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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
―夢幻の可能性編―
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第二十話 独りじゃない

「――対象の鎮圧完了。正義の大剣ジャスティス・ブレードの格納を開始」

「フン、Sランクの関門と聞いて少しは期待していたが……こんなものか」

「クッソ……やっぱり『アイツ』の力がねぇと、無理なのかよ……!」


 戦いの場において、最後までその場に立っている者こそが勝者。ならば今この場に立っているのはリュエルとイノセンス――つまり、この二人こそが勝者といえるだろう。


「ア、ハハ……アンタ今、情けない姿晒しているわよ……」

「うるせぇよ……お前だってぶっ倒れてんだろうが……」


 だがそれを断じて認めない者が、この場に二人いる。戦いの場においてなお、勝利を掴みとろうとする者がいる。


「まだ、エンジン掛かったばっかりじゃねぇか……なぁ、イノセンス!!」

「Sランクだからって……アタシを、見下してんじゃないわよ!!」


 血みどろになりながらも、立ち上がる者がいる。敗北を否定し、勝利を引きずりこもうとする者がいる。


「イノ、オウギ……てめぇ等もいつまで甘えてんだよ……いつまで囚われて、言いなりになってるつもりなんだよ!!」


 穂村の体からうっすらと、火の粉が赤く舞い上がる。闘争心がまだ潰えていないことを表すかのように、なおも高く燃え上がる。


「てめぇ等も、いつまでもそうやっている場合かよ……!」

「……黙れ。私の検体名称はイノセンス。イノでも、オウギでもない!」


 調整に調整を重ねたおかげか、イノセンスの持つ大剣には以前とは違うオーラが纏われている。それは穂村の内に潜む憤怒の感情を切り裂く、正義の力。

 だが穂村の内にはいまだにチリチリとした焦熱が熱を帯びている。イノへの、オウギへの、そして助けきれない自分への怒りが、まだ内で燻ぶり続けている。


「……そうかい。だったら……」


 額から流れる血で前が見えづらい。だがそれも拭えば済む話。


「てめぇにもここらで一回、本気で怒っておかねぇとな」


 立ち上る穂村と共に、赤き火柱が立ち昇る。『焔』は、穂村正太郎はまだ敗北を認めていない。

 そしてそれに呼応するかのように、一人の少女が立ち上がる。


「アンタこそ、なに一人でかっこつけてんのよ……!」


 時田マキナ――Aランク最強にして、Sランクへの関門を司る少女。能力名、『観測者ウォッチャー』。

 時を止めるというこの世界の常識を覆す力を持つ少女でもってしても、理を覆すリュエルに勝つことはできない。

 しかし勝つことはできなくても、一泡吹かせることはできる。現にリュエルは立ち上がろうとする時田を前に、目を丸くしている。


「貴様……あれほどの攻撃を受けて、何故立とうとする」

「フフ……老いぼれのアンタには、分かるはずないでしょうね……!」


 誰かのために力を揮う――そんな理屈が、己の為だけに力を揮ってきた者に理解される筈もない。


「アタシが、アンタに勝てなくても、アンタをぎゃふんと言わせるくらいはできるでしょ……!」


 時田は精神を集中させ、またも時間を止めようとする。

 しかし時間を止める事など、リュエルとて不可能という訳では無い。


「貴様の能力、確かに上級魔法を使わなければ同じ土俵に立つことはできまい……しかし相手を間違ったな! わしは――」


 ――時田は常に、相手を観て行動をする。それは時田の力、『観測者ウォッチャー』の裏にあるもう一つの能力(セカンダリ)が関係している。

 ――相手を観察ウォッチする能力、それが時田の持つもう一つの力。

 手の動き。瞬き。喋り始める時の口の動き方。感情――全てを観た上で、相手が次に何を仕掛けてくるか、何を考えているのかを予測する。

 未来予知に近い力。読心術に近い力。それが時田のもう一つの能力である。

 そして今回、リュエルの勝利に近い宣言を耳にした瞬間――相手が完全に魔法を詠唱できずにいる瞬間を狙って、時田は時間を止めた。


「これなら……!」


 時田は最後の力を振り絞って停止したリュエルの下へと近づき、右手ででこピンの形を作り上げる。


「これで、終わりよ……ッ!」


 ニュートンの方程式。

 時速無限、破壊力――無限。

 常人なら完全に破壊される筈の、完全なる一撃。それがリュエルの鼻っ柱を文字通りへし折る。


「ぐああっ!?」


 突然の鼻血。それと共に衝撃がリュエルの身体を一回転、二回転、三回転――そのままリュエルははるか後方へと弾き飛ばされる。


「アッハハハ……ちょっとは、ビックリした……ぁ?」


 その一撃に全てを込め、時田はその場に再び倒れ伏した。


「っ、時田!? くっ――」

「対象の憤怒、以前として消滅せず」


 時田に気を取られる間も無く、イノセンスは穂村へと何度も斬りかかる。それらを全てすんでのところで回避しつつも、穂村は時田の元へと近づいていく。


「時田! おい、しっかりし――」

「小娘が……舐めおって!!」


 駆け寄る穂村よりも早く、鴉の群れが時田のすぐ近くで人の形を模していく。


「貴様……死よりも狂おしき苦痛をくれてやる!!」


 怒り狂ったリュエルが魔法で呼び足したのは、あの時穂村を苦しめ抜いた拷問打鞭トゥーチャーウィップだった。リュエルは再びそれを振るい始め、今度は時田をいたぶりつくそうとしている。


