第十九話 侵攻戦
「――チッ、どこもかしこも面倒なッ!」
「偵察機も何もあったもんじゃないわね!」
多勢に無勢。予想だにしていなかった奇襲を前に、地下施設は混乱渦巻く戦場へと化していく。
その中で先陣を切って露払いならぬ敵を薙ぎ払っているのは穂村と時田。小晴は二人のバックアップとして取りこぼした敵を排除、更に和美と要が仕留め損ねた敵にとどめを刺すという完璧なチームワークを見せつける。一向は地下施設内の広い通路を突き進み、先へ先へと駆け抜けていく。
「ッ!! 伏せろ!!」
たたかいの束の間、穂村の言葉を皮切りに時田は一瞬にして物陰に隠れ、穂村本人はその場にとっさにしゃがみ込む。
穂村の眼前に見えていたのは、両腕をガトリング砲に改造されたあの無人タイプの陸戦ロボット。そして穂村が叫んだ今、ガトリングの回転音が爆音へと切り替わろうとしている。
「何をしているんだ守矢! とにかく射線から――」
「ほのか」
「はーい」
穂村の必死の呼びかけに対して、小晴は余裕を持った口調で末の妹のほのかに語りかける。
「ばーりあっ!」
そしてほのかは笑顔で両手を前に出すと、守矢四姉妹を囲むかのように薄い青色の膜が張られる。
轟音と共に、熱い薬莢がロボットの足元に転がり始める。そして殺すために放たれた弾丸計九千二百発が全て、ほのかのバリアへと襲い掛かる。
だが――
「――全弾、命中セズ。敵、依然トシテ存命」
「……ウソでしょ」
「マジかよ……」
「えっへへー」
穂村と時田は目を疑った。ロボットによって放たれた弾丸は全て、ほのかの張った薄い防御膜の前に無力化されていたというのである。
「相変わらず素晴らしい防御壁ですよ、ほのか」
「――流石は守矢四姉妹、とでも言っておこうか」
突如地下施設内に、機械を通したかのような音声が響き渡る。
「……てめぇ、生きていやがったか」
「おや、その姿は懐かしい――とはいっても、三週間ぶりかな?」
どこに設置してあるのであろうか、スピーカー越しの忌々しい声が地下施設内に響き渡る。
「アダム、だっけか? どうでもいいがイノとオウギを返してもらおうか」
「残念だが今度こそゲームオーバーだ、『焔』。あの子達はリュエル=マクシミリアムの手を借りて、完全なる魂の融合を果たすのだからな」
「それを俺が黙って見ているとでも思ってんのか!」
「分かっているとも。だからこその時間稼ぎだ」
プツッというスピーカーの切れる音が鳴ると共に、通路の両脇の壁が次々と開き始める。
「……なるほどな」
「多勢に無勢って感じ? もはやなりふり構っていられないのかしら」
両脇から出てきたのはたった今穂村の目の前に立ちふさがっていたもの同じ陸戦ロボット。その数合計して二十七機。
「……仕方がありません。和美」
「承知しています」
ほのかのバリアに覆われたまま、小晴は穂村と時田に向かって大きな声で指示を出す。
「ここは私達に任せてください! 貴方達は先を急いで!」
「何言ってんだよ! これだけの数がいてお前達だけで――」
「ここは私達が引き受けます! それより、正太郎さんが先に進む方が、大事なのではないのですか!?」
小晴はその場に残ろうとする穂村に対して、まるで先へと進むよう後押しするかのような言葉を矢継ぎ早に投げかける。
「今成すべきこととは何ですか!? 正太郎さんが救わなければならないのは、誰ですか!?」
「……でもここでお前等を見捨てて行けるかよ!!」
今の穂村の脳裏には、この戦いで命を落とした一人の少女の姿がよぎっている。敵の総大将から直々に死んだと告げられた一人の魔導師の姿が映っている。
しかしそんな穂村の信条を知ってか知らずか、小晴は暖かい微笑みでもって、穂村に見送りの言葉を送る。
「これでもSランクですので、ご安心を。それよりも、早く貴方達が帰ってくることを願っていますよ」
「…………」
穂村達のやり取りを聞いているのか、既に三体のロボットが穂村の行く先を阻んでいる。
「……何いってんだよ。こっちこそ、先の方で待ってるぜ」
「フフ、分かりました」
穂村はそこから時田と目で合図を送り合って互いに頷くと、両足に再び炎を宿し始める。
「――紅蓮拍動!!」
炎に身を包んだ穂村は両足にブーストをかけ、キックスタートでその場から飛び立つ。
「道を、開けやがれぇ!!」
炎を纏った突進からの膝蹴り。これによってロボット一体の頭部を破壊し、そのまま先へと穂村は飛び立つ。
「とりあえず餞別として、二体は倒しておいてあげる!」
続く時田も時間を止めた打撃により一気に二体に大穴を開け、再起動不能にして先へと進んでいく。
「……行きましたか」
「『観測者』め、もう少し破壊してから先へと進めばよかろうに」
「フフ、構いませんよ。正太郎さんを守れる人が、一人くらいは側にいませんと」
守矢は遠くへと消えゆく穂村を見送り終えると、改めて自身の置かれた状況を把握するべく辺りを見回す。
