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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
―ガラクタの王VS炎獄の王編―
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第三章 第七話 変化するから、化け物

 この日は結局これ以上手伝うことは無いと言われた穂村は、ヴィジルを連れて再び時田の実家へと戻る事となった。

 ヴィジルと共に徒歩で実家に戻る道中、穂村はある事に気が付く。


「……視線が、消えた……?」


 それまで穂村を舐めまわすかのようだった島全体の監視の視線が、ぱたりと消えてなくなっている。そしてその代わりに向けられるのは、島の歓迎の声。


「あんた、神社で祭りを手伝ってきたんですってね」

「お、おう」

「あそこの男衆が認めたってことはあんたは変な余所もんじゃないって事さね。ほれ、お菓子でも持っていきな」


 駄菓子屋の前で穂村に向かって投げられたのは、小石ではなく飴玉二つ。どうやらタダでくれるとのことらしく、穂村が財布を出そうとしたのを止めると、そのまま持っていくようにと促す。


「後ろの子にもくれておやり」

「おう……ありがとう」

「お礼なんて必要ないさ。ただのお駄賃だよ」


 穂村としてはかなりのむず痒さがあった。これまでこういった施しを受けた事が無かった彼にとっては、飴玉とはいえどとても大切なものにすら見えてくる。


「…………」

「何じっと見ているんだい、まさか飴を食べた事が無いとかいうんじゃないだろうね?」

「いや、そんな事はねぇよ」

「だったらさっさと食っちまいな。そんなに高いものをくれてやった覚えはないからね」


 穂村は駄菓子屋の老婆に促されるがままに、飴玉の袋を開けて口へと放り込む。なんてことはない砂糖が表面にまぶしてあるだけの昔ながらの飴玉だったが、肉体労働をして疲れ切っている体には心地よい甘さ。そんな優しい甘味が口に広がっている。


「ねぇ、ボクは飴なんて――」

「黙ってポケットにでも突っ込むか、俺に寄越せ」

「だったらキミにあげるね!」


 ヴィジルはロボット故に、飴のようなものは食べることが出来ない。仮に食べようものなら体内の熱で溶けた後、粘度の高い液体が体内にへばりつくことになる。こうなると回線のショートの原因となったり、回路が壊れる原因となるのは目に見えている。


「ったく、どうせなら飯食えるレベルまで似せておけっての」

「へ? ご飯なら液体燃料を経口補給するからいらないよ」

「そういうのが余計なひと言なんだっての」


 穂村は飴玉を口の中で転がしながら、帰りの道中改めて島の様子に目をみやる。

 夕日に照らされ、赤く染まりゆく町。そのノスタルジックな風景が、自分の故郷と重なっていく。


「…………」


 ……あの少女は今も元気なのだろうか。そんな考えが脳裏をよぎる。


「……何を考えていやがる、既に終わった話だ」


 そう、穂村の中では終わった話。全て自分自身のせいで終わってしまった話。あの失態さえなければと、思わなかった日は一度もない。それほどに狂おしくも、遠のいてしまった世界。そこに酷似した風景が、今の穂村の目の前に広がっている。


「……チッ」

「何を舌打ちしているんです? この場においてそのような行為など相応しく――」

「少し黙ってろ。ぶっ潰すぞ」

「なっ! ボクを潰したら阿形博士がなんて言うか――」


 ヴィジルが音声を発することが出来ないように、普段通り人間を黙らせるかのように、穂村は少年の首を掴み上げ、宙吊りにする。


「黙れって言ってんだろ……壊すぞ」


 穂村の目が、蒼く染まり始める。穂村の内に潜む怒りの根源、その原点に触れる行為。それは無条件に穂村に蒼い焔を宿らせるに十分である。


「ど、どうしてそんなに怒るのさ……」

「てめぇには関係ねえ。俺の問題だ」

「そうなの? よければボクが――」

「相談に乗る必要もねぇよ……ったく」


 とはいっても相手は事情も何も知らないロボット。興味本位でしか聞いてこず、こちらの気持ちなど理解できるはずがない。それに対して、いちいちムキになってもしょうがない。穂村はそう自分に言い聞かせつつ、この場の怒りを何とか沈める。

