持っていくと、時田は一口でステーキを頬張り、幸せそうな表情を浮かべる。

 それを横目に見ていたイノが羨ましがって穂村に自分に元要求する。


「ずるいぞ! しょうたろー、わたしにもくれ!」

「もう食ったじゃねぇかよ……」


 情けない声を挙げながらも再びナイフを動かす。もうすでにステーキは半分ほどに減っている。


「……ほら、熱いから気をつけろ」

「もぐっ……うん、おいしいぞ!」


 穂村は残りの肉を悲しそうに見つめながらも、その味をかみしめた。


「なんか…………しょっぺえ」


 穂村が情けないことになっているのを気にすることもなく、二人は食事を楽しんだ。


「…………時田ぁ、自分の分の支払いは自分でしろよぉ」

「え!? 奢ってくれるんじゃなかったの?」

「んな訳あるか! お前Aランクだから半額で食えんだろ!? Bランクの俺にこれ以上負担させるなよ!」


 Aランク以上となるとこの都市ではそれなりに優遇もされるようになる。例としてこのように支払料金が半額、もしくは無料になることがある。


「ハァ……情けない姿ね、『焔』」

「うるせぇ! こっちはこいつの支払いまでしなきゃなんねぇんだから金がねえんだよ!」

「ホント、情けないわ……」


 時田はそう言って財布を取り出し、赤いカードを取り出す。


「このカード使って清算すれば半額になるでしょ」


 それは自らをAランクだと示すランクカードだった。もちろんそれには所有者である時田の名前が刻みこまれている。


「……本当にいいのか?」


 穂村が驚いた顔をして時田に訊き返すと、時田はたくらみを持った笑みを浮かべて許可をする。


「えぇ……ただし、アタシの言うことを一つ聞いてもらうわ」


 穂村は伸ばした右手を急遽引っ込めて時田を睨みつける。


「……やっぱいらねぇ」

「ちょっと! まだ何にも言ってないじゃない!」

「嫌な予感しかしねぇっての!」


 時田は大きくため息をつき、穂村にお願いの内容を言う。


「ただ、アタシもその護衛に一枚噛ませてってことよ」

「お前が?」


 穂村は意外な一言に目を丸くした。時田はイノの方を見て微笑み、再び穂村の方へとその笑みを向ける。


「だってこんなに面白そうなこと見過ごすわけにはいかないじゃない?」

「やっぱりそうかよ……」


 口では呆れているものの、穂村にとっては正直有難いことだった。予想以上の敵の戦力に対してこれ以上一人の戦闘は困難だと思っていたところでのありがたい提案だ。

 助っ人として時田は現状考えうる最大の戦力となりえる。敵もそうそう手が出しにくくなるに違いないと穂村は考えた。


「チッ……礼は言わねぇぞ」

「フフ、正直な方がアタシ好きだよ?」

「茶化すな馬鹿」


 口から出た言葉はぶっきらぼうでありながらも、穂村は時田からカードを借りて支払いを終え、今度こそイノの服を買いに街へと繰り出すのであった。



   ♦  ♦  ♦



「ねぇねぇ! これ可愛くない!?」

「ちょっとぶかぶかするぞ……」

「でもこのサイズしかないし、大きくなっても着られるからいいじゃん!」


 なぜ穂村はイノの服を買いに来たのか。それは明日からの生活において欠かすことができないからだ。

 決して大型ショッピングモール二階の子供服コーナーにおしゃれ目的で来ている訳ではない。

 それだというのに、目の前の少女たちは穂村を無視してショッピングを楽しんでいる。


「どうでもいいから早くしろよ……」

「あ! これいいかも!」

「おお! 確かにいいかもしれないぞ!」


 穂村の今の心境としては、退屈の一言だった。時田は先ほどからポイポイと服を買ってはいるが、所持金は尽きないのであろうか。そう思う穂村の両手は大きな紙袋で塞がっていた。

