第五話 汚名返上
「…………」
「ねえねえ、力帝都市ってどんなところ? どんな人が住んでいるの? 市長って誰?」
「…………」
「そもそもさっき言っていた変異種って何? 普通の人間とどう違うの?」
「うるっせぇ! そのガタガタよくしゃべる口を少しは閉じていろ!!」
先ほどから川を流れる水のごとく質問を続けざまに投げられていた穂村にも、限界というものがあった。
島を歩いておよそ三十分。さっきにもまして島民からは避けられている気がしなくもないと思いながらも、後ろでなおもひっきりなしに質問を投げ続けるヒューマノイドに苛立ちを募らせながらも、穂村は何とか手立てはないかと島中を練り歩こうとしている。
しかしそんな穂村に向けられるのは、島の外の人間に対する猜疑心と、それに伴う疑いの言葉だけ。
「やあねぇ、あの男、女の子を連れ回しておいて向かってあんな口を利くのよ」
「向こうの人とはいえ、可哀そう」
「……チッ!!」
穂村がついに島民に聞こえる大きさで舌打ちをすれば、それまで陰口をたたいていた島民ですらその姿を消してしまう。
「あーもう、どうすりゃいいんだよ!」
「何をそんなに怒っているんです? 怒りに任せて判断をすれば、貴方の場合だと物事を失敗する確率は89%――」
「胡散臭い計算をするな!」
「うわっ! 熱い!?」
イライラは自然と熱気となって放出されるが、幸運にも今の季節は夏ゆえに機械的に感知できるヴィジル以外には感じ取ることができずに済んでいる。
「凄い! 人体ってこんなに熱くなれるんだね!」
どんなアクションを起こそうがヴィジルにとっては全て新鮮なものとなり、そして興味関心、質問の対象となってしまう。
「どうすりゃいいんだ……」
「ちょっとそこの君!」
「あん? 俺か?」
「そうだ。君だ。そこで止まりなさい」
服装からして力帝都市のとある機関とよく似た役割を果たしている存在をほうふつとさせる男が、穂村を呼び止める。
「この通り、警察だ。町を不審者二人が徘徊していると通報が来たんでな」
体格からして元柔道家なのであろうか。穂村を見下ろすその男は、普通の一般人が目の当たりにすればしり込みしてしまうほどの威圧感を放っている。そしてその瞳に宿っているのは、島の安全を守るという正義の心のみ。そんな男が、穂村を呼び止めている。
「不審者? 俺が?」
「ああ、そうだ。わざわざ島のみ知った人間を不審者扱いなどするものか」
とうとう穂村が成し得ようとしたこととは全くの反対の出来事が起こってしまった。
島の誰かが不審にうろつきまわる穂村のことを通報し、とうとう警察のお世話となってしまう。
「大人しく交番まで来てくれるかな」
「待ってくれ、俺はただ――」
「言い分は交番で聞こう。さっ、ついてきたまえ」
「マジかよ……」
穂村は一瞬ジェット点火で飛び立って逃げようかと考えたが、ここで警察の前で逃げてしまえば島との亀裂は決定的になってしまうと考え、ここはぐっと我慢することに。幸いにも初対面にも公明正大とした態度が見られたところから、話せば分かるかもしれないと穂村は考えていた。
「逆にこの方が、近道かもしれねぇな」
「この辺のルートマップに、交番への近道はありませんよ?」
「お前は少し黙っていた方が、ロボットとして利口に見えるだろうよ」
◆◆◆
恐らく長い間使われていなかったのであろう、警官が埃を舞わせながら物奥から調書を探し出している。そしてその間穂村はずっと、丸椅子に座って暇そうに椅子を回転させていた。
「別に取り調べにそこまでマジにならなくてもいいんじゃね? 口頭質問だけで済ませりゃ楽なのによ」
「駄目だ。きちんと形式に則らなければ、こういうものはそれが大事だ」
何が大事なんだと言いたかったが、探す姿も真剣な男を前にして穂村は口を閉じていた。
「ここらへんに……あったぞ!」