「クククク、これは決して殺せぬ鞭……ただ死ぬ寸前の苦痛を繰り返す鞭よ!!」

「――ふざけんじゃねぇぞ、このクソ野郎がぁアアアアアアアアア!!」


 穂村の炎が再び蒼く染め上げられていく。しかし怒りに支配されたリュエルが、背後の穂村の炎に気づくことはできない。

 代わりに気づいたのがイノセンス。とっさにリュエルと穂村の間に割って入り、正義の大剣のフラーで穂村の攻撃を防御しようともくろむ。


「ッ!? 防御態勢――」

「ジャマするんじゃぁねぇ!!」


 しかし今の穂村にとってそんなものなど、炎の前の紙切れに等しかった。


「ぐぁっ!!」


 蒼の拳は大剣をへし折り、そのままイノセンスの腹部へと突き刺さり、そしてリュエルもろとも壁へと叩きつけられる。


「そこを退けぇ!!」


 穂村は片手でイノセンスを放り投げると、あの時の続きを繰り返すかの如くリュエルに執拗な攻撃を加え続ける。


「クソジジイが、オラ立てよ!!」

「ぐ、が――」


 首根っこを持って掴み上げ、そしてパッと手を離すと同時に回転蹴りで今度は反対側の壁へと叩きつける。

 轟音が響き渡る地下施設。じりじりと壁からは建物を構成している物質の破片が落ち始め、ヒビが徐々に徐々にと広がり続ける。


「くっ、これはまずいな……」


 アダムはこの状況をよくないと察知したのか、即座にその場から走り去っていく。


「ククククク……今度こそブチ殺してやるよ、クソジジイ」


 今度は油断しない。隙も見せない。魔法を撃とうというのであれば、腕をへし折る。逃げようとするのであれば、足をぐ。睨みつけるというのであれば、目玉を抉り取る。喋ろうというのであれば舌を引っこ抜く。今の穂村ならば、それらの残虐な行為をいとも容易く行える。


「どうした? 得意の魔法でも出してみろよオラ、この前みてぇに俺をなぶり殺しにしてみろよ!!」


 いくら穂村が煽ろうとも、既にリュエルは虫の息だった。時田からのでこピンに加えて、一撃必殺にも等しい穂村の攻撃を二度も喰らっている。


「……クッソつまんねぇな、てめぇ。アァ? ラシェルを殺して、イノとオウギをオモチャにした挙句、今度は時田ってか? その割には大したこともねぇじゃねぇか、アァ!?」


 横たわるリュエルを散々罵倒し、踏み潰し、蹴り飛ばし、それでもなお穂村の怒りは収まる事はない。


「ゴミが……焼却してやるよ」


 穂村は今、禁忌を侵そうとしていた。それは力帝都市でもご法度とされているもの。

 穂村正太郎は足を挙げると今まで以上の熱量を持った炎を纏わせる。それは明らかに人間が耐えられる熱量ではなく、触れるだけで死を意味する熱量である。

 穂村はそれでもって頭を踏み抜こうと、リュエルの頭上へと足の影を落とす。


「今度こそ、死ね――ッ!?」


 気が付くと穂村の目の前から、リュエルの姿が跡形もなく消え去っている。


「……どこいきやがったんだ? オイ、どこ行きやがったァ!!」


 穂村のいかりに、更なる燃料が投下される。蒼い焔が一瞬天を突き、天井へと燃え移っていく。


「どこいきやがっ――」


 穂村が振り返りざまに目にしたのは、自分と同じように怒った様子の時田だった。そして次の瞬間――


「このバカ!!」

「――ッ!?」


 気が付くと穂村の頬には真っ赤な手形がつけられていた。


「アンタ今何しようとしてたの!」

「時田……お前こそ、なんでそいつを庇ってんだよ」


 時田の後ろにはイノセンス、そして瀕死のまま横たわるリュエルの姿がそこにある。


「そいつはてめぇをいたぶろうとしてたんだぞ? てめぇを殺そうとしてたんだぞ? ……そこを退け!!」


 穂村の怒りは有頂天へと到達しようとしていた。穂村の目的はただ一つ。友達を、大切な人を手に掛ける輩をこの世界から消し去ること。

 だがその目的一つの為に穂村は、他の大切なことを見失いかけている。

 それをこの場で肌身に感じていたのは他の誰でもない、時田マキナただ一人だけ。故に時田は瀕死の身体を振り絞って、穂村の前に立ち塞がる。


「退けと言ってるだろうが!! それとも、てめぇが俺を止められるとでも思ってんのか!? そんなボロボロの身体で、関門が務まるとでも思ってんのか!! さっさと退きやれ!!」

