第十二話 蒼き焔
「何とか逃げ切ったか……」
穂村はもう追っては来ていないことを祈りながら何度も何度も後ろを振り返り、そして小晴が追ってきていないことを確認してから前を向きなおす。
「何とか二人を取り戻すことができたが……」
穂村としては、今回の人さらい屋の件について大変な誤算をしてしまった。Aランクをたった一手で覆すBランクの人間がいることなど誰が予想できたであろうか。
この街では単純に持っている力を測定するか、それこそバトルの結果だけでランクを振り分ける。そこには能力同士の相性などは一切考慮されず、なかにはBランク程度であるにもかかわらずバトルの結果次第でAランクに上っている可能性も、またはその逆もあり得なくもないという事だ。
「チッ、やはり敵の本丸を叩かないとどうしようもねぇな……鷺倉みたいなのがまた出てきたら今度こそどうしようもねぇぞ……」
一度迎撃に成功したとしても、二度も同じ手が通用するとは限らない。相手は秘密組織であり、プロでもある。次は抜かりなく向かってくるに違いないだろう。
「どうせなら敵の大将が来てくれた方がはるかに楽――」
「フフフフフ……それはそれは、望みがかなうようでなによりだな」
瞬間、穂村は即座に背後の声のする方へと振り向いた。だがそこに待っていたのは――
「――幻壊太陽」
小型の太陽が穂村の全身を覆い、そのままビルを何棟も突き崩していく。
「がああああぁっ!?」
苦痛の声と共に穂村の肉体は遠く遠くへと飛んでゆき、そして最後には炸裂した爆発音によってすべてをかき消される。
「フフフフ、炎を司る能力者が焼きつくされるというのはどんな気分かね?」
フードの外まで伸びる白髪。そしてフードを外すとそこには、狡猾な顔を携えた『理を覆す魔導王』の姿が。
「こうして貴様と会うのは初めてか。『焔』……穂村正太郎」
リュエル=マクシミリアム。闇夜に君臨せし魔導王――Sランクの魔法使いが、イルミナスを統括する最高権力者が穂村の前に君臨する。
「……おや? まさか最初の一撃でお陀仏かね?」
土煙の方へとリュエルは声をかけるが、返事は一切帰ってくる気配がしない。
「……残念。死にかけの貴様からであるが許可を得てからあの二人を回収しようと思ったが――」
――リュエルの言葉は、遅れて言葉とは違うもので帰ってきた。
「ッ!」
リュエルは即座に自分が今まで浮いていた場所から離れ、そしてその方を睨みつけるように見続ける。
リュエルの言葉に対する返事は、穂村正太郎の作りだした巨大な炎のレーザーだった、
「――噴火砲は溜めが長ぇからよ、返事が遅くなっちまって悪かったな」
「フフフフ……フハハハハッ!! ボロボロで何とか生きながらえておきながら軽口とは……滑稽極まりない」
衣服を焦がし、頭や口からは大量の血を流しながら、穂村正太郎はなおもリュエルの前に姿を現した。
「ケッ、滑稽かもしれねぇが、それはお前が俺ですら殺し切れない程度の実力でしかないという事じゃねぇか?」
この期に及んでなお、穂村は相手を挑発し続ける。それは穂村が単に自殺志願者だからだというわけではない。
穂村正太郎は覚悟していた。ここでこいつに勝てなければ――イノを、オウギを、守れないと分かっているからこそ、あえて自分にハッパをかけるが如く軽口を叩いていた。
「……いいだろう。挨拶程度の遊びごとはもう終わりだ」
リュエルは先ほど放った幻壊太陽を、更に両手に一つずつ生成し始める。
炎の上級呪文。リュエルはそれら一つ一つに、今度は都市を丸ごと消す威力を秘めさせ始める。
「今度こそ消し飛ばしてやろう。その軽口を叩けなくなるように、あの素体をかくまっていた間抜けな魔導師のようにッ!!」
「ッ!? てめぇ、ラシェルに何をしやがった!?」
穂村はリュエルの言葉に酷くかみついた。
言い放たれたリュエルの言葉――それはまるで、ラシェル=ルシアンヌという存在を消し飛ばしたかのような言い方に聞こえたからだ。
「何をしたと問われても、わしはただ素体二人の回収の邪魔をした魔導師の女を消し飛ばした。それだけだ」
――その時穂村の緊張で引き締まっていた表情は完全に崩れ、呆然と中空に浮いていた。
「それだけ……だと?」
それだけ……? 人を傷つけておいて、それだけ……?
「……それだけ、か……」
「そうだ。それだけ、だ」
「……そうか」
それまで紅く染まっていた穂村の炎が、徐々に徐々に色を失っていく。
「……ん? なんだ、まさか本気で殺されると理解して戦意を失ったのか?」
「…………」
リュエルはこの時大きな勘違いをしていた。そして大きく見落としていた。
色を失ってなお、穂村は空を飛び続けている。そして穂村の戦意は失われたどころか、なおさら轟々と滾り始めていることに。
「……ッ!!」
リュエルはこの時完全に油断し切っていた。穂村正太郎の闘争心は風前の灯、自ら手を下さずとも勝手に失せると思い込んでいた。
だが現実は大きく違っていた。
穂村正太郎の炎は蒼となって復活し、一瞬にしてリュエルの眼前にまで距離を切り詰めている。
「なっ――」
「蒼拳――」
蒼の拳がリュエルの左頬を完全にとらえる。
「――爆砕ッ!!」
穂村の拳は完全にリュエルの頬を打ち抜き、お返しと言わんばかりにそのままビルに叩きつける。
「……てめぇは俺がここで潰す」
穂村が本当の怒りを携える――それは荒々しい炎とは真反対の、静かな怒り。
「……それだけ、だ」
 




