第一章 第一話 島の洗礼
結局穂村はイノとオウギを抱え、はるか上空から時田の祖父が運転するトラックに追従することになった。上空にいる穂村は追跡がてらの暇つぶしに、島の全貌を見つめる。
「……しっかしなんもねぇなここ」
見渡す限り緑が生い茂り、畑でひと仕事している者の姿も見える。山では鳥の羽ばたく姿が見え、蝉の声が鼓膜を破壊しかねないほどに鳴き続けている。そして港では漁師の船や釣りをする者が見えていたりと、この島だけ時代に取り残されているような、そんな気分に穂村は浸ってしまう。
「……力帝都市とは、違うな」
力に溺れ、一触即発といっても過言ではないほどにピリピリとした空気に包まれた力帝都市、ヴァルハラ。その空気に慣れた身としては、このようなのどかな風景が眩しすぎるのかもしれない。
「……時田はどうして、こんなところから抜け出したんだ」
時を止める能力など、使いようによってはいくらでもごまかすことはできる。それこそ能力者などと名乗る必要すら無い。であるにもかかわらずどうして時田はこの平和な島を捨てて、力帝都市に独り飛び込んでいったのか。
「……まあ、俺も人のことはあまり言えないか」
誰にでも過去を、故郷を捨てて飛びだしたい理由があるのかもしれないと思いながら、穂村はトラックが停車した一件の民家の前に降り立つ。
「ここがお前の実家か」
「ええ。なかなかいいところでしょ」
「まあ、空気が澄んでいるのはいいことだな」
穂村は辺りに家が無い事には何も言わず、空気と風景のみに言及して清々しいと言わんばかりに背伸びをしている。
しかし穂村は普段から炎と身を同化しているため気が付いていないが、イノとオウギはこの島の陽ざしの照り具合にダウンしかかっている様子。
「あ、熱いぞ……」
「ふぅ…………」
「お前ら家でバカみたいにクーラーをつけっぱなしなのが問題だろうが。自業自得だ」
夏場は元々へっちゃらで、冬場は自分の炎で温まる。穂村がこの力を持って地味に得したと思える部分である。
「何言ってんのよ、アンタが『焔』だから平気なんでしょ。イノちゃんもオウギちゃんも、早く家に上がりなよ。扇風機くらいならつくはずだから」
「それでも扇風機しかねぇのかよ……」
自分と一緒に空を飛んで風を浴びた方が涼しくなるんじゃないかと言いたかったが、時田の祖父が睨みつけていることの方に、穂村は気を取られざるを得ない。
「いいからはやくはいらんか!」
「なんだよ爺さん、俺は別に――」
「入らんか!」
「チッ、なんだってんだ……」
穂村は悪態をつきながらも、時田の実家へと足を踏み入れる、
「…………」
しかしこの時老人が何故穂村に中に入るように急かしたのか、その理由は――穂村が家の中へと消えていった後に、ひっそりと姿を現すことになった。
◆◆◆
「――マジで何もねぇんだな……」
穂村は時田から投げ渡された棒アイスを食べながら、縁側でひたすらに外の風景を眺めている。
「クッソ、これだけ退屈なら力帝都市に残っておけばよかったぜ……」
「ハイハイ、終わった事だししょうがないでしょ? それよりテレビ見る? ヴァルハラ程じゃないけど暇つぶしにはなるわよ」
「そうかい……」
イノとオウギはというと時田の祖父と共にテレビに釘付けの様子で、祖父の相撲の解説を熱心に耳にしている。
「この稀勢の海とかいうやつが強くてな、横綱でもないのにバッタバッタと他の力士を倒していくんじゃよ」
「そうなのか!? 凄いな!」
「なんでここまできて大相撲実況してんだよ……」
穂村はテレビを見るのも退屈だと言わんばかりに棒アイスを一口で口の中に含むと、キーンとした冷感を味わう前に熱で溶かしつくし、一息に飲みこんでしまった。
「……ん?」
そんな穂村の目の前で、不自然に草むらが揺れる。
風向きとは逆方向の揺れ。それは風邪とは違う別の何かがそこに潜んでいることを示していることに他ならない。
「…………」
穂村は静かに棒アイスの木の棒に火をともすと、その揺れる草むらの方へと狙いを定める。
「…………シッ!」
指先で棒を弾き、草むらへと火種を飛ばす。すると――
「へっ? あっちちち!?」
この瞬間穂村は立ち上がり、そして堂々と草むらに潜んでいた者をつるし上げに向かいに歩いていく。
「一体どこのどいつが――って……」
「な、何よ! 貴方みたいな余所者が、どうしてマキナさんと一緒にいるのよ!!」
「なっ、痛ぇ!?」
