第二十一話 協力にして強力
「貴様は普通の殺し方では満足できん!!」
「ハッ、だったらどうするってんだ」
「ククククク、クハハハハハッ!」
リュエルは目の前で両手を組み合わせ、まるで手の内に何かを込めるかのような動作を取り始める。
「――深淵の大帝よ、暗黒の片鱗よ! はるか地の底に埋もれし異形の姿、我が前に力を示してみせよ!!」
普段のリュエルであれば、詠唱破棄による簡易的な魔法で済ませていただろう。だが今のリュエルにはそのような手心など一切存在しない。魔法の完全詠唱、そしてリュエルが両手を前にかざすと共に、暗黒の球体が手のひらに精製され始める。
「――異重擂球!!」
例えるなら無限の質量を持つ物体――かのブラックホールと呼ぶに等しき重力を持った暗黒の球体が、穂村達の前に姿を現す。
「無限の重力を前に、全て押しつぶされてしまえぃ!!」
「ぐっ、マジかよ!!」
ブラックホールと同等であるのならば、光ですら飲み込むという脅威的な引力を持つことになる。そして現に穂村の目の前で壁を、床の破片を、全てを吸い込まんとする勢いで球体は物質を、空間を圧縮していく。
「俺に掴まれ!」
穂村は高熱で自分の手足と床を接着し、地面と一体化する。そしてそれにイノとオウギがしがみつき、離れていた時田は一瞬だけ時間を止めて穂村へと抱きつく。
そして時間を止めた事であることに気が付いた時田は、顔のそばで穂村に呼びかける。
「っ、ねぇ『焔』!!」
「何だよ! ……そういうことか!」
時田の能力を知っていた穂村は時田のアイコンタクトで全てを理解し、この窮地を脱する策を互いに確かめ合う。
「一か八か、やってみるしかねぇな!」
「アンタが止めを刺しなさいよ! それと、軌道をミスったら全員アウトってことを頭にいれときなさい!」
「それくらい分かってるっての! ……だけど、俺は時田を信じるからな!!」
「あ、当たり前でしょバカ! あたしがミスするわけ無いじゃない!」
二人がタイミングを合わせようとする中、球体は更に引き寄せる力を強めていく。
「イノとオウギは時田にしがみついていろ! 俺が仕留める!!」
「仕留める? 何を馬鹿な事を言っている! 仕留められるのは貴様の方だ!!」
リュエルがさらに両手に魔力を込めると、魔法で生成された球体はもはや本物のブラックホールと遜色ない程の重力を持った禍々しい球体へと変貌していく。
「チャンスは一瞬だけ! いくわよ! いち、にの――」
「――さん!!」
――紅蓮拍動、発動。同時に右手を振りかぶり、手の内に極大火球の圧縮を開始。そして同時に、時田マキナによる時間停止。そして――
「球速無限!!」
「火の玉直球ッ!!」
時田の後押しによる、無限の加速。時間が止まっていく中、穂村の突進が異重擂球のすぐ下をすり抜けていく。
そして穂村の右手が、太陽のようなまばゆい光を帯び始める――
「灼拳――」
敵、既に射程圏内。穂村の渾身の一撃が届く範囲。
そして時は、再び刻まれ始める――
「なっ――」
「――爆砕ッ!!」
闇を消し去り、光の一撃がリュエルへと突き刺さる。
「ぐはぁっ!!」
「うおっと!?」
穂村は一瞬背後へと吸い込まれるが、その前にリュエルの魔力供給が失われ、球体は消え去る。
穂村による完全なる破壊の一撃。更に時田による速度追加によって、まさに破壊神の一撃ともいえるような拳をリュエルは受けることになる。
地面と平行に吹き飛ばされ、リュエルは文字通り壁へと叩きつけられ、壁の一部と化すほどにその自らの身体で壁を抉る。
「や、やってやったぜこの野郎!!」
「バカ! 喜んでる場合じゃないわよ!!」
勝負に勝ったにもかかわらず、依然として穂村達のピンチが消え去ったわけでは無い。
穂村と時田による極限の一撃。それはリュエルだけではなく、地下施設自体にもダメージを与えていた。
「急いで脱出するわよ!」
「お、おう!」
遂に天井は崩れ始め、このままでは穂村達は地下に生き埋めになってしまう。
「なにチンタラ飛んでるのよ! 急ぎなさいって!」
「定員オーバーだバカ!!」
「だったら誰か置いていくワケ!?」
「そっちの方がもっとバカだ!!」
「しょうたろー、がんばれー!」
「分かってるっての! ありがとうよ!!」
穂村は三人を連れて飛びたち、崩れゆく通路を素早いスピードで通り過ぎていく。
「チッ! 守矢達は先に出て行ったんだろうな……ッ!?」
そう考えている穂村の目の前に、突如天井の一部が落ちてくる。
「くっ、一時停止!」
時田は最後の力を振り絞り、崩れゆく世界を数秒間停止させる。そのわずかな時を使って、穂村は間一髪のところで回避、そして更にブーストをかけて飛び去っていく。
「ッ、ハァ、ハァッ……!」
「無茶するなよ時田! 俺が壊せばいい話だ!」
「でも今のはアンタ気が付かなかったでしょ!」
「次から気を付ける!」
そうこうしている内に穂村の後ろでは落盤が始まり、徐々に徐々にと穂村達を追い詰めていく。
しかし穂村は死ぬわけにはいかない。こんなところで、こんな場所で、時田達を道連れにするわけにはいかない。
「もっと飛べるだろうが、俺は、こんなところで死んでたまるかぁあああああああッ!!」
穂村は自身に気合を入れるかのように大声で叫び、それと同時に脚のブーストを最大限の火力へと引き上げる。
「うあぁああああああああああああああ――――――ッ!!」
「っ! 正太郎さん!」
ついに元の入り口が目に見え、そしてそこには守矢四姉妹が穂村達を待っている。
「正太郎さん! ご無事で――」
「先に行けぇ!! 俺達も続くからよぉ!!」
守矢達を先に外へと脱出させるが、穂村達の目の前で魔法陣が描かれた壁に徐々にヒビが入り始める。
「あのヒビ、魔法陣まではいったらヤバいんじゃないの!?」
「だったらもっと急げばいいだろうが!!」
最後の力を振り絞り、穂村は魔法陣へと突き進む。
そして――
「――オ、ラァッ!!」
そして穂村は時田達を先に脱出させるために、渾身の力で身をよじって三人を魔法陣の方へと振りほどくようにして弾き飛ばす。
「ちょっと!? 『焔』!?」
「悪ぃな……どうやら、ガス欠、みてぇだ…………」
「しょうたろー? っ、しょうたろー!!」
時田達が最後に目にしたのは、落盤を背後に地面に伏せる穂村の姿だった。