第二話 誤解
穂村達一行は南条の紹介を受けながら、ひとまず島を歩き回ることになった。日差しが照りつけ、乾いたアスファルトが熱気を下からも送ってくる。そんな真夏の道路の脇を、穂村達は歩いている。
「ここが街で一番者が揃っているスーパーよ」
「明らかに年季はいってんな……」
「じゃあここでの買い物は止めたら? 私のお母さんがここで働いているから、貴方が来ても何も売らないように言っておくわ」
「ちょっ!? お前それとこれは違うだろ!?」
完全に余所者の穂村は、これ以降ここでの余計なひと言は控えるようになった。
「それにしても、本当に何もねぇんだな……」
「アンタさっきからそれしか言ってないわね……」
「だって普段の俺達なら、街を数ブロック歩けば大体バトルしている光景の一つや二つくらい見てもおかしくはねぇだろ? なのにこの島は――」
「言っておくけど、力帝都市の方がここから見れば異常なのは分かってるわよね? それともアンタまさか、ヴァルハラ生まれのヴァルハラ育ちだったの?」
「違ぇよ、俺は外から来た身だ。それこそ、こんな感じの町からな」
「だったら尚更納得しておくべきでしょうに……」
そうこう話している間も穂村達三人に時田も含めて、奇異の目が向けられている。イノやオウギはその視線に不快さを感じ、穂村はその視線をさえぎるかのようにイノとオウギを自分の影へと隠し始める。
「……おい、南条だっけか?」
「あなたはほんの少し前のことも覚えていないのかしら」
「うるっせぇ。それより、一つ質問に答えろ」
「……質問なら、こんな場所じゃなくてもっと別のところで受けますわ」
奇異の視線が向けられない場所。人がもっと少ない場所へと向かってから、南条は話を聞くつもりなのだろう。穂村は南条の意図を理解すると、静かに口を閉じて島の様子をうかがい続けることにした。
◆◆◆
「――ここは」
「ここは島の展望台。滅多に人も来ないわ」
山の頂上にある、寂れた展望台。島の全貌や、水平線の向こうの本州までもが見渡せるこの場所で、南条は話を聞くつもりだった。
「で、質問は何?」
「単刀直入に言わせてもらう。お前等、俺達のことが嫌いだろ」
「……そうね。嫌いというより、恐れられているわね」
特段隠し事をする訳でもなく、南条は静かにこの島の実態を語り始める。
「だってあなた達、普通じゃないもの」
「……ハァ?」
普通じゃない? じゃあ、普通って何だ?
「正直に言うと、腫物を扱うような感じに近いわね。マキナさんは別ですよ、だってマキナさんが優しいのは、私がよく知っていますから」
南条はそう言って時田だけはフォローしようとするが、当の本人は何を言ってんのとでも言いたそうに、怪訝な目つきで南条の方に反論を振りかざす。
「でもアンタ以外には、アタシもほぼ同じような扱いを受けているわよ」
「それでもマキナさんは、まだ島の人ですから……」
「なるほどな、要は俺が爆弾か何かにでも見えるって事だろ?」
「見えるんじゃなくて、あなたの場合は実際に爆発しそうじゃないですか」
「いや、できるけどしねぇよ……」
穂村の能力は発火能力であり、考え方次第では爆発もできるだろう。しかしそれをわざわざこの場で行うメリットなど存在しない。
「だから怖れているのよ。私達みたいな普通の人間が、あなた達のような訳の分からないものを怖がることくらい、分かるわよね?」
「そりゃ、分からないワケじゃねぇけどよ……」
「そういうことよ。だからマキナさんの用事がすんだらさっさと帰ってもらえるかしら」
「それがよ……」
穂村は時田と友達以上の関係であろう南条に対して到底言いだしづらい話題を、申し訳ないようなさしがましいような、複雑な表情を携えて切り出すことにした。
「……実は俺、時田の彼氏――」
「なぁんですってぇぇえ!?」
「いやまだ最後まで話を――」
「どうしてあなたのような一目で甲斐性無しと分かるような人が、私のマキナさんの彼氏を名乗れるはずがありません! こんなの絶対に嘘です!!」
南条は穂村の襟首を両手でつかみ上げると、およそ知り合いに向けるような力量とは思えない速さでがくがくと首を揺らし始める。
「だ、だから、それは――」
「認めません!! この人を選ぶくらいなら、まだあの成金の――いえ、それはまた別の話でしたわね。それでも!!」
「はーいはい、だからちょっとアタシの話を聞いてもらえるかな?」
それまで面白がって見ていた時田だったが、南条がそろそろ本気で穂村を閉め落としかねないところから仲裁に入って実際の理由を話すことに。
「実はね、アタシのお爺ちゃんがそろそろ許嫁をって言い出してさー」
「何ですって!? そんなことを私は許す訳が――」
「許すも何も、アタシも嫌よ。だからコイツを連れて来たってワケ」
「……そういう事だ。何も俺は本当に時田の彼氏って訳じゃねぇ。ただカモフラージュとして連れてこられただけだ」
「……本当に彼氏にしてもいいんだけど」
「何か言ったか?」
「何もー」
ただ彼氏代わりとして連れてこられたにしては、友達以上の関係性が見られるような気がすると、南条は少し焦りを見せ始める。
「ほ、本当に彼氏代わりなだけよね? それ以上は何もないわよね?」
「何もねぇっての。強いて言うなら休日に一緒に――」
「それアウトですからぁー!!!」
あってはならないことを聞いてしまった。そんな南条の悲痛な叫びが、空いっぱいに広がっていく様子を、穂村は冷めた目つきで見つめている。
「……どこかおかしいんじゃねぇのか?」
「まあ、そっちの気がありなんだけど、普段はいい子だから……」
「本当に大丈夫かよ……」
◆◆◆
山から下りる途中、穂村はずっと考えていた。どうすれば自分達のような変異種が――時田マキナが、この生まれ育った島で受け入れられるのかを。
「…………」
「……?」
「ん? どうしたオウギ? そんな不思議そうな顔をして」
「…………」
「おねぇちゃんは、しょうたろーが考えごとをしていることが気になるって」
「あぁ、そういうことか」
「一体何を考えてたのよ」
この考え事の中心人物である時田から考え事の内容を訊かれると、穂村としては答えざるを得なくなる。
「いや、俺達が別に危険じゃねぇってことを何とかしてこう、広めるっつーか――」
「無理だってば、この島は頭の固いご老人がわんさかいるんだからさ。アタシみたいに口が達者だったとしても、そもそも聞いてくれないんだから」
「私は、マキナさんがいい人だって最初から思っていましたよ?」
「いや、アンタこそ最初はものすごく毛嫌いしてたでしょ」
「なっ!? ……その時の私が今ここにいるのでしたら、キッチリと体に叩き込んでいますわ」
南条の奇行はともかく置いておくとして、時田の方も何とかして信頼を得ようとしてきていた事を知った穂村は、それでも諦めずにどうするべきかを考え続けた。
「……口でも言ってもダメなら、行動で示すしかねぇよな……」
「何? アンタ何か思いついたワケ?」
穂村は決意を固めるかのようにぐっと拳を握りしめると、その場にいる全員の注目が集まる中で、一つの案を提示した。
「単純明快な話だ。俺達は危なくねぇし、むしろ皆の役に立ちたいんだってことを示せばいい」
「それでどうするつもり?」
「……仕事を手伝う」
「ハァ?」
「この島の仕事、片っ端から手伝えばいいんだよ」