「……絶対に、イヤ」


 時田の目には絶対的な覚悟が宿っている。ならば穂村は、どうするべきと考えたのであろうか。

 燃え盛る蒼い焔を消して、穂村は黙りこくる。だがすぐにまた蒼い焔が、握られていく右手の内から漏れ出していく。


「……だったらてめぇからブチのめしてやるから、ちっとばかし覚悟しとけよぉ!!」


 穂村は右手の内に蒼い焔を集約させ、遂にその怒りの矛先を時田に向けようとしている。


蒼拳ブルー――」


 しかし穂村の前に、更に立ちふさがる者がいた。


「……なんでお前までもが立ちふさがるんだよ……なぁ、イノ!!」

「正太郎……ダメだよ」


 それまでイノセンスを操っていたアダムが放棄したおかげなのか、それともイノセンスはイノセンスとして憤怒を静めようとしようとしているのか、それともイノセンスの内にいる小さな少女自身の言葉なのか。イノセンスはイノセンスのまま、穂村正太郎の前で両腕を広げて立ちふさがっていた。

 そして穂村はこの予想外の出来事に戸惑うが、内側でジリジリと焦げ付く怒りが穂村をなおも突き動かそうとしている。


「……頼むから退いてくれ」

「ダメだよ。正太郎」

「……お前も、そこにいるクソジジイのせいでこうなったんだろうが! 頼むから、お前だけは傷つけたくないから、そこを退いてくれよ!!」


 穂村の感情は歪みに歪んでいった。憎しみと、怒りと、悲しみと、戸惑いと――目の前に立つ一人の存在を前にして、穂村正太郎はこの感情を、蒼炎を、誰にぶつければいいのか分からなくなっていく。


「私は……大丈夫だよ」

「俺は……俺は……ッ!」


 穂村正太郎は、とうとうその場に膝をついた。そして一人の少女にすがりつくかのように、羽の生えた天使にすがりつく愚者の様に泣いた。


「ごめん……ごめんな、イノ、オウギ……俺は、俺が……ラシェルを殺しちまったんだ……!」

「…………」

「俺が、ラシェルにお前達の御守りを頼まなければよかったんだ……俺のせいで、お前達も――」

「大丈夫だぞ、しょうたろー」


 無機質だった声が、聞きなれた幼い声へと変わっていく。


「わたしとおねぇちゃんなら、大丈夫だぞ」

「ッ!」


 穂村が顔を上げた先――穂村の両手を握る少女二人の姿がある。


「わたしたちならもう、大丈夫だぞ」

「……お前達、どうやって――」

「しょうたろーを助けたいって思ったら、こうなっていたぞ」

「ん……」


 オウギはイノの言葉に静かに頷き、そして小さな体でありながらも穂村を抱きしめる。


「しょうたろーが苦しまなくてもいいんだぞ。らしぇるもきっと、大丈夫だぞ」

「で、でも……」

「わたしも、おねぇちゃんも、しょうたろーの味方だぞ」


 二人を抱きしめ返す先に映っていたのは、大きくため息をつく時田の姿。


「ったく、アンタ一人で抱え込み過ぎなのよ。ちょっとはアタシ達を信用しなさいって事よ」


 穂村の脳裏に、小晴の言葉がよぎる。


 ――貴方が死ぬことを悲しむ人は他にもいるのではないですか?


「……そうか……そういう事だったのか……」


 この戦いを通してきて、そして今まで戦ってきたなかで、穂村は仲間というものを分かっていたはずだった。分かっていたつもりだった。しかしイノとオウギ、そして時田によって、穂村はようやく本当の意味での仲間を理解する。

 失うのは確かに怖い。かといって独りでいることは間違えている。一緒にいて、一緒に戦って、一緒に笑いあえるのが仲間なのだと。

 

 ――穂村正太郎は、独りではないのだと。


「……すまなかったな」

「フン、これでまた借りを作ることになったわよアンタ」

「……確かに、かなり大きな借りになるな」


 穂村は自分でも自然と笑ってしまうほどに、自分が孤独では無かった事に気づけなかったことを滑稽に思った。


「……俺には、皆がいたんだな」


 そう喜んでいたのもつかの間、穂村の視線の更に先――今まで床に伏していたリュエルが、静かに立ち上がろうとしている。


「ぐ……貴様等……貴様等が殺さずとも、わしが殺してやる!!」

「……そう簡単に死んでたまるかよ」


 もはや差し違えるつもりなど無い。穂村正太郎はこの男に勝利し、皆で帰る道を選択している。


「貴様一人が立ちふさがった所で、一体誰に勝てるというのだ!!」

「確かに俺一人じゃてめぇには勝てねぇかもな……だが俺には、仲間がいる。イノも、オウギも、時田も。守矢達も、戦ってくれている」

「だからどうしたというのだ!! 死にかけの雑兵を殺すなど――」


 穂村は紅い炎を右手に宿らせると共に、リュエルを小馬鹿にするかのように口元を歪ませてこういった。


「何いってんだ? 俺は死なねぇぞ」

「貴様は、貴様だけは生かしては返さん!!」


 ここにSランクと穂村達による、本当の意味での死闘が始まった。

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