草むらから出てきたのは芋っぽいが気の強そうな一人の女子高校生。恐らく話の内容からすれば時田の知り合いの雰囲気であるが、穂村に対して異様な敵対心を持っているのか、捕まえに来た穂村を逆にビンタで返り討ちにしている始末。
「このっ! マキナさんに何の用よ!」
「だから! 俺は時田に呼ばれてここに来てんだよ!!」
しかし所詮は少年と少女。しかも穂村の方は戦闘経験が常人の比にならないほど豊富といえる。故にこの場合、少女を組み伏せる事など容易い事はいうまでもない。
「くっ……離しなさい!」
「離したらまた抵抗するだろうが!」
「だから何よ! このスケコマシ! マキナさんをたぶらかすなんて許さないんだから!」
そうは言っても既に穂村にマウントポジションを取られ、起き上がろうにも腰に乗られては力を入れることもできない。
「大人しくしろ!」
「それはコッチのセリフよ! この強姦魔!」
「ハァ!? 俺がそんな事するかよ!」
そしてこの騒動を聞きつけて家の方から時田とその祖父、そしてイノとオウギがぞろぞろと家から出てくる。
「一体何事――って、何してんのよアンタ!!」
「何じゃい騒がしい――って何をしとるんじゃお前はー!! 陽奈子から離れんか!!」
「うごあぁっ!?」
陽奈子と呼ばれた少女を取り押さえていた穂村は背後から祖父と孫によるダブルドロップキックをまともにくらうこととなり、そのまま草むらへとダイブすることに。
「大丈夫か?」
「なんでこんなことになったの?」
「マ、マキナさん!? そ、それは、えぇと、その……」
陽奈子は両手の人差し指をツンツンとしながら、恥ずかしそうに時田の顔を見ては顔を伏せている。
「あいっかわらずアンタはアタシの後をついてくるわよね。一体何が目的なの?」
「そ、それは……」
「よせマキナ。陽奈子は単にお前を心配していただけじゃ。それこそ、お前が力帝都市とやらに行っている間もな」
老人の言葉に静かに頷くその姿は、先ほど穂村と騒いでいた人物と同一とは思えないほどにしおらしくしている。
「痛ってて……ったく、なんだってんだよ……」
草むらに放り出された穂村が立ち上がるころには、陽奈子と時田が仲良く昔話をしている。
そして穂村のことなど最初からいなかったかのように、三人仲良く家の中へと消えていった。
「……何だってんだよ一体」
穂村は愚痴を吐きながら、後を追うように時田の実家へと入っていく。家の中へと入ると、既に家に入っていた陽奈子がイノとオウギのその外国人のような容姿に興味津々といった様子が見える。
「あっ! しょうたろー!」
「何この二人? マキナさんとそこの男と何か関係があるの? はっ!? もしかして――」
「おい、クソくだらねぇ発言する前にはまず年齢を考えろよ」
「……もしかしてそこの男の連れ子?」
「だから年齢考えれば違うだろ! バカかお前は!」
どうにも穂村はこの陽奈子とかいう少女とそりが合わないようで、互いに顔を背けて座布団の上に座っている様子でいる。
「ある意味凄いわね。出会って五分とたたずにここまで仲が悪くなるなんて」
「そこにいるクソ女が草むらでごそごそやっていたのが悪いのに、どうしてか俺がドロップキック喰らっちまったもんでな」
「そもそも、その目つきから風貌から怪しさ満点のあなたに言われたくありません」
このままではらちが明かないと思った時田は、仕方なく二人の仲を取り持つべくまずは互いに顔を合わせることを薦め始める。
「もう、少しは話しあう気はないの?」
「ねぇよ」
「無いです」
「……ねぇ陽奈子、お話してくれないならアタシもアンタと喋らないから」
「なぁっ!? そんなの酷過ぎるじゃないですか!」
「『焔』も今度から何か起きても手伝ってあげないから」
「ハァ!? そりゃねぇだろ!?」
こうして強制的に顔を合わせざるを得なくなった二人は、互いにしかめっ面のままでありながらも自己紹介をして、握手をすることに。
「……南条陽奈子よ」
「穂村正太郎だ。時田からは能力名の方の『焔』でよく呼ばれている」
「っ、私だってマキナさんとは小学校までずっと同じ学校ですわ!」
「何で張り合ってんだよ……痛ってぇ!? こいつただの握手を本気で握りしめてきやがった!?」
穂村が急いで振りほどくと、南条は時田には見えない角度でしてやったりといった表情を浮かべる。
「……マジで、仲良くなれそうだな俺達」
「奇遇ね。私もそう思うわ」
こうしてこの島に入って最初の友達関係(?)ができた穂村であったが、それが長く続くかどうかは、現時点ではわからないままであった。