 最後に大きく深呼吸をすれば、穂村の瞳から蒼は完全に消え去っていく。


「すごいねキミは! 目が蒼くなるなんて!」

「どうでもいいだろ」

「いやいや、眼の色が変わるってことわざがあっても、本当に目の色を変える人なんて初めて見たからね!」

「……ハァ、そうかよ」


 何をしようが全ては興味へと変換されていく。穂村は一瞬だけ内に炎が燃え上がろうとしたが、それもこの少年の純粋な言葉の前に鎮火され、調子を狂わされる。


「俺は時田の家に帰るが、お前はどうするんだ?」

「ボクですか? ボクは命令通り、町を見終わったので博士の下に帰ろうかなと」

「おう、帰れ帰れ。流石に家まで来ないと分かれば気楽なもんだ」

「では、また明日!」

「おう、また明日――って、オイ! 明日もついてくるとか聞いてねぇぞ!! どこ行きやがったあいつ!?」


 別れの挨拶を告げるなり、即刻視界から消えていくヴィジル。今までロボットだと自称する少年を見てきたなかで、その人間離れした速さだけは認めざるを得ないと穂村はため息を一つつくこととなった。



          ◆◆◆



 時田の家は街からは少し外れた山のふもとにある。それは別に時田が忌み嫌われているからという理由では無い。単に山岳近くに耕した田畑の近くに家を立てたかっただけだという話だ。