 辺りを見回すが、先ほどの様に怪しげな雰囲気とはなっていなかった。やはりSランクとAランクの関門が同時に相手となると、手が出しづらいのであろうか


「……なんでこんな事に――」

「しょうたろー! どうだ! 可愛いか?」


 嬉し過ぎてこけるのではないのかと思えるほどにはしゃぎしながら、イノは穂村のもとへとよっていく。

 穂村はまた適当に、可愛い可愛いといって済ますつもりでイノの方を見た。


「あぁ、可愛いかわ…………それ、似合ってんじゃねぇか……?」


 穂村は一瞬言葉を失った。それは今までの単なる子供っぽい服装とは大きく違っていた。

 袖口にフリルを使い、綺麗に広がっているフレアスカートのドレスを着たその姿は、おとぎの国からそのまま飛び出したヒロインと錯覚させる。


「……まあまあ、『焔』も気に入ったみたいだしこれも買いましょうかー。えーと、値段は……たっか」


 にやけ面が一変、時田は見てはいけないものを見てしまったかのような表情で値札をこちらへ見せてくる。

 穂村はAランクがそのような顔に変わっていくのを見て、おそるおそる桁数を指で数える。


「……一、十、百、千、万、十万!? これは流石に――」

「無理ね……」

「えぇー、可愛いと思ったのにー」

「しょうがねぇだろ。これ以上こいつに払わせると、後でどうなるか分かったもんじゃねぇ」

「……べっつにぃー、後で領収書が届けられるわけじゃないからいいじゃん」


 言わなかったら届けるつもりだったのか。

 穂村はせっかくのドレスを戻すようにイノに言うが、当の本人はそれを渋っている。


「しょうたろーのケチ」

「ケチもクソもあるか! 俺ん家はこれから財政難に突入するかもしれねぇんだぞ!」

 不満げに頬をふくらましながら、試着室に戻っていく。穂村は先ほどの十万という単位が忘れられず、十万あれば何ができるかなどという貧乏性な考えをしていた。



   ♦  ♦  ♦



「……多すぎないか?」

「そうね、当分は何も買わずに済むかも」


 本当に当面は何も買わずに済みそうである。穂村は両手にかかっている大きな紙袋を忌々しく見ながらそう思った。

 衣料品コーナーを後にして、穂村は一階へとエスカレーターで降りる。降りている途中、下の大広場で何やら催し物をしているのに目が行く。


「何やってんだ……」

「……アンタさぁ、アレに出場してみない?」


 時田が指差す先にあるのは「ストロングコンテスト」とだけ書かれている看板が立っており、その後ろでは会場ほとんどを占めるほどの大きなリング場が設置されている。


「優勝賞品が十万円分の金券だってさ! さっきの服が買えるかもよ」


 服が買えると聞いて反応したのはイノであった。


「おぉ!? さっきの服が買えるのか!?」

「おいおい、ストコンならお前の力の方が――」


 時田はえぇー、と言わんばかりに穂村に失望のまなざしを向ける。


「ワタシみたいなか弱い女の子を戦わせるのかなー?」

「どこがか弱いだ……!」


 そうこうしているうちに一階へと降りて行き、その広場へと足を向かわされる。時田とイノは早速受付の方へと走り出す。


「おい! まだ出るとは――」

「あっちの人がこの大会に参加したいって言ってるんですけどー」

「言ってねぇよ!」


 もはや受付すらグルなのかと思えるほどに参加する話はスラスラと進んでゆく。しかし穂村には最後の砦があった。


「――では、カードの提示をお願いします」

「ハーイ」


 最後の砦はあっけなく突破された。気が付けば受付に穂村正太郎と名前が刻まれた青色のランクカードが提示されている。

 穂村はハッとした表情でポケットの財布を開くが、もちろんそこにカードは無い。


「あ、あのクソ女……!」


 時田がニヤニヤとした表情で舌を出し、穂村のカードをひらひらと見せつける。受け付けはそれを機械でスキャンし、登録を済ませると同時に驚きの表情を見せる。


「…………もしかして、Aランク関門の――」

「そう、あの穂村正太郎がでるのよ。なかなか楽しいことになってきたでしょ?」

「はい、参加していただいて光栄です」


 イベントの客引きに一役買うことになるであろう穂村の心境は怒りと呆れと苦悩が渦巻くものとなって、一つの言葉を導き出す。


「……帰りてぇ」



   ♦  ♦  ♦



「――さあみなさんお待たせいたしました! 本日のメインイベント、お客様参加型の「ストロングコンテスト」が今、一階大広場で開催されます!! 優勝者には優勝賞品として十万円分の金券が贈呈されます!!」