その調書を取るための紙も随分と劣化しているのか、よれよれになって色もうっすらと茶色になっている。
「そんな年代物で事情聴取を取ってもらえるとは光栄だな」
「ああ。この島ではそれだけ平和だったという証でもあるからな」
皮肉に皮肉で返すと警官の男は改めて穂村の真正面に椅子を置いて腰をおろし、本格的な事情聴取を始める。
「名前は?」
「穂村正太郎」
「年はいくつだ?」
「15」
「ここに来た目的は?」
穂村は一瞬時田の名前を出すべきか迷っていたが、いずれにせよばれることならと思い、思い切って名前を出すことに。
「……時田マキナってやつに連れられてきた」
「時田さんところの娘さんか。という事は、力帝都市ってところから来たのか?」
「ああ、そうだ」
思った通り、この島の住民とは違って初対面の部外者である穂村にも平等に接してきたこの男は、時田に対しても偏見を持たずにいるようである。
スムーズに聴取が進んでいく中、男の質問はついに終盤へと差し掛かる。
「出身はどこだ?」
「…………」
「どうした? 急に黙りこくるとは」
「……出身なんてねぇよ。俺は力帝都市の人間だ」
「……どういう意味か、詳しく聞かせてもらおうか」
それまで間を開けずに質問に答えてきた穂村がここにきて言いよどみ始め、言葉を濁らせる。それを不審に思った男は更に穂村を問い詰めようと、その大きな体格で威圧するかのように立ち上がり、穂村に詰め寄り始める。
「何故出身が言えない? これは、場合によってはきみの両親とも連絡を取らなければ――」
「母親はとっくに死んじまった。親父はのことは知らねぇ。どっかに消えちまった」
「人を馬鹿にするのは――」
「バカにしてねぇよクソ警官がッ!!」
少年は一瞬目の色を変えて怒り狂った。だがそれもすぐに鎮火するどころか、いつもより意気消沈とした少年が、男の目の前に立っている。
「……すまなかった」
「別に、いいんだ。事情聴取っつぅのはその辺も聞かなくちゃならなかったんだろ?」
「そうだが……私も不躾な事を言ってしまったことを謝ろう」
警官の心からの謝罪を受けなくても、穂村の中で既に怒りなど無くなっていた。
他人とは違う。それは既に変異種という時点で分かり切っていた事。そしてそのせいで、家庭環境も他人とは変わってしまっていることを。
「親父については片手間だが探している。むしろこっちが知っているか聞きたいところだ」
こんなところにいるはずがない。そう穂村は決めつけていた。いや、そうあるのが穂村の父親だった。
酷い放浪癖のせいで、自分の妻が身ごもっていようが風の向くまま気の向くまま。結局は母が死んでも、穂村の目の前に父親が現れることは無かった。
事情聴取も済んだのか、はたまた必要ないと考えたのであろうか。警官は調書をファイリングするどころかくしゃくしゃに丸め始め、そしてゴミ箱へと投げ捨てる。
「どうやらきみは不審者ではなかったようだ。この島へようこそ、穂村正太郎君」
「それはありがてえが、調書はそんな簡単に捨てていいもんじゃねぇだろ」
穂村は椅子から立ち上がってゴミ箱から丸めた調書をつまみ上げると、そのまま自分の手のひらの炎で焼却処分してしまう。
「なっ、人体発火だと!?」
「変異種ってのは何も時田だけじゃねぇってことだ。それにこの能力を見せるのは、あんたがこの島ではそれなりに信頼に足りると思ったからだ」
「……何が言いたい」
「俺はあんたに言われた通り、事情聴取を受けた。ならば今度は俺が警察官であるあんたに一つ頼みごとをしたい」
「……望みは何だ」
「簡単な話さ」
穂村は再び椅子に座りなおす。今度は傲慢な態度でもって、椅子にドカッと乱雑に腰を下ろして。
「この島で役に立ちてぇんだ俺は。この島で手伝いとか人助けとか、その辺がいる人たちのこととかを教えてくれると助かる」
「一体何が目的だ」
「目的は単純明快。そして何も悪い事じゃない」
――ただの、汚名返上だ。