 そんな山のふもとともなれば電灯も中々建てられておらず、穂村は自身の右手に炎を灯して足元を照らしつつ先へと進むことになる。

 しかし――


「っ、さっきからウザってぇんだよ!! 虫がッ!!」


 飛んで火に入る夏の虫。それも大量に。それまでは我慢できていた穂村も、遂に堪忍袋の緒が切れてしまう。


「ウザってぇんだよぉッ!!」


 穂村は自分の体全体を炎で包み込むと、そのままは火柱と同一になって辺りの虫を焼きつくす。

 一瞬の発火。しかしそれでも辺りには、虫が燃えた後の燃えカスが舞い、赤い火の粉が穂村の周りにふわふわと浮かんでいる。


「ったく、ざまぁみろってんだ」


 そんな穂村の姿を間近に見ていた少女がいる。南条は未だ身体の一部が炎と化している穂村を目の当たりにして、言葉を失っていた様子。

 そしてようやく口から吐き出すことができた言葉はこうだった。


「やっぱり、あなたは危険です……!」

「違うぜ南条、これはただ――」

「あんな炎、私は初めて見ました。あなたは怖いとは思わないんですか?」

「怖いも何も、俺が出した炎だからな……」

「それが、怖いのですよ!」


 南条は余所者に向けるよりさらにきつい視線を穂村に向ける。そして会話はすれど決して近づこうとはせず、一定の距離を保ち続けている。


「俺は危険じゃねぇ。さっきだって、神社で祭りの準備を手伝ってきたし――」

「それでも、あなたは危険です……さようなら」

「おい、待てよ!!」


 夜道を走り出す南条の後を追って、穂村も今まで歩いてきた道を引き返す。


「こんなに暗いのに走ったら危ねぇだろ!」

「気にしないでください! この道はよく知っていますので!」


 そうはいっても山に続く道。整地などされておらず足場も悪く、足をくじいてしまってもおかしくはない。

 そして穂村の心配はすぐに現実となってしまう。


「あっ、痛ったぁ!」

「チッ!」


 穂村がジェットで後を追おうとした途端、南条はたまたま足元に転がっていた小石で足をくじいてしまい、派手にこけてしまう。


「いったぁ……」

「だから言っただろ。足元悪ぃから危ねぇぞって」


 派手にこけたせいか、南条の膝からは血が流れている。それを見た穂村は南条に肩を貸そうと手を差し伸べるが、南条は決してその手を取ろうとはしない。


「っ、近寄らないでください!」

「バカかお前! その足でまともに立って歩ける訳ねぇだろ! ここから町まではまだ歩かなくちゃならねぇのに、その足じゃ――」

「それでも、あなたの手は借りるつもりはないわ!」


 南条の目に、穂村に対する信頼など一切ない。そこにあるのは、人間とは違う化け物を見るような、恐れと拒絶の入った瞳。


「もう、関わらないでください……」

「……そうかい。じゃあ手は貸さねぇ」


 南条の強情ぶりに穂村も諦めがついたのか、南条に背を向けるかのようにその場に座り、右手の炎で静かに辺りを照らし始める。


「……何のつもり?」

「お前の言う通り、手は貸さねぇ。だから、背中を貸してやる」

「は、はぁ? 一体何が言いたいんですか? おんぶでもしてくれるっていうんですか?」

「お前が望むなら、そうしてやるよ」

「……残念ですが、お断りします」

「……そうか」


 南条は頑として譲る気配がなく、穂村の背中を睨み続ける。そして穂村は以降何も喋る事もなく、静かに南条に背を向けたままで座り続けている。


「……何のつもりですか」

「別に俺の勝手だろうが」


 手を貸さない。かといっておいて行くこともしない。穂村はただ静かに、南条の傍で座り続けていた。


「……どうして、ここにいるのよ」

「……さぁな」

「手を貸す必要も無いんだから、さっさとマキナさんの家に向かえばいいじゃない」

「行ってもいいが、お前はどうするつもりだ? ここでずっと足を押さえたまま一晩過ごすってか?」

「あなたには関係ないでしょう」

「だったら俺がここにいようがお前には関係ないな」

「…………」


 夏の夜。間近に炎があるというのに、熱いのではなく、暖かい。そんな不思議な感覚が、南条の内に湧き起こる。


「…………」

「……すげぇな」

「何が?」

「上見てみろよ」


 空を見上げると、都会の明かりで観えなかったはずの星のまたたきが穂村の視界いっぱいに広がる。南条にとっては見飽きた空でも、穂村にとっては懐かしい空である。


「俺達は普段バカみてぇに戦ってるから、こうして空を見上げる余裕もねぇからなぁ」

「戦い……やはりあなたは……!」

「力帝都市じゃ、時田も戦っている。俺なんて何度壁に磔にされたことか」

「ッ!?」


 南条は穂村の一言に言葉を失った。あの仲が良かった時田が力帝都市では穂村のように力を振るい、戦いの日々に明け暮れていることが南条にとっては信じられなかった。


「……俺達が何のために戦っているか知っているか?」

「知りませんよ、そんな事」

「俺についてきたあの二人、覚えているか?」

「あの二人がどうしたんですか」

「あの二人を守る事……それが俺の戦う意味だ」


 穂村は自分が見つけた闘う理由を、南条に語る。少女の生い立ち、その身に宿る悲劇、そして穂村自身との戦い。その全てを語り終えるころには、南条の考えも変わりつつあっている。


「あの二人も人工的に創られた子どもだ。だが俺はそいつらのおかげで、俺は戦いの中に意味を見い出すことができた。ただバカみてぇに力を振るうだけの日々に、終止符を打つことができた」

「それがどうしたっていうんですか」

「それと同じってことだ。この島でも俺は最初、島の全員から避けられていた。だが俺は必死で島で役に立つことをした。その結果がこれだ」


 そう言って穂村はポケットから飴が入った袋を南条へと放り投げる。南条がそれを受け取った所でニヤリと笑い、そしてこう言った。


「俺は今まで意味もなく力を振るってきた。それこそお前の言う通り、危険でイカレた野郎だったかもしれねぇ。だが――」


 穂村は有無を言わさず南条を抱き上げて背中に背負うと、そのままその場から空高くへと飛び上がる。


「――人間ってのは変われるもんなんだぜ。それはお前自身も分かっている筈だろ?」

「た、高い!?」

「大丈夫だって、落ちねぇよ」


 穂村はそのまま時田の家まで飛んでいくと、南条を背中に背負ったまま家の戸を開く。するとなかでは穂村の帰宅を待っていた時田が即座に立ち上がり、こちらの方を向いたかと思えば目を丸くしている。


「あんた遅かったわね――って、どういうこと!?」

「どうもこうもねぇよ。山道昇っていたらこいつが足くじいていたからよ、こっちに連れてきた」

「そうなの? 大丈夫? 陽奈子」

「え、えぇ、大丈夫です……っ」

「ちょっと血が出ているじゃない。薬箱どこだっけ?」


 穂村は静かに南条を座敷に降ろし終えると、そのまま何もなかったかのように自分も腰を下ろしてテレビのリモコンを触り始めている。


「……お礼なんて、言わないから」

「別に期待なんざしてねぇよ」

「……ちょっとは催促しなさいよ」

「なんか言ったか?」

「いいえ、やっぱりあなたは危険だって思っただけ」


 穂村は依然として態度を変えそうにない南条に辟易とした表情を浮かべているが、南条側としては危険の意味が少しだけ違っていることに、気づく訳など無かっただろう。

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