 マイク越しの大音量で、今まで興味を持たなかった人々が続々と大広場へと集まってくる。

 そのなかには買い物ついでに時間つぶしに見る者や、子供にせがまれて無理やり歩かされる父親の姿も見える。二階、三階からも見物する者が増えていくなか、イノと時田は客に紛れて席につく。

 イノは始めてみる催し物に目を輝かせ、あたりをきょろきょろと見ては時田に疑問をぶつけてくる。


「あれはなんなのだ!?」

「あれはピエロよ。司会がピエロってホント、ある意味合っているわね」

「すごいな、人が多いぞ!」

「こんなイベント、客集めの鉄板だから集まるに決まってんでしょ」


 きょろきょろと新しいものでも見るような目で見まわすイノを観て、時田はこの子が研究所に幽閉されていたことに改めて理解をする。


「……アンタ、「力比べ」を知らないの?」

「なんだ、それは?」

「簡単に言えば、どんな手を使ってでも相手を降参させれば勝ちっていう試合みたいなものよ」


 何でもいい。相手に負けを認めさせれば勝ちとなるルールだ。


「今回挑戦する方は八名! いずれも強者ぞろいとなっております!」


 魔法でパフォーマンスをする者、筋骨隆々でポーズを決める男など、見た目からして先ほど言われた通りの強そうな面子がそろっているなか、一般人に近い服装で参加させられている穂村は隅の方でため息をついていた。


「……なーにが強者ぞろいよ、ほとんどCランクかBランク下位じゃないの」


 いつの間に調べ上げたのであろうか、時田の携帯端末には各選手のランクが表示されている。

そしてイノもそれを興味深そうに覗き込んでいる。


「あの筋肉ダルマ、C。あの魔術師もC。Bランクの背の高い魔法師もいるようだけど、『焔』に比べたら全然下ね。……唯一気になるのが、あの男よねぇ」


 時田が注目していたのは、穂村のすぐ隣にいる少年だった。銀色の髪をしているが、それ以外を見ると年齢は穂村と同じくらいに見える。

 その落ち着きはらった態度とまるでこういったことになれているかのように客席に笑顔を届けている姿は、時田にとって一抹の不安要素となっていた。


「――之喜原のきはらすずめ。能力名、『人形ドール』。ランクB、か。Bランクでも中堅に位置しているから、注意すべきとすれば彼ぐらいかしらね」

「けどしょうたろーは強いんだぞ! 火がぼわーって、でるんだぞ!」

「わかっているわよ……ったくもう、ちっさい子って自分の信じているものが強いって疑わないからめんどくさいのよねぇ」


 二人がやり取りしているなか、抽選が行われトーナメントが組まれていく。穂村と例の少年は奇しくもトーナメント表の反対側という結果になった。


「さあ、第一試合、穂村選手対ユーリ選手! 穂村選手はなんと、Aランクへの関門と呼ばれ恐れられているあの『焔』であります! 対するユーリ選手はヨーロッパからはるばるこの力帝都市ヴァルハラに来た魔法師であり、『近代魔法界の期待の星』とも呼ばれております!」

「『近代魔法界の“奇態の死”』にならない様にしてほしいわね」

「さらにこの試合でももちろん、関門は適応されますので現在Bランクのユーリ選手が勝利したと同時に、新たなAランクが誕生となります!」

「ムーリ無理、無理に決まってんじゃん」


 先ほどから時田が皮肉っているこの対戦相手は穂村より年上であり、その身長も穂村を上から見下ろせるほど大きく、体格差では穂村をリードしている。

 そしてその恵まれた体格差を生かすような戦術を、ユーリはたてようとしていた。


「――付加呪術エンチャント極寒クール! 氷男アイスマン!!」


 自らの体を氷の結晶でできた巨大な鎧で覆い、その身長は十メートルほどにもなる大男が誕生した。その身から放たれる冷気は一階の客を震わせ、その低温の空気が三階まで届くほどである。


