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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
―夢幻の可能性編―
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第十三話 蒼

「さっさと死ねよ、雑魚」


 ――辺り一面は既に蒼い海に沈みつつある。もちろん、海の温度はゆうに一万度を超える熱を放ち続けている。

 その蒼い炎の海を作り出した張本人である穂村正太郎はというと、一人の死にかけの老体に片足をかけて、ひたすらにゴミでも見るかのように見下していた。


「アァ? どんな気分だ? 自分がゴミのように扱ってきたAランクにも劣るBランクに、ゴミのようになぶり殺されるのはよぉ」

「ぐ、あ……」


 Sランクであり、『ことわりを覆す魔導王』の異名をほしいままにしてきた男、リュエル=マクシミリアム。してその男が放つ上級魔法、幻壊太陽ソル・ブレイカーの放つ熱は数千万度にも及ぶ。

 だが今の穂村にとって、その程度の温度など火遊び程度でしかなかった。

 ――蒼き焔でもって殴りつける穂村の技、蒼拳爆砕ブルーブラストの平均温度は二億度。つまりリュエルの幻壊太陽ソル・ブレイカーのゆうに十倍近くの温度を叩きだしている。

 先ほどリュエルはそれをまともに喰らい、そして今穂村の目の前で倒れている。いくら耐炎アンチフレイムの魔法を重ねていようが、穂村の炎はその程度で止められはしなかった。

 そして今、ちりちりと焦げ付くような怒りが大きく燃え広がってゆき、更なる怒りの炎への火種となっていこうとしていた。

 じりじりとした怒りが内に燻る穂村は、更なる追撃を加えようと今度は足に蒼い炎を纏わせ始める。


「……蒼焔ノ刻印(ブレイズストンプ)

「な、何を……ぐはぁっ!」

「ウゼェから死ねよオラ……死ね、死ね、死ね死ね死ね死ネェ!!」


 老体を何度も何度も踏みつけ、黒い痣をつけていく。その様相は相手をなぶるのを嫌っていた穂村からは想像もつかないほどに、残酷で惨たらしい追撃である。


「俺に二度も友達ダチを失わせるとは、上等じゃねぇか……アァン!?」


 今よりさらにヒートアップして怒り狂う穂村の目には、もはや敵が別の者と重なっていた。

 今より二年前あの少女を傷つけた自分に。そして『アイツ』に。そして何より、穂村正太郎を狂わせたあの男の姿に。


子乃坂このさかの次はラシェルってかぁ? クズ野郎がッ! 上等だぁ、今度こそブチ殺してやるよぉ!!」


 穂村正太郎の逆鱗に触れる行為――それは自分の仲間を、信頼していた友を手に掛けること。

 穂村はいくら怒ろうが、炎の色が変わることはない。だがそれだけは、そのことだけは、穂村に蒼の炎を身に纏わせるスイッチとなる。


「ゴミがッ!!」

「ごはぁっ!」


 散々踏みつけた最後トドメに顔面を蹴り飛ばし、リュエルを付近の閉鎖壁へと叩きつける。その威力は、外区画と隔絶するための壁にヒビを入れるほど。


「……そろそろトドメといくか」

 『アイツ』から高慢さを取り除き、代わりに憤怒を加えいれれば今の穂村正太郎が完成する。そしてそれこそが穂村が望んでいたSランクを踏みにじるほどの強大な力を手に入れる一つの方法となりえるのである。

 

 ――だがそれを元の穂村が望んでいたのであろうか。今の穂村には確かめる術が無かった。


 完全に頭に血が上りきった今の穂村に冷静な判断などできはしない。ただ目の前のゴミを叩き潰し、踏み潰す。それが今の穂村の脳内を占有している。

 そしてだからこそ、リュエルにはまだつけ入る隙があった。


「……ぐっ、は……」

「おーおー、まだ息できる気力があるかよ。だったらまだボコボコにしてもよさそうだな」

「ごほっ……う、っ! ――視界支配ジャッキングアイ!!」


 リュエルは最後の力を振り絞り、穂村の視界を奪う魔法をかける。まさか反撃を受けるとは思っていなかった穂村に対し、この不可視の魔法が回避される筈がなかった。


「ぐっ!? 目、前が見えねぇ!?」

「クククク……。――聖女の吐息(ブレス・オブ・マリア)


