第十話 Make A Move
「――えっ!? ちょっと!? そんなヤバい奴呼び出してどうする気なの!?」
「……わりぃ、何も考えていなかったわ」
「はぁっ!?」
「ウフフフフ……なぁんだ、残虐な方がお好みだったなんてぇ……私、濡れてきちゃった……」
あの時の恐怖がよみがえるラシェルをよそに、穂村は堂々とした姿勢で狂い始める小晴をじっと見つめ続ける。
「愚か者が!! 何故姉さんを目覚めさせた!?」
「他人の持つ衝動ってやつが、見てみたかっただけだ」
穂村としては、この件については純粋な興味から来ていた。アイツと同じ匂いがする存在を、この目で確かめておきたかったからだ。
「じゃぁはぁ、たーっぷりと楽しんでいきましょうねぇ……」
「ラシェルはイノとオウギを連れてここから逃げろ。俺があいつを引きつけておくから、その隙にさっさと旧居住区を去れ」
「わ、分かったわよ」
狂気に身をゆだねるその姿、小晴はもう一つの異名――『人型最終兵器』をその身に体現することとなる。
「投影――88mm」
8.8cm高射砲――つまり先ほどの戦いぶりを見て、小晴は穂村が空を飛ぶのを牽制しようと考えた。故に小晴はこの場に兵器を呼び出したのだ。
「ハァ!? 何だよそれアリかよ!?」
「ウフフフ……兵器ってぇ、人間の残虐性を最も形に表しててだぁーいすきっ」
「これが姉さんの能力……自分が想像したものをその場に投影し、使用可能とする能力」
『投影』――それこそが、守矢小晴が生まれもって持つ能力。小晴はにっこりと笑い、ただひたすらに二門の砲口を穂村へと向ける。
「じゃあ、とりあえず十秒。逃げ切ってみようか♪」
「クソが! ふざけんじゃねぇ!」
その場から即座に退避。更に追加の加速。穂村は両足の炎を更に燃え上がらせて、空へ空へと飛んでいく。
「逃がさないけど?」
空を飛ぶ穂村を二門の砲塔は即座にロックオンする。更に小晴の一声で一斉に次々と発射される。
「チッ! 完璧に上を取ってるはずなのによぉ!」
「あれ? まだ足りない? だったら――」
投影――誘導ミサイル。
「だぁから熱探知は効かねぇよ!」
「でも視認型ミサイルだったら?」
小晴が穂村の姿を目にしている限り、ミサイルは見当違いのところに行く事無く穂村をしつこく追いかけ回し続ける。
「ッ、イノ達は逃げられたんだろうな……」
穂村は小晴の猛攻を何とかしのぎながら、横目で状況を確認する。すると暴走する姉を何とかしようと右往左往する和美と要、そして状況が分からずにポカンとしているほのかの姿だけで、イノやオウギ、ラシェルの姿は確認できない。
「何とか逃げ切ってくれよ……俺もそろそろ離脱しねぇと――」
「逃がさないよ?」
「なっ!?」
穂村の一瞬の余所見こそが、SランクとBランクとの戦いにおいては大きな命取りとなる。
穂村が振り返った先にはミサイル。このままだと何もできずに直撃。かといってとれる対策など――
「――先に爆破すれば、遠距離ならダメージは少ない筈ッ!」
穂村はその一瞬の判断でもって、右手から炎の弾丸を射出する。
「火弾!!」
サブマシンガンのように放たれる火の玉のうち一つがミサイルに接触し、炸裂する。穂村の目の前で強大な爆発が起きると同時に、爆風が穂村を襲う。
「ぐあぁッ!!」
ミサイル程度の火力は穂村にとって何ともない。同系統の能力を持つ穂村にとって、火はダメージとはなりえない。しかし爆風に伴う衝撃に対しては何の抗力も持っておらず、穂村は何の防御姿勢も取る事も出来ずに直撃してしまう。
空中で爆風をくらってしまい、平衡感覚を失ってしまった穂村はそのままきりもみ回転で地表へと落ちていく。
このまま固い地面へと激突かと思われた、その時だった。
「ぶぇっ!?」
「きゃあ!?」
そのまま固い地面にぶつかるかと思われた穂村だったが、ぽよんっという謎の感触と共に勢いが殺され、一度バウンドしてから柔らかな地面(?)に着地することに。
「いててて……ん?」
「あ、ぇ……?」
「穂村正太郎貴様ァ!! 今すぐ小晴姉さんの上から退くんだ!!」
「え? あ……」
――穂村の右手は小晴の胸を丁度鷲掴みにしていた。そして穂村の身体は、まるで小晴に覆いかぶさるように上にのしかかっている。
「あ、わりい……」
「…………」
小晴はただ顔を真っ赤にして穂村から顔をそむけ、それを見た和美は更に激昂する。
「貴様ァ! 姉さんの第二能力は物理的接触を全て反射するというのに、何故上に乗りかかっている! 理由を言え! 何をしたんだ!!」
「知らねぇよ! 俺だって何が起きたか分からないくらいで――」
「……責任、とってください」
小晴の言葉を聞いた穂村は取り敢えず小晴の上から退こうとしたが、小晴はむしろ穂村を自分に押し付けるようにしがみついて離れようとしない。
「今まで、誰にも触れられたことは無かった。でも貴方は、私に触れられた……責任、取ってくれますよね?」
既に小晴の奥底に潜む衝動など消え失せて、普段どころかむしろ少し頬を赤く染める少女の姿がそこにある。
穂村は顔面に胸を押さえつけられながらも、何とか離れようとした。しかし拒もうとすればするほどに小晴の力が強くなっていく。
「ぶっ!? と、と、に、か、く! 一旦離れろっての!!」
いくら小晴が強く抱きしめようが男として穂村の方が腕力が強く、二人の間は簡単に離れてしまう。
小晴は名残惜しそうに穂村を見つめるが、穂村にとっては何が起きているのかわからずに混乱するばかり。
「ぜぇ、ぜぇ、どういうことだよ……」
そこへ今までマンション内に退避していた和美が外へと出てくると、穂村の方を見て一つ大きなため息をつく。
「……穂村正太郎」
「なんだ?」
「姉さんは生まれてこの方、一度も人に触れられた事が無い。それは先ほど述べた第二能力によるものだ」
自分に触れる物質の完全反射。それが小晴の持つもう一つの能力であり、小晴の身に降り注ぐ不幸の元凶でもある。
「ん? でもよ、それだったらなんでコーヒーカップを持てたりはできるんだ? あれも弾かれなきゃおかしくね?」
「それがだな……」
和美は怪訝そうに横目で小晴を見るが、小晴はというと顔を赤らめてもじもじとした様子で穂村をじっと見つめている。
「……実は姉さんはああ見えて、極度の対人恐怖症なんだ」
「……ハァ?」
その割には先ほど穂村と鷺倉の裁定をする時に随分とすらすら喋っていた様子であるが、と穂村はそれこそ疑わしい目で和美を見返す。
「いやいやいや、ねぇよ」
「本当だ。現に私達が親元を離れた一因の中に、姉さんが私達姉妹も含め、人に触れられないというのもある」
何故守矢四姉妹が親元を離れ、こんな治安の悪い場所で生きているのか。それはまた別の問題がある様にも思えるが、今の穂村には関係の無い話でもある。
「とにかくどんな形であれ、姉さんは初めて人に触れることができた。だから穂村正太郎」
「アァ?」
「だから、お前が……責任を取って姉さんとけ、結婚するんだっ!」
「……ハァアアアアーー!?」