「へぇー、付加呪文とか、化石みたいな魔法使っているのね」

「さ、さぶいぞ……」

「さっき買った服でも羽織ってなさい」


 涼しい顔の時田にそう言われ、イノは言われた通りに紙袋から服を取り出し、丸まるようにたくさん重ね着をしてそのなかで震える。

 周りも体を震わせたり、家族同士集まって体を温めあったりとしている者がちらほらと見える。

 リング場にいた穂村はその極寒の冷気を直に浴びておきながらも、特に寒がる様子はなくむしろ涼しげといった表情であった。

 会場内は冷えた空気に包まれながらも、ユーリの強大な冷凍付加呪文を見て熱気に包まれていた。


「す、す晴らしい付加呪文です! し、し、司会の私も寒くなってきましたが、し、試合開始です!」

「――ユクゾッ!」


 右腕を頭上に掲げると、その右手の氷が成長しスパイク状の巨大な塊と化していく。そしてその氷塊が、轟音を上げて穂村の頭上へと振り下ろされる。


「コノママ潰シテヤルッ!」

「しょうたろー! 危ないぞ!」

「アイツなら大丈夫だから、座って落ち着きなさいよ」


 立ち上がって興奮するイノとは対照的に、当事者の穂村は落ち着きはらっていた。


「――ったくよぉ、昨日も潰してやるって単語を聞いたっけなぁ」


 そう言って構えることもなく頭を掻く穂村を見て、ユーリは激昂しその落下しつつある氷塊を更に巨大化させる。


「舐メルナヨ小僧!!」


 重低音とともに氷塊がリング場に沈み、辺りに冷気の衝撃波が襲い掛かる。そして辺りには氷のつぶてをまき散らして穴を開けた。


「――うわっ、寒っ!? バカじゃないのアイツ!?」


 そうは口で言いつつも、一階にいた筈の時田はイノを連れて三階の方から観戦していた。

イノはさっき一階にいた筈の自分が、なぜ三階に立っているのか混乱している様子である。

 辺りはしんと静まり返り、ユーリのその圧倒的な破壊力に客席からは言葉も出なかった。


「クフフ、コレデ俺モAランクニ…………ン!?」

「……ちったぁやるみたいで安心したぜぇ? 『近代魔法界の期待の星』さんよぉ」


 その声を発しているのは氷塊の下に立っていた者。そして今右腕に炎を宿らせ、氷塊を押し上げ立ち上がる者。


「――獄炎籠手ヒートガントレット……!」


 炎を纏い、その氷塊を溶かして崩して現れたのは一人の少年。

 氷塊を形成していた右腕はあえなく根元から崩れ落ち、片腕を失った巨人は戸惑いを隠せずにいる。


「バ、馬鹿ナ!?」

「驚いてるところ悪ぃが、決着ケリつけさせてもらうぜ」


 炎の籠手は辺りの冷気を消し去り、その気温は元へと戻りつつある。


「す……素晴らしい! さすがはAランクの関門!! 氷雪吹きすさぶ一撃を、ものともしていません!!」


 穂村は驚いている対戦相手を見て不敵に笑い、ゆっくりと右腕を後ろにやることで構えを作りだし、右手に巨大な火球を生み出し始める。

 そしてそれは、辺りの者に畏怖の心を植え付けさせる。


「あーぁ、もう試合終了か」


 イノを物陰に隠れさせつつ、時田はその試合の結果を決めてしまう。


 ――彼女は知っていた。


 もし自分でも、あの技をまともにくらえば負けると。だからこそ奴と戦うときは、あの技だけは止めざるを得ないのだと。


灼拳デューク……」


 巨大な火球は圧縮され、穂村の掌の中で握りしめられその輝きを増していく。その光は全てを照らし、その高熱は冷気を消し去り愚かな氷像を震え上がらせる。

 ――そしてその右腕が、前へと振りぬかれる。


「――爆砕ブラスト!!」


 瞬間――先ほどの比にならないほどの爆風が客席を襲った。誰しもが目を覆い、誰しもがその衝撃にうち震える。

 そして人々が唯一最後に見ることができたのは、光の衝撃波を携えた少年が、氷の巨人を撃ちのめす瞬間だけであった。


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