 今考えうる限りの致命傷を回復する呪文――それをリュエルは自分にかけることで、一命を取り留めるどころか一気に形勢を逆転させる。


「今まで遊ばれた分、今度はこちらから行かせてもらおうか……――狂痛奴隷(ペインスレイヴ)!!」

「ッ!? ぐああああぁッ!!」


 例えるなら、全身の皮膚を一気に引き剥がされるような感覚であろうか。呪文の通り、まさに気が狂いかねないほどの苦痛が穂村に襲い掛かる。


「まだだ。――拷問打鞭トゥーチャーウィップ


 リュエルにはもう、殺すという意思など無かった。唯々自分を苦しめた相手を、同等以上に苦しめ抜いてから殺さなければならないという憎しみだけが残っている。


「そら、行くぞ!!」


 空気を叩く音が二回なった後に、今度は肉を叩く音が鳴り響く。


「――ッ!!?」


 もはや声にすらならない激痛が、穂村の思考を奪って行く。さっきまでいたぶっていた側かのた打ち回り、苦痛に顔を歪める様は、リュエルに笑みを与えた。

 だがこれだけでは足りない。もっともっといたぶりつくさなければ、自分の気が晴れることはない。


「次だッ!」


 静かな闇夜に、絶叫が響き渡る。だがそれは誰の耳にも聞きとられずに、隔離された区画の中で響き渡るだけ。

 何度も何度も瀕死で薄れていく意識を、激痛を携えた鞭が叩き起こしにかかる。このまま誰の助けも得る事無く、穂村正太郎という少年は虚しくその命を散らせていく――


 ――その場にいた二人は、少なくともそう思っていた。


「次――いない!?」

「そこまでです。貴方に正太郎さんを殺させはしません」

「……何故守矢四姉妹がここにいる。貴様等は旧居住区画で大人しくしているはずだ」

「事情が事情でな。穂村正太郎はこのまま返してもらう」


 この場においては珍客とも呼べる二人が、リュエルの前に現れる。

 もはや死すら目前の穂村を背中に背負っているのは次女、守矢和美。そして和美を庇うように、そしてリュエルと敵対するかのように立っているのは長女、守矢小晴。


「ククククク……Aランク、『監視者ガーディアン』が監視街の所にいても何も怖くないぞ?」

「ですが、私が相手をすると言えば?」

「『投影リフレクション』……面倒な」


 AランクとSランク。穂村というハンデを背負っているとはいえこれら二人を同時にまともに相手するほど、リュエルは感情的でも愚かでも無かった。


「……いいだろう。この場は貴様等に預けておく。だが覚えておけ。必ずそのBランクの餓鬼は殺すと」


 リュエルは自らの身体を鴉の群れへと変えて、その場を去っていく。

 その姿を見送った守矢姉妹は、自らが救ったBランクの少年の力の凄まじさを周囲を見回すことで改めて認識する。


「これだけ区画を破壊しておいてBランクで済むはずがない……Aランクはあってもいい筈」

「あら、だから今Aランクへと昇格するための関門になっているじゃないの」


 何を言っているのかしらとでも言いたげな表情の小晴であったが、和美が言いたかったのはそういう意味ではなく、もっと単純で分かりやすい話である。


「私が言っているのは、軍隊すらなぎ倒せるAランクが当たり前で、下手すれば世界を動かせるSランクまでにのし上がれるかもしれないという事。つまり姉さんに届く力だという事です」


 和美は複雑な感情でもって背中に背負う少年に思いをはせていた。

 あの時落ちていく自分を助けた少年と、区画を蒼い炎の海に沈めた少年とが、どうしても一致しなかった。

 だが小晴はとうに一致していた。敵すら助けるような少年と、全てを焼きつくさんとする荒々しい少年が同一であることに納得していた。


「……それは多分、彼もまた心のどこかに持っているのかもしれないわ」

「持っているって……まさか!」


 小晴もうっすらと自覚できている、あの“衝動”。


「彼もまた、そういうものを持っているのだわ」


 ――そしてそれが今回、表に出たということよ。

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