「……さてと、残るは二十四ですが、一人あたりで割りますか? それとも――」
「小晴姉さん」
和美はそれまで帯びていなかった殺意を持ち、それをまるでこの場に誇示するかのように床に勢いよく銃剣を突き刺す。
「ここは、私に任せてもらえますか」
「和美? 貴方一人で大丈夫なの? 私も半分は手を貸した方が――」
「いえ、必要ありません」
和美は右手単体で骨をゴキリと鳴らし、それでもってとある宣言をこの場にて行い始める。
「たった今よりこの領地、我が支配下に置かせてもらう!!」
銃剣を中心に、半径十五メートルの円。その瞬間からその場所こそが、『監視者』による能力が発揮される領域となる。
「『監視者』、守矢和美。たった今より領地内の敵の排除にあたる」
敵の侵入に目を光らせ、監視者が遂に動き始めた。
◆◆◆
「――邪魔するんじゃねぇよッ!!」
「どいたどいた! アタシ達の邪魔をしないで頂戴な!」
雑兵を蹴散らした二人の前に、遂に第一研究室とか書かれた扉が姿を現す。
「……いかにもってカンジ?」
「ここにイノとオウギがいる……そんな気がする」
穂村と時田は決心すると、同時に勢いよく扉を蹴り破る。
「オラァ!!」
扉を開けると同時に穂村は炎を身に纏い、時田はいつでも時間を止められるように精神を集中させる。しかしそれを滑稽だと言わんばかりに真正面からあくどい笑みを携える者がいる。
「――随分と、遅かったじゃないか?」
「クククク……やはり来たか、小僧」
穂村達の目の前に立っているのはかの『理を覆す魔導王』、リュエル=マクシミリアム。そして傍らにいるのは自らをアダムと名乗るあの研究者の姿。そして――
「――検体番号〇〇〇〇一の二。検体名『イノセンス』。我は素体番号〇〇三二五、素体名『オウギ』をベースとした肉体に、素体番号〇〇〇九二九、素体名『イノ』を付加結合させた存在」
「ケッ、少しバージョンアップってか?」
アダムの後ろから現れたのは、穂村にとって最も大切であり、最も戦わなくてはならない相手。
「……今度は『アイツ』抜きで勝てってか?」
「手伝おっか?」
「要らねぇよ」
穂村は既に炎を滾らせ、戦闘態勢に入っている。
「俺はイノセンスの方を先に相手する――って言いてぇところだが」
「まさかSランク級が二人ってのは……ちょっと予想外だったかも」
最悪の展開は予測できていた。だがそれを実際に目の前にして、今まで通りの調子でいられるほど二人は強くない。
「アタシはSランク関門のAランク、アンタはAランク関門のBランク……ちょっとヤバいかなー」
「ちょっとじゃねぇだろ……だが俺は、勝つ気でいるぜ」
「当たり前でしょ、ったく」
その場に観戦者がいれば、誰もがこの二人に勝ち目はないと思うだろう。だが当の本人達の考えは、百八十度違っている。
「次は俺自身の実力で、イノとオウギを救ってやる……!」
「アタシもそろそろ、ランクアップしようかしら」
◆◆◆
「――五分四十二秒。これって最短鎮圧記録じゃないですか?」
見た目は中学生、しかしその実『塊』というBランクの能力者、守矢要。しかし今回はその能力を発揮することなくひたすらストップウォッチで測定に専念している。
――そう、守矢和美による領地内の敵対勢力排除のタイムアタックの計測をしていたのである。
「てゆーか今回和美姉さん妙に早く片付けられましたね」
「それはどういう意味だ? 要」
少し不機嫌になる和美に対し、要は妹らしからぬ姉を馬鹿にしたようなニヤニヤとした表情でとある一言をのたまう。
「あの穂村正太郎って人に早く追いつきたいから、焦って全力でいきましたね?」
「な、何を言っているっ!?」
まさしくその通り、大正解とでも言わんばかりに和美の顔は真っ赤に染まる。
「……和美」
「ハッ! こ、小晴姉さん……?」
和美はこの時怖れていた。またあの時のように、追い回される展開になるのではないか、と。
しかし小晴は相も変わらず――というよりも、むしろ笑みをもってして和美の方を向いている。だがそれが逆に和美の恐怖心をあおる事になったのは、皆が言うまでもないだろう。
「和美」
「は、はい!」
姉に怯えるあまり背筋が伸びてしまう和美。しかしそんな皆の予想を裏切って、小晴はとんでもないことを口にする。
「和美も、正太郎さんの魅力に気づいたのでしょう? でしたら、一夫多妻制になるように力帝都市に一緒に呼びかけましょう」
「……えっ? な、何を言って――」
「私一人では力不足でも、一人、また一人と活動が広がれば納得していただける筈です」
「ね、姉さん!? 一体何を言って――」
和美の言葉をさえぎるように、小晴は更に和美の方へと詰め寄る。
「大丈夫よ」
「な、何がです……?」
「あの『観測者』も、説得してみせますから」
「姉さん!?」
何を言っているのか和美には到底追いつけない程のことを、守矢小晴は時々思いつく。それは今回のような突拍子もないこともまた、